1話/閃光の夜鬼姫・其の二
そのまま帰ろうとした珠だったが何だかんだやっているうちに八雲に担がれて『学校』とやらに連れて行かれた。
松林に囲まれた洞窟。その天井をくり抜いて、上に3階建ての木造の部屋を増設した校舎。現代で例えると荒く削った丸太を豪快に組んだログハウスのようだ。
屋根には筒状の瓦が使用されており、その他も人間達の寺院を真似ている箇所が見られる。
ここは鬼の歴史で初の教育機関であり、しかも女子校だ。
鬼という種族の歴史と法律、人間との戦から得た教訓や人間との共存の在り方、戦闘技術、『真の鬼とは?』『鬼の生きる道とは?』『何故強くなるのか?』などを教え、若者達を強い精神と肉体を持った鬼にする事を目的としている。
また女子校という事もあり、雄鬼と安全に関わる為にその生態を教え、種族が正しく子孫繁栄していけるようにも教育している。
珠と八雲は渡り廊下を進む。
「結局気になって来ちゃったけど……。
ふーん、学校ってこういう感じなんだーー。」
校舎を歩くと、麗らかな女子生徒達が青春を喜ぶように奥ゆかしく談笑する姿や、喧嘩で殺し合うが如く怒声を張り上げて校舎の一部を破壊する光景が見られた。
皆、八雲と年齢が近い20歳に満たない少女達である。
「いいなーー。建てられたっていうのは知ってるけど、こんな楽しそうな所だって知らなかったよ。」
と、丁度目の前の女子生徒を羨ましそうに見る。
その女子達は「やんのかオラァ!」と眼前で睨み合ってから水平チョップの応酬を始め、交互に打たれて「ぐおぁはあっ!」と白目で唾と鼻血を飛ばして伸び上がったりしている。素人にはあまり楽しそうに見えない。
「珠姉ちゃんの子供の頃は学校って無かったのか?」
「まあね。戦争中だったし、敵に勝って生き残るのに必死だったからさーー。」
八雲は教室の扉を開ける。中も寺のような構造で、木の床に長机が並んで置かれていた。
今は休み時間なのか、皆友達と話して寛いでいる。
八雲に気が付き、奥の席から少女鬼2人がやって来る。
「あ、やくもーー!!」
「やっと戻って来た〜!授業終わって休み時間になっちゃったよ!」
1人は大人しそうな、青いおかっぱ頭の小柄な少女鬼。
もう1人は、角に花の髪飾りをした、ずんぐりむっくりな青い肌の化け物。
髪と肌の色からわかるように2人とも青鬼だ。
「おう、露草!竜胆!
珠姉ちゃん連れて来たぞ!!」
八雲は珠を見せびらかすように前に押す。
「え、『珠』って……、八雲のお姉ちゃんって、あの『珠姫』様!?」
この大江の国主の、しかもこの学校の創立者でもある『陽光』様の従姉妹じゃない!」
おかっぱの方、露草が興奮気味に目を輝かせる。
「ええ、まあ……。
八雲には『お姉ちゃん』って呼ばれてるけど、結構いい歳の叔母なんだよね。ははは……。」
困ったように笑う珠。
「でも、妖力が高くて強い鬼なんだから、こんなに若々しく綺麗でいられるんでしょ?
すごーい!!ウチのお母さんと大違い!」
と、ずんぐりの方、竜胆が言う。
「陽光様も男の鬼なのに美しいお方だって聞くけど、珠様もすっごく綺麗だよね!髪色とかおしゃれだし、しかも、お強いんだって!
八雲って凄い所の生まれだったんだね!」
と、八雲の手を取ってはしゃぐ露草。ピンと来ない八雲。
「うん?あたしんち、そんなに凄いのか?」
珠は八雲の頭を抱き引き寄せる。笑顔とは裏腹に何処か切なげだ。
「この子のお父さんは自分の親戚について、この子にあまり話してないんだ。若い時に血筋の事で苦労したから、同じように苦労させたくないんだよ。」
少し恐れ多そうに竜胆は尋ねた。
「ねえ、珠様の姪って事は……八雲のお父さんって『黒の酒呑童子』?」
酒呑童子とは、この世で強い鬼に与えられる称号である。人間達の間でも有名な物語『大江の鬼退治』にも登場する赤鬼が名前の元になっている。
そして八雲の父・『黒の酒呑童子』は戦を終わらす為に仲間の人間達と共に赤鬼と戦い、世を終戦へ導いた英雄の1人でもある。
半分人間の血を引く身でありながら、敵同士だった赤鬼達からも実力を認められ、その称号を得た黒鬼だった。
八雲は酒呑童子がどう言うもので、尊敬する父がその称号を持っている事だけは知っている。
八雲は父の話題を耳に入れた瞬間、しゅんと大人しくなった。
「……父さん、今、海の向こうを旅しにてんだ。
もっと強くあり続ける為に、人助けしながら強い奴と戦って修行してるんだよ。」
彼女は父の姿を思い出す。
常に心身を鍛えて強くありながら、家族や仲間にはとても優しい。娘の彼女にも手を上げたり、酷く叱ったりする事は無かった。
八雲は自然と瞳が潤んだが、それを振り払うように珠の手を取って陽気に肩を組んだ。
「でも寂しくないぞ!珠姉ちゃんがずっといてくれるから。」
困ったように笑う珠。
「もーー、叔母離れしなそうだなあ。この子、色々抜けてるから危なっかしくて、目が離せないんだよねえ。」
「あはは!それ分かりますーー!」
「やんちゃな弟みたいな感じだよね。」
友に茶化されて明るく笑う裏腹、八雲は思う。
(いつか帰って来るその時までに、あたしもバリバリに強くなっておくんだ。父さんが凄いって認めてくれるようにさ……。)
ふと、入口近くの席の生徒が血相を変えて叫ぶ。
「ヤバイよヤバイよ!教頭の『曙光』先生が来るってーー!!」
生徒達は酷く怯えたようにざわつき始める。
急に「そうだ!」と手を打つ露草。
「八雲!紅樺先生が探してたよ!
きっと授業中に抜け出したのを怒って、教頭先生に言い付けたんだよ!
だから教頭先生が……ーー。」
障子戸が勢い良く開かれる。
メキ、グシャと聞こえたかと思うと、戸はただの棒になって端に押し付けられていた。側面からプレス機で押し潰したかのように。
露草は尻すぼみで続きを言う。
「す、凄く……怒ってるんだと思う。」
生徒達は速攻で席に着いて背筋をピーンと伸ばす。
皆、現実から目を逸らすように誰も居ない正面を見ていた。
教室に1人入る。
化粧の濃い、小袖と袴姿の細い女鬼。だが、恐怖の元凶はそれでは無い。
細い女鬼の背後に立ち、重い覇気を放つ大きな天鬼。
身長は2m程。肩幅も腕っ節も太く、先程珠を追い回した男鬼よりも筋骨隆々の体。骨格のがっしりとした顔つきと朱色の短髪をオールバックにした髪型。肩で袖を切った直垂に籠手や脛当てをした動きやすい服装で、剥き出しの山のような肩や二の腕が目立つ。
目つきは獲物を射殺すかのように鋭い。
だが驚くのはこれだけでは無い。
なんと、大きく頑丈そうな胸には丸みがあり、女物の金の扇の耳飾りもしている。
そう、女の天鬼なのだ。
(怒ると怖いって噂だったけど本当に怖いよお!教頭の『曙光<しょこう>』先生!!)
露草は草子を頭に被った。
大柄な女鬼・曙光は床をギチギチと軋ませながら教室に入る。
こんな仮にも手荒い事は見慣れているはずの鬼が怯える程の人物。で、あるのだが、約1人だけは全く慌てていなかった。
八雲は曙光を象か何かを見るかのように指差した。
「珠姉ちゃん、この先生でっかいねーー。
あ、隣のちっさい方はうちの担任の紅樺先生ね。」
「もーー、お馬鹿ちゃん!そんな事より謝っときなさい!」
親戚として恥ずかしそうに嗜める珠。
インパクトは薄いが、まず紅樺が口を開く。
「またやったわね八雲!
授業中に抜け出すなと何度言ったら分かるの?!」
「家族が困ってたから助けに行ったんです。それに戦いたかったし。
先生には『ちょっと出掛ける』って言ってから出ました。」
「その時『行くな』と言うより先に飛び出していったじゃないの!
全く、床掃除やら罰を与えても楽しそーーにそれを受けるばかり!
反省がないなら、『体罰』よ?!」
鬼が言う体罰は人間のものと意味が違う。
教師や立場が上の者が公正の為にやむを得ず体罰する際、体罰される側は反撃して負かす事も許されている。
そうやって全力の戦いを通して互いの意見のすり合わせをし、信頼関係を築くのだ。そこに年功序列は無く、叱る者が普通に負けて首を垂れる事もある。教師も命を懸けだ。
変かもしれないが、これは力強さと実力を尊重する鬼社会にとって、肉体を使った平等な討議でもある。
しかし、これは鬼という種族の話。比べて、人は戦う意思のない弱者を無理矢理体を痛め付けて叱る事などしない。……失礼、それは理想だった。本当の現実は鬼より非情な者ばかりか。
さて、肝心の八雲だが……『体罰』と聞いて表情を明るくした。
「戦いの授業が少ないから寧ろ『待ってました』だぜ。」
そこへ紅樺を横へ追いやる、がっしりとした腕。
「ほお、いい度胸だ。
だが相手はこの私だ。」
曙光は八雲を見下ろし、愛想笑いをした。当然、目は笑っておらず、殺意が溢れている。
その時、珠が苦笑いで2人の間につま先だけ入れた。一応止めようと思ったのかも知れない。
「あはは、どうも〜。うちの姪が本気でお馬鹿でごめんなさい〜。」
曙光は横目でギロリと見る。眼球が剃刀のような鋭い光沢を放つ。
「保護者面談は後だ。
まずは生徒と一対一で話し合う。」
(あはは……。『血と血を洗って』の……話し合いね。)
珠は現実逃避でのほほんとした顔になる。
「私は血の気の多い赤鬼の教室も掛け持ちしている。赤鬼は雌であっても暴れて手が付けられん奴らが多い。
だが、私と戦った後は反抗する者は1人もおらん。」
「へえ。凄えや。」
「私は子供には結構優しい。
今謝れば24時間説教&校舎のお掃除で許してやろう。」
「やだ。」
湧き上がる殺意。曙光の黒目が消える。
「今……、『嫌』と言ったのか?」
曙光は鼻と鼻が当たる距離まで顔を近付けた。
気の弱い者ならこの巨体に歩み寄られただけで失神するだろう。
だが八雲はニッコリしたまま。
「だって、楽しそうじゃん。
反抗したらあたしと戦ってくれんだろ?……痺れるくらい強え、貴女がさ。」
近くの机に叩き付けられる曙光の手の平。長机はあっという間に粉砕されておがくずになる。
暫く見つめ合う両者。
曙光は殺気を放ったまま。八雲はヘラヘラ笑っているが、曙光の殺気に負けない眼光を放っている。
曙光は表は怒りを見せているが、心の中は冷静だった。
(青鬼組の生徒、『八雲』……。
性格はやんちゃ。
一見、落ち着きが無くて授業を聞いてないと思いきや、学術の成績は真ん中より上。
喧嘩などを起こす事もあったが、大概その理由は仲間や虐げられた者を守る為。理由なく自己中心的に暴力を振るう事はなく、寧ろ進んで人助けをする程には正義感も協調性もある。
本人曰く、『好きな事は体を動かす事、強い鬼と戦う事』。
戦いの事になると注意力が散漫になるのが大きな欠点。
……と、それが教師や生徒達の彼女への評価だ。
そんなこの娘が、ここ最近はこのように進んで規則違反をしては喜んで罰を受けている……。何故だ?)
曙光の脳裏にある一つの考えが閃く。
(まさかコイツ!……ワザと違反をして私を引きずり出したというのか?!
教頭の私は相当な問題児にしか指導に出向かないからな!)
それに気付きながらも尚、曙光は引かなかった。
「面白い。いいだろう……。
表へ出ろ!!この戦闘バカがっっっ!!!!!」
八雲は耳がうるさそうにはするが、不敵に笑うのみ。
曙光は片手で八雲の胸ぐらを掴んで釣り上げ、格子窓から投げた。
格子と壁を壊しながら吹っ飛ばされる八雲。
追い討ちをかけようと飛び出す曙光。
「や、八雲ーー!?」
露草達や、同じ組の生徒、2階と3階の生徒までもが窓に集まって校舎の外を見た。
八雲は無傷で伸びをして準備体操していた。
「さあ、早くやろうよ。曙光先生。」
「……。
後悔するなよ?」
<おまけ・曙光デザインラフ>