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8話/父さんの涙・其の一

 八雲は墨色の空間にいた。

 息を切らして走っている。

 地平線の果てまで、真っ赤な彼岸花が咲き乱れている。それ以外は何もない。


 暫く進むと突然、木造の家屋が現れる。

 家の壁は格子になっていた。丁度遊郭の遊女を眺める為の格子窓のようだ。

 それを覗くと、薄暗い部屋に”珠”がいた。打掛の下に動きにくそうな着物を何枚も重ね着して重そうだ。

 よく見ると、珠は巨大な鬼の酒の相手をしていた。

 盃に酒を注ぐその相手は"金斬"。金の鬼に変化した姿である。


 『姉ちゃん!!』

 八雲は助け出そうと格子を両手で掴むが、手に力が入らない。


 金斬は珠の首根っこを指で摘み、舌を突き出して口を大きく開けた。

珠を脚からバリバリと食べ始める。

 生きたまま食われ、泣き、悶える珠。

 今の彼女に、勇ましく戦ていたかつての面影はない。

 『八雲ぉ、逃げて……!』


 『姉ちゃん!姉ちゃんっ!!!』

 八雲がどんなに暴れようとも、格子は壊れない。

 珠の痛々しい悲鳴が頭を殴るように響く。


 (どうして……。弱いのがいけないのか……?あたし達が弱い鬼だから、こんな酷い事をされるのだって許されるのか?

 ……だったら、今思い知らせてやる!!)


 八雲は鬼に変化した。いつもと違う、腐った血のような赤黒い色の鬼に。


 彼女は獣のように吠え、角の刀を抜いた。

 刀の柄を銃に変化させ、白い雷の弾を乱れ撃ち。

 粉々に弾け飛ぶ格子。

 

 八雲が金斬の首に刀を2本同時に刺す。彼は仰向けに倒れた。

 八雲の猛攻は終わらない。金斬の首に跨り、あらゆる所を逆手持ちの滅多刺しにした。

 「痛いか?!痛いかこのっ!?

こんなものじゃ済ませないぞっ!!」


 金斬はその大きな体で酷く怯え始めた。

 『嫌だ……!死にたくない!!』


 それを見下ろし、八雲はニヤリと笑った。目を血走らせたまま。

 (あははは!!いい気味だ!!

 さて、どうしてやろう?!どんな風に痛めつけて殺してやろう?!

 そうだな、この最後に残っているもう片方の目も潰したらどうなるかな……?!)


 八雲は牙と目をギラつかせ、刀を振り上げた。

 

 その時だ。男の声が彼女の頭に響いた。

 『駄目だ!……八雲!』


 『その声は!!

……父さん?!』

 その声を聞いた瞬間、八雲は幼い子供の姿になっていた。


 八雲が振り返った時、そこには父・夜光がいた。膝を突き、彼女を見据えている。頬には光る雫が流れている。


 『お父さん……泣いてるの?何処か痛いの?

 お父さん!!』

 彼女も泣きそうになり、幼い時のように、父の胸に飛び込んだ。

 八雲は父に強く抱き締められる。

 父はまだ震えていた。

 彼女は「大丈夫だよ」と、小さな手で彼の頬に触れようとする。


 だが、そこで意識が途切れてしまった。




***




 「……と、うさん。」

 

 八雲が目を覚ますと、目の前は金箔と黒い漆塗りの天井だった。汗だくで手を伸ばしている。

 感覚が戻り、自分が横になっているのに気が付く。ベッドのような構造の畳の寝台の上にいる。

 豪華な虎の描かれた屏風や、翡翠の原石で作られた花器などがある和室のようだった。

 それも36畳程のかなり広い室内。構造は人間の書院造りを真似ており、素材だけは金属や石材など独自のものだ。


 視界に入る、狭苦しく顔を突き合わせて彼女を覗き込む人物達。

 「やったぞ、八雲!気が付いたか!」

 と、酒臭い無精髭の顔。まずは射貫が歓喜する。

 「目が覚めて良かった……。」

 次にホッとしている白銀の髪の優男·銀雅。

 

 「い……射貴のおじさん、銀雅……。」

 ぼうっとした顔で状況が読み込めていない八雲。

 そこに、いきなり細身の少女が覆い被さって抱き付いてくる。

まるぽだ。今は髪型が八雲に似ている。

 子供のように顔を赤くして泣きじゃくりながら、八雲に頬擦りする。

 「死んじゃわなくて良かった!

 折角出会えた、大事なかけがえのない人だもの……!」

 「ま、まるぽ?!」


 「ふん……やっと目覚めましたか。

 人間の血が混じっているから回復が遅いとはいえ、傷が塞がるのに時間がかかりましたから少しだけヒヤヒヤしました。」

 と、まるぽの隣でそっぽ向いて朱色の髪を弄っている少女。天陽だった。

 

 「天陽まで?!

 ここは?」


 その時、部屋の奥で巨体の女が咳払いした。

 「私達家族、朱天鬼の"駕籠"の中、外は佐渡の沖だ。ここまでは王鬼も追って来ない。」

 曙光だ。腕を組んで立っている。隣には万耀もいる。

 「山みたいにデッカい鬼に箱の屋敷をまるまる運ばせて海を渡るなんて、昔っから赤鬼はやる事が大胆だぜ。」

 と、射貴が付け加える。


 射貴が説明した通り、ここは金属コンテナのような箱型の家屋の中だ。それを岳鬼(がくき)という巨大怪獣のような大鬼に運ばせている。

 天陽達は大会で大江から移動するのに、この広い駕籠で寛ぎながら佐渡まで来たようである。


 思わぬ大集合に、感想が出ない八雲。

 そして、戦いと痛みの記憶が戻り、はっとする。


 「そうだ!姉ちゃん達は?!」

 「お母上とお付きの九尾はここに運んだ。無事だ。」

 銀雅は奥で横になっている八重といろはを指し示す。


 八重が自分から、いろはの背にもたれながら膝立ちで歩いてやって来る。

 「良かったわ……!血が止まらなかったから、心配していたのよ。」

 「八重がお前の為に自分の血を随分飲ませてやったんだ。足りて何よりだ。」

 と、いろは。

 「母さん!いろは兄貴!」


 しかし、銀雅は「だが……」と、すまなそうな顔で続ける。

 「珠姫は……、すまない。君の怪我に気を取られて兄上から取り返せなかった……。」


 悲しみの表情に崩れる八雲。

 八重もそれを見て表情を暗くした。

 「……ごめんね、八雲。珠ちゃんを取り戻せなかったわ。」


 「姉ちゃん……!」

 八雲は居ても立ってもいられず、起きあがろうとする。止める銀雅。

 「まだ動くのは無理だ!!

 あんなに傷ついた珠姫を目にして大丈夫というのも変だが……兄上は彼女を殺したり、あれ以上危害を加える事は無いと思う。」

「本当なのか?!」

 「ああ。兄上は珠姫様を気に入っている様子だったし、あんなに夢中で好きなものを語る兄上は見たことがなかった。

大会の前から屋敷に彼女と住む場所を造らせていたくらいだし、『どうすれば傷付けず説得して嫁にできるか』ともボヤいていた。本当は彼女と戦いたくなかったのではないかと思う。」

 「信じていいんだな……?!姉ちゃんは大丈夫なんだな?!」

 「ああ。傷付けた事実は弁解のしようがないが……。」


 それでも焦ったそうに唇を噛む八雲。その彼女の頭を、いろはが鼻先で突く。

 「……落ち着け。今行っても金斬に返り討ちにされて同じ結果の繰り返し。

 まずは体力を回復させるんだ。それから作戦会議をする。」

 「分かって……いるよ。」


 八雲は一呼吸置いて尋ねる。

 「所で、何で天陽や曙光先生が?

 大会で出番が終わったから帰ったんじゃないのか?」

 八雲の問いに曙光が頷く。そっぽ向いたままの天陽をチラッと見て。

 「自分で説明すればいいもの……。


 確かにお前に負けて帰る支度をしていたのだがな、天陽が『決勝で八雲を応援したい。それか、もう一度話したい。』と言い出してな。」


 そこにまるぽが緊張気味に割り込む。

 「わ、私も同じよ!別の場所へ興行に行こうとしてたんだけど、八雲にもう一度会ってお礼がしたくなって、座長さんに頼んでお暇を貰ったの!

 でも、佐渡に戻って王鬼達に聞いたら、『決勝はやってない。八雲が何処にいるかも知らない。』って言われちゃって!

 で、困ってたら、同じく途方に暮れる朱天鬼さん達と出会ったの。」

 

 続ける曙光。

 「話の続きだ。私達は何やら妙な気配を感じて八雲と珠の手掛かりを追った。

 そしたら、八雲の母や連れと出くわし、『金斬が2人だけを自分の屋敷に招いた』と聞いてますます怪しく思った。」

 今度は天陽が割り込む

 「そして、貴女のお母様と協力して屋敷に押し入ったと言う訳。

 金斬の手下が多くて、私達はお母様達を先に行かせ、後から追い付きましたけどね。」

 「それで、みんな仲良く大集合なのか……。」


 天陽は「そうだわ」と、思い立ち、横になる八雲を見下ろす。

 「まだ傷の治りが悪いですね。」

 「いや、あたしよりお母さんといろは兄貴に頼むよ。」


 「母さんならもう平気よ。」

 と、八重。

 「自分の心配をしやがれ。金斬と再戦したいなら尚更な。」

 いろはも遠慮する。


 天陽は八雲の手を両手で包み込むと、瞳を緑色に輝かせた。

 「そのままじっとしてなさい……。」


 『元気を出して……。』

 彼女が八雲の頭の中に優しい言葉を送り込む。

 すると、八雲の顔の血色が良くなった。柑橘類を食べた後のように目をぱちっと開ける八雲。


 天陽は微笑む。

 「昔お父様に言われた事を思い出したの。私のこの能力は本来こうやって誰かに元気を与えるものだったの。」


 「天陽……。」

 胸の奥が震える八雲。

 無言で天陽の首にギュッと抱きつく。慌てふためく天陽。

 「えっ!?ええっ!!」


 天陽は速攻で正拳をぶち込んだ。

 八雲の顔面にめり込む、グーパンチ。

 八雲が鼻を押さえて悶えたのは言うまでもない。


 「いってえ!!いきなりグーで殴る奴があるか!?

 あたしゃこれでも怪我人だぞ!?」

 赤くなって憤る天陽。

 「貴女こそ何勘違いしてるの?!

 私はまだ貴女と馴れ馴れしい仲になったつもりはないわ!」

 「何怒ってんだよ?!あたしはただ、強くて憧れだった天陽が優しくしてくれたから、何か感動しちゃっただけで……!」


 そこへ何故かまるぽが怪訝そうに割り込む。手に刺身包丁をぎらつかせて。

 「天陽って言ったっけ?!アンタ八雲とどういう関係なの?!あんまりベタベタすると刺すわよ!」

 「はあ?!冗談じゃないわ!妙な勘違いをしないで!

 こんな品のない子、誰が愛でるものですか!」


 銀雅は八雲を巡って押し合っている女子2人を眺め、何故か顔を赤くしていた。

 (八雲は女の子にも好かれるのだな……。)


 その時、銀雅に電流走る。

 

 (はっ!!!!

 まさか八雲が男に疎いのは、”女色”に興味があるからなのかーーっ???!!!)


 「や、八雲。例えそうでも俺は影ながら君を……!

 ……やっぱやだああああぁぁん!!男にも興味を持ってくれえぇ!」

 大の男が悲痛な声で咽び泣く。引く八雲。

 「な、なんだあ?!何訳解らない事言ってんだよ!」




 若者達の青い春一番がやみ、いろはが呟く。 

 「……にしても、どうしたものか。

 珠を取り戻したいのは山々だが。金斬は束になってもあの通りだった。」


 そこに天陽が割って入る。

 「簡単ですよ。折角集まったのですから、皆で力を合わせて討ってしまえばいいのですよ。」

 まるぽも同意する。

 「そ、そうよ!八雲に恩返しできるなら何でもやるわ!」


 八雲は嬉しそうな顔をした。

 が、首を振る。

 「……2人共ありがとう。

 でも、わたしは1人で正面から金斬に決闘を挑むよ。

 それで勝って珠姉ちゃんを取り戻すつもりだ。」


 「え?」と一同。


 八雲は先ほど見た夢、”夜光”の泣き顔を思い出した。

 「あたしがやるのはあくまでも試合だ……。

 殺し合いじゃない……。相手がどんなに残酷な奴でも。

 それに寄ってたかって叩いて勝つなんて、鬼らしくないし、意味もない。

 鬼は騙し討ちとか横道をしない。

 初代の大江の酒呑童子もそう言っていたって、学校でそう習ったしな。

 そうだったでしょ?曙光先生。」

 八雲は曙光に片目を瞑って笑ってみせた。


 「お、おう。その通りだ。お前に根付く鬼の心を誇らしく思う。だがな……、その考えは同時に『戦って死ぬ覚悟する』という意味を持ち合わせているのだ。

 そして今回ばかりは、相手が悪過ぎる。

 それでもやるか……?」


 八雲ははっきり答えた。

 「……ああ。

 でも負ける気も、死ぬ気もないよ。」


 心配そうな八重を他所に、いろはは立ち上がる。

 「お前も母親に似て一度決めたら、言う事聞かんからな……。

 そうと決まれば、ちゃんと休んで作戦会議と準備だ。

 こんな馬鹿を言い出したのはお前だからな。お前が死なないようにこっちも必死で厳しくいくから、泣き言は言うなよ?」

八重も躊躇いながら告げる。

 「もし私達が十分に戦えないと判断したら、喧嘩してでも貴女を行かせないから。それだけは守りなさい……いいわね?」


 「ありがとう……。心配かけてごめんね母さん。みんな。」




 


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