7話/家族に手を出すな!・其の四
金斬は風に纏っている砂金を濃くして身を包む。
変化である。
彼が変化したその瞬間、この奈落の闇は朝日のような輝きに包まれた。
砂金の嵐の中から姿を現す、珠より3回りも大きな金塊。いや、丸まった彼だった。
その皮膚はどんな純金も霞む程眩く、滴る蜜よりも艶っぽい。
彼は立ち上がった。
膨れ上がった四肢と大木のような胴体。黄金の城を丸ごと体にしたような重量感。
頭部の2本の角と両頬に生えた牙はスズメバチの頭のようであり、隻眼は仮面のような外骨格で覆われていた。
珠は眩しさで目を開けていられなかった。
(これが王鬼と言われる所以……!
それでも……見かけだけなんかで負けるか!!)
珠も淡い朱色の鬼に変化する。
その際、切った髪が長く伸びる。
すらっとした女性らしい体付きに、体に薄く透けた羽衣のような膜を纏う。子猫のようなくりっとした目と顔。肌は春の柔らかい日の光と桃や桜を合わせたような光沢を放つ。
変化した事で、2人の体格差は更に開いた。
珠は少し背が伸びた程度だが、金斬は彼女の2倍以上である。踏み潰すのも、彼女で人形遊びをするのも容易い巨体だ。
金斬は彼女を見下ろす。目が据わっていた。
「女には厳しい技だと手加減する気は無い。覚悟せよ……。」
「今更、女だの、男だの、要らない気遣いね……!覚悟なんて戦場に立ったその時から決まってる!!」
珠は足を気にしながら構えた。
駆け出す金斬。
ドスドスと象よりも重音の足音を轟かせる。壁が所々崩れ、岩や鍾乳石が落ちる。
その巨体で膝蹴りと肘打ちの連撃。珠の髪が広がる程の大風が起こる。
珠は臆せず彼の腕に跳び乗り、頭に向かって直進した。
「体が大きくても鈍いんじゃ、大した事ないっ!」
手刀の突きを浴びせようとした、その時ーー。
金斬は口を大きく開けた。
「ヒシャァアアアアッーーーー!!!!」
赤みのある金色の液体が発射される。
「!!」
次の瞬間、珠の痛々しい悲鳴が大穴に響いた。
「あああああああ!!!ぅうあああっあっあっアアアアアッッッーー!!!」
彼女は胸を両手で押さえ、のたうち回っていた。
体は先程の液体で濡れており、おびただしい量の煙が出ていた。
硬いはずの皮膚が溶け、所々肉が剥き出しになって火傷を負ってしまっている。
「どうだ、体にずっと纏わり付いて回復が追い付かぬだろう?
これが王鬼の長だけが使える金を制する力。金をも溶かす『王の腐食』。
顔を狙わなかった事を感謝するがいい!」
この世には殆どの金属を溶かす最強の酸、『王水』が存在する。金はこれでしか溶かせない。
そしてこの『王の腐食』はそれに匹敵するか、それ以上の強酸だった。
弱肉強食の戦いだとはいえ、麗かな乙女にそれ食らわせるというのは、正に鬼らしい、鬼の所業。いや、悪の所業だ。
「この一撃で勝負は見えた!その身を醜くただれさせる前に降参しろ!!」
彼は煽るのではなく、真面目に諭そうとしていた。
珠は震えながら立とうとする。
「こんなの……どうって事……ないっ!!!!」
近くにあったひんやりとした鍾乳石で傷を少しでも冷やす。触れるだけでも激痛なのを歯を食いしばって耐える。
(八雲にも手を出すなら、ここで負ける訳にはいかない……!)
金斬は彼女の腕をそっと掴んで立たせようとする。
珠は獣のように吠えながら、彼の顔を思い切り蹴飛ばす。
「ルルル……!!!グゥアアアアアアッッッ!!!」
何度も蹴られ、金斬は仕方なく一旦彼女を投げ飛ばした。
珠は震えながら起き上がった。瞳孔を点のように細くして睨む。
「手ヲ……出スナ……!八雲ニ……、私ノ”家族”ニ!!!!」
「良かろう……!お前が理解するまで、とことん”鬼”となろう!!」
***
「……珠姉ちゃん!!!」
一方その頃、八雲は黒鉄の門の前にいた。
ずっと門を開けようと、蹴ったり叩いたり、鬼火を放ったり、手を尽くしていた。
手足は既に血やアザで真っ赤である。
(さっきから遥か下の方から微かに聞こえて来る……!姉ちゃんの悲鳴……!
姉ちゃんが、死んじゃうかもしれないっ……!!!)
いつも楽観的な八雲だが、今回ばかりは思わず不安で涙を流してしまっていた。
側にいた子狐のいろはが彼女を勇気付ける。
「落ち着け八雲!!
今八重達と俺の本体がここに向かっている!どうにか忍び込んで珠を助けに向かうから、お前も考えるのを諦めるな!!」
「そうよ!
みんないるわ!!大丈夫!!」
と、何処からか八重の声。
重い王鬼達を大太刀で薙ぎ飛ばしながら廊下を駆けて来る女。巫女装束の袖を襷掛けしてまくっている。
後ろに九尾の狐と、長槍を持った初老の男も続く。
「母さん!いろは兄貴、射貫のおじさん!!」
射貫は片腕で長槍を操り、王鬼の攻撃をやり過ごす。
「八重!絶対1人も殺すなよ!ドンパチしてるだけでもまずいのに、やり過ぎたら外交問題待ったなしだぜ!」
八重は大柄な男鬼達の後ろ首を峰で殴る。
群青の髪が更に青く発光していた。
「分かっています!
射貫様は人間でお年なんだから無理しないで!」
「馬鹿ゆうな!お前と八雲になんかありゃ、部下のアイツ(夜光)に面目が立たねえからな!腕もう一本食われようが、ついて行くよ!」
八重達は八雲を庇うように王鬼多勢と向き合う。
いろはは分身の子狐を紅葉に変えると舌打ちした。
「3人で扉を開けるのを手伝いたい所だが、さてどうする?!こいつら倒しても倒しても湧いて来やがる!!」
その時、背の高い銀髪の男がやって来る。王鬼達は彼の為に道を空けた。
「おい!これは何の騒ぎだ!?
何故、八雲とそのお母上達を攻撃している?!」
銀雅だった。
(兄上に黙って八雲を連れて遠くへ逃げようと思ったのだが……、とてもそんな状況ではない!!)
八雲は彼を目に留め、閃く。
(銀雅は金斬の弟!
もしかしたら門を開ける力があるかも知れない!)
八雲は彼に縋った。
「お願いだよ、銀雅!!
門を開けるのを手伝って欲しいんだ!
た、珠姉ちゃんが、死んじゃうかも知れなくて……っ!!」
「え?!
兄上はよりにもよって下の”王家の墓”で戦っているのか?それは私も聞かされていないぞ……!」
「門の遥か下からずっと悲鳴が聞こえてくるんだ!
姉ちゃんのあんなに苦しそうな声、聞いた事がない……!早く助けてあげないと姉ちゃんが、姉ちゃんが……!」
八雲は最悪の光景を思い浮かべ涙を溜めた。
銀雅はそれ見て、直ぐに門に手を掛けた。
「この門は基本兄上しか所有者に認めていない。
しかし、弟の私にも”王の力”は僅かに流れている……!
少しだけなら開けるかも知れない。」
その時、金斬の側近が前に出る。
「銀雅様!金斬様からのご命令です。銀雅様であっても通すな、と。」
それを聞き、銀雅は「許せ!」と、膝を突き出す。
空振りの膝蹴りから銀色の突風が吹き、側近は吹っ飛ばされてしまった。
王鬼達が怯んだ隙に、銀雅は思い切り門を押した。
歯を食いしばり、汗が噴き出すほど力を込めた時、門は30センチ程開いた。
「今のうちに早く!!私も後から追い付く!」
八雲は屈んで銀雅の脇の下を潜り、僅かに開いた門の内側へ進む。心配そうに銀雅の方を振り返る。
「銀雅……ありがとう!!」
微笑んでみせる銀雅。
「どうって事ない……!さあ、進め!」
皆、彼に礼を言って門の中に入る。
八雲と八重達は僅かな足場を伝いながら慎重に大穴を下へ下へと下りて行く。
射貫がボヤく。
「オイオイ!金斬の野郎、こんな暗い所に珠を連れ込んだのか?!しかも、さっきの銀雅って奴が墓だとか何とかって言ってたし、とんでもなく悪趣味な奴だ!」
「あ、下の方が明るいわ!あそこから珠ちゃんの気配もする!」
(姉ちゃん……!)
八雲は黄金に輝く空間を目に捉えた。
最下層の砂地に飛び降り着地する。
奥の方に一際目立つ黄金の大鬼が屈んでいる。
(あれは金斬が変化した姿か?!)
目を凝らす八雲。
大鬼は何か小さな人形のようなものを横抱きにしていた。あちこちが禿げたボロボロの皮膚、髪は痛み、目は開いたままピクリとも動かない。
「恨むな……。これが正々堂々、勝負の結果だ……。」
彼は腕の中の”それ”に接吻しようとする。
「……だが、誰ももうお前を傷付ける事はしない。ようこそ、”我が妻”。」
それは人形ではなかった。
八雲はそれに気付き、頭の中が真っ白になる。
(珠姉ちゃんっ……!!!!!)
八雲は走った。走りながら青い炎を纏い、黒鬼に変化する。
「返せぇっ!!!!!姉ちゃんをっ!!!!!」
怒りを乗せた飛び蹴り。
金斬はそれを肘で弾き返す。
金斬を睨んだまま、着地する八雲。
八重といろは達も金斬の行いに血の気が引いていた。
「これはお嫁さん選びの試合なんかじゃないわ……!ただ獣のように襲っているだけよ!」
八雲は震える手で額から角を2本抜いた。
「今すぐ試合開始だ……!
お前をブチのめし、勝ってここを出る!姉ちゃんを連れてっ!!!」
<おまけ・変化した金斬デザインラフ>




