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7話/家族に手を出すな!・其の三

 金斬はローブを脱ぎ捨てた。

 体にピッタリと張り付く黒い毒蛇の皮鎧に包まれた強靭な肉体が露わになる。

 鎧の上からでも、筋肉の彫りの深さがはっきりと分かる。


 金斬は砂金の砂嵐を纏いながら、ゆっくり彼女に歩み寄る。

 その体格差は八雲に対する銀雅と同じく大きい。

 珠は足をすくませた。恐怖からではない。

 (金斬から発せられるこの金の風に気をつけなきゃ!長く吸うと筋肉をぐにゃぐにゃにされて、根っこを腐らされた植物みたいに足が立たなくなる!)

 

 金斬は膝蹴りで跳んで来た。大砲の射出の勢い。

 珠は連続回転跳びで後方に逃げるが、金斬が膝蹴りの連撃で追い詰めていく。その動きはタイの格闘技、ムエタイを彷彿とさせる。

 「お前らを制したら残るは黒の酒呑童子、夜光のみ!

 奴がこの地に戻って来た時、奴はお前達を失ったと知って絶望するだろう!更にその悲しみの中、俺に敗北するのだ!」

 「ベラベラくだらない事っ!」

 「お前の技は大会で散々見て知り尽くした。どれが来ても返せるぞ?」

 その言葉に、珠は失笑した。

 「『知り尽くした』?あはは!お生憎様!

 私の拳は気まぐれなの。何が出るかは私の気分次第なんだから!」


 珠は後方の岩場に跳んで距離を取る。

 そしてなんと、目を閉じてその場に割座(女の子座り)で座り込んでしまった。

 肩から腕をだらんとさせて完全に脱力し、うたた寝してるかのように首から頭をフラフラさせている。


 金斬はそれを見逃すまいと迫る。

 (トランス状態に入った!ここから様々な生き物の動きを憑依させて戦うのが奴の戦い方!)

 「その無垢な顔のまま眠らせてやろう!」

 彼女の肩を捕まえようと両手を伸ばす。


 その時、彼女が消えた。

 手を広げて、打掛をはためかせ飛翔していた。翼が無いのにだ。


 (妖力で飛んでいる……?!鳥を真似た拳か?!)


 彼女は砂地に着地する。

 金斬も遅れず跳び、彼女の目の前に立つ。


 彼女は両腕を背中で組んでお辞儀し、そして一本足で立っていた。

 優雅な出立ち。


 (こんな動物の真似事……。力の前では無力だ。)

 金斬は難なく間合いに入ろうとした。


 その時だ。

 珠は急に上半身を起こして立ち上がった。

 目をカッと開き、翼を開くように両腕をバッと広げ、天に向かって高々と伸ばした。

 

 「!!」

 金斬は一旦一歩下がった。

 (この動きは……『鶴』?!

 無害な鳥が立っているだけだというに、何だこの威圧感は?!)


 今の珠に金斬など目に入っていなかった。

 彼女は脳裏に雪原で踊る鶴の夫婦を思い浮かべていた。

 それは彼女が昔見た鶴の踊り。楽しそうだと、自然と微笑みがこぼれる。


 珠は前後にステップを踏み始めた。鶴が長い足で柔らかな雪の上を跳ねるように。

 白い翼をふわりと広げるように、両腕で柔らかく翼の形を描きながら、天に向けて開いて舞う。手の先は5本指の先を合わせて尖らせる。

 

 戦いを忘れさせる優雅な動きに、金斬は一瞬目を奪われる。

 「男の鶴ならばその首を包んで温めてやりたくなるのだろうが、関係ない。

 これは殺し合いだ……!」


 金斬は覆い被さるように、蹴りを放つ。脚に黄金の風を纏う。

 ステップで避ける珠。

 金斬は膝蹴りと肘打ちを同時に繰り出す。

 クルリと回りながら跳んで、またもやかわす珠。

 すれ違いざまに金斬の脛に向かって蹴り。

 更に跳んで、尖らせた手を捻って彼の背後から目尻を突く。

 瞼から血が噴き出す。


 (あの尖らせた手……手首を常に左右にくねらせているせいで動きが読めん……!それを両手でやれば、相手の気を逸らせるという仕組みか。)


 そう手に気を取られていると、蹴りが飛んで来た。

 回し連続蹴りから、飛びかかり。

 「正面っ!?」

 と、反応した時には遅く、両手で両目を突かれていた。

 片方は目玉、もう片方は眼帯の更に奥の骨にヒビが入る。

 

 彼は呻きながら離脱した。

 片目は直ぐに再生したが、顔は血だらけのまま。口の端に垂れてきた血を舌で舐めとって恍惚そうに笑う。

 「そんなに俺の血が見たいか……!欲しがりめ……。」

 

 珠はトランス状態から正気に戻る。爪に付いた血を露払いする。

 「これで終わりじゃないよ!次はこれだ!!」


 珠はまた新たな生き物を脳裏に思い浮かべた。

 (佐渡の田んぼで見かけた生き物……。)


 珠は目を閉じ、その場でしゃがんで丸くなった。

 片腕を伸ばし、徐に人差し指で地面をサクッと刺した。

 それを何度も繰り返す。


 「……は?」

 拍子抜けの金斬。思わず顔をしかめる。


 そして暫く考え込んだ後、腹に手をやって大笑いした。

 「どんな猛獣が来るかと思えば……!これは愛くるしい!

 ただの『朱鷺(とき)』ではないか!

 稲田の生き物を啄む鳥に何が出来るというのだ!」


 珠は一歩進んでは黙々と指を地面に刺したり抜いたりし、また一歩進んでは地面に指を抜き差ししている。

 それは朱鷺が田んぼに入って、湾曲した嘴(くちばし

)を突っ込み、優れた嗅覚で泥の中のタニシなどを探している姿にそっくりだ。

 彼女の頭の中は餌を探す事で一杯だった。

 (こっちから生き物の匂いがする……。雪が溶けて、春になったからドジョウがいるかも。)

 彼女が歩いた後には沢山の小さな穴が残されていた。


 「姫よ、俺はこんな面妖なお前を見たくない。今すぐ止めるのだ。」

 金斬は背後から首根っこを掴もうとした。


 一歩踏み出し、何気なく珠が空けた穴を踏んだその時ーー。

 金斬の足元が光る。そして爆発した。

 誘爆を起こし、バババババと砂と火の粉を巻き上げながら連続で爆発する。


 (まさか奴め!ただ穴に指を刺していたのではなく、妖力で出来た爆発物を仕込んでいたというのか?!)

 彼がそれから身を守った僅かな隙に、爆煙の中へ何かが飛んで突っ込んで来た。

 勿論、珠だ。

 湾曲した軌道で2本指の連続突きが飛ぶ。

 それは朱鷺が曲がった嘴でサーベルのような激しい連続突きをするようだった。 

 再び目を突き刺される金斬。一瞬のうちに身体中の皮膚を啄まれる。

 小さい傷だが、肉が抉れた無数の傷口から激しく血が噴き出し、血の霧ができる。

 「ぐぅっ!!!」


 普段大人しく可愛らしい朱鷺であっても、我が子の雛、つまり家族を守る為なら激しく怒る。それを表した拳でもあった。

 したり顔の珠。 

 「どう?!のほほん可愛い鳥さんにしてやられた気分は!?」


 珠の猛攻は終わらない。


 彼女は打ち掛けを脱ぎ捨てた。

 同時に彼女の体が無数の桜の花弁に包まれた。花は透けて光っているので幻だ。


 花弁が消えた瞬間、金斬の表情が張り詰める。先程の顔など比にもならない程の険しい表情。


 彼の前に立っていたのは男の鬼。

 中性的な顔立ちだが、体に巻き付けて纏った黒い布から露出する手足は筋一本一本の彫りが深く力強い。

 クセのある鬣のような朱色の髪と白く濁った片目、そして額には2本角が見えた。


 前の戦で人からも鬼からも恐れられた朱天鬼。

 先代の酒呑童子・『緋寒(ひかん)』。


 1人で千以上の人間の兵を葬り、同族の鬼に対しても無敗の百戦錬磨。人間達が戦で長い間、赤鬼軍を滅ぼせなかった理由は彼にある。 

 ただ1人、彼を倒す事が出来たのは自身の息子·夜光だけ。

 その夜光も、1回目は仕留めきれず、仲間達の支えや、厳しい修行の末、やっと父を倒すに至った程である。

 

 金斬の手がワナワナと震え、目の球が瞬き出来ず痙攣する。

 「俺の前でそいつの姿に化ける事がどれ程の愚かな行いか分かっているのか……?」


 珠は緋寒の姿のまま、元の自分の声で話す。

 「震えているの?どの道、倒すつもりだったんでしょう?私の父上が生きていたら……。」


 2人は同時に動いた。

 蹴りで撃ち合う。

 膝蹴りの金斬と、縦の回し蹴りの珠。

 蹴りが当たった衝撃波で砂が吹っ飛んで、彼らの立つ場所は爆心地のようになる。


 肘と膝、脚と爪。

 激しい打ち合いの末、珠は彼の足を捕らえた。

 寝技に持ち込み、自分の両脚を巻き付け固める。

 歯を食いしばり、悶える金斬。

 (変化前の緋寒が得意とする曲線の蹴り、そして関節技……!

 だが、所詮は”真似”!

 俺や父上が受けた技と比べたらこんなもの……!)


 やや優位な珠。

 だが彼女は急に技を緩め、緋寒の変身を解いた。


 彼から離脱すると、膝を突いてしまった。

 (しまった、足に力が入らない!

 金斬の金の風を吸い過ぎたか……!)


 金斬は彼女に迫る。彼が纏う黄金の風が、先程よりも鮮やかに輝く。

  「想像以上に楽しませてくれた。

 力で奪うからには、せめて技を全て受け、お前の怒りを受け止めようと遊びに付き合ってやっていたが、もうこれまでだ!

 ……ここまでされれば俺も容赦せん。」

 



<おまけ 前作に出て来た『緋寒』と息子『夜光』>

挿絵(By みてみん)

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