7話/家族に手を出すな!・其の二
辿り着いたのは漠然と広い地下空間。
砂漠のような大量の砂に、金鉱石や鍾乳石がまばらに見える。
黄泉平坂とはこのような場所なのだろうか。
珠は砂の上に降り立った。
「待たせた……。
やろうじゃん。死ぬまでさ……。」
そう睨みつけた暗闇の中。視線の先には金斬がいた。
鍾乳石の上で猫背で腕と脚をだらんとさせて座り、真顔で彼女を見据えている。虎のような殺気の籠った黄金の眼差し。
「ここが何だか分かるか?
ここには歴代の王鬼の長の骨が埋まっている。王鬼の長は死ぬと遺体はこの穴に投げ捨てられ、腐って骨になり、いずれは砂と同化する。大地から力を得て、更なる強者に生まれ変わるのだ。」
と、手に持っていた角のある頭蓋骨を眺める。
金斬は鍾乳石の上から飛び降りた。と、思った時には、彼女の背後に立っていた。
珠の後ろで広がる黒いローブ。布が僅かに反射して輝きを放つ。
「髪を切ってしまったのか?勿体無い……。」
金斬は背後から彼女の顔や手に触れようとする。
珠は目をカッと開いた。
拳を素早く突き上げ、彼の顎に見舞う。
一気に5発入り、軽く仰け反る金斬。
「まだだっ!!」
珠は打掛を脱ぐと、それを彼の頭に被せた。
打掛の袖で首を固く縛り、蹴りを腹に入れながら引っ張る。
金斬の首が絞まる。頭がてるてる坊主の状態だ。
「こんなんじゃ済まさないっ!!」
彼女は低い声で吠え、豪雨のように拳を浴びせる。
「おおおおおおおおおおおっーー!!!!」
「うっ……!はっ!」
軽く呻く金斬。頭部を殴打され、しかも息が出来ない。
トドメに走り込みから回転入りドロップキック。地団駄の連続蹴りのおまけ付き。
金斬はフラフラした後、仰向けで倒れてしまった。
「昨晩、私に舐めた事をしたお返しよ……!!」
吐き捨てるように言う。
「気は済んだか?」
と、金斬。固く縛られた袖を難なく解き、普通に起き上がった。
血の混じった唾を吐き捨て、涼しい顔をする。そして丁寧に彼女の打ち掛けを投げて渡した。
珠はそれを乱暴に受け取って着直す。
「変化しろっ!本番はこれからだ!!」
「嫌われたものだな。
この大会でお前が上手く歩を進めるようにしたのは俺なのだがな。」
「どう言うこと?!」
「予めお前が決勝まで行けるように、弱き者とだけ当たるように対戦表を組んであったのだ。」
「何ですって……!
どうりで戦い慣れしていない若い子が多かった訳だ。」
珠は自分と対戦してくれた、石楠花姫を始めとする若い戦士達を思い出す。
「それじゃあ、貴方は若い子達の可能性を潰したっての?大会は自分の新たな可能性を見つけて広げられる貴重な所なのに!理不尽な戦力差で戦わされ、悔しい思いをして退場して行ったあの子達の気持ち、わかってるの?!」
「そう怒るな。
そうなったのも、元はといえばお前が『酒呑童子』の血を引いているせいだ。」
「昨晩も言っていたけど、貴方には『酒呑童子』への執念を感じる……。何故そんなにも恨むの?」
「そうだな。始める前に話してやろう。
その昔、朱天鬼に酒呑童子の称号を持つ『緋寒』という男がいた。
獅子の鬣のような朱色の髪と、強靭な体。それでいて、妖艶な女のような顔立ち……ーー。」
「……!!」
彼女の視線が遠くなる。
「そうだ。黒の酒呑童子の父であり、先代。そして、お前の父だ。」
ーー俺は子供の頃に、緋寒と出会った。彷徨う理由は唯一つ。奴は自分を死に追いやる程の強者を求めていた。
緋寒は佐渡に現れ、我が一族に戦いを挑んできた。
鬼ならば戦いを挑まれたら受けねば、その権威が下がるというもの。
俺の父は親族と共に緋寒の挑戦を受け、そして全員負け死んた。
奴の恐ろしさは今思い出しても震える。どんな困難も笑ってみせ、どんな痛みも喜んでみせた。追い詰めれば追い詰める程、責めている相手が気が狂いそうになる。
まさしく鬼の上をゆく、”化け物”だった……。
俺は父を殺され、震え、怒った。
俺にとって父は完璧な帝王だった。
この島を正しく治め、豊かにし、そして鬼としての強さもあった。だから、絶対的な王が敗れた事実を受け入れられなかった。
俺は緋寒に挑んだ。
『どんなに不利な状況であっても、戦いを挑み、戦いの中で死ぬのが男の鬼の生き方だ』と、よく言っていた父上の言葉を胸に……。
俺は子供の頃から神童と呼ばれる程の戦いの才はあった。
しかし、奴の前では赤子同然に扱われた。……いや、殆ど拳を交える事なく俺を転がしたと言ってもいい。
俺がとどめを刺されると思った時、奴は……俺の目の前に顔を寄せてきた。
終始怠そうな目で見つめ、張り裂けんばかりに口角を上げて笑っていた……。
奴はこう言った。
『ふうむ。お前、歳は黒鬼の我が子より少し上くらいか。
我が子がもし俺と戦ったら、これよりもっと楽しいのだろうか?
ああ……早く愛しい我が子に息もつかぬ程の激しい戦いを挑まれ……そして、完膚なきまでに叩きのめされ、殺されたいものだ……。』
そして……俺を抱き上げ、俺の目を舐め……瞼に口付けしてきた……。
それは『本気を出せば、お前の目玉に齧り付く事もできる』という、圧倒的な戦力差と余裕を見せつけ、相手の心を折る行為だった……。俺が男で、同じ男にそうされるのがどれだけの恐怖か知った上での行為にも思えた。
俺は……声も出せず、襲われる女のように、されるがままに、その接吻を受け入れるしか無かった……。
終わると奴は言った。
『どうだ、俺を殺したくなったろう?強くなったらいつでも大江に訪ねて来い。待たせはせん。』
その後、興味を無くしたように去っていた。
父上や親族達の血の池を歩いて……。
語り終え、金斬は疲れたように笑った。自分の顔の眼帯に手を当てる。
「俺の片目が無い理由が分かるか?
あの戦いの後、緋寒の化け物のような笑みが脳裏から消えなくてな。気がおかしくなりそうな程、息が苦しくて、吐き気を催して……、それでも奴は俺の頭から消えない。片目に奴の幻が見え続けた。
だからどうしようも無くなって、アハハハハ……!
自分で潰したんだよ……。」
珠は黙ってそれを聞いていた。
自分の父親の行いに、弁解の言葉も浮かばなかった。
哀れむような目を向ける。
「つまり、貴方は恨みを晴らしたいのね。私達と戦う事で……。」
「俺も奴に負けた腹いせに、血縁者であるお前達に見境なく敵意を向けているのでは無い。
その後、緋寒本人を倒そうと技を磨き続けていた。
だが、それは出来なくなった。
お前の兄、黒の酒呑童子が、あろうことか先に奴を倒してしまったからな。
死んだ者はどうにも出来ん。だが、あの化け物の血を引くお前らがまだいる。
俺は邪悪な血筋を断つ。緋寒の子孫から、奴のように、鬼と人間にも厄災を招く化け物が将来生まれないよう……。
それは、お前達を完膚なきまでに負かす事で果たされる。それが俺と我が一族の復讐だ……!」
「……血を絶つという事は、殺すのね……?
八雲を!!」
再び身構える珠。
「そうだ。」
金斬は鋭く睨む。直後「だが……。」と言って、やや悲しげに瞳を潤ませた気がした。
「……珠、お前だけは殺さん。俺の元で暮らして貰う。他の者と結ばれ、化け物の子孫を後世に送り出さないように……。
そして、お前が己の運命を受け入れれば、この俺も誰よりもお前だけを愛そう ……。子を成さずとも、互いに死す時まで……。
今だって腰抜けと罵る事なく、黙ってこの戦いを止めてやる。」
珠は暫く俯く。
そしてキッと睨みつけた。
「お断りだね……。家族を見殺しにして生き残るなんて!」
金斬の目が鋭くなる。その瞳の色は自分を振った彼女への怨念がドロドロと渦巻いているようにも見えた。
「そうか……。
ならば、力尽くで奪おうではないか。鬼らしく……!」




