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6話/白無垢のようだ……染めてやろう·其のニ

 食事が終わり、珠達は寝室に案内された。

 部屋には土製の棺桶のようなものがあるが、これは土鬼やその亜種である王鬼特有の寝具だ。土の眷属である彼らは、ここから大地の精力を得るらしく、大昔は直接土や泥の中で寝ていたそうだ。


 珠は棺桶にぐでんと倒れ込む。

 「あ〜づがれだ〜。」


 その時、何者かの気配がした。

 一足先に、入り口の鉄戸の前に駆け寄る八雲。

 「おい!誰だ!!」

 (この気配は……?)


 八雲は自分から扉をバンっと開けた。


 目の前にいたのは"銀雅"。

 何故か顔を真っ赤にして、焦ったような様子。


 八雲は銀雅の胸ぐらを掴む。と言っても、相手は自分の倍の身長なので子供が親の着物を掴んで引っ張ってるようなもの。

 「何か用か?!珠姉ちゃんか?!珠姉ちゃんに用なのか!?珠姉ちゃんなんだな!?」

 「え、は?!ち、違うんだ!

 き……き、き!」

 八雲を目の前にして、過呼吸になる。

 「あん?!」


 銀雅はやっとの思いで伝える。

 「き、君に用がある!一緒に来てくれっっっ!!」

 思いがけず大声になる。


 その時、八雲は閃いた。

 (はっ!!分かったぞ!

 もしかして、金斬がコイツを使ってあたしを葬って、でもって珠姉ちゃんが1人になった所を掻っ攫おうとしてるんじゃ?!許せないぞ!!)

 銀雅の淡い想いなど、1ミリも伝わっていない。


 「おう……!行ってやるよ。やるからには『後悔させない』ぜ。」

 八雲は上目遣いで睨む。

 だが、銀雅にはそれが艶っぽい表情と台詞として伝わっていた。

 (『後悔させない』……?!いや、落ち着け!そんな都合の良い意味な訳ない……!)

 

 「姉ちゃん!直ぐに戻って来るからな!!」

 八雲が部屋を出る時、子狐のいろはが珠に尋ねる。

 「おい、珠。1人で大丈夫か?」

 「大丈夫。私よりあの子の方が若いんだから、側にいて助けてあげてね。」

 珠は困ったように笑って送り出す。




 銀雅は八雲を屋敷近くの地底湖に案内した。

 湖畔は蛍光色に光る苔やキノコが群生しており、蛍のような幻想的な風景だ。

 地底湖は波の少ない夜の海のようだ。


 人気は無く、今いるのは2人だけ。


 「じゃあ、やるぜ。」

 八雲は両手を合わせて骨をぼきぼき鳴らした。

 「え?!」

 ようやく状況を理解した銀雅。直ちに話し合いを試みる。

 「ま、待ってくれ!君と話がしたくて呼んだんだ!

 争う気なんてない!」

 「ん、話?あたしに?」


 銀雅は頬を染めて俯き、自分の手元を見る。大柄な体格でありながら繊細そうな仕草。

 「君を……、もっと知りたいんだ。

 大会が開かれた日に、市場で一緒に鬼太鼓を踊った時から、君が気になっていた……。」


 八雲は少し考え「あっ」、と手を打つ。

 「もしかして、あの時の?!確かに銀色の髪とか匂いとか一緒だ。」

 「そうだ、私だ!あの時は面をしていたし、身分を隠して来てたので分からなかったかも知れないが……!」

 銀雅は彼女が思い出してくれたので、嬉しそうに顔を合わせた。

 「……それと、君の試合を全部見て感動した!君の心の強さや優しさに……!

 だからもっと君と……話したり、間近で顔を見たいと思った……!」


 八雲はこういうタイプの男と話すのは初めてのようで、彼を幼児のようにまじまじと見た。

 (コイツ、なんでこんなに顔が赤いんだろ?酒でも飲んだのかな。)




 2人は近くにあった石の長椅子に腰掛けた。

 軽く自己紹介する。


 八雲は両手を椅子の後ろの方に突いて座り、脚を軽くパタパタさせながら聞く。

 その彼女を、うっとり幸せそうな顔で見つめる銀雅。

 「へえ、銀雅って金斬の弟なんだ。顔や体付きは似てるけど、金の髪じゃなくて銀色なんだな。」

 「腹違いの兄弟なもので……。少し似てない部分もある。」

 「あたしの父さんと珠姉ちゃんも母さんが別の腹違いだから、髪の色とか似てないぞーー。」

 「フフ……。君は本当に自分のお父上や叔母上が好きなのだな。

 それに仲も良さそうだ。」

 「銀雅は金斬と仲良くないのか?」

 「そういう訳ではないが……。

 兄上は私より頭もいいし、強いし、女性と話すのも上手で、しかも佐渡を豊かに保っている立派な長だ。

 でも……、だからこそ何処か身分の差のような距離を感じてしまうのだ。実際に、歳も離れているし、子供の時に一緒に何かする事もなかった。」

 「ふうん……。」


 八雲は寂しげな銀雅を横目で見る。間を読んでから口を開く。

 「そういえばさ。よく考えたら、あたしって、男の子の友達っていないんだよな……。男の鬼っていうと、攫う目的の奴が殆どで、周りにこうやって話をしてくれる奴が全然いなかったから。」

 「そ、そうか。悲しい事だ……。」

 「良かったらさ、この大会が片付いたらどっか一緒に遊びに行かないか?」

 「えっっっ!!??」

 思わず立ち上がる銀雅。

 「やっぱ駄目?偉い身分だもんな。」

 「い、いや、ももも、勿論だ!何処までもついて行く!!地獄の業火や血の池の中だって!!」

 「じゃ、決まりだな!よろしく、銀雅!」

 八雲は歯を見せて無邪気に笑い、両手を差し出す。

 銀雅はどうすればいいのか分からず、恐る恐る、彼女の両手にそれぞれの手を置く。彼女の温もりを感じ、激しく手汗を流す。

 八雲は彼の手をギュッと握って、子供の手遊びのそうに上下に振った。満足そうな顔。

 「えへへへ〜♪」


 銀雅は彼女に釘付けだった。

 (純粋でありながら、何処か……艶っぽい所もあり、不思議だ。本当に心から無垢なんだ……。男がどう見るとか、全て考えずにやっているんだ。)


 八雲はいつになく照れ臭そうに赤くなって手弄りを始める。

 「でさ……。早速で悪いんだけど……。

 市場で初めて会った時からさずっと思ってたんだ……。一緒に『したい』な……って。」

 「えっっっ?????!!!!!」

 彼の顔が燃え上がるように熱くなり、脳天から股下までを貫かれたような衝撃が走る。

 

 八雲は両手でガッツポーズする。

 「”組手”!!しようぜ!!

 男の子の友達とするの、初めてなんだ!」

 目が点になる銀雅。

 「あ……。ああ。」

 (私はなんて……。妙な早とちりをした自分が恥ずかしい……!)

 



 八雲と銀雅は向き合った。

 八雲は身を低く構える。

 銀雅は仁王立ち。と、いうより、八雲に見惚れてぼうっと立っているだけ。

 

 2人の体格差は明らか。

 銀雅は背もあり、ローブを脱ぐと四肢が筋肉質で太いのが分かった。

 彼に見下ろされ、その威圧感に八雲は思わず生唾を飲んだ。

 (改めて見ると大きいな。あたしの父さんの背をもっと大きくした感じか。)



 「行くぞおおおおおおっーーーー!!」

 先に仕掛ける八雲。

 いきなり掌底を両手で交互に2発。

 銀雅はぼうっとしたまま。だが、無意識のままでも余裕で両手首を掴んで封じてしまう。

 「わっ!!」

 両手を塞がれたので、膝を入れる。

 それはちゃんと腹に入った。だが、銀雅は顔を赤くして彼女を見つめたまま。

 (あたしの蹴りが効いてない!?)


 一方、銀雅。両手を塞がれて身じろぎする彼女を見て、心拍数が上がる。

 乱れる艶やかな黒髪や、可憐な衣装が彼の心を乱す。

 (か わ い い……。

 試合の時の動きやすい格好もいいが、こうやって着飾った姿も素敵だ……。)

 痛みなど一切感じていない。

 

 「この!!」

 八雲は彼と両手を合わせて握り、押す。力比べだ。

 八雲は二の腕を震わせ、歯を食い縛って懸命に押すが、びくともしない。


 一方、銀雅。

 やはり殆ど力を入れてなかった。

 彼女の手の感触・鼓動・温もりを感じ、熱で思考停止している。


 そんな事は知る由もなく、八雲は戦慄する。

 (これだけ力があるのに向こうから攻めて来ないのは、力の差を精神的なプレッシャーとして与えたいからか?!)


 と、思っていた矢先、銀雅が彼女を押し始めた。

 八雲は止めようとするが、手をどんどん彼に押され、耳の横までいってしまう。

 「うっ!!」

 (こんなに腕力がある男鬼もいるのか!全然動かない!)


 八雲が思うような戦いなど、彼には起きていない。

 銀雅の理性は飛んでいた。

 本能的に彼女に寄り添いたいと思って、しかもほんの軽い力でそれをしている。

 彼女の驚いた顔。その艶のある唇と、長いまつ毛。片目が黄金で、もう片方が栗色の瞳。それらが視界に映る。

 彼は彼女の脇に素早く手を通した。

 「殺られる!」と、身構える八雲。 


 次の瞬間、銀雅は彼女を抱き締めていた。背中に手をやって、しっかりと。


 彼は『好いた女を胸に抱き入れる幸福』で満たされていた。

 (兄上に渡ってしまうなら、いっそ……。)


 一方、八雲。

 何故か彼女は彼のその行動に"武者震い"していた。

 (この締め付け攻撃であたしの背骨を折って仕留められたはずなのに、敢えてしなかった!!

 あたしに余裕な所を見せつけているんだ!

 ……凄えぞ、銀雅!!)


 彼女は色恋に対して、恐ろしく『鈍感』だった。


 密着した銀雅を見て、うたた寝していたいろはが目を覚ます。

 「コオオ!!コォンコンっ!!!」

 慌てて八雲を守ろうと、銀雅の腕に噛み付いた。

 血がダラダラ出ても、そんな事など今の銀雅の気には留まらない。

 

 銀雅は彼女を横抱きにし、顔を鼻先まで寄せた。目と目が合う。

 彼は頬を染めたまま目を細め、ゆっくり唇を寄せた。


 分からず、じっと見ている八雲。

 (ゆっくりとした動き……。頭突きじゃない!

 何の技だ……?!)


 一方、銀雅。

 あどけない彼女の表情を見て、動きを止めた。

 戻りつつある理性。

 (ち、違う……!この子は……この状態にどんな意味があるのか、何も分かってないんだ!

 そんな何も知らない子に、知らぬのを良い事に、こんな事をするのは卑怯だ……!恥ずべき事だ……!)


 いきなり突き放す銀雅。

 そして、いろはを振り切ってダッシュで逃げ出す。

 「また明日!!おやすみなさい!!」


 ぽかんとしている八雲。ホッとしているいろはを抱っこする。

 「……?

 どういうことなんだ?」


 八雲は部屋に戻りながら考える。

 「なんていうか……やっぱり男の中でも強い奴って、本当に強いんだな。

 まだ上には上がいるってことなのか……。


 えへへ……天陽の次は、銀雅がずっと気になっちゃいそうだ……。」




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