1話/閃光の夜鬼姫・其の一
とある日の昇る島国。
少し前までこの地は国と国を取り合う乱世、戦国の世であった。人間同士はもちろん、種族の違う『鬼』までもが殺し合う苦しみの時代。
だが今はそれも終わり、争いのない平和な時がやってきた。
その平和交渉の結果というべきか、人間の住む地域とは別に『鬼が住む国』の建国が認められた。
その国の名は『大江ノ国』。
雄大な山々があり、種類豊かな草木が生い茂り、また移り変わる四季がその美しさに彩を添える。
さて、そこに住まう鬼とはどんなものだろう?
森の中に人が歩くには険しすぎる谷川がある。
岩場から生えた小枝の葉やまだ緑色の紅葉の葉を揺らし、岩の上を跳んで渡り、全速力で駆ける。
長い絹のような銀の髪をなびかせる女ーー。
銀色以外は淡い朱色も滲んでいて不思議な髪色である。
白地に桃や紫を滲ませた打掛を着ており、跳ぶ度それが髪とともに大きくフワッと広がる。
ここまでは人間と大差ないが、彼女は人間ではない。
額には牛のものと似た『角が2本』ある。
彼女は『鬼』だ。それも女の。
「もーー!!何で付いて来るの?!私、忙しいんだけど?!」
女はその整った丸みのある顔を歪ませ、少女のような可愛らしい声で怒鳴る。
瞳は虎目石のような黄金。顔からして歳は20代初めに見える。
そんな若い女鬼を、目をギラギラさせながら追いかける輩がいる。
同じように長い角を生やした、厳つい男の鬼だ。
それも10匹。
身長は2メートル前後で、筋肉で太くなった四肢を持ち、背丈も肩幅もあって見るからに腕っ節が強そうだ。
少女とは熊と犬くらいの体格差がある。
髪が赤系なので赤鬼だ。
彼女と彼らは鬼の中でも『天鬼』と呼ばれる上位種である。
人間に近い姿をしているが、比べ物にならない程の高い身体能力をもつ。
男鬼達は叫ぶ。
「そこの、髪ツヤ美人のお姉さんっっっ!僕らのお嫁さんになってくださいっっっ!」
「嫌だってば!どっか行ってよ!」
当然拒否する女鬼。
「お姉さんがっっっ結婚してくれるまでっ求婚を止めないっっっ!」
この男鬼達がここまで必死に追うのは単に雄としての本能からではない。
天鬼の雌の出生率が少ないからである。奪い合わなければならない程雌個体が少ないという事は、色恋、色欲どうこう以前に、子孫を残せないことで種族の存続が危ぶまれる。
だから血眼になってこうして頼んでいるのだ。
男鬼達は両手を広げて退路を塞ぐ。
囲まれる女鬼。巨体が迫る。
「「「お姉さん、僕らと一緒に三三九度を!!」」」
罠にかかった獲物にそうするように、慎重にジリジリと迫る男鬼達。
女鬼は恐怖に震えると思いきや、冷静に深呼吸すると、不敵な笑みを浮かべた。
手の平を突き出し、軽く片足を前、もう片方を後ろに突き出して構える。
目が威嚇する虎の目のように鋭くなる。
「私にちょっかい出すんだから、血を流す覚悟はできてるよね、坊や達?」
両者が動こうとしたその時ーー。
何かが物凄い速さで駆けて来た。
近くの木の黒い影に菱形の黄金の輝きが浮かんだ。
生き物の片目から放たれる眼光。
その刹那、黒い何かが飛び出す。
雷のように眼光が光の帯を引き、狼の尻尾のようなものが揺れる。
男鬼達は血相を変え、臨戦態勢に入っていた。反応が間に合わない程の速さで現れた気配や音や匂い。そこから敵意を感じ取ったのだ。
女鬼を一旦捨て置き、目の前に着地した『それ』を確認する。
目の前にいたのは『10後半の少女』だった。
クセのある漆黒の髪を頭頂部近くで結って、更に緩く一本に三つ編みにしている。そこに一房だけ青い髪が混ざる。後ろから見ると立ち上がった狼が尻尾を揺らしているようだ。
服装は腿まで短い青紫の袴と袖の無い着物を纏い、剥き出しの四肢は筋肉で程好い肉付きだ。
瞳は片方が黄金、もう片方が栗色。
額に小さな三角の『角』が2本ある。
この娘も鬼だ。
男鬼は拍子抜けした表情になった。
「な、なあんだ。なんか角がビリビリする程の気配が超スピードで来たと思ったら……、まだ子供じゃねえか。」
「しかも黒髪で角?黒い鬼なんて聞いた事もねえ。」
ヒソヒソと会議していると、少女が「おい!」と声を張り上げた。
大の男達が一斉にビクッとする。
「おい……、お前ら鬼だよな?
あたしと"やらねえか"?」
少年のような口調だが、どこか色を感じさせる息づかいの声。
上目使いの目を細め、誘いの意味で指をクイと動かす。
凛とした顔立ちと、怠そうな目付き、そして自身ありげな笑み。
その黄金の瞳は艶っぽくもあり、肉食獣のような来る者を寄せ付けない鋭さもある。
男鬼の1人がずいと前に出た。
戦うかと思いきや、恥じらう乙女のようにペコリとお辞儀する。
「僕、初めてなので優しくお願いします!!」
その彼へ仲間達が尻にアッパーカット。
「ア ホ か!どう見てもそんな状況じゃねえだろ!」
「この小娘、何かヤバい気配がする!逃げるぞ!」
「焦るな。多人数で畳んじまえ!
女ならコイツも将来のお嫁さん候補として一族に招いてやる!」
男鬼達は急に青い炎に身を包んだ。
鬼火と呼ばれる、妖などの高次元の生き物が操る炎だ。
炎の中で彼らの影が更に倍大きくなる。
炎が消えると、鬼達は化け物の姿になっていた。
着物が消え全身が赤い肌の裸体になり、虎のような牙を剥き出しにする。
角が伸びて体が巨大化。四肢は仁王の腕のようにパンパンだ。
また、裸と言ってもその皮膚は岩石のように硬くなっている。
鬼が真の姿に化ける事、これを『変化』という。
野山でこれと出くわせば、人間などひとつまみで胃袋送りにされるだろう。
だが、少女鬼は目を見開いて楽しそうに笑っていた。
「おっ♪」
面白そうなおもちゃを見つけた子供のようだ。
その時、最初に追われていたあの女鬼が心配そうに少女鬼を呼んだ。
「や、『八雲』!」
「なあに『珠』ねえちゃん?」
多分、「危ないから止めなさい!こんなのに勝てないわ!私はいいから逃げて!」と言うのだろう。
珠は憐れみの目を向けた。
男鬼達の方に。
「……八雲、少し手を抜いてあげてね?力差あり過ぎて可哀想だから。」
「は〜い♪」
と、八雲は上機嫌で指と首の骨を鳴らした。
目を丸くする化け物達。
「「「え?」」」
八雲は男鬼のうち一匹の腹を殴った。
岩を岩で殴ったような鈍い音が轟き、彼は木を十数本薙ぎ倒しながら倒れた。
「この!!」
別の鬼が3匹同時に仕掛ける。
3本の拳が彼女を突く。
だが当たらない。
彼女は空中にいた。巴を描き、空中後転している所だった。三つ編みが揺れ、黒髪全体が飛びかかる狼の形になる。目立つ一房の青い髪。
そこから回し蹴りや踵落としで、鬼達の眉間や顎を蹴飛ばす。
下顎に膝蹴りを喰らって失神する鬼もいた。
鬼達は彼女を捕まえようとしたが、小さくてすばしっこいので股の下や脇の下を潜られて逃げられてしまう。
体格差が悪い方に働いていた。
八雲は鬼達の肩の上を跳んで渡りながら、掌底を打つ構えをする。
強張らせた両手に、一瞬だけジグザグの線が走る。白い雷である。
「やっぱビリビリが無いと角の先まで震えねえや……!」
八雲は1匹の鬼の張り手や膝蹴りをかわして、彼の足元にしゃがむ。
首を目掛けて跳躍。
素っ首に噛み付くように掌底を放つ。
スパンと打ったのが見えたかどうかの所で辺りは一瞬白い閃光に包まれた。
直後、鬼はズドンと白目剥いて倒れる。
他の鬼達は震えた。
「すばしっこいのは良いとして、小娘が打てる技か!?これだけ素早く空の雷を呼んで拳に纏い、しかも正確に当てるとは……!」
「ほらほらほらほら♪反撃して来いよ!」
八雲は鬼達の首や頭を打って回った。
それは狼が獲物の首を噛みちぎって飛び回るようだった。
当たる度、辺りは白い閃光に包まれ、直後、バタバタと倒れる男鬼達。
その嵐のような猛攻の中、彼女は終始笑っていた。
「もっと一斉に攻めて来いよっっっ!!??
変化しといて何遠慮してんだよ!!??」
尖った八重歯を見せながら、目を見開き、酒に酔うように戦いに酔っていた。
僅か数分後。
男鬼達は変化を解き、蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。意識が朦朧としている者は、這いながら逃げる。
八雲は這っている男鬼の背中に跨った。
「た、たたたた、食べないで!!僕悪い子じゃないよ!?」
と彼は体に対して小さな頭を隠し、プルプル震えた。
「おやつ♪おやつぅ♪」
八雲は舌なめずりし、男鬼の肩に噛み付いた。
八重歯が刺さり血が出ると、彼女はそれを舐めて唾液と絡めて飲み込んだり、吸ったりした。
血や肉は鬼にとって大事な栄養源である。傷の回復を早めるだけではなく、沢山良質な血肉を得た分体が強くなる。それは相手の魂までも吸収して大きくなっていくようなものでもある。
男鬼は声を高くして叫ぶ。
「いやあぁ〜ああん!!助けて!危ない女の人に襲われるぅ〜!」
八雲は直ぐに止めた。顔をしかめている。
「……マズい血。
手応えもなかったから、こんなもんか。」
「八雲、それ位にしなさい!
相手が干からびて死んじゃうわよ!」
珠が嗜める。しゃがみこんで頬杖をしている。
「んーーむむ。わかったよ、珠姉ちゃん。」
八雲は困り顔で相手を解放してやった。
男鬼が「僕もうお嫁に行けない!」と、泣いて逃げるのを手を振って見送る。
「戦ってくれてありがとなーー!
強くなったらまたやろうなーー!いつでも待ってるからーー!」
八雲は珠に手を差し伸べた。
「さ、珠姉ちゃん。」
子供のような無邪気な笑み。先程の修羅の顔が嘘のようだ。
「あ、ありがとう。」
珠が立ち上がると、八雲は上機嫌で彼女に擦り寄った。頬に当たる滑りの良い髪が心地良さそうだ。
珠は甘える猫を扱うように「はいはい」と、適当に頭を撫でてやった。
「じゃあ帰ろっか、姉ちゃん。」
珠は「うん」と言いかけて「あっ!!」っと声を上げた。
「そういえば貴女、学校は?!
まだ、授業中でしょ?」
「あそうだ」と手を打つ八雲。
「近くで珠姉ちゃんが襲われてる声がしたから来たんだった。退屈だったし。」
「心配してくれたのはいいけど、戻りなさいね。
はい、忘れていったお弁当!」
と、籠で編んだ大きな弁当箱を渡す。
「ねえ、姉ちゃんも一緒に学校行こうよ〜。」
「行かないよ!私もう32歳だし!」
<おまけ・八雲デザイン>
<おまけ2・珠デザイン>