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5話/暁の天女に首を垂れろ·其の五

 水面上を爪先立ちで浮き、飛沫を上げ踊るように旋回を繰り返す天陽。両手を標的に向けたまま朱色の弾を雨のように浴びせる。

 八雲は走って側転や空中後転で跳ね回って天陽の弾を避ける。前方に跳びながら天陽へ刀の銃を向け、落雷のような発砲音を轟かせながら二丁同時撃ち。

 銃口から閃光と共に白く丸い弾丸が飛び出し、天陽の前で破裂して白く輝く雷の球体となる。

 天陽はそれを自分の弾で潰す。当たってはいないものの、八雲の弾から鎖のように雷が伸びて絡み付き、体を痺れさせる。彼女は苛立ちながら、それを炎を纏うことで打ち消す。

 

 そんな攻防が夕刻まで続いた。




 最初に八雲の妖力が切れた。

 いくら念じても何も出ないので、早々に刀の接近戦に切り替える。

 「出ねえ……!

 元々妖力は多くはなかったが、遂に切らしたか……!」


 一方、天陽。彼女までもが弾切れを起こし、接近戦に切り替えていた。


 陸の珠が声を上げる。

 「あれだけ妖力が多かった天陽が……!」

 唸る曙光。

 「豊富とはいえ最初に相当撃ったからな。あと、髪に当たる日の光が減ったのも影響している。

 何より、ここまで逃げ切った八雲が想定外だろうな。」


 天陽はヒョウフッと鋭く空を切る八雲の斬撃を手足のみで弾く。

 「遠距離を封じれば、接近戦は無意味と思った?!

 私はそんな浅はかじゃないっ!!」

 負けずに八雲の頬や腹に拳や膝を入れる。

 喰らって血反吐を吐く八雲。

 天陽は更に八雲を背負って持ち上げ、水面に叩き付ける。


 八雲は天陽よりも散々動き回っていたので、既にフラフラだった。

 しかし、心に余裕ができたのか、やっと不敵に笑う。息切れを起こし、時々苦しそうな喘ぎ声を出す。

 「やっと……やっとお前の拳を受け取った!心からの痛みが響いた!あたしの体に!天陽!」

 それを天陽は嘲笑う。

 「苦労してオモチャを手に入れたものの、立っているのもやっとね?!

 今、終わらせて上げるわ!」


 天陽の瞳が”緑”に変わった。


 八雲は唇を噛む。

 (来ないと思ったらここでか……!この時の為に最後まで残していたのか!)

 術にかからないように目を逸らそうと思ったが遅かった。

 激しい頭痛が起こり、脳の奥を焼き殺すような覇気と言葉が流れ込んだ。


 


 暗闇の中で痛みに悶える八雲。

 その闇はよく見ると、赤黒い炎だった。

 その炎の中から、天陽が後ろから絡み付いて首を絞める。

 (っあっあっあああっっっ!!!

 く、苦しい!でも体が動かない!)

 天陽の言葉一つ一つが内臓を抉るような痛みとなって刺さる。

 『お前に酒呑童子になる資格はない!!

 お前ら親子は私とお父様の悪夢だ!!

 消え失せろ……!!黒鬼!!』




 現実では、八雲は既に両膝を突いていた。

 鼻と口から血を流し、瞳孔が開きっぱなしだった。


 天陽は息を整えていた。

 相当力を使ったらしい。

 「なかなか、こずらせてくれましたね……。

 しかし、強敵である方が得る賞賛も大きいというもの……。」


 母の八重は息を飲んだ。

 「や、八雲に何をしたの?!

 これじゃまるで死んでるみたいに……ーー!」


 他人の親の悲痛な声など気にも留めず、天陽は八雲を組み伏せた。

 爪を尖らせて首に当てる。


 審判が近くに寄って、確認に行く。

 「戦闘不能のようだな……。

 試合しゅう……ーー!」


 「待って!」と、天陽が止める。

 「最後にこの子から服従の言葉を聞きませんと!

 さあ誓いなさい!私の手下になり、そして、貴女が私に再戦を挑んで勝つまでは酒呑童子の娘を名乗らないと!

 それで私達親子の悲願は初めて達成される!」

 口裂け女のような、悍ましい笑み。


 その時、曙光が「いい加減にせんか!」と、立ち上がった。

 「確かに強者には服従させる権利はある!だが兄上はそんな事を願ったか?!もうよせ!!」


 天陽は無視して、瞳を緑色に変えた。

 『さあ、八雲……。

 貴女の口から話しなさい。「負けました、従います」と。』

 八雲の唇が痙攣する。

 だが、なかなか話さない。

 天陽は忌々しそうに彼女の顎を掴んだ。

 「この後に及んでまだ抵抗しているのね?

 ならもっと強く……ーーー。」

 と、瞳を更に鮮やかな緑に変えた時だ。


 どうした事か、天陽は八雲に覆い被さるように倒れてしまった。

 「か、体が動かない……!

 ど、うして……また……!?」


 今度は万耀が立ちがる。

 「やっぱりそういう事か……!」

 「何だ万耀?!何か知ってるのか?!」

 尋ねる曙光。

 「姫のあの技は妖力とは別枠で、多分『気力』なんす。

 そして今の姫は強い気を何度も限界まで相手に与え過ぎて、気力が尽きてしまった……!」

 「言わば、”無気力状態”ということか?!」

 「そうです……!

 大会前から、謀反者との戦いであの技は使っていましたし、真面目な姫様ですから普段の気遣いも負担になってたんでしょう……。

 昨日もその無気力の兆候が出ていました!」

珠は腕を組んで唸る。

「『人を呪わば穴二つ』。鬼であれ気で相手を呪うなんて、唯でさえ負担が大きいのに、殺すまでとなるとこうもなる……!

 真面目なお前が呪いの力を甘く見るとは……、嘆かわしい!」


 天陽はトドメだけは刺そうと、八雲の喉元に爪を刺そうとした。

 だがその時、八雲の手がそれを制した。


 「八雲!!」

 八重と珠の歓喜の声。


 八雲は天陽の手首を掴みながら、彼女を押し退け立ちがる。

 まだ荒い息をし、頭痛で吐きそうになっていた。

 「……もう、十分かなって思ったんだけどよ……、この後、やっぱりあたしの力で優勝して珠姉ちゃんの結婚を食い止めなきゃって……諦め切れなくてさ……。自分を裏切るから……。」


 天陽は唇を噛んだ。

 「ここまで積み上げておきながら、こんな失態を……!責任を取らなければ……!」

 震える手で自分の背中に爪を突き立てる。

 そこには昨日万耀が付けた気付けの焼傷だった。

 「ぁああああっっっ!!!」

 痛みで自分を奮い立たせ、立ち上がろうとする。


 「姫様!!もう止めて下さい!」

 万耀が駆け寄ろうとする。


 だが、天陽は最後の力を振り絞り、八雲を羽交い締めにして空へ飛んだ。

 瞳を緑にして金縛りで動けなくもしていた。


 八雲は後ろに呼び掛ける

 「天陽、もう止めろ!

 空に上がる体力しか残ってないんだろ?!

 このままじゃ、あたしを放して落とした後、地上まで飛べずにお前も一緒に真っ逆さまだ!!

 鬼とはいえ、この高さじゃただでは済まない!!」

 「う……るさい!!

 私と一緒に……死に……なさい!」


 八雲は天陽の顎に頭を軽くぶつける。遣る瀬無い怒りで肩を震わせる泣いていた。

 「……お前だって自分の父さんが大好きなんだろ!!

 あたしだって無茶して親に心配かけて、人のこと言えねえけどさ、親の為でも、ここまで自分を粗末にしちゃ……親の気持ち全然分かってないじゃないか……!!

 これでお前の父さん喜ぶのかよ!?」

 「だま……れえええっっっーーーー!!!!」


 天陽はまた無気力状態になった。

 投げ出され、地面に向かって落ちていく2人。

 仲間達の悲鳴。

 先に助けに駆け出す万耀といろは。後に続く珠と曙光。


 落下の最中、天陽は誰かが身を包むのを感じた。

 八雲が彼女の下になるように抱き付いていた。

 「な、にを……?」

 「あたしが下になれば衝撃が減ってお前が助かる!

 そして、あたしは鍛えていて丈夫だから、自力で助かるっ!!」

 我に返る天陽。

 「偉そうな事を言っておいて、貴女こそ自分を粗末にしているじゃないですか!

 憎いはずの貴女に庇われて勝ち残るなんて、そんなの……!」

 天陽はどうにか気を保って、自分が下になるように位置を入れ替えた。

 涙を溜め嘆願する。

 「愚かで、身勝手だって分かってる……。でも、どうか貴女だけでも助かりなさい……!!八雲!!」


 万耀達が滑り込むが間に合わない。


 あと少しでぶつかると思われた時ーー、2人は宙で制止した。


 長い髪を揺らし、ふわりと舞い降りるもう1人の朱色の天女。

 いや、天女のような男の鬼だった。

 「遅れてすまない……。

 手早く仕事を片付けて戻って来た。」


 「陽光様!!」

 万耀の顔が明るくなった。


 


 陽光は八雲と天陽を下ろす。

 天陽は変化を解き人間の姿になっていた。寝たまま動けない。

 最後に立ち上がったのは八雲だった。


 途中で陽光の乱入があったので審判が金斬に判定を委ねる。

 その結果を叫んだ。

 「勝者、大江の黒鬼・八雲!!」


 珠達から喜びの声が上がり、皆でボロボロの彼女を抱き締めた。気が抜けて変化が解ける八雲。


 八雲は嬉しい事には嬉しかったが、それよりもまず天陽を心配した。

 彼女は起きれないまま、陽光から顔を逸らしながら、必死に泣くのを我慢していた。周りに聞こえないように「申し訳ありません。お父様……!」と、何度も声を絞り出す。


 (あのプライドの高くて、綺麗な部分しか見せないようなあいつだけど……悔しくて泣きたいはず。

 なのに最後の最後まで泣くの我慢してる……。

 本当に偉いよ……。天陽は。)

 自分にもそういう悔しい時があったのを思い出すと、悟られないように天陽に向かって”礼”をした。

 

 


 夕日を浴びる夫婦岩。

 陽光は動けない天陽をおぶって、空高く飛んだ。

 赤と紫の滲んだ夕空に、明星のように子を背負った親鬼が浮かぶ。

 

 「お父様……私は自分を大事にしなかった。それでお父様が悲しむ事にも気付かないで……。その他にも沢山の間違いをしてしまった……。」

 「もう何も言わなくていい……。

 お前は私の若い頃と同じだ……。私も前の戦の時、勝つ事に躍起になっていた。親や一族の為に……。

 でも、最後は君と一緒だ。上手くいかなかったよ……。」

 「黒の酒呑童子・夜光様に負けてしまわれたのでしたね……。」

 「そうだ。その時、私は夜光に『殺してくれ』と頼んだんだ。負けたら一族の滅亡に関わるので、責任の重圧に押し潰されて命を絶ったねばと思った。

 でも、アイツは私を生かしてくれた。殺す気なんて最初から無かったんだ……。」

 陽光は顔を綻ばせていた。

 「恨んで……ないのですか?」

 「恨むものか。確かに悔しいと思ったが、夜光が私を生かしてくれたお陰で後に私は人間と和平を結び、大江を豊かにする事が出来た。そして……君という大切な子供を授かる事も出来た。

 戦で仲違いした事もあったが、互いに『友』だと思っている。……今でも。」


 天陽は自分を庇おうとした八雲の事を思い出す。

 (そして私は、そんなお父様の大切な人の娘を殺そうとしてしまった……。)


 「それより天陽、見なさい……。空がとても綺麗だよ。

 綺麗なものを見ると、明日も頑張ろうと元気が出るそうだ……。

 ”気”は与えるばかりでは無くなってしまう。

 だから誰かに与えて貰って満たさなければ。」

 「私に……その資格は……。」 

 「想いが強すぎる故に間違いを犯す事はある。でもそれはちゃんと省みて償えば良い。

 他者は勿論、努力してきた自分を認めてあげるのも強さだ。

 私は、お前を誇らしく思う……。」


 陽光は片手を後ろに手を回し、天陽の頭を撫でた。

 「本当に、沢山の事を我慢して偉かった。 

 本当に、頑張った……。


 ……愛している。天陽。」


 その時、天陽の体中にその言葉が溶け込み、温かくなった。

 体が先程より動くようになっていた。

 陽光は独り言のように言う。

 「風が強くなった……。騒がしくて海鳥の声さえも聞こえない……。」

 天陽は解き放たれたように、涙を流した。

 堰き止めていた感情が一気に溢れ、声を上げて泣くが、その声を風が掻き消してくれた。


 


 八雲は朱色の親子を見上げ、恋しそうに呟く。

 「あたしも、早く父さんに会いたいな……。」

 

 「あら、母さんじゃだめ?」

 と、後ろから抱き付いて肩に顔を置く八重。

 「叔母さんもいるけど?」

 と、珠。

 「「九尾様と酒飲みのオッサンもいるぞ。」」と、いろはと射貫も続く。


 八雲は焦ったそうにする。

 「あーーもーー、違う!

 父さんは、父さんだけは格別なの!!」




***




 試合が終わり、金斬と銀雅は先に土蜘蛛が引く車に乗って地下道から帰宅をしていた。


 金斬は暗闇に光る、金鉱石の煌めきを睨む。

 それは黒鬼の黄金の瞳を想わせる。

 (やはり黒鬼・八雲は……。

 酒呑童子の血を真っ直ぐに引いている。

 いつか”また”俺に仇なすであろう存在だ……!!


 ならば……彼女も……ーー。)




(完)

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