5話/暁の天女に首を垂れろ·其の四
「そうして私は今日までお父様の為に、群がる敵を倒し続けた。
それにより、朱天鬼へ反旗を翻す鬼は半分に減った。
お父様はいい顔はしていなかった。けど『私に止める権利はない。』と言って執拗に止める事はなさらなかった。
これで良かったの。
自分の意思で、家族や一族先祖代々の為に戦った。
そして今も。この大会に出る前も、準備をしながらお父様の手伝いも欠かさなかったわ。
さて、貴女は今まで何をして来たのかしら?」
天陽は話終わると、審判を呼んだ。
「さあ、始めましょう。
皆待っていますでしょうから。」
涼しい顔の天陽に対し、八雲は不安そうに下を向いているだけだった。
すっかり、戦意を失っていた。
(私が父さん達を想う想いよりも強い……!
自分の父さんの過去の無念を晴らそうって、それだけの為に一生懸命頑張って生きてきたんだ!自分の人生や命を懸けて……。
……偉いんだ、良い子なんだ……天陽は……。
……あたしは、天陽と同じくらい、いやそれ以上に努力出来たか?)
2人は夫婦岩である2つの岩の上にそれぞれ1人ずつ乗る。
八雲はまだ俯いてる。
その時、陸の珠が立ち上がり、声を張り上げた。
「こぉら!!八・雲!!」
反応しない八雲。
「こっち向けぇいっーー!!!
喰らえ、その辺のイソガニーーっっっ!!」
イソガニが当たり、流石に反応する八雲。
「な、何だよ!!
遊んでんじゃないんだぞ!!それと『生き物は粗末にしちゃいけないよ』って父さんが言ってたぞ!!」
珠はやっと目を合わせた姪に向かって叫ぶ。
「な〜に天陽に言いくるめられちゃってるの?!しっかりしなさい!!
長い人生自分より優れた人間なんて幾らでも出てくる!
それで変わりたいと思ったら、勉強して、変わればいい、それだけなの!
今の自分が劣っていて、偉くなくて、完璧じゃないって思ったからって、何もしちゃいけないからとか、今この瞬間も大人しくしてなきゃなんて事はないの!!」
「珠姉ちゃん……。」
「ほらほら集中しろっ!!」
八雲は天陽に向き直った。
他の相手にいつもしているように、礼をしようとする。
その時、『挨拶はちゃんとするんだよ』と、教えてくれた父の事を思い出す。
***
八雲が珠やいろはに戦いを教わり始めた5歳くらいの時の事ーー。
いろはの動きを真似して獣の噛み付きのような掌底を繰り出してして練習している八雲。
父・夜光は岩のように胡座をかいてそれを見守っていた。
姿勢が崩れているなどの助言はするが、自ら向き合って相手になろうとはしない。
止めない限り、食事も忘れて朝から晩まで練習したり、走って体力作りをし続ける八雲。
夜光はそんな一生懸命な娘に尋ねた。
『八雲はどうして戦うの?』
『んーー?
楽しいっていうか、体を動かしていると、いつの間にか夢中になっているんだ。「もっとこうしたい!」「こうなりたい!」って。』
それを聞き、夜光は少し悲しそうな顔をした。
『……八雲は、お父さんのお父さん、”緋寒お爺ちゃん”に似ているね。』
『お爺ちゃん?何処かにいるの?』
『……。
八雲が生まれる前に亡くなっている。
とても戦いが好きな鬼だったんだ。』
夜光は少しだけ笑みを作ると、彼女に背を向けた。
『八雲も楽しいならそれをとことん突き詰めるといい。
お爺ちゃんの分まで楽しい事をしてあげて欲しい。
……でも、お父さんやお母さん達、これから出会うお友達、自分の命、それも大事なんだって事も忘れないでね。
大切な人たちも楽しい事ができるように、優しく親切にするんだ。』
『うん!!
ちゃんとやるよ、お父さん!約束!!』
八雲が元気な返事をすると、夜光は微笑み返した。
***
(父さんは……あたしに好きな事だけをさせてくれた。でも、道を誤らないように大切な事も教えてくれた。
そんなあたしが父さんに出来る事……ーー、それはまだはっきりしないけど、まずは好きな事を突き詰めて『ここまで出来たよ、ありがとう』って伝える事だって思う。
あたしは偉くはないし、まだ家を背負うとか理解した訳じゃないけど、あたしは、あたしだ。
今まで以上に、支えてくれる家族にありがとうって気持ちと、この強敵と戦える喜びを、あたしなりにぶつけるんだ。
天陽と比べたら小さくて、誰かに褒められる事はない。
けど、下らなくなんてない。
これがあたしなんだ。
天陽は強い。負けるかもしれない……。でも、全力で戦おう。
足りない中で、全てを出し切っても触れられないかも知れなくても……。
それならせめて……天陽の攻撃を受けて受けまくって身体に刻んで覚えろ!
そして2度と無いかも知れないチャンスならば、後悔が無いように全部をぶつけろ!)
八雲は深呼吸をし、そして天陽に向かって深く礼をした。
「よろしくお願いします!!」
審判は息を吸って声を張り上げた。
「始め!」
両者まずは変化する、と思いきや、天陽は岩の上から跳んだ。
「?!」
彼女が視界から消えても、その場で身構える八雲。
天陽は程なくして現れた。
(後ろ!?まさか……もう”アレ"を仕掛けてきた!?)
天陽の怨念のこもった顔と殺気。
八雲は振り返る前に、掴まれまいと伏せるか飛び降りようとした。
だが、連れて行かれた。空へ。
ぐんぐんと高度が上がり、地上の佐渡島が遠くなり始め、晴天の空が近くなる。
八雲は片腕だけを掴まれて宙ぶらりんの体勢だった。
(羽交い締めされたら動けなくなる!
珠姉ちゃんの練習でやったように風の向きに沿って体を動かすんだ!)
八雲は目を閉じて風の向きを感じた。
そして追い風の方向に向かって、倒立するように蹴りを入れた。
「足癖の悪い下鬼ね!」
天陽がその蹴りに気を取られ僅かな隙が出来る。
八雲はそれを見逃さず、空いている片手で天陽の指を逆関節で倒して彼女の手を外した。
真っ逆さまに落ちていく八雲。夫婦岩が小盛りの土にしか見えないこの高さで。
「いいでしょう。開始早々に傷を負わせられましたし。
飛べないのは不便ね……。」
天陽は追わず、先に変化を優先にした。
彼女が宙に静止すると、髪もフワッと大輪の菊や太陽のように広がる。
地上の人々の目に焼き付けるように青い炎に身を包み、天女の鬼の姿にその身を変えた。
脚を揃え、優雅に胸を開くポーズ。
見物者達は歓声を上げた。
しかし天陽を見ていなかった。
「良かった!八雲!」と、八重が喜びの声を上げている。
見ると海から顔を出す岩場の一つに、変化した黒鬼の八雲が膝を突いていた。
怪我一つ負っていない。
天陽が変化をしていた時まで話を遡る。
八雲は確かに岩肌に向かって急降下していた。鬼であれ、間違いなく骨に損傷を負う高さ。
だが、八雲は大の字になって落下していった。
周りから「駄目、ぶつかるーー!」と悲鳴が上がった瞬間ーー。
彼女は青い炎に身を包んだ。
変化。だが、いつもの変化じゃない。
蓮の蕾のような形の炎が膨張。そして岩を砕いて激しく水飛沫を飛び散らせながら爆発した。
水蒸気の濃いモヤが晴れた時、彼女が姿を現す。
海から顔を出し、岩の足場に上がって膝を突く。
彼女の無事に思わず立ち上がって声を上げる珠達。
「変化の炎を利用して爆発して落下の衝撃を和らげた!」
と、ほっとする珠。
「というより、水中深くまで岩を砕いて、上手いこと着水したな。
飛べないなりきに『鬼術』も賢く応用しろと助言しといて良かったぜ。」
と、訂正するいろは。表はぶっきらぼうだが、嬉しそうである。
八雲は仲間の声を他所に、天陽に向き直った。
「危なかったぜ……。
けど、さっきので初っ端から貴重な妖力を失っちまった。」
天陽は冷ややかに八雲を見下ろす。
「……いいでしょう。
それくらいやっていただかなくては、打倒黒鬼を唱えるこちらの面子が立たない。」
片腕を伸ばし、それをもう片方の肘を曲げた腕の上に乗せて固定。伸ばした腕の指をスッと八雲に向けた。
太陽のように円状に広がった髪に太陽光が集まり、それが反射して指先に集まる。
指先の光の球が膨れた時、それは発射された。
「来る!」
八雲は岩場を跳んで渡り始めた。
橙の光の線が岩場の一つに当たる。
すると岩は赤く発光しながらドロドロに溶けて海に消えてしまった。
熱光線だ。
天陽は指をスッと横に動かした。
すると、線は岩場を全て溶かしながら、走る八雲の背後に迫った。
指を八雲に向け、追いかける天陽。
三つ編みを風に流しながら、全速力で逃げる八雲。
「骨も残さず焼いてあげるわ。黒ネズミさん……。」
天陽は今度は体を地面に向け、胸の前で合掌した。
すると広げた髪の全てが輝き、直径が彼女の体長程の太い光線が発射される。
それが滝のように地面に流れ出す。
「流石、天陽!やる事が派手!んでもって無茶苦茶だぜ!
でも、こっちも毎日山を走り込みしてたんだ!!今のあたしの脚を舐めんなよぉーー!!」
八雲は必死に手足を動かした。
太い光の円柱が八雲を飲み込もうと追い回すが、背中スレスレで当たらない。
陸の珠はハラハラしながら拳を握りしめている。
曙光が口を開く。
「八雲の得意な素早さならアレをギリギリ逃げ切れるか。
とはいえ、天陽はずっと追いかけっこに付き合う程、気が長くないぞ?」
暫くすると、足場の岩場が僅かになっていた。天陽が殆ど溶かしてしまったのだ。
「天陽に一発も喰らわせられてねえ。夫婦岩を登って跳んでも奴には届かない!
……鬼火があるが、それでどうにかなるかどうか。」
八雲は走りながら、角と角の中央、額の前に青い火の玉を出した。
その光の球から火矢のような形の青白い炎が何発も飛び出す。
やはりというべきか、天陽はそれに一個一個光線を当てて熱で掻き消してしまった。
「じゃあこれは?!」
八雲の角先が青白く輝き、白い雷を帯びる。
空の一部に雷雲が発生。
天陽の脳天に槍の如くジグザグの閃光が落ちる。
だが、天陽は素早く身をのけぞらせ、難無く回避してしまった。
「遅くて、しかも蚊が刺すようなものですが、しかし何発もされると鬱陶しい上に、黒鬼に光線が向けられません。」
すると、天陽は胸の前で両手を伸ばした。
そこに彼女の髪がそれぞれの腕に螺旋のようにしっかり絡み付く。
出来上がったのは髪で出来た筒を纏った両腕。
それらを銃口を向けるように八雲に向けた。
パパパパパパッと、連続した発砲音と共に、橙の光の球がいくつも放たれる。
現代で例えるなら二丁持ちのサブマシンガンだ。
それらが雨のように降り注ぎ、八雲は避けきれず腕や背中にそれを受けてしまう。
「くそっ!!」
逃げ場もなくなり、八雲は水中に潜った。
(腕の皮と肉が少し溶けたが、芯までいってない……。
撃ってくる数は多いけど、最初
の熱光線より威力は低いのか。)
一方、空の天陽。
「息継ぎに出てくるのなんて待ちません……。
海ごと吹っ飛ばしてやりましょう。」
非情な笑みを浮かべ、手から髪を解く。
今度は全身を髪で包んだ。
オレンジの百合の蕾のようになったそれが、先の方を八雲の方に向く。
膨らむ開花の時のように膨らみ、ぼんやり光を放つ。
陸の八重と射貫が騒ぐ。
「力を物凄く溜めている……!さっきのより強力なんじゃない?!」
「今度は何が出てくんだあ?!女の体は色々おかねえぜ!」
蕾の先から先に、目を開けていられない程の強い光が放たれる。
続いで、ボシュゥッと、何かが爆発して発射される音。
出てきたのは紡錘型の光の球。
それが、ロケットのように一直線に八雲のいる方へ向かった。
程なくして、爆発音。
粉々に吹っ飛んだ岩石は赤く溶けてなくなり、おびただしい水蒸気が上がる。
「八雲は?!逃げ切れたのか?!」
キョロキョロする射貫に対し、気配で分かる珠達は黙って前を見ている。
程なくして、天陽がひらりと身をかわした。
その時、彼女の髪が一房切れる。
髪を切り裂いたのは八雲の”角の刀”だった。
八雲は水中から顔を出していた。
「天陽がぶっぱしたやべー奴とすれ違いに海から飛び出したまで良かったけど、角の刀を投げて当てるのはやり過ぎか!」
至近距離の爆発だっただけあって、皮膚の一部が抉れたり熱で赤く発光したりしていた。
刀を落ちた刀を拾いながら、また跳び回って、走り回って天陽の光線を避け続ける。
八雲の無事にホッとしながら、珠は天陽の目的を思案した。
「さっきから、高火力な技が続いてる……。天陽の豊富な妖力ならこれぐらいで底を尽きないにしても、どんどん強い技になっていってる気がする。
やっぱり八雲が半鬼で、回復が遅いって弱点があるから早く何処かしらの致命傷を負わそうとしているのか……。」
付け加えるいろは。
「幸い八雲は大会前に瞬発力を高めて、回避の練習をしていたお陰でまだ生きてるがな。
そうなるとお互い消耗戦か……。八雲がバテて走れなくなるか、天陽が弾切れをおこすかだ。」
さて、空からの攻撃を繰り返し、辺りの地形に変化が起きていた。
熱で岩が溶けて流れたことで、海の底は半ば平にならされ、それにより水位の差がなくなって浅瀬になっていた。
バシャバシャと駆け抜けながら攻撃を避け続ける八雲。
(くそ!水に脚を取られて速度が落ちてやがる!
おまけにこっちの妖力は残りわずかで、鬼火も当たらない!天陽はまだピンピンしてるってのに!
飛んでるアイツに手が届く武器が欲しい……!)
その時、八雲は珠の言葉を思い出した。
(父さんのように体を武器に変化できれば!
……待てよ、あたしが変化して特に何もせず当たり前のように”角の刀”を使えるのは何故だ?角の刀だって体が変化したものだ!普通の鬼は角なんて取れないからな!)
「よくここまで逃げ切りました。
想像を上回って下さって嬉しいですよ。
でも、そろそろ終わりよ!」
天陽はまた両手を筒に変えて光の弾を乱射し、接近してきた。
同じようにかわすが、読みが外れて天陽と向かい合わせになってしまう。
角の刀を抜き、胸の前で交差して防御するが、ほぼ全弾が当たる。
八雲の皮膚のあちこちに水膨れが鱗のように沢山でき、そこから血がスプリンクラーのように噴き出す。
「ぉあああああっっっ……!!」
八雲は痛みの中、ある事にはっとする。
(そうだ!角の刀は曙光先生と戦った時に、『もっと、狼のように鋭く速い牙のように攻撃したい』と思ったんだ。
こんな風だとイメージが固まって、『それが出来る』と疑わず手を伸ばした時には出来ていた!出来る事に驚きもせず。
ならこれだ!これが欲しい!
この痛みと、目の前に見えるこれで理解出来るかあたし!
いや……もう撃てるっ!!)
八雲は刀を手早く指先で回し、逆手持ちにした。
火傷の痛みで力が入らない。
舞うように回って、接近する天陽に2刀それぞれで袈裟斬り。
それを嘲笑うように緊急上昇でかわす天陽。
このまま天陽が逃げ切るかと思われたその時ーー、八雲は刀を持った腕を彼女に向けてグイッと前に突き出した。
天陽の驚いた顔。
彼女の視界に映っていたのは、”銃口”。
八雲の角の刀の柄の上部から、リボルバー式拳銃のような筒が生えていた。
そしてそれは銃口から発せられた白い閃光によって見えなくなった。
ダンッッッ!!!!と、落雷のような発砲音。遅れでバチバチと帯電する音。
白い雷の弾が天陽の広がった髪に2箇所の大穴を開ける。
程なくして、天陽の髪が細切れになってバラバラと落ちると共に、彼女自身も墜落した。
「嘘……!こんなこと!!」
見物の珠は気が遠くなったようになっていた。
代わりにいろはが言葉にする。
「見た技を真似できる能力は珠に似たようだな。……そしてその洞察力は、元を辿れば”先代・酒呑童子”から受け継がれている……。」
隣の曙光も口を開く。
「天陽は髪の毛一本一本から妖力を出して浮遊している。それが短く切られて飛べなくなった今、アイツは相手の土俵に引きずり込まれた。」
万耀は膝の上の拳を握る。
「姫だって地上での接近戦を想定してない訳じゃございやせん!
その為に接近戦の鍛錬にも手を抜かなかった!
ここからでございやす……!」
尻餅ついた天陽に、八雲が刀を振り下ろす。
「天陽ぉおおおおっっっーー!!」
天陽はきっと睨み、回し蹴りで八雲の攻撃を弾いた。
爪先立ちになって地面から数センチだけ浮くと、そのまま氷の上を滑るように後ろへスーッと下がった。
「これで私を封じたつもりですか?!
私にはまだ妖力が有り余ってるっ!!」
肩の近くまで短くなった髪を広げ、熱光線を退き撃ち。
八雲は側転しながら身を低くして回避する。
「今度はお前に攻撃が届くぞ!!どれだけ遠かろうがな!」
そしてまた刀の銃を、2刀から同時に撃った。
一発は避けたが、もう一発は当たってしまう天陽。
しかもまた、髪に当たった。
「この!」
天陽も残った髪を腕に巻き付けて筒に変え、ガトリングのように光の弾を撃つ。
2人は駆けて、跳んで、それぞれの銃を撃ち続けた。
橙と白の光が飛びかう。




