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4話/ぴょ〜ん♪ぴょん♪鬼さんこちら♪・其の五

 八雲は審判の王鬼を呼ぶ。

 「ねえねえ、審判のおじさん〜。

 これ、あたしの勝ちだよな?」

 「おじさんいうなコラ。」

 「ほれほれ見ろよ、次あたしがちょっと力入れたら、この子が死んで終わりだってのは、やんなくてもわかんだろ?

 早く終わらせてよ〜。」

 八雲はまるぽの首に刃を当てたままごねる。

 「それは私では決められん。

 金斬様に……。」

 と言った矢先に、金斬の側近がやって来て耳打ちする。


 審判は手を上げた。

 「この試合、金斬様のご慈悲でここまでとする。

  黒鬼・八雲の勝ち!」 


 その瞬間、客席から落胆の声と、喜びの声が同時に上がる。

 

 八重は娘の無事に、珠は姪が殺しをせずに済んで胸を撫で下ろした。




 八雲は変化を解いて人間の姿になると、まるぽの手を取って起き上がらせた。

 「そうだ。お前のお化粧落としちゃってごめんな。

 怒るぐらい大切だったんだろ?」


 まるぽは首を振る。

 「いや、もういいの……。もっとキラキラしたものを見つけられたから。」

八雲の手を両手でギュッと握る。

 彼女の手の温もりに、まるぽは憑き物が落ちたかのような穏やかな顔をしていた。


 「あ、そうだ」と、八雲。

 「お前、さっき肩外れちゃったよな。」

 と、言いながらいきなりまるぽの肩を掴んで無理矢理グイッと捻る。

 ゴキッっと、なんか恐ろしい音が鳴ると同時に、絶叫するまるぽ。

 「いっっっっったいじゃない〜っっっ!!!馬鹿ぁっ!!!」

 涙を溜めて、すかさず八雲の腹に正拳突き。

 「ご、ごめんって!でも肩、治ったじゃん。」

 「やるならもっと優しくやんなさいよっ!!!」




 このまま穏やかに終わる。

 そう思いきや、客席から物騒な言葉が聞こえ始めた。


 「殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!」


 観客の一部はそう叫んでいた。


 今度は何事かと八重達は狼狽える。

 「なんなの?!試合は終わったのに!」


 すると、まるぽを応援していた鬼が気まずそうに言った。

 「兎小屋では"死ぬまでやる"のがお約束だから、息の根を止めるのを見るのが好きだった輩が物足りなくて文句を言ってるんです。」

 「酷い……!人間の女の子にこんな無理な試合させといて、そんな事までさせるの?!」


 呼びかけを聞き、まるぽは包丁を拾った。その場に正座する。

 「まるぽ?」

 「ねえ、八雲。貴女だけには”私の事”話してもいい?」




***




 まるぽは今までの自分を語った。


 ーー私が生まれたのは何処かの山奥。

 そこは天鬼が人間を奴隷として従えている国だった。


 身寄りのなかった私は、日々の糧を得る為に、物心ついた時には奴隷として鬼の世話をして働いていた。

 男の天鬼の世話は厳しい。

 力も強いし、機嫌が悪ければちょっと小突かれただけで殺されてしまう事もある。

 ビクビクと顔色を伺い、やりたい放題にされるだけの生活。 

 私はそこから抜け出したかった。


 ある時、私は怪しい一座に誘われた。

 今の『兎小屋』だ。

 座長が『君の才能と顔を見込んで、芸事をして貰いたい』と頼んできた。

 『綺麗な衣装を纏って、見た者を喜ばせ、勇気づけて欲しい』と。


 私は昔主人の付き添いで行ったお祭りの、巫女様の神楽舞を思い出した。

 綺麗なお化粧をして、髪を綺麗に結って、ヒラヒラしたお着物を着て踊る。

 昔憧れたあんな美しい姿になれるのだと嬉しくなった。


 私がやると言うと、座長は話通り綺麗なお着物や髪留めをくれた。

 そして鏡やお化粧の道具も取り寄せてくれた。

 頑張って初めてのお化粧を自分で綺麗にやれた時、私は鏡を見て「私じゃないみたい」と、自分にうっとりした。

 今までの苦労が吹き飛ぶ程嬉しくなった。

 生きて良かったと。


 ……でもそんな幸せなんか、ほんの一瞬だった。


 綺麗な格好をして、鳴り物を持って踊るのだと思ったら違った。

 渡されたのは重い薪割り用の斧。

 通された舞台は柵で作った囲い。


 そこにいたのは飢えた野良の鬼や獣。


 『そいつを殺せば、お前は生きられる。出来なければ死ぬだけだ。』

 そう、告げられた。

 何も変わってなかった。闘犬の犬以下になっただけ。


 私は必死で戦った。

 鬼はおろか、人間とも戦った経験もないし、大して重い物も持てない。

 それでも、逃げ回って色んな所を噛まれたり引っ掻かれたりして、どうにかそいつらを傷付けて、血を流して殺した。


 見せ物が終わった時、私は鏡を見た。

 綺麗だったお着物は血まみれのボロ切れになっていた。

 纏めた髪は崩れて、綺麗にした顔はお化粧が取れて、目や色んな所が腫れて青くなっていた。


 私は人間。鬼と違って傷は直ぐに治らないし、元通りにはならない可能性もある。


 自分のお化けみたいな姿を見て、私は泣いた。

 『こんな筈じゃなかった』と。


 私はそれでも生き延びる為に戦うしか無かった。

 賭け事の為に虫籠の中で戦わされる虫のように。

 山犬、妖怪、野良鬼、私と同じ格好の人間ーー、色んな奴と戦った。

 いつ負けて死んでもおかしくない、戦力差があり過ぎる相手ばかりだった。


 座長に指示されたように、男の心をくすぐる『卯月まるぽ』という人物を演じ、色目を振りまいて客を沸かせ、必死でボロボロになるまで戦う毎日。


 そんな日々の中、心が安らぐのは”お化粧の時間”だけだった。

 私が夢のような綺麗な人になれる時間。

 鏡の中の自分を見て、その時間だけは『私は誰もが羨み、沢山の人が優しい言葉を送って跪き、守ってくれるような、素敵なお姫様なんだ』と思う事で幸せになれた。

 そして、『この綺麗なお姫様がボロボロにならないように、強くなって生き延びよう』とも思えた。


 それでも、現実は現実のまま。

 どんなに笑顔を振り撒いて勝っても、見物客や座長は『もっと激しく!』と、もっともっとと要求するばかり。


 私の手足が千切れたら鬼の妖術でくっつけて治させ、相手に目を食われたら妖怪の赤い目を入れ、ツギハギの人形みたいにさせながら続けさせた。


 それでも私は何故は戦い続けたのか?命を絶たずに。

 そんなの、これで死んだら腹が立つからだ!!


 『こんなに惨めにされて、いいようにされて、悔しい。だから、アイツらを黙らせれる程強くなってやる!

 鏡の中の私が少しでも本物になるように……。』

 そう願ったんだ。




***




 まるぽは包丁を両手で逆手持ちにした。

 切先を自分の腹に当てる。

 「"最後"に聞いてくれてありがとうね。

 負けたら生きてちゃいけない決まりなんだ……。」


 まるぽが語り終えた後も、掛け声は止まなかった。

 『殺せ』と『生かせ』が同じ量で聞こえた。


 八雲は怒りで拳をギュッと握った。


 彼女は父の顔と、自分を抱き締めてくれた大きな腕の中を思い浮かべた。

 当代・酒呑童子の彼は、戦いを教えない代わりに、娘へ"優しさと心の強さ"を強く伝えた。




 『いいね、八雲。

 もし争いになってしまっても、言葉が通じるのであれば、話し合って、許し合って、全力で互いの命を守りなさい……。

 鬼として互いを高める戦いはしても、何かを奪うほどの殺し合いは絶対にしてはいけない……。』




 『殺せ』の声を聞く度に怒りが込み上げる八雲。

 そして、遂に叫んだ。


 「うるせえぞお前らっっっ!!!!!!!!」


 彼女は客席に迫りながら声を張り上げる。


 「負けたからって、何で死ななきゃいけないんだよ!


 全力で練習しても負ける事なんて幾らでもある!

 だから、また戦えばいいじゃねえか!!

 負けて悔しい思いする事もあるから、また『変わりたい』、『もっと強くなりたい』って、思うんだろ?!

 負けた上に、死んじゃったら悔しいままじゃねえか!!」

 まるぽが止めに入るがそれ押し退け続ける。

 

 「こっちが金払って見てる見せ物だ!金や商売の事が分からねえガキはすっこんでろ!」

 と、1人が反論する。


 怯まない八雲。

 「そうかい。

 じゃあ、あたしがいつかまた まるぽ と再戦してやるよ!!

 もっと強くなって、あたしといい試合をする まるぽ の姿を見たくねえのか?!きっと今日より凄いぞ!

 どうなんだ!!これでもまだ殺すって言うか?!

 文句があるならここに降りて来い!全員あたしが倒してやる!


 ……あたしは戦いは好きけど、悲しいだけの殺し合いはしたくない!!!」


 皆がどよめく中、ぽつぽつと、半分以上が賛同した。

 「そうだ!まるぽを殺すな!

 俺たちはまだ まるぽ の戦いが見たいんだ!」


 客同士の言い合いから喧嘩が始まろうとした時、やっと座長が出てきた。


 彼はまるぽから包丁を取り上げると、捨てさせた。

 「座長さん……!」


 座長は気不味そうに土下座した。

 下人であるはずの彼女に。

 「……まるぽ、許してくれとは言わん!

 許せで済む事をしてきたつもりもないし、今まで戦わせて死んでいった者の事を思えば虫のいい話だとは分かっている……。

 何と罵ってもいい……。掟に背き、死ぬな……。」


 「え……?」


 「私は鬼相手の商売だから、見せ物に血と過激さが無ければと、そればかりに拘ってきた……。

 だが、昨今の客(天鬼)の反応を見て、時代は変わり、彼らは戦いに生死ではなく、『戦いの中での主人公と物語』を求めるようになったのだと思うようになった。」


 「では、私にどうしろと……?」

 まだ少し疑っているまるぽ。

 

 「鬼が夢中になる程に育ったお前を失いたくない。

 ……兎小屋で戦い続けてくれないか?

 私は……お前という逸材がいなきゃ商売が出来ん。」


 八雲は座長の胸ぐらを掴む。

 「おいおい!まだまるぽに酷い事をやらせ続ける気か?!」

 「違う!

 これからの兎小屋は、まるぽが中心になるんだ!

 まるぽにもどういう試合がしたいか聞くし、もう無理もさせない。対戦相手から無駄な死者も出さない。

 ……それに、詫びに何かしろと言うなら何でも聞く。」


 まるぽは少し考え、包丁を拾って座長の前に立った。

 そして、逆手持ちの包丁を鞘に納めると、同じように土下座した。


 「座長、私は何度も貴方に騙されたと恨みました……。

 でも、初めて兎小屋に来た時、お化粧道具を惜しみなく買ってくれた事だけは感謝しています……。

 私も散々命を奪って生き延びた身……。戦い、生き続ける事しか償う術がありません。


 ただ今、願いを叶えてくれるなら、この髪を……切らせてくださいませんか?」


 座長は何も言わず許可した。


 まるぽは兎の耳のようなそれを肩まで短く切る。

 そして、頭頂の近くで一つに結った。


 まじまじと見る八雲。

 「へえ、似合うじゃん。

 兎の耳じゃなくて、狼の尻尾になっちゃうけど。」

 まるぽは八雲に微笑む。

 「八雲、私が"今なりたいもの"になったら、またこの佐渡で再会しましょ。」

 「ああ!

 お前も、もしまた座長や客の鬼達に苛められたら、大江のあたしを訪ねて来いよ。そいつらぶん殴ってやるから!」

 「ううん、もう大丈夫……!ありがとう……。」




 選手退場の合図で2人はそれぞれの出入り口に戻った。


 客席から割れんばかりの歓声が上がる。


 まるぽは一度だけ振り返り、八雲の背中を見つめた。

 (待っていてね……。

“今私がなりたい、鏡の向こうの素敵なお姫様”……。)


 まるぽが出入り口に入りかけた時、客席から男鬼が何人か乗り出して叫んだ。

 ずっとまるぽを応援していた鬼達だった。

 「まるぽーー!!

 お前がどんなに変わっても、また戦いを見に行くからな!!

 頑張れよーーーー!!」 


 まるぽはまた涙する。

 (あはは、ずっと本当の私を受け入れて見てくれてたお客さん……いたんだ……。) 


 彼女は涙を拭いて笑顔で応えた。

 昔のように、手で兎の真似をする。

 「ぴょん、ぴょん♪」




 金斬達は最上階から温かい歓声で溢れた闘技場を見下ろす。


 弟の銀雅はとても満足そうな顔をしていた。

 「いい試合でしたね……。

 種族は違えど、女子2人の心の触れ合いが素敵でした。」

 それに対し、可でも不可でもなさそうな金斬。

 「満足か?弟よ。

 "片方が死ぬまで戦う"と言う規則を取り消させたのはお前だからな。

 まあ、俺は黒鬼の実力が見れれば相手の生死はどっちでも良かったので許可したまでだ。」


 金斬は浮かない顔をしていた。八雲の事でだ。

 「上位の魔除け札の呪縛を力尽くで解けるのは、天鬼の中でも上位の鬼……。

 あの黒鬼の娘は間違いなく酒呑童子の血筋らしいな……。」

 「兄上、彼女をどうされるのですか?」

 落ち着かなそうな銀雅。

 「何もせん。……今の所はな。」




 最上階にある特別な選手控所。

 窓穴から陽光の家臣・万耀が闘技場の様子を見ていた。


 「負けた相手に慈悲をかける所は、父親の黒の酒呑童子にそっくりですね。

 姫様。」


 後ろで腕を組みして立っている天陽。

 彼女の近くを鼠が走る。

 「慈悲ですか……。

 慈悲は強者だけに許された戯れ。半端な弱者が感情で語っているだけなら、愚行ーー。

 貴女はどちら?もし、後者なら罰を与えてやりましょう……。」

 

 彼女は瞳を緑色に変え、鼠を睨んだ。

 悶え、キュウキュウと鳴いて死ぬ鼠。それを更に片足で踏み躙る。


 「『戦いが楽しい』などと2度と言えなくなるくらいに……。」



 

(4話・完)


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