4話/ぴょ〜ん♪ぴょん♪鬼さんこちら♪・其の四
八雲の対戦中、珠は審判に抗議していた。
「どう言うこと?!この試合だけ片方が死ぬまでやるって?!」
「金斬様のご命令です。
どうぞ、お下がりを……。」
問い詰めても審判はそれ以上の事は何も言わず、珠も引き下がるしか無かった。
あれ程騒いでいた観客は静まり返っていた。
まるぽが豹変したので冷めたのではない。寧ろ、胸を躍らせ見入っていた。
「あははは、黒鬼のやつ……、あのまるぽの顔を……。
アイツ死んだな……!」
「おい!どう言うことだ?!」
問い詰める射貫。
「まるぽが一番嫌がる事をして生きていた奴はいないってこった。
昔やった見せ物で、まるぽの化粧を落とした野良鬼が、その場でバラされたんだよ。胴だけの達磨にされて、はらわたもぶっこ抜かれてさ……。」
彼は怖い物見たさで、震えながらニヤついていた。
「おいおい、八雲は天鬼だぞ!
夜光の娘を劣等種の野良鬼と一緒にしちゃあ困るぜ!」
ムッとして言い返す射貴。
八重は心配そうに八雲達に向き直る。
半ば猫背になりながら八雲の周りをうろつくまるぽ。
股を閉じた女の歩き方など止めて、勇ましく男の歩きをする。
兎小屋一座の座長は慌てて闘技場に入り、まるぽに耳打ちする。
「まるぽ、キャラを守れ!”たかが”化粧で熱くなるな!」
それを聞き、まるぽは更に激怒して座長に殴りかかった。
転びながら逃げる座長。
まるぽは、半ば金切声で怒鳴り散らす。
「"たかが"化粧だと?!
っっっふざけんなっっっ!!これ以上私から"私"を取り上げるな!」
歯を剥き出しにし、そして涙を流していた。
八雲はそれを見逃さなかった。
(泣いてる……。大事な理由があるんだ。)
八雲は謝ろうと彼女に向き直るが、まるぱはその間を与えなかった。
八雲の顔を殴り飛ばす。
舌を噛んで、血を吹き出す八雲。
八雲は連続蹴りで反撃するが、まるぽはその脚に飛びかかった。
脚を絡ませてしがみ付き、転ばせる。
尻餅ついた八雲に馬乗りに乗って、ひたすら八雲の頭部を殴る。
人間より大きな鬼が、それより小さな少女に一方的に殴られているのは異様だった。
「絶対に負けてたまるかっ!!
鬼のくせに、ぬるま湯で家族に大切にされて、なに不自由なく幸せに生きてそうなお前なんかにっっっ!!」
八雲の硬い皮膚に当たって拳から血を流しながらも、震えて涙を振り撒きながら殴り続けるまるぽ。
八雲は流れた血で視界が塞がっても、まるぽの涙の温かさから気を逸らせなかった。
まるぽは包丁を抜く。
逆手持ちでザクザクザクと滅多刺し。
「しねっ!しねっっっ!!!」
「あっ!ぶねっっっ!」
八雲は角で振り下ろされる刃を感じ取り、辛うじて身を捩ったり、角で弾いたりしてやり過ごす。
「逃げなさい!!八雲!!
死んでしまうわ!!」
八重は悲痛な声で叫び続ける。
母の声にハッとする。
(まるぽも気になるけど、母さんを心配させちゃ駄目だ。
母さんが悲しんだら、父さんも悲しむ……。)
「そんなものか?!
大したことないじゃん!!この馬鹿鬼!!」
殴って気が晴れたのか、涙を拭いて嘲笑うまるぽ。
それを見て嬉しそうな八雲。
「はは、乗ってきたじゃねえか……!
でもっ!!!ーー」
八雲は頭突きを喰らわせた。
不意打ちのそれが、まともに額に当たる。
「んぐぁっっっ!!」
呻くまるぽ。
八雲は更にまるぽを乗せたまま、足腰の力だけで後転した。
回転した時に頭を地面に強打するまるぽ。
位置は逆転。
八雲がまるぽに覆い被さる体勢に。
八雲はすかさずまるぽの片脚を自分の両脚でガッチリと固める。
手を使わず、太腿でしっかり挟んで4の字固め。
「ぃっっっ!!ああああっっっ!!」
まるぽは泣きそうな顔になって叫ぶ。
堪らず、袖に隠していた苦無を八雲の腿にザクザクと突き刺す。
「っ!!」
力が少し緩んだ隙に、まるぽは脱出して距離を取った。
八雲が近寄る前に、更に苦無を投げる。大笑いしていた。
「アハハハハハハハハッ!!!
次はどう来る?!私はこんなの全然余裕だ!!
痛くて死にそうなのは慣れっこだからな!!」
蹴りや角で弾きながら、走り寄る八雲。
八雲は角を刀のように伸ばし、まるぽは腰から刺身包丁を予備を含む2本抜いた。
角と包丁で鍔迫り合い。
角の黒や青の光沢と、包丁の銀光沢が乱反射して踊る。
「あははは!!
まるぽ、やっと本当に笑ったな!
最初は作り笑いばっかで何だか冷めてたけど、今は凄え楽しそうだ。
相手の攻撃を耐えて、耐え抜いて、その先ーー。考えた事が噛み合って、楽しくなってきたんだろ?!」
「何の話だ!私はお前を殺す!
お前の手足を切り落として、尻から腸を引っ張り出して料理してやる!!」
「それでいい!気が済むまで来いよ!!」
それから2人は十数分鍔迫り合いを続けた。
まるぽは懐や袖、裾の中に隠していた全ての刃物を投げ付ける。
苦無、手裏剣、鋏、針が雨のように飛ぶ。
投げ武器が尽きた頃ーー。
遠めの間合いを保ちながら、肩で息をする2人。
八雲は口で受け止めた苦無を、フッと落とす。
「ははは。人間って凄えんだな……。」
「はんっ!!当たり前だ……。
人間はすぐ死ぬ。
だから必死に生き残ろうとすんだよ……!
回復できるお前らがボコボコにされてるのを見たら"ざまあみろ"って非常に楽しい気持ちになる!!」
「ああ……。勉強になったよ。
……でも、ごめんな。やっぱ勝ちだけは譲れねえ。
あたしには目指しているものと、守りたいものもある。
そろそろ"本気"でいっていいか?」
「?!……まさか。」
八雲は低く唸った。
巻かれた鎖がギシギシ鳴り、青い炎に包まれる。
黄金の目を見開き、吠える。
「ゥゥゥゥゥゥォオオオオオッーーーー!!!!」
飛び散る金属。
八雲は鎖を破壊した。
まるぽは最初は落胆したが、納得したような顔になった。
「最初から、その気になれば鎖を破壊できたの?」
「まあ。結構苦しいけどな。
でも、お札に縛られないで戦ったら、はしゃいでるうちにウッカリお前を殺しちゃうかもしれなかったし、不公平だって思ったからさ。
それに……まずは、お前が何故悲しんでいるのか、感じなきゃいけないって気がしたんだ。」
まるぽは俯いた。
(……この子は私を知ろうとしてくれたの?
兎小屋では、対戦相手は私にとって殺すだけのものでしか無かった。
戦いの中で、私に興味を持って、私の想いを受け取ろうなんて相手はいなかった……。)
まるぽは俯いたまま引きつった笑顔を作る。
弱々しく泣きそうになった自分を隠す為だ。
「気遣いになってないんだよ……嫌な奴。ワザと苦戦する方を選ぶなんて、馬鹿だろ。」
「よくいわれる。でも、選択を間違ったとは思わない。」
八雲は額の2本に手を掛け、角の刀を抜いた。
黒い刃がぬらりと群青色の光沢を見せる。
「まるぽ、念の為聞くぞ。
あたしは今回復が出来ない程、血が抜けててフラフラだ。
お前に倒される可能性もある。
でも、私も本気で戦うから、誤ってお前に大怪我させるかもしれない。
できる事なら引き下がってくれねえか?」
冷静になるまるぽ。
(天鬼の力は桁違いだ。野良の弱い鬼なんか目じゃない。
人間なんか、彼らにちょっと殴って蹴られただけで、骨は砕け、内臓は破裂する。もしくは体がバラバラになる。
それでも……。)
まるぽは包丁の切先を八雲に向けた。不敵な笑みを見せる。
「バーカ。
貴女は何を学んだ?人間ってのは追い込まれたら恐ろしいんだよ?
……来なよ。恨みやしない。」
「分かった……。」
八雲は静かに礼をする。
刀を順手持ちにし、巴の形に構えた。
観客は瞬きを忘れて見入っていた。
いろはは、緊張した八重の肩に前足を置いた。
「勝負は一瞬だ……。」
彼は「相手が一番、それを分かっている」と、敢えて言わなかった。
八雲とまるぽ
八雲が動く。
遅れてまるぽ。
低い姿勢で駆け出す八雲。
背中から青い光の帯がジグザグに流れる。
それが見えた瞬間、金属音が鳴る。
包丁の一本が飛び、遠くの地面に刺さる。
「ぅあっ……!」
腕を押さえ、うめき声を上げるまるぽ。
幸い傷は負っていない。
彼女の遥か後ろで止まる八雲。
片目の瞼が切れ、鮮血が涙のように飛び散る。
観客席、いろはの隣の男鬼が叫んだ。
「凄えぞまるぽ!
天鬼の刀を受けた!魔除け札で弱らせてない天鬼を!
人間じゃ天鬼の速さに敵わないはずなのに、勘で受け流したんだ!
おまけに瞼を切ってやった!
……でも。」
代わりにいろはが答える。
「無理に受けて、肩が脱臼したな。
人間と鬼じゃ、それ位腕力の差があると言う事だ。」
男鬼はしおらしくなる。
「俺達は、兎小屋でずっとまるぽの殺し合いを見てきた。
必ずどちらかが死ぬ見せ物を……。
でも……それでもやっぱり……、俺たちは強敵を差し向けられても頑張って生きようと戦ってる彼女が、いつの間にか好きになっていた。人間で、鬼より弱いはずの彼女を……。
だから……ーー。」
いろはは戦いから目を離さず、鼻だけで笑う。
「だからこんな『無理にだって勝って生きて欲しい』ってか?
そりゃ虫がよすぎねえか?
貴様らはあの女に、散々『もっと殺せ!』とけしかけてきたんだろ?
そんな鬼の為に命懸けて戦う理由なんて無いはずだ。
ま、あの娘が死んだら精々『可哀想』とでも言って、自分の良心を慰めるがいい。」
男鬼は何も言い返せず、立ち上がり叫んだ。
「まるぽ、頑張れ!!死ぬなーー!!」
他の男鬼達もまるぽの名を呼んだ。
まるぽは片腕をだらんとさせ、激痛に耐えていた。
残った片手の包丁を逆手持ちにして八雲に向き直る。
震える赤い瞳。
(あはは、札なしで野良の鬼に勝てる私も、札なしで全力の天鬼には……勝てない。
やっぱり人間は無力だ……。
それでも……、戦い続けてここまで生き抜いた!
だから!最後まで、立ち向かう事で、その自分を褒めてやるんだ……!)
まるぽは地面に這いつくばり、落ちていた苦無を口に咥えて拾う。
そして自分から駆け出した。
前方から突進する八雲が青い影となって消える。
(そこだ!)
気配を感じ、まるぽは包丁を投げた。
そこに丁度八雲が現れる。
八雲の肩に包丁が当たる。が、硬くて刺さらない。
まるぽは決死の攻撃を外されようとも進み続ける。
口の苦無を手に持ち、横腹の辺りで構えた。
祈るように、これから来る苦しみを払うように叫ぶ。
特攻だ。
「やあああああああっっっーーーー!!!!!!」
まるぽの眼前に八雲の刀が迫った。
青や白の閃光にしか見えず、起動が読めない。
人間の認識能力の限界ーー。
まるぽは笑うしかなかった。
(次どう来るか……分からない。避けられない……!
でも……この人が私を終わらせてくれるなら、後悔は無い……。)
涙を流し、微笑む。
しかし、彼女に痛みは来なかった。
代わりに、体が宙で一回転した後、尻餅をついた。
目を開けると、八雲が彼女が包み込むように覆い被さっていた。
まるぽの首に逆手持ちの刀の切先を当てている。
「ふう……手元狂わなくて良かったぜ。」
「ころ……さないの?」
やっと声を漏らすまるぽ。
八雲は心配そうにまるぽの顔を見つめている。
「もう勝負、ついてんだろうが……。」
まるぽが怖いとずっと認識してきた黄金の鬼の目。それが初めて、兎のように優しく可愛らしいと感じた。




