4話/ぴょ〜ん♪ぴょん♪鬼さんこちら♪・其の三
審判の王鬼が叫ぶ。
「これより、黒鬼の八雲と『兎小屋』の特別試合を始める!」
八重は対戦表を確認する。
「ん?表には無いけど、また八雲ね。」
八雲は酢味噌を塗った『いごねり』をモグモグ頬張りながら入場する。休憩中、急に呼ばれたようだ。
「ん〜?あいへは(相手は)?」
因みに、いごねりは佐渡の郷土料理の一つで、海藻のいご草を煮て練って固めたものだ。もちっとした食感で、低カロリーだがビタミン・ミネラル・食物繊維を含んでいる健康食だ。
急に客席の背後に小太鼓を持った人間達が現れ、踊り狂いながら忙しく鳴らし始めた。
入場口から着物を着崩した若い女子達が現れる。彼女達はくねくねと回りながら、色とりどりの花びらをばら撒く。
射貫は人間の女子達を見て顔を明るくした。
「うほ♪何だか知らんが、やっぱ人間同士がいいもんだ!酒が旨い!」
少女達の入場が終わると、今度は商人風の黄色い着物を着た小太りの男が現れる。こっちも人間だ。
「金斬様の命により、またこの佐渡に参上しました。
毎度お馴染み『兎小屋一座』でございます!
人間や野良鬼、その他凶暴なイカれ野郎共を集め、天鬼様が大好きな『良き戦い』をお膳立て!
そして今宵のお相手はこれ!
皆様大好き!兎小屋の看板娘『まるぽ』です!」
観客の男鬼達はこの見世物の常連なのか、待っていましたとばかりに立ち上がって騒ぎ始めた。
野太い声で手拍子しながら誰かを呼ぶ。
「まるぽ!まるぽ!まるぽ!まるぽ!まるぽ!まるぽ!」
入場口から現れる人物。
垂れた兎の耳のように髪を左右で結んだ少女だった。
瞳は兎のような赤だが、鬼の特徴である角は無いので人間である。
人形のようなぱっちりした目と幼さがある顔。リボンやフリルのある水色の着物を着崩して肩や脚を出している。脚には編み紐でできた長い襪(しとうず ※靴下のこと。この場合、網目のストッキング)。
現代で言い表すと、"白髪ツインテールの和風ゴスロリ娘"と言ったところか。
非常に可愛らしいが、鎖付きの手枷や腰に刺した刺身包丁が少々物騒だ。
そして今片手で引きずっている大きな熊も不気味。本物の熊の毛皮に着物の端切れを縫い付けたツギハギの人形である。
少女は手で兎の耳を作り、猫撫で声のような甘ったるい声を出す。
「ぴょ〜ん、ぴょ〜ん。
兎の『まるぽ』だぽーーん♪」
観客も一緒に手でうさ耳を作って真似をする。
「「「ぴょ〜ん♪」」」
厳つい男達が野太い声でやるので、こちらは絶望的に可愛くない。
いろはと八重はついていけず、呆然とする。
「な、何だあ?」
「あれ、人間の女の子よね?
人間、しかもあんな細い子が鬼と戦うなんて無茶よ!」
まるぽは飴玉のように艶やかな瞳で八重を見つめ、可愛らしく首を傾げる。
「まるで人間みたいな黒鬼さん♪
こんにちは!私、『卯月まるぽ』♪」
挨拶に快く応じる八雲。
「おう!こんにちは。あたしは八雲だ。
お前、人間なのに変わった目と髪の色だな。」
「昔ね、まるぽの元に因幡の白兎ちゃんが現れて、妖力でまるぽを兎に変えてくれたの〜♪まるぽは白い兎の子なの〜♪」
「????
へーーそうなんだ!凄いな!」
八重は「よく分からんが面白い奴だな」と話を合わせる。
まるぽは熊の人形の腹に手を突っ込み、何かを取り出す。
「初めましての鬼さんに、これ、まるぽがあげるの♪」
そう、にっこり笑って"玉手箱"を手渡す。
「え、ありがとう!
お前いい奴……ーー。」
と、受け取ろうとした瞬間、まるぽは玉手箱の紐を解いて蓋を開けた。
中にはムカデやミミズ、蜘蛛などがうじゃうじゃいた。
それを笑顔で八重の頭にぶっかける。
「えいっ!!♪」
八雲は慌てて放り払う。
「な、何だ虫?!
くすぐった……わへっわへへへへっっっ!」
服の下で虫が蠢くので、変な顔になる。
彼女は振り払おうと、全身に白い雷を巡らせた。
感電して地面に落ちる虫達。
着物をバサバサ広げて残りを落とすと、八雲はまるぽに向き直った。
怒ると思いきや、興味深そうに笑う。
「へえ、面白え挨拶だな?
あ、分かったぞ!へへへ、あたしを怒らせる作戦なんだろ?」
冷ややかな目になるまるぽ。
「へえ……、怒らないんだ。」
と、冷めたように呟く。
「そ・れ・じゃあ」と、いきなり着物の裾を捲る。
かなり膝上の腿が剥き出しになり、会場が盛り上がる。
色っぽい行動とは裏腹に、裾の中からジャラジャラと出てきたのは、"鎖付きの分銅"。
「それ〜!♪」
それを手早く投げて八雲に巻き付ける。
八雲は動じない。
「ん?鎖か?
これくらい、紐みたいに簡単に引き千切れるぞ。」
と、余裕だったが、膝を突いてしまった。
(え、何だ?!体が痺れて動かねえ!)
まるぽは走って鎖を巻き続ける。
全く動けない八雲。
観客席の八重達が心配そうにする。
「どうしたの?!
八雲なら鬼の腕力で引き千切れるはずよ!!」
「ふむ。鬼なら術を使って動きを止める事もあり得るが、あの小娘は匂いからして人間であるし、別の何かだ。」
と、いろは。妖怪の勘が働き、しかも鼻が利く彼がいうので間違いない。
目を凝らして見ていた射貫が声を上げる。
「おい!あの鎖に所々括り付けられた紙!
あれって俺ら角狩衆がよく鬼退治や妖怪退治で使ってる『魔除け札』じゃねえか?!」
『魔除け札』とは野生の鬼や妖怪を追い払う為の紙札である。
鬼を縛る呪いの言葉が込められており、鬼退治をする角狩衆では戦闘で相手を弱らせる時などに使用する。
これに近付いた鬼は心臓の動きが遅くなり、弱くなった血流のせいで身動きが取れなくなる。
最悪、弱い鬼などは細胞が活動停止し仮死状態になってしまう。
「しかも鬼の中でも上位種の天鬼を縛れるのは、一番強い『鳳凰札』だけよね……?」
「角狩衆の本拠地で厳重に保管されているあれを、一体どうやってくすねたかも気にはなるが、盗人に気付かない角狩衆を嘆かざるを得ませんな……射貫殿。」
ギリギリと爪を噛む射貫。
「返す言葉もないぜ、いろは……。この件はウチの大将に知らせる。」
八重は席を立って叫ぶ。
「八雲ーー!お札を剥がすのよ!」
「分かってるけどよ……鎖に何枚も括り付けられてて全部剥がせねえ……!唯でさえ、動きにくいのに……!」
八雲が動けないのをいい事に、まるぽは好き放題を始めた。
うつ伏せの八雲に乗り、首に抱きついて固め、後ろに思い切り引っ張る。
海老反りで首の骨をミシミシいわせて顔を歪める八雲。
「大人しくなったら、こう!♪」
今度は鎖で"亀甲縛り"にした。
「何だこの縛り方は……!上手く解けねえ……!」
絞られて背中に回された両腕を動かすが、びくともしない。
念の為説明するが、亀甲縛りとは元々米俵や重い物を縛るのに使われたり、囚人を縛るのに使われていた。その為紐が解きにくくなっている。
なので現代の拗らせた大人がやるアレに限らない。
「可愛い亀さん♪竜宮城へ連れってって!
ほらほら、動け!お尻ぺん〜ぺん♪」
まるぽは八雲の尻を観客の方に向けさせ、布団叩きのように叩く。
八雲は珍しく顔を赤くして騒いだ。
「お、おいやめろ!!うちの母さんみたいな事するな!!」
子供がされる仕置きを、大きくなってからやられるのが恥ずかしいようだ。
観客達は大いに笑う。
「あれ見ろよ!ガキみたいに騒いでやがるぜ!」
まるぽは彼女を起こした。
「そんでもって、えいっ♪」
後ろから八雲の胸を両手でぎゅっと掴んでみせる。
「ーーーーっっっ!!!」
何故か観客から男鬼の甲高い悲鳴と、失神して倒れる音が聞こえた。
「???
何の技だそりゃ?!くすぐったいだろが!」
やはり意味が分かってない八雲。
いきなり珠が選手控え所から飛び出す。
近くの客席の男鬼を後ろから両手で、目隠しをする。
「八雲はまだお嫁に行く前なんだから、"そんな目"で見るなあああ〜!」
これはこれで嬉しそうな男鬼。
母の八重もいい加減黙っていられなくなり、「やめて!」と立ち上がる。
「まだ何も知らない子供なの!見せ物みたいに扱わないで!!」
因みに射貫は八重に悪いのでそっぽ向いて見ないようにしてやった。
「任せろ、八重。」
と、いろは。
彼は尻尾をゆらゆら振る。
すると会場に赤い落ち葉が舞い落ち、男鬼達の顔に張り付いて目隠しした。
葉っぱに火が付きメラメラと燃える。
「熱い!!熱い!!」
涼しい顔をするいろは。
「目玉が溶けて無くなる前に剥がす事だな。
鬼は少し品ってものを知った方がいい。九尾の俺様のようにな。」
一方、まるぽは会場の盛り上がりを冷めた目で見ていた。
「ふん……、女の乳や尻で異常に騒ぎやがる。
これだから雄共は……。」
八雲はまるぽの詰まらなそうな顔が妙に気になった。
(こいつ……さっきあんなにノリノリだったのに。楽しいふりして、本当は楽しくないのかな?
だったら…、楽しく元気にさせてやらなきゃ!)
八雲は縛られたまま体を青い炎で包み、黒鬼に変化した。
まるぽは彼女から距離を取る。
(魔除け札で力を抑えられているのに変化しただと……?!
こいつ……普通の鬼よりできるな。
だが、問題ない。いつものように戦場に血染めの花を咲かせるだけだ……。)
まるぽは冷ややかな目のまま、腰の鞘から刺身包丁を抜いた。
長く尖った輪郭が、鋭い光沢を放つ。
手足が縛られたまま、駆け出す八雲。
まるぽは仕掛けられる前に刺身包丁を振り回し、乱れ突いた。
うさ耳のような髪が振り乱れ、包丁から鋭利な銀の光がギラギラと乱反射する。
「お腹をグリグリ〜!!ってして、はらわたズルズル〜って出してあげるの〜♪」
八雲はステップで避けながら、時々蹴りで刃を受けて跳ね返す。
しかしいつもの速さが出せず、段々切り傷だらけになっていく。
黒い肌から体の曲線に沿って赤い血が腿や脚に幾重にも流れ落ち、地面は赤い花びらを散らしたようになった。
(普通なら人間が天鬼の蹴りを受けたらバラバラになって即死だ。
やっぱり今のあたしは魔除け札のせいで力が十分出せていない。しかも傷の回復すら出来ない。
でも、それがどうした……!人間にこんな追い込まれるなんて、楽しいじゃねえか!)
相手のまるぽも血塗れになっていた。手と包丁を真っ赤にし、頬を染めてうっとりしている。
「ふぅん……、きれいな色……♡」
唇を指でなぞり、八雲の血で口紅をする。
八雲はそれを見て、舌なめずりして笑った。
「まるぽ、楽しいか?
もっと、お前の"本当"を見せてくれよ。」
「……まるぽ、言ってる意味が分かんな〜い。
まるぽは、まるぽ……だよ?」
やや低い囁き声と鋭い目付き。
ふと、観客席で入場で踊っていた踊り子達数人が、「よいしょ」と何かを運んで来る。
分厚い薪割り用の斧だった。
無骨なそれには、持ち手に雪輪柄が入ったリボンが巻かれている。
男鬼達はお約束だと知っているらしく「首ぴょん♪!首ぴょん♪!」と騒ぎ立てる。
踊り子は「『鮮血ドクドク首ぴょんぱ』入りま〜す!♡」と、武闘場に斧を投げつけた。
まるぽはそれを軽々と担ぐと、目元に影を落としながら振り上げた。
空を斬りながら振り回す。
「鬼さんの首を『ぴょん』して、血をいっぱいドビューってさせてあげるの〜♪
大丈夫!無くなった首の代わりに兎さんの首を縫い付けてあげる。そしたらお人形遊びしましょうね♪」
外した時の重い金属音と、瞬きせず笑う彼女の顔が恐怖を煽る。
八雲は恐れず、血塗れの顔でニカっと笑う。
「へえ、楽しそうだな!
そしたらお人形さんと一緒に、母さんの料理でお花見しようぜ!」
八雲は落ち着いて身を低くして斧を避け、下段の回し蹴りでまるぽの足を払おうとする。
だが、まるぽも軽々跳んで避ける。
八雲が蹴り落とそうとしてくるのを見越し、斧を縦に振り下ろす。
八雲は寸前で体を曲げて避けたが、横腹の皮が抉れた。
「……うっ!!
……へへ、人間なのにいい反応するな。」
鬼は人間より勘に優れ、角に伝わる勘で次の手をある程度読める。札の力添えもあるものの、まるぽは人間でありながら鬼に叶う反応速度だというのだ。
観客席では八重が血だらけになった娘を心配そうに見ていた。
「八雲……、傷を回復できないであんなに血だらけに……。ふらふらして、反応も鈍くなってる……!
特別試合のせいなのか、審判も止めさせようとしない!」
そこへ、暫く席を立っていた射貫が戻って来る。
「おい、近くの客に聞いて分かった。
コイツは人間の一座がやってる見せ物小屋だ。
本土の各地から訳ありの人間を集めて、奴隷として選ばれた者を獣や妖怪、野良の鬼と闘わして、それを天鬼に見せて金を稼いでいるらしい。どちらが頭齧られて死ぬまでやらせるような鬼好みの血生臭くて悪趣味な娯楽だよ。
人間の領地では睨まれるんで鬼の領地を旅して歩いてるって訳だ。」
「死者は出さない大会じゃなかったの?!何で急にこんな……。」
「分からん。
だが、あの『まるぽ』ってのは、戦いに煩い鬼が認める程の戦士みたいだぜ?
人間なのに自分の何倍もあるような鬼を倒せちまうそうだ。
現に八雲が拳一発で倒せてねえ。」
一方、八雲。
何やら男鬼達が盛り上がっている。進展ありだ。
八雲は地面にぐったりと倒れていた。
その首を狙うまるぽ。
「獲ったあ〜!♪」
斧を振り下ろす。
「あはは!そう来ると思った!」
八雲は脚の力のみで跳ねるように起き上がる。
斧が深く刺さって地面から抜けないまるぽ。
「しまった……!」
斧の上を八雲が駆け上がった。
「悪いな!耐えろよ!!」
可愛らしい顔面に膝蹴りが飛ぶ。
更に腹に掌底。
まるぽは吹っ飛ばされ、地面を転がって砂だらけになった。
八雲はまるぽに駆け寄る。
(顔に当てるつもりはなかったんだけど……。人間は骨とか戻らないから手加減したけど、大丈夫かな?)
まるぽは起き上がった。鼻から血が出ている。
斧の刃に映った自分の顔を見てワナワナと震える。
「お化粧が……。
私の大好きな色の口紅と白粉……。」
彼女の顔は砂と血で汚れ、口紅が擦れて血を吐いたようになっていた。
まるぽから笑顔が消える。
歯をむき出しにして唸る。
「お前……よくも!!
お前は……私にやっちゃいけない事をしやがったっっっ!!!」
<おまけ・まるぽ デザインラフ>




