序章/愛する娘へ
これはとある少女の記憶だ。
春ーー。
山里にある野原。近くには休耕中の畑。
春の光や風に誘われて芽吹いた柔らかい草花で覆われた大地。そこを蟻やテントウムシなどが忙しく動き回る。
飛び交う黄色や白のモンシロチョウを追いかけたその先ーー。
3歳くらいの子供と、長い髪の男が見える。親子だ。
父親はクセのある白髪混じりの黒髪を腰まで伸ばしており、小袖の袖や襟元から引き締まった体が見える。
片方の瞳の色が黄金色、もう片方が栗色だ。
子供はクセのある黒髪を一本の三つ編みにした女の子だった。一房だけ青い髪が混じっている。
父親と一緒で瞳は片方が黄金、もう片方が栗色だ。
親と違うのは額に小さな三角の『角』が2本ある点。
父親は娘を抱き上げる。
娘は大きな瞳で父の手と腕を見た。
岩のような、やや変形した手。それと筋肉で引き締まった腕。
体の形は男らしくありながら、肌は女のように色白の柔らかい色だ。
父親は目を細めて微笑んでいた。
その表情は大切な娘を腕に抱ける喜びと慈しみが感じられ、同時に悲しさを含んでいるようでもあった。
父親は娘に言った。
「幸せに生きてくれ……。自分らしく、自由に……。
いなくなった人の分まで。
『八雲』。」