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七話 旅立ちⅡ

 アミルツィ王国の南端を塞ぐように広がるベルフ大森林を内側から切り開くようにケールの街はある。この立地は、かつて魔王に抵抗する勢力が森の中に築いた拠点を流用して街が拓かれたという歴史のためだ。そこから森を抜けると、交易地として名高い都市コルドがある。どちらもエルドラン伯爵家が治める領地だが、コルドは伯爵領の領都であり伯爵家の邸宅もコルドにある。


 アリス達はまず、三日かけて森を抜けてコルドへ向かう行程になっていた。そして何事も無くその一カ所目に到着し、初日の夜を迎えようとしていた


 ただ切り開かれて草が払われただけの野営地に灯したたき火の前で、アリスは泣きはらした目でちょこんと座っていた。騎士達は警備についたり馬の世話をしていたりとせわしなくしていて、一人になったアリスは何を考えるでも無く、その姿をぼーっと眺めていた。


 すると、その視線に気づいた騎士の一人が馬の世話をする手を止めて、アリスの方へやって来た。


「よ、元気か? ちびっ子」

「……えーっと、エルリックさんだっけ?」

「おう、気軽にエル兄って呼んでくれて良いぜ……てか、一回で良いから呼んでみてくれよ」


 蒼影騎士団第二部隊は、隊長リチャードを含め若い人員で構成されているが、中でもエルリックは十六歳で部隊内最年少だ。ツンと寝癖のついたような茶髪にクリンとした青い目の容貌は悪ガキがそのまま成長したような雰囲気で、目をキラキラと期待に輝かせてアリスを見ていた。


「え、えっと、エル兄……?」

「っ、かぁー! 素直! 良い子! ほんっと可愛いなー! ほら、お兄ちゃんが頭なでてやるぞーうりうり~」

「わ、あぷ、ちょっ、」

「故郷じゃ俺より下って男ばっかりだったからさ、ずっと妹が欲しかったんだよ~」


 勢いに押されて要望通りに呼んでみると、乱雑な手つきで髪をぐしゃぐしゃに撫でられ、アリスは目を白黒させながらもがく。子供扱いされることは今更気にしないが、流石に十歳以上も年上の少年に乱暴に可愛がられると、幼女の身体には応える。


「あー。わり。痛かったか?」

「……髪はおんなのいのち(・・・)なんだから、手荒にあつかっちゃだめなんだよ」

「ははは、ちっこいくせにませてんなー。女の子って皆そうなのか?」

「さ、さぁ……?」

「さぁってなー。馬車追いかけてきためっちゃ足速い子いたじゃん、あの子とかどうなのよ」

「ケリーのこと? ……さあね、それこそわからないよ」

「……なんか、訳ありみてーだな? 喧嘩したってーんじゃ無さそうだし……ちょっと兄ちゃんに話してみ?」

「うん……」


 アリスの口から語られる、ケリーとの一日にも満たない交流。話せばたった数言で終わってしまう話を聞き終えて、エルリックは「馬鹿だなー」と呆れた。


「せっかく隊長が止めてもいいって言ったんだから、ちょっと話してきたら良かったじゃんか」

「……ダメだよ」

「なんでさ? 何か言ってやりたかったんだろ?」

「でも、わからなかった。ううん、今でもわからないの。最後になんて言えばいいのか……いたっ」

「そうそれ、それがいけねーんだよ」


 でこぴんを一発。突然の暴挙に抗議の目をエルリックに向けると、更に呆れた視線を返された。


「また会えるって信じてるやつに、再会を諦めた最後・・の言葉なんて見当違いだろ? そりゃ、何も思いつかねーし、何言ってもふさわしくねーだろうよ。本当に言うべきはそうじゃねーだろ」

「……じゃあなんて言えばよかったのさ」

「バッカ、本気でわかんねーの? そりゃ、またねとか、絶対帰ってくるとか……とにかくさ、これでお別れじゃないって気持ちがありゃ、何だって良かっただろ」

「そんなの……」


 魔王だった頃は、別れとは自らの手で誰かを殺す事であった。


 聖女だった頃は、別れとは世界を救う旅に付き従う仲間が志半ばで斃れることであった。


 別れは、慣れていた――その全てが不可逆な死だったから、もう会えないと諦められたから。諦めない別れなど、知らない。


 そんなアリスの戸惑いを知ってか知らずか、エルリックは笑う。


「どうしても言えないってなら、それはそれでいいんじゃね? ……うん、もしかしたら何も言えなくてよかった・・・・のかもな」

「え? ……それって、どういう」

「俺さ、生まれはずっと北の方にある辺境の村なんだ」


 突然始まったのはエルリックの身の上話。面食らうアリスに気づいていながらも無視して話は続けられる。


「村の周りをすっげー高くて険しい山にいくつも囲まれて、一番近くの街にいくのすら命がけ、そんな辺境の中の辺境なんだ。税を取りに来る役人も十年に一回ぐらいしか来ないもんだから、領主様からも忘れられてるんじゃねーかってみんなで笑い合うのが定番の冗談でさ。そんな村で俺は生まれ育って……けど、十四の時に村を飛び出てきた」

「どうして?」

「騎士になるためさ」


 小さい頃からの夢だったんだ、とエルリックは少し気恥ずかしそうに笑う。


「辺境の悪ガキにゃ、分不相応な夢だろ? けどほんっとーに奇跡的な巡り合わせがあって、エルドラン伯爵様のもとで騎士に取り立ててもらえることになったんだ。でも、伯爵様の領地って国の南端で、北の辺境のうちとは正反対じゃん? だから俺……もう父さんや母さんとはもう二度と会えない覚悟で村を出たんだ。それこそ、別れの時はに母さんと抱き合ってボロボロ泣いたんだぜ」


 強制されてか、自分からか。その違いはあれど、エルリックの身の上はアリスに通ずるものがあった。エルリックは一瞬悲しげな様子でうつむき……次の瞬間、一転して明るい笑顔に戻った。


「ところがさー! なんと村を飛び出て一年ぐらいの頃に任務で故郷までとんぼ返りさせられてさ、家族とまた会えたんだよ! 全く、あんときの涙を返せっての! で、帰った俺は早速父さんに土下座して謝ったんだよ」

「……夢のために、村を出て行っちゃったんだもんね」

「んにゃ、違う。壺割ったの隠してたこと」

「へ?」

「俺ってまー悪ガキでさ、ちっちゃい頃は殆ど毎日なんか悪戯して親父にケツひっぱたかれてたぜ……村を出る前日も懲りずに悪ガキ仲間とふざけてたらさ、あろうことか代々伝わる家宝の壺を割っちまったんだよ。でも怒られたくないからソレを畑に埋めて隠した。んで、黙ったまま村を出てきた」


 赤裸々に語られる大胆な悪ガキエピソードに、アリスはちょっと引いた。


「思うにさ、神様ってのはちょっと意地悪なんだよ。良いことをしても全然褒めてくれないくせに、悪いことをした奴には絶対に報いを受けさせるんだ。俺が一度帰れたのもきっと、もっかいチャンスやるから怒られてこいっていう天からのお達しだったと思ってるよ……アリスちゃん、ケリーちゃんに黙って出てきちまったんだろ?」

「あ……」

「しかも、最後にわざわざ追いかけてまで会いに来てくれたってのにまーた何も言わずに行っちまった。そんな悪いこと、三神様が見逃すとは思えないね……だから、きっとまた会えるさ。あの時はごめんって謝るために」

「そんなの、むちゃくちゃな話だね」

「そんぐらいがちょうどいーの。あ、ちなみに父さんには死ぬほど怒られた……再会して真っ先に言うのがそれかって。結局、壺のことはとっくの前にバレてたよ」


 むちゃくちゃな話だ。第一、神様などそんな都合のいい存在では無いことを、アリスはとうに知っている。


 けど。


「……まあ、悪くないかな」

「だろ? 都合良く思っとけって」

「そうする……うん、そういえばお父さんとお母さんにも、最後にありがとうって言ってなかった」


 たったそれだけのこと。けどそれが人生最大の心残りだと心に言い聞かせて、願をかける。


 言いに帰るまでは死ねない。だから、いつか絶対に帰ってやる、と。


「……って、なに? そんなに私を見てどうしたの」


 横を見れば、エルリックが驚いた様な様子でアリスを見ていた。アリスが不審に思っていると、その表情がふっと和らいだ。


「お別れのときのアリスちゃん、思いのほかあっさりしてたからさ。実は父ちゃん母ちゃんこと好きじゃないのかなーって心配してたんだよ。でもそんなことないみたいで、安心したってだけ」

「あっ……」


 エルリックに言われて気づいた。無意識の内に、アリスはケリーだけで無く両親との間に残された繋がりにも縋ろうとしていたことに。


(……別れなんて、慣れている筈だったのに)


 慣れていると思ってた――そう思わないとやっていけなかったから運命に翻弄された人生の中で、そう自分に言い聞かせ続けないとやっていけなかった、ただそれだけの筈だった。


(もうその必要は無いんだね)


 自分から全てを奪い去った滅びの加護も、仲間の屍を越えて進み続けるしかなかった救済の使命ももう無い。別れを涙ながらに惜しんでくれる両親だって、再会を信じてくれた友達だって生きている。


 だから、もうその言葉は必要無い。そうして露わになった自分の本心と向き合えば、はっきりとわかる。


(そっか。お父さんとお母さんと別れるの……ちゃんと寂しいって思えてるんだ)


 今になって気づいたその悲しみが。自覚してしまった心にぽっかりと空いた穴が。アリスには今、とても温かくかけがえのない物に感じられたのだった。

次話投稿は9/17を予定しています。

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呟いています:X(旧Twitter)→@Ressia_Lur

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