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六十五話 亜人狩りⅤ

 イミテアエクス。それはどんななまくら刀でも至上の魔剣へと生まれ変わらせる、かつて聖女が幾多の難敵を屠ってきた技だ。


 ……とはいえ。


「むぅ、いくらなんでも酒瓶じゃ無理があるわね……」

「けほっ……なんて無茶するのさ」

「一応殺す気でやったんだけどなぁ」

「さっきと言ってること違くない!?」


 アリスの手には拾った空の酒瓶……だった、粉々に砕け果てた残骸。発動の途中で自壊し、本来の十分の一の威力も出なかった。それでも、部屋を火炎で埋め尽くすほどの威力だ。


 炎の奔流が間もなく晴れるが、その中にテレアの姿は無かった。そして大穴の穿たれた窓ガラス。


「外ね。いってくる!」

「待って、アリスちゃん!」

「すぐに捕まえて戻るから!」


 クシャナの制止にも聞く耳持たず、アリスは意気揚々と外へ飛び出していった。伸ばしかけたクシャナの手が、呆然と空を切る。


「いっちゃった……あんな子だったっけ? いや、元からあんな感じだったかな」


 転成しても根っこは災厄の魔王のまま。ほんわかした見た目とは裏腹に血の気は多く、戦いになると周囲が見えなくなる悪癖はあるが、だからといってこんな周囲の被害を顧みないような暴挙にでるようなことはしないはずだ。


 まるで自制心のたがが緩んでしまったような。どうにも違和感を覚えるクシャナに、つい先ほどまでの光景がよぎった。


 充満した酒気に顔をしかめていたアリス。拾った酒瓶に鼻を近づけて匂いを嗅ぎ、そういえば飛び出す寸前のアリスの頬は炎に照らされたからではない、ほんのり赤みを帯びていて。


「……え、まさか酒気を嗅いだだけで酔った? アリスちゃんってめっちゃお酒弱い?」

「――おい! 一体何があった!?」

「あ、エルリック。くれぐれもアリスちゃんにお酒飲ませないようにね?」

「は? 流石にガキにゃ飲ませねえけど……てかアイツはどこだ!?」

「後で話すよ。ともかく消火と後片付けは僕がやるから、君は目撃者の処理をよろしく!」




◇◆◇




 王都の遥か上空・・、二人は再び対峙していた。魔法で生み出した氷の刃――『フリーゼベルジュ』を手に、テレアを追いかけ回すアリス。


「なんで逃げるの!」

「んな無茶言われても! アリス、あんた見かけによらずむちゃくちゃするねぇ」

「私はやると決めたら容赦しないのっ……今度は逃がさないから!」


 アリスの翼が空を蹴る。彼我の距離が瞬く間に詰まり、アリスの刃が振り下ろされる――それをテレアは素手・・で止めると、アリスの体ごと振り回し投げた。


「あうっ」 

「なってないねぇ、軽すぎるよ」

「うるさい、育ち盛りなの!」


 悪態をつきながら、アリスは再び宙を駆けて肉薄する。振るわれる袈裟切りは、これも難なく受け止められる――寸前、アリスは自らフリーゼベルジュを手放すと体勢を反転、飛翔の勢いを乗せた回し蹴りをテレアの脇腹へと放つ。


 瞬間、アリスが感じたのはテレアのあばら骨を砕いた手応え……ではなく、まるで鋼の鎧を蹴り上げたような堅い手応えと鈍い痛みだった。テレアはほとんど痛みを感じた様子は無く、余裕げに笑うだけだ。


「……いったぁ!」

「軽すぎるっていってんの。ほら、今日は見逃してやるから子供は寝床に帰りな! でっかくなれないよ」


 軽くあしらわれるように投げられ、アリスは歯がみする。悔しいが、テレアの言う通りであった。


 三度の生を経て、体格差をカバーするための戦い方など十分に身につけている……が、それはあくまでも戦い慣れた地上でのこと。完全な空中という慣れない戦場の中、アリスは本来の力を全く出せずにいた。


(踏みしめる地面が無いって、こんなにやりづらいものなのね……でも、それは向こうも同じなはずなのに)


 対するテレアは不自由を全く感じさせない動きをしていた。空中戦に長けているというわけではなく、むしろ踏みしめる大地が無い不安定さを、何か・・で無理矢理に押さえつけているようだった。


 アリスは意識を第六感に集中させる――すると感じとれる、テレアの全身を覆う不可視の力。どこか懐かしさを覚える、フレイヤの神力だ。


 まるで強引に引き出しているかのように荒々しく、まともな術とはとうてい言えない単純な力の奔流。それが高密度に圧縮されて強固な鎧となり、テレアを支えている。蹴りを当てて感じた堅い手応えの正体だ。


「……潜在能力は高いから気をつけろ、だっけ」

「あん?」

「なんでも無い。そういう貴女こそ、案外余裕が無いんじゃないの? そう言って、さっきから防戦一方だよ?」

「そりゃあ、手加減してやってんのよ。まだ出来るならあんたとは仲良くしたいって思ってるからね」

「ふぅん、その割にはさっきから随分焦って逃げようとしてるみたいじゃない?」


 追いついてからというもの、テレアがしきりに逃走経路を探すようなそぶりを見せていたことにアリスは気づいていた。

 

「反撃してこないの、逃げることで頭がいっぱいでそんな余裕無いからでしょ? そうまでして帰りたい理由があるのかなーって。あ、もしかして早く寝たいの?」

「はあ、かわいげの無い子供だね。んなもん、こんな目立つとこで大暴れして誰かに姿見られたらまずいからだよ。それはあんたも同じでしょーが」

「うーん、それももっともなんだけど……どうにも、もっと違う理由がありそうに見えるのよね」


(……そういえば魔王やってたときも、こんな風にやたら変な力だけある相手を殺したことあったっけ。あのエルフの剣士、確か精霊の勇者とか自称してたかな?)


 たいそうな称号を背負うだけあって、なかなかに歯ごたえのある相手だったことを覚えている。なにやら世界樹を守る四体の大精霊に力を授かったとかで、人の身に余る力を宿していた相手だった。その思い出とテレアの姿が、何故か重なって見えた。


 潜在能力の高さだけで言えば魔王セレナーデに匹敵するレベル。久々に思う存分楽しめそうだと歓喜したのもつかの間、戦闘は思いがけずあっさりと、不完全燃焼のまま終わってしまった。そのときの自称勇者の敗因は確か、人のみで抱えるには大きすぎる力を振るいすぎたことによる――


「あ、わかった! テレア、それ使いすぎると負荷がすごいことになるんじゃない? そもそも、あまり長い時間は使えないとか? うんうん、図星みたいね」

「……アリス、あんた何者だい? 子供にしては妙に戦い慣れてるし……実は年齢詐称してたりしてない?」

「ふふん、さあね。もしかしたら人生三回・・分は生きているかもよ?」

「なんじゃそりゃ」

「さあて?」


(――まだ魂が見えてないのは本当みたいね)

 

 アリスの中にある三つの魂が見えていれば、今の言葉に少なからず反応していたはずだ。何も気づく様子の無いテレアの態度に、アリスはそう確信する。


 ともかくアリスの指摘は正解だったようで、テレアの様子が変わった。アリスが油断ならない相手だと言うことをいよいよ理解したのだろう、逃げ道を探すのを諦めて相対する事を選んだようだ。


「見抜かれたんなら仕方ないね。こうなりゃ、力尽くでも引き剥がして「隙あり、いっけぇえ!」……って、えぇっ!? アブなぁ!」


 意識が切り替わった一瞬の隙を高貴とばかりに、アリスの手に赤い巨大な魔法陣が浮かび上がった。人一人を飲み込むほどの火球が勢いよく放たれ、テレアの体を飲み込む――間もなく炎が霧散すれば、翼にやや焦げ痕をつけたテレアの姿が現れた。


「むー、これでも死なないのね……」

「けほっ、あっつぅ…………あんたさ、あたしを捕らえたいのか殺したいのかどっちなのさ、ってまた!」


 再び、テレアめがけて飛翔する火球。たとえ神力の鎧で守られているとは言え、二度も食らいたくは無い……火球の射線から逃れたその先、テレアの動きを先読みしてアリスの放った更なる魔法が寸前まで迫っていた。


「火がダメなら今度はってかい? は、この程度!」


 鼻先まで迫るそれにテレアが拳を打ち付ければ、創造よりも呆気なく砕け散り……否、細かい砂塵となってテレアの周りを覆った。


 土系統中級魔法『バーバン・サンデア』。あえて脆く固めた砂の塊を射出する、攻撃よりも砂塵による視界の妨害に特化した魔法だ。


 夜闇を照らすわずかな月明かりを遮られ、テレアの視界が暗闇に閉ざされる……しかし動揺することは無かった。砂塵に飲み込まれる直前、氷の刃を手にしたアリスがまっすぐ向かってくるのが見えていたからだ。


「……あんだけ忠告してやったんだ。痛い目見ても文句はなしだよ!」


 姿が見えなくとも聞こえる、風を切ってまっすぐ向かってくる音。テレアは迎え撃つように神力を集中させた拳で殴りつける。


「……な!?」

「ふふっ、残念でした」


 拳が殴り飛ばしたのはアリスの小さな体……ではなく、アリスに似せて造形された氷の塊だ。そして声が聞こえてきたのは、いつの間にかテレアの真下・・から肉薄して足に取りついたアリスからだ。


 砂塵で視界を奪う直前にわざと動きを見せていたアリスは、間もなく自分の代わりにデコイとなる氷塊を撃ち出した。そして自身は防音魔法『サーレント』で音と気配を消し、風魔法を自ら翼に受けた急加速で接近していた。


 魂の有無が見えないのならば、悪視界の中でおとりにすり替わったことにも気づかれない。戦闘に意識が切り替わった今なら、砂塵を隠れ蓑に逃げられることも無いだろう。そう睨んだ上での策だった。


「ねえテレア。貴女、空の戦いは初めて?」

「はあ? なんだよ、てか離れろ!」

「私はここに来る前に、ちょっとワイバーンとね。やっぱり空中となると奴らの方が分があるのよねー、まさか今更ワイバーン相手に後れを取るなんて思わなかったわ」


 ウェシロ村で迎えた夜に遭遇した、はぐれのワイバーン。竜の端くれといえど前世やその更に前から幾度と屠ってきた相手だ。今更後れを取ることなどないと思っていた。


 それが、たったの翼の一凪。ただつむじ風を生み出すだけで、アリスの攻勢を削いでみせた。


「そんなわけでね? 私もおんなじことしてみよっかなーって」

「まさか……」

「墜ちなさい! 『ブラスト・ロア』!」

「ぐっ――」


 アリスを起点として、小さな嵐が巻き起こる。しがみつかれたままのテレアに逃れる術は無かった。


 身を打ち付けるほどの暴風の中で翼はもはや風に煽られるだけの枷でしか無い。やがて間もなく、テレアの体は制御を失い落下を始めていた。


 ……しがみついたままのアリスもろとも。


「ちょ、バカお前!? これじゃ自分まで巻き添えだよ!」

「だって、これぐらい近づかないと耐えそうなんだもん。大丈夫! 私の経験だとギリギリあばら骨が砕けるだけで済むから!」

「そういう問題!? どんな育ち方してきたのさ!?」


 聖女をしていたとき、これぐらいの高さから墜ちたことは何度もあった。それで毎回生きて帰っていたのだから大丈夫だ……なんて楽観的に思うアリスだったが、地面が近づくにつれて「そういえば、いつも骨は山ほど折れてたっけ」と思い出した。


 当時はフレイヤの加護のおかげでどんな大けがだろうと一日と経たずに治っていた。だからこそ安易に無茶をして、そのたびに付き従う聖騎士達に叱られていたのだが。


(今だと、治るのどれくらいかかるかなぁ――)  

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