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六十三話 亜人狩りⅢ

「ともかく本題に入ろう。儀式の件ご苦労だった……いろいろな意味でな」

「ほーんと、大変だったよ」

「おおよそのことは情報を聞いている……が、あまりにも話が複雑すぎる。直接お前からも報告を聞きたい」

「はぁい、えっとねー」


 ジェイクの保護が片付いてすっかりオフモードになったアリスは、はしたなくソファに寝っ転がりながら三日間の出来事を語る。あくび交じりの報告が、やがて律世楼では語られなかった真相――ジェイクの来訪やごまかしの結果生まれた神託、そしてついエルネスタをぶっ刺したこと――にまで踏み込めば、やがて庇護者も頭を抱えていた。


「神託の偽装など、一体何をやっているのだ……どうりで神託にしては支離滅裂な内容だったわけだ」

「だから私は悪くないって。ちょっと神様とお話ししたって言っただけなのに勝手に神託ってことにされたんだもん」

「神が下界に言葉を届ける時点ですなわち神託だ。まぁ元より真の神託があった以上は一の話が二になるだけ、たいした問題ではないか……それより神器を向こうに押さえられたことの方が重大だな」

「そう? どうせ使わないし」


 あんな危険なもの、むしろ手元に置いていたくない。手放せてせいせいするアリスだが、庇護者は相変わらずの仏頂面だ。


「世界そのものを変えてしまうほどの力を持つ神器だ、むしろ誰の手に渡るかしれない状況の方が私は恐ろしい」

「大丈夫じゃない? たぶん私にしか使えないだろうし……そんなことよりさ、伯爵様驚かないの?」

「何がだ? ああ、神を刺したというのはさすがに理解し難いが」

「そうじゃなくって、世界の剪定のこと。大聖堂の人たちは大騒ぎだったよ?」

「……元をたどれば、わざわざ神が新たな天使をよこしたというだけで十分異常事態だ。どのような事情であろうと覚悟はしていたというだけだ。むしろ、この程度のことでろうばいする聖職者達こそ想像力が足りていなかったのではないか?」 

「うわぁ、辛辣」

「しかしこのような事態となれば、もはや騒動が大聖堂の外へ波及するのは時間の問題だろう……この際だ、いろいろと計画を考えなおす必要があるな。アリス、予定より早いがお前には――」


 また何か働かされるの……? と、嫌になったアリスが耳を塞ごうしたそのときだった。コンコンと、扉をノックする音。顔を出してきたのは若い家令の男だ。男はすっかりだらけきった姿のアリスに一瞬面食らいながらも、すぐに紳士の礼儀としてすぐに見ないふりを決め込んだ。


「何用だ」

「お客様がお見えになったので、お伝えに参りました」

「来客だと? そのような予定はなかったはずだが。誰だ?」

「それがただ、旅の吟遊詩人とだけ名乗る怪しい少女で……門兵が追い返そうとしたのですが、正当な紹介状をもっていらしたので主様の判断を仰ぐべきかと」

「ああ、それなら通してかまわない。ここに案内したまえ」

「承知いたしました」

「ふぅん、こんな夜遅くにお客だなんて伯爵様も大変ねー……ふあぁ」


 ゴロゴロしていると次第に睡魔が襲いかかってきた。このまま寝ちゃおっかなーと目を閉じかけたアリスの意識を、「待ちなさい」と引き留める声。


「なーにー? 伯爵様。私もいなきゃいけないの?」

「むしろお前に用事のある客だな……む、来たか」

「――はぁい、吟遊詩人が子守歌のお届けに参りましたー」

「……ふぇ!? クシャナ!?」




◇◆◇




「まさかクシャナが来るなんて! 毎回驚かせないでよ、もうっ」

「あはは、ごめんごめん」


 ぷんすかと頬を膨らませて怒るアリスと、平謝りのクシャナ。二人は伯爵邸から連れ立って、夜の王都を歩いていた。やってきて早々、「アリスちゃんと会わせたい相手がいるんだ」とアリスを連れ出したのだ。


 そしてその二人の後を少し離れてついて行くもう一人。


「クシャナが伯爵様と会ったって聞いたときも驚いたしさ……何より、エル兄とクシャナが知り合いだってのが一番びっくりだよ」

「……ああ」

「彼とは偽天馬レプリサスの一件でたまたま仲良く・・・なったんだ。王都に来てからはいろいろと僕の手伝いをしてもらってたんだよ」

「ふーん、それで最近エル兄と全然会わなかったのね」


 王都に来てからというもの外出時の護衛はもっぱら土地勘のあるリチャードかラッドばかりで、エルリックとは顔を合わせる機会すらほとんどなかったのだ。何だか急にほったらかしにされたような気がしたアリス、実は何気にご立腹だった。


「エル兄もさ、それならそうと言ってくれればよかったのに。私だけのけ者なんてひどいよ」

「あー、ちぃと人には言えねー任務とかもあったからなぁ」


 ――間違っても言えるか! と心の中で叫ぶエルリック。実態は故郷の友人家族を人質にとられて働かされているだけだ。昼はエルドラン伯爵家の騎士としての仕事、夜はクシャナの使いっ走り。寝不足ですっかり目の下のくまがとれなくなっていた。


「そうそう、僕も彼の魔法・・にはとっても大助かりだよ」

「ちょっ、おい!?」

「ん? エル兄って魔法使えたの?」

「まぁ……ちょっと特殊なやつをな」

「あ、もしかして固有魔法ってやつ? いいなぁ、今度見せて」

「そ、そうだな。機会があればな」


 アリスから見えないように、クシャナがにんまりと意地悪く笑っていた。そんな彼女をエルリックはにらみ返しながらも、これ以上やぶ蛇をつつかないように二人から更に距離を取った。


「そういえばアリスちゃん、エルネスタ様と会ったんだって?」

「うん、あとフレイヤとアシュヴァルドにもねー」

「三神勢ぞろいじゃないか。いいなぁ、僕だってアシュヴァルド様以外にはあったことないよ。ねね、どうだった?」

「んー、フレイヤはアシュヴァルドそっくりで、エルネスタはなんていうか……光で子供の形を作ったみたいな? 全然面白みない見た目だったよ」

「あはは、なにそれ」

「そういえば、エルネスタのこと……アシュヴァルドがなにか言ってなかった? 私、ついカっとなってエルネスタのこと刺しちゃったんだけど」

「らしいねぇ。アシュヴァルド様すっごく笑ってたよ。んで、そのことでアリスちゃんに伝言。『よくやった、次会ったら褒美をやるよ』って。あの感じなら大丈夫なんじゃない?」

「よかったぁ……いや、いいのかな?」


 ……そして漏れ聞こえてくる天使二人の常識外れな会話に、エルリックは離れて良かったと思いながら顔を引きつらせるのだった。


「ところでクシャナ、これってどこに向かってるの? 確か会わせたい人がいるって言ってたよね?」

「あ、言ってなかったっけ? 亜人狩りのところだよ」

「ふーん、亜人狩りの……ってええぇ!?」

「いやぁ、苦労したよ。せっかく罠にかけたのに力業で逃げられるし、エルリック君の奥の手はなんか通じないし。でも今朝ようやく捕まえることができてさー。それでアリスちゃんのこと話したら、是非とも会ってみたいって言うんだよ」

「そ、そうなんだ……」


 そういえば伯爵邸を出るときに「ジェイクを引き入れたのは無意味に終わるかもな」と、庇護者から言われたが。そういうことだったのかとアリスは納得した。


「っていうか、それなら早く行かないと逃げちゃわない!? ちゃんとしっかり捕まえてあるの!?」

「わわ、引っ張らないで! しっかり捕まえてるかっていうと、そもそも別に拘束しているわけじゃないというか」

「もっとダメじゃん!」

「ほら落ち着いて。言ったでしょ、アリスちゃんと会いたがっているって。それまでは向こうも逃げる気はないみたいだよ」

「……ほんと?」

「ま、会ってみればわかるよ。彼女は今、僕の泊まっている宿の部屋にいるから。ほら、あの角を曲がったでっかい建物ね」

「あ、ここ知ってるかも」


 クシャナが泊まっているのはアリスでも名前を知っているほどの、王都でも有名なホテルだ。その最上階のスイートルームだ。良いところ泊まっているなーと、自分の暮らす伯爵邸のことを棚上げしながら思うアリスだった。


「さーてついたよ。エルリック君は外で見張りをお願いね」

「俺がいなくていいのか?」

「君がいても役に立たないみたいだからね。ここからは男子禁制の女子会だよ」

「りょーかい」

「さ、アリスちゃんいこっか」

「……うん」


 この先に亜人狩り……フレイヤにつながる天使が。思いがけず早々に訪れた好機に、アリスの緊張が高まる。


「――や! 遅かったじゃないか!」


 スイートルームの中、ソファの上であぐらをかいた亜人狩りの姿があった。


 正体を覆い隠す大きなローブは、今は床に投げ捨てられていた。そうしてあらわになった姿はかつてアリスがにらんだとおり女性だ。年は二十歳手前だろうか、肩まで届くくすんだ金の長髪に青の目。そしてだらりと垂れ下げられた――ややごわついた白い翼。


(……本当に天使だったのね)


 かつてケールの街で、翼を持つ天使のまがい物……偽天馬レプリサスを相手にした。けれど目の前の相手はそれとは違う、正真正銘の天使だ。


 相手として全くの未知数。アリスの緊張が次第に高まる――それとは裏腹に、亜人狩りの様子はひどく気の抜けた物だった。


「遅いって、まだちょっとしか経っていないと思うんだけど?」

「そうだったかい? まあいいや、もう一本飲み干しちまったよ」


 亜人狩りの足下には空になった酒瓶が転がっていて、ついでに手にはもう一本開けたばかりの瓶。ほんのり赤く染まった顔は見事な酔っ払いの様相だ。


 全くの隙だらけで、その気になればいつだって首を取れそうだ。これが王都中を騒がせている犯人……? と拍子抜け気味のアリスに、クシャナが「気をつけた方が良いよ」と耳打ちをする。


「ああ見えて、彼女は相当の実力者だ。油断ならないよ」

「そうなの? あれは油断させるための演技?」

「いや、あれは間違いなく素の姿だと思うけど……どうやら君ほどではないが、潜在能力がものすごく高いんだ。『催眠ヒュプナス』が彼女には全く通じなかった」

「ヒュプナスって確か完全催眠の……え、クシャナってそんな危ないの使えたの?」

「ま、ちょっとした伝でね」

「なぁにこそこそ二人で話してんの?」

「ああ、ごめんごめん……とにかく警戒するに越したことはないから」


 クシャナが離れれば、亜人狩りは興味津々といった様子で近づいてきた。いつでも動けるよう身構えるアリス。


「なぁ、あんたってこないだ会った奴だよな!? んで、噂の天使様ってやつ!」

「……私のこと覚えてたんだ」

「いやぁあのときはごめんよ。まさかあたし以外に天使がいるなんて思わなかったからさ、動転してつい逃げちまったんだ。悪く思わないでくれよな!」


 亜人狩りの態度は妙に友好的で、アリスはどうにもその真意が掴めなかった。ぐいっと身を乗り出したかと思えば、アリスの背中をじろじろと見つめてくる。


「クシャナといいあんたといい、やっぱ無いんだなぁ」

「ん、何が?」

「翼だよ、翼……なんだっけ、クシャナ? 見えなくしてるんだっけ?」

「正確には一時的に消し去ってるってのが正しいかな。心配しなくても彼女は正真正銘の天使さ。ほら、アリスちゃん」

「ん……これでいい?」


 クシャナに促されたアリスは、隠していた翼をバサリと開いて見せた。続けてクシャナも翼を広げれば、三人それぞれの翼が纏う仄かな光が、夜闇で薄暗い部屋の中を照らす。


「私はアリス。エルネスタの天使よ」

「あたしの名前はテレア。フレイヤ様の天使ってことになるのかな? よろしくな!」

「んじゃ様式美ってことで僕も。アシュヴァルド様の天使を仰せつかっているクシャナだ、よろしく……偶然か、それとも必然か。今ここに三神に力を与えられた天使が揃ったわけだ」


 クシャナは言う。これは神代以来となる歴史的な瞬間だと。


「せっかくの機会だ、有意義な場にしようじゃないか」

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