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五十三話 不意の再会Ⅲ

「やあアリスちゃん、こんなところで奇遇だね」


 駆け寄ってきたアリスに気づいて、クシャナはひょいっと片手をあげた。その姿は見慣れた異国風の装束ではなく、旅に適した軽装に羽根飾り付きの帽子、人前だから翼は術で隠して、代わりになぜかリュートを背負っている。


「久しぶり! クシャナもこっちに来てたんだね」

「うん、十日前ぐらいからかな? ずっと調べ物だよ」

「調べ物……って、やっぱり今起きているあれのこと?」

「アリスちゃんも気づいているみたいだね。ずっと追いかけてるんだけどなかなかしっぽがつかめなくてねー」


 王都で発生している亜人狩り――その黒幕の、天使らしき女。クシャナがアシュヴァルドの命で探している、フレイヤが新たに生み出したという天使の可能性が高い相手だ。


「こっちに来たなら会いにきてくれてもよかったのに。私が来てることは知ってたんでしょ?」

「いやーごめんね、ずっと調査で忙しくてなかなか時間がねー」

「ふぅん、会いに来れないほど忙しかったのねー」

「そうなんだよ、もう寝る暇だって全然なくてねー」


 ちなみにクシャナの右手には大ぶりの串焼き肉、焼きたてらしくジューシーな肉汁がしたたり落ちている。もう片側では焼き菓子が入った紙袋と一口サイズの揚げた芋の入ったカップをまとめて抱えている。あと口元には先に食べ終わっていたらしい何かのソースがついている。


「……その割には、ずいぶんと屋台を満喫しているみたいだけど?」

「あ、あはは……ほら、お仕事がんばるためには美味しい物は欠かせないからね?」


 やや拗ね気味のアリスにじとーっと見つめられて、クシャナは気まずげに顔をそらした。ご機嫌取りか、袋から焼き菓子を一個取り出してアリスに差し出してきた。


 それを受け取ろうとして、頭上から伸びてきた手がさらっていった。見上げると、やや険しい表情のラッドの顔。


「ちょっと、盗らないでよ」

「……お嬢様、知らない人から食べ物を貰ってはいけませんよ」

「大丈夫だよ、だってクシャナは……」


 アリスは何も考えずに言いかけて、そして言葉に詰まった。あまりに自然にエンカウントしたので忘れていたが、引き合わせるとまずい相手だった。


「……クシャナという名の灰色髪の女。半年前のエルリックからの報告にあったな」

「ああーっ!?」


 今までアリスはすっかり忘れていたが、そういえば偽天馬レプリサス事件の時にクシャナのことはエルリックに話してしまっていた。まだ正体に核心は隠しきれているが、三年前の襲撃事件や伯爵邸侵入の犯人であることは既にバレていることだった。


 ――エルリックは既にクシャナの正体を知っているのだが、そのことは当人ら以外にはアリスも含め誰も知らない。


 ともかくどうしようと冷や汗をだらだらと流して固まり……結局、クシャナに助けを求めた。なんとかして、とアリスが視線で訴えれば、しょうがないなぁ、とクシャナは肩をすくめた。


「やあ、真面目そうな騎士。君とは初めましてだね?」

「ラッドだ。それで、お前は何者だ?」

「そう喧嘩腰にならないでよ。僕はクシャナ、見た目通り旅の吟遊詩人・・・・だよ」

「へ?」

「……うちのお嬢様は初耳ですって顔だが?」

「それじゃ、特別に一曲歌ってあげるよ」


 クシャナはリュートをおもむろに弾き始め、とある天使のおとぎ話を一つ歌い始めた。意外にもその姿は様になっていて……というよりも楽器の腕前も歌もプロに負けないほどうまく、クシャナの意外な特技を垣間見た。


 訝しむラッドのまなざしを全く意に介さず、クシャナは歌う。いつの間にかギャラリーも集まってきて、歌が終わると盛大な拍手とともにどこからかおひねりが投げられる。それをクシャナは帽子で器用に捉え、聴衆に一礼した。


「――こんな感じかな? 僕は天使についての物語が専門だから、各地で話を聞いて回ってるんだ。アリスちゃんにも旅の途中で会って、仲良くなったのさ」


 クシャナの方便を聞いて、アリスはクシャナの格好に一人納得していた。天使の歌を作る吟遊詩人という設定を隠れ蓑にして、本当の目的を隠しながら堂々と調査をしているというわけだ。


 なるほどーうまく考えたねー、と当のアリスが無意識に口に出して感心してしまっているので、せっかくの偽りが全く意味をなしていないのだが。端からクシャナは嘘をついていることを隠すつもりはないようで、そんなアリスの様子を全く気にする様子はない。そしてラッドも、アリスの反応を見るまでもなく全く信じていないようだった。


「それを、こちらに信じろと? そもそも、ケールにそんな吟遊詩人が来たなんて話は聞いたことないが?」

「さあ、実は来てたのを見落としてたんじゃないかな? もっと監視体制を強化することをおすすめするよ」

「……それだけじゃない、お前には領主邸侵入の嫌疑がかけられている。この場で捕縛させもらう。抵抗すれば――」

「それはかまわないけどねえ。けど、それよりもまず周りを見るべきじゃないかな?」


 小馬鹿にしたようなクシャナの進言。ラッドはその真意に気づいて、小さく舌打ちをした。一人だけ理解できずに首をかしげていると、そっと隣でかがんだ侍女のクーナがアリスに耳打ちした。


「……今は少々人目が集まりすぎている、ということです」

「あっ、確かにクシャナの歌でたくさん集まったもんね」

「事情はよくわかりませんが、今のところ、周囲から観れば何も非がない平民に貴族の従者があらぬ因縁をつけているという構図になっています。下手に騒ぎを大きくすればアリス様の、そして共にいるシャルローゼお嬢様の悪評につながりかねません」


 見れば、集まった人たちは今にも一触即発な雰囲気を感じ取って不安げにざわめいている。一部の命知らずの若者は、もしラッドが剣でも抜こうものならいつでもいじめられている少女を助けに入ると言わんばかりの様子だ。


 形勢は不利、そう悟ったラッドは不承不承、剣呑な雰囲気を収めた。


「……どうやら人違い・・・みたいだ。すまなかった」

「いやいや、大事なお嬢様に不用意に・・・・手を出したのは僕の方だからね。君は騎士として当然のことをしたまでだよ。あ、その焼き菓子は君にあげるよ」


 表面上だけの和解が成立し、ラッドはアリスの背後に戻る。それで観衆の不安は除かれたようで、思い思いに散り去って行った。なお、この場が落ち着いて一番ほっとしたのはアリスだ。


「もう、びっくりしたよ。喧嘩が始まったらどうしようかと」

「あはは、そうなったらなんとかするさ。ところで、あっちのご令嬢はアリスちゃんのお友達かい?」

「ん、シャーリィのこと? そうだよ」

「なんか僕すっごく睨まれてるんだけど……」


 アリスがクシャナに気づいて駆け寄ったあたりから、シャルローゼはてっきり邪魔しないように静かにしていたのかと思いきや……言われて見てみれば、静かにしてはいた。少し離れて静かに、ネコ科の動物が威嚇するみたいに、先のラッド以上に剣呑なオーラを出してクシャナを睨んでいた。


「えっと……シャーリィ?」


 恐る恐るアリスが声をかけると、ようやくシャルローゼは近づいてきた。そしてアリスの隣に並び、いつかの大聖堂の時のように自然と腕を絡めた。にっこりとクシャナに向ける、その笑顔の圧が妙に強い。


「ごきげんよう、旅の吟遊詩人クシャナ。わたくしはシャルローゼ・ルードベルド。大聖堂の栄ある枢機卿が一人、ユストゥス・ルードベルド伯爵の孫娘にして、司祭位を拝命しておりますわ」

「おや、これは失礼をいたしました。シャルローゼ様と言えば、もっとも聖女に近い令嬢というご名声はかねがね……」

「あら、そんな他人行儀になさらずとも結構ですのよ? あなたはアリスのお友達・・・なのでしょう、でしたらアリスの親友・・であるわたくしにも遠慮はいりませんことよ?」

「そう? じゃあお言葉に甘えて」


 妙に関係性を強調しているのはなぜなのだろうか。というかいつの間に親友になったのだろうか。そんなことを思っていると、今度はアリスがシャルローゼからにっこり笑顔の圧を向けられた。


「再会を祝しているところ心苦しいのですが、わたくし達はこの通りで一番おいしい屋台を探すという大事な使命がありますの。今日のところはお引き取り願えるかしら?」

「あはは、大事なデートの途中だったんだね」

「ええ、今日はわたくしがずっとアリスを独占すると決めていたのですもの。この後もたくさん予定がありますから、悠長に立ち話をしている暇は残念ながらありませんの」

「……はつみみなんだけど」


 のんびり羽を伸ばすという話は一体何だったのか。アリスがシャルローゼに抗議のジト目を向けている間に、クシャナはさっさとリュートを背負い直して帰り支度を始めていた。


「それじゃ、邪魔者は退散しようかな。」

「……クシャナ、もう行っちゃうの? せっかくならこの後も一緒に来てよ。シャーリィは私から説得するからさ」

「そうしたいのは山々なんだけどねぇ。僕もこの後は予定がたっぷり詰まっててほんとはゆっくりお話ししている時間もないんだ。どっちみちもう行かなきゃいけないんだよ」

「あ、忙しいってのはほんとだったんだね」

「信じてもらえてなかった!? そうだね、この後はミモレスト通りをぐるっと回って、月が天高く昇る頃にはレッツォルの広場に向かってるかな? もう王都中を右へ左へ大忙しだよー」

「ふぅん、よくわからないけど大変なんだねー」

「ごめんね、また近いうちに絶対に会いに行くからさ。それまで待っててね」


 人前だからだろうか、いつもの別れ際の口づけはなく、代わりにクシャナはアリスの頭を優しくなでる。その際、小声で「次会いに行くときはきっとびっくりさせてあげるよ」とアリスにだけ聞こえるように耳打ちした。


 人混みの中へ去っていくクシャナの背中を見送っていると、アリスのおなかがくぅ、と空腹を主張した。


「……そういえば、お昼ご飯を食べに行くところだったね」

「ええ、わたくしももうおなかがぺこぺこですわ。早くお楽しみの屋台巡りに行きましょう」

「それじゃ、行こっか……シャーリィ、どうしたの?」


 言葉とは裏腹に、シャルローゼはその場から動こうとしない。アリスと腕を組んだまま、その視線はクシャナが去って行った方角をじっと見つめていた。


「……アリス、つかぬことをお聞きするのですが……あの吟遊詩人の方は実は天使様だったりしません?」

「へっ!? な、なんでそう思ったの……?」

「理由はないのですが、なぜかそんな気がして……まあ、偉大なる天使様がこんなところで串焼き片手に歩いているなんて、そんな珍妙なことありえませんもの。きっと気のせいですわね!」

「そうそう、キノセイダヨー」


 もしかして、シャルローゼには天使を嗅ぎ分ける嗅覚でも備わっているのだろうか……? と、戦々恐々とするアリスだった。そしてしばらく後には天使と聖女候補が串焼きを片手に並んで歩くというさらに珍しい光景が見られることになるのだが、それを指摘する者は誰もいなかった。 

次回の投稿は12/9を予定しています。

追記:すみません、作者迷走中につき今回も大幅に遅れます。最近投稿予定日が意味をなしていない……


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