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五十二話 不意の再会Ⅱ

 それから一ヶ月あまりの時が経ち、アリスは思いがけず穏やかな日々を過ごしていた。当面のお役目である大聖堂での日々の神事や庇護者主導の貴族達との顔つなぎという非日常が少しずつ始まりつつも、特に事件という事件も起こらない日常。


 その間に、アリスはシャルローゼと約束していた観劇に行った。演目は聖なる神フレイヤに仕えるシスターが滅びの神アシュヴァルドに仕える天使に抱いてしまった、決して報われない悲恋の物語。幕が下りる頃にはシャルローゼは隣ですっかり号泣していた。一方アリスには良さがあまりわからなかった……ということをうっかり口走ってしまい、昼食に立ち寄ったカフェテリアでシャルローゼから一時間ほど熱く語られることになった。その足で今度はシャルローゼがひいきにしているというブティックに連れられ、日が暮れるまで店中の衣装を試着させられる着せ替え人形となった。


 そして今日もまた、アリスはシャルローゼと出かける予定になっていた。約束の時間ぴったりにアリスの住まう別邸まで迎えに来たシャルローゼは、出てきたアリスの装いを見て表情を輝かせた。


「まあ、ちゃんと着てきてくださったのですね!」

「うん、まあね……ちょっとひらひらしすぎて落ち着かないけど」

「いえいえ、とてもお似合いですわ!」


 今日のアリスのコーディネートは、シャルローゼから贈られたやや幼げな印象のドレスワンピース。似たような意匠のものをその場でシャルローゼも買っていて、是非おそろいで遊びに行こうと約束させられていたものだ。アリスとしてはもう少し大人っぽいデザインが好みなのだが、純真無垢に向けられる笑顔に押し負けてつい頷いてしまっていた。


 そのままシャルローゼに手を取られ、彼女の乗ってきた箱馬車へと乗り込む。相席するのはシャルローゼの侍女のクーナ――聞けばシャルローゼの護衛も兼ねているらしい――で、街中ゆえにのんびりと馬を歩ませて進む馬車を、アリス側の護衛としてつくラッドが早歩きでついてきていた。


「……それで、今日はどこに行くの?」

「あら、言ってませんでしたか?」

「うん、案内したいところがあるってことは聞いたけど」


 ちなみに行き先もよく確認せずに約束をしたことに庇護者は思いっきり呆れていた。そうして万が一のことを考えて、王都出身で地理に詳しいラッドを護衛につけた。


 着いてからのお楽しみですわ、とシャルローゼはいたずらっぽく微笑んではぐらかす。とはいえ遠くまで連れ出すつもりはないようで、まもなく馬車は歩みを止めた。


「さ、到着です」

「……わ、植物がいっぱい」


 馬車の窓からのぞき見る景色は、人為的に植えられたらしい多種多様な草花の群れと、その間を縫うように走る曲がりくねった小道。それが街中とは思えないほど広々と続いている。


 これは庭園かそれとも植物園かと問えば、どちらでもあってどちらでもないという。曰く、とある富豪が恋したエルフの美女の気を引くために、世界中からありとあらゆる草花を取り寄せて小さな植物の楽園を作った。けれど肝心のエルフにはフラれてしまい、富豪はせっかく作った楽園を放棄した。それ以来、ここは誰の所有物でもない公園になったのだという。


「な、なんだか悲しい場所なのね……」

「まあ確かに縁起はよろしくないのですが、そのおかげでこれほど美しいのに人が全然来ないのです。お忍びで過ごすにはぴったりですの」


 言われて見渡せば、確かに快晴の安息日にも関わらず、二人を除いて人影は全くない。


「観劇や音楽鑑賞もまだ行きたいものがたくさんあるですが、アリスはそういった場所よりものんびりとした場所の方がお好きかと思いまして。特に、最近の王都はすごくにぎやかですから……」

「あー、確かに。どこ見てもお祭り一色だよね」


 元々、天使が来るという話で浮かれていたところに加えてシャルローゼが手引きした二代目聖女の誕生の報せ。すっかり浮き足だった王都の雰囲気は、ピークは過ぎたとはいえまだ落ち着いていない。


 アリスは馬車を降りて、花畑の中で深呼吸する。植物の匂いに満ちた空気は、周囲を森に囲まれたケールの町並みを思い出させた。


「……うん、私も気に入ったかな。ここならのんびり羽も伸ばせそうね」

「ふふ、アリスが言うと言葉通りの意味になりますわね。ここでは誰かに見られる心配もありませんわ。クーナ、念のため周囲を注意していて」

「ええ、誰かが近づく気配があれば私が知らせます」

「じゃあ、お言葉に甘えて」


 隠していた翼を久しぶりに青空の下で広げて、アリスは思いっきり伸びをした。

 

「こっちに来てから外に出るときにはずっとしまいっぱなしだったからねー」

「やはり窮屈なのですか?」

「んーそういうわけじゃないけど、ずっとお日様に当ててないとなんだか湿気っちゃう気がして」

「……なんだかお布団みたいですわね」


 護衛の二人を後ろにつかせて、公園をシャルローゼと並んで歩く。目的地もなく歩きながら交わす会話は、自然と近い将来の話へ。


「ふぅん、シャーリィは王都の学院に行くんだ。大聖堂にも学院があるって聞いたけど」

「そちらは聖職者を目指すための学び舎ですわね。わたくしはもう司祭位をいただいていますしこのままでも将来の地位は約束されてますから、通う意義があまりありませんの」

「ふぅん、でもそれなら王都の学院だって行く意味はないんじゃ? そんなに頭いいんだし」

「そうでもありません。貴族の子女が一堂に集う学院は、人脈作りに重要ですから」

「ふぅん、大変だねぇ。大聖堂のお仕事もあるのに学院にも行かなきゃいけないなんて」

「ええ、でも楽しみですのよ。なによりアリスと一緒にお勉強できるのですから!」

「へ、私?」

「……違いますの? てっきりアリスも通われるのかと」

「ううん、別にそんな予定はないけど……」


 確かに来年から学院に通う年齢だが、学院に行くのはケリーだけで自分には縁がない話だとアリスは思っていた。


「ラッドさん、伯爵様からは何か聞いてる?」

「いえ、まだ特には。けど人脈作りという意味で入れさせられるのでは?」

「……やっぱり?」

「きっと近々話があるかと」

「うう、めんどくさいなぁ」


 王都に来てから一気にやらねばならないことがどんどん増える。覚悟していたとはいえ、ケールでのびのび過ごしていた生活が恋しくなった。


「てかさ、そもそも学院に入ったら騎士とか魔物のこととか学ばないといけないんでしょう? 私、そんなの興味ないんだけど」

「いや、学院の科はそれだけじゃ……」

「それなら特別生として入ればいいのですわ。わたくしもそうする予定ですの」

「何それ?」

「科に所属しないで在籍する制度ですわ。正規の卒業はできないのですが、自由に講義を受ける権利が与えられますの。ちなみに一つも受けないで、学院の施設だけを利用することもできますわ」

「え、それ楽でいいじゃん」

「学院の卒業生、わたくし達にとっては必要のないものですからね。ちなみに高位貴族の令嬢には特別生で入られる方も多くて――」


 気づけば、近い将来待ち受ける学院の会話に花が咲き――時折思い出したかのように草花を愛で――気づけば、いつの間にか公園の端にまでたどり着こうとしていた。これまでの穏やかな静寂とは打って変わって、段々と聞こえ始める人々の喧噪。


「アリス様、そろそろ翼をお隠しください」

「ん、わかったクーナさん……あっちはずいぶんと賑やかだね」

「ふふ、実はこの小道を抜けるとすぐに屋台通りにつながっていますの」

「……きれいな庭園の隣が屋台通りって、なんかすごい並びね」

「この平民街特有の無秩序さもわたくしは気に入ってますわ……さ、ちょうどいい頃合いですから屋台でお昼にしましょうか! 新しい名物を見つけ出しましょう!」

「シャーリィ、なんだか楽しそうねー」


 屋台でテンションが上がるあたり、実は結構庶民派なお嬢様なのだろうか。そんなことを思いつつ、ウキウキで進むシャルローゼを後をアリスは追う……そして妙な違和感に気づいた。


「ねえ、なんだかちょっと騒がしすぎない?」

「……確かに、なんだか人が集まってますわね。何かあったのでしょうか」


 昼時の屋台が賑やかなのは普通のことだが、それにしてはやや喧噪の種類が異なる。そしてシャルローゼの言うとおり、一カ所を中心に人だかりができていた。一体何が起こっているのかと、アリスは喧噪の声に耳をそばだてる。


『――エルフ――倒れ――』

『――こんな――――』


「……まさか!?」

「ひゃ、アリス!? どうしましたの!?」


 聞こえてきたエルフという単語、その瞬間アリスは嫌な予感を感じてかけだしていた。突然割り込んできたアリスに驚く人だかりを強引にかき分けて進み、ついには人だかりの中心へとたどり着く。


「ねえ! もしかして亜人狩り……が……へ、あれ?」

「うぃ~ひっく、ぼかぁやってられねーよー」


 聞こえてきた会話の通り、確かに中心でエルフの男が倒れていた――空になった酒瓶を抱え、顔を真っ赤にして。


「……えーっと、何コレ?」

「ああお嬢さん、どうやらこいつ朝っぱらから派手に飲んでたみたいでさぁ、突然ぶっ倒れたんですよ」

「介抱しようにも近づくと暴れて、妙に腕っ節が強いもんで、手を焼いてたところですよ」

「……え、あ、そうなのね」


 人だかりの民衆から説明された真相は、事件でもなんでもない、ただの珍事だった。あまりの顛末にアリスの体からどっと力が抜けた。


「一応聞いとくけど、あなたクージンって名前じゃないわよね?」

「あ~ん? ぼかぁ、あんな偏屈やろーじゃねえよぉ」

「そうよね、ティッタさんから聞いてた特徴と全然違うし……」

「ティッタもよぉ、クージンもよぉ、セスカもよぉ、みーんないなくなっちまってよ~もうやってらんね~よ~」

「……うん、大体事情はわかったわ」


 次々に同胞が王都から消えゆくことに絶望してのやけ酒というところか。いつの間にか隣に来ていたシャルローゼも、なんともいえない表情で見ていた。


「……これも、ある意味での噂に聞く亜人狩りの被害者なのでしょうか?」

「そう……なのかな? とりあえず大人しくさせないとね。ラッドさん、お願い」

「……まあ、ご命令とあれば」


 すっごく嫌そうな顔で、ラッドが暴れる酔っ払いエルフの首に手刀を打ち込んであっさりと沈黙させた。ちょうどタイミングを同じくして駆けつけた衛兵が、これまた呆れ顔で男を運んでいった。一段落ついて散り散りに去って行く民衆の誰かが言った、「この時世にエルフが外で潰れるなよ」という言葉がその場の全員に共通する感想だろうか。


「……珍しいこともあるものね」

「ええ、このようなことわたくしも初めてです……では、気を取り直して屋台巡りを」

「――あれ? このあたりだって聞いたんだけどなぁ」

「っ!?」


 騒ぎを聞きつけてしかし間に合わなかったらしい、人混みの中から聞こえてきたその声は聞き覚えがあるもので。思わず視線を向ければ、そこにいたのは久しぶりに目にする、特徴的な灰色髪の少女の姿。


「……クシャナ!」

次回の投稿は11/28を予定しています。


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