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四十五話 聖女候補Ⅱ

 屋台を後にして、アリスとリチャードはアムテ通りを進む。何度か聞き込みをすれば、件の少年――聞き込みによればジェイクという名前の十三歳の少年らしい――が住み込みで働いていたという酒場はすぐに見つかった。


「うわぁ、ボロボロだね」


 年季が入っている、という意味では無く盛大に荒らされて壊された後、という意味でだ。正面が半壊して雨風が入り込み放題の店内は、最低限の修繕のみでたくましくも営業を再開していた。


「今なら、お客さんも少ないかな……?」

「ええ、、そのようですね。お待ちください、店主を呼んできましょう」


 リチャードが店内に入る。少しして、厨房から無精髭の男が表に出てきた。


「待たせたな。お前か、ジェイクの奴を探しているのは」

「ええ、アリスよ。貴方は?」

「俺は暁箔亭の店主、ガンドだ。残念だが、ジェイクはもうここにはいねえぜ」

「帰ってきてないの? 住み込みで働いてるって聞いたんだけど」

「……ああ、あいつはあれ以来戻って来ちゃいねえよ」

「そっかぁ」


 手がかり無しかぁ、とアリスがため息をついたその時だった。

 

「――馬鹿言ってんじゃないよ、戻ってくるなりアンタが追い出したんじゃないの!」

「おいマルカ、余計な事言うんじゃねえ!」


 被せるように店の中から叫ばれた言葉は、皿を洗っていた、ガンドの妻らしき中年の女が叫んだもの。


「余計な事言ってるのはどっちのほうだい! あんときゃ常連の奴らだっていたんだ、そんな見え透いた嘘ついてまた騒ぎ呼び込んじゃどうすんだい!」

「そりゃあ、だがよ。お前だって、あいつを置いとけねえって言ってただろうが!」

「だとしても、あんな頭ごなしに追い返すことまでなかったじゃないの! だいたい、あんたいつも……うへぇ!?」

「うお冷た!」

「はーい、夫婦げんかはあとにして、まずは頭を冷やしてね?」


 魔法で生み出した小さな氷塊で物理的に二人の頭を冷やしたアリスは、にっこりと笑った。


「ガンドさん、ちゃんと説明してくれる?」


 次また嘘ついたらもっとキツいのを。そう言わんばかりに手元に作った一回り大きな氷柱をちらつかせて詰め寄る。


「そんななりで魔法使いなのかよ。ったく説明も何も、今アイツが言ったとおりだ。ああ、確かにジェイクの奴は帰ってきたが、追い返したよ。あいつはもうウチには置いておけねえ」

「随分と薄情なのね。それって、彼が魔族だから?」

「あ? ……そうか。お前、この街のもんじゃ無いな?」

「ええ、そうだけど。それがなにか?」

「この辺りにはエルフだのドワーフだの、生まれる前から当たり前のようにあちこちいたんだ。よその街なら知らんが、ここでは一々種族の違い程度で気にするようなやつはいねえよ……と言いてえがな、事情が変わっちゃ別だ。俺の店を見ろ」


 ガンドは半壊してもはや廃墟同然となった自分の酒場を指さした。


「厨房と席が残ってたのが奇跡だ。また次襲われちゃあ今度こそ店が潰れちまう。文字通り、な。確かにジェイクの奴はよく働いてくれたが、店を危険に晒してまでかくまってやる義理はねえ」

「だから、追い出したのね」

「言っておくがな、ジェイクをもう置いとけねえって話自体は女房も賛成してたんだぜ。嬢ちゃんも知ってるだろ? この街で何が起こっているのか」

「……知ってるよ。が次々に消えてるんだってね」

「隠さなくたっていいぜ……いや、流石に嬢ちゃんは知らねえのか? 教えてやるよ、狙われてるのは亜人デミの奴らどもだ」


 それはこの街に来る前にティッタから聞いた話でもある……だが。


「随分と奴らの狙いに詳しいのね。エルフとか魔族だけじゃなくて人間だってたくさん狙われてるって聞いたけど」

「ここらじゃもう有名な話だぜ? 奴らはな、亜人共を狙うときだけは執念が全然ちげえんだ。どんだけ目撃者がいようが白昼堂々、なりふり構わず追いかけ回す。そんなの見てりゃあ、嫌でも本当に狙われてるのがなにか感づくさ。俺らはな、あれを『亜人狩り(デミハント)』って呼んでる」

「そうなのね。それにしても、亜人だなんてずいぶんな言い方をしてるのね」


 亜人とは人間にとっての異種族を示す言葉だが、差別的な意味合いが強い。まだ種族間での争いが激しかった古代ならともかく、魔王の災厄で種族間の協力関係が築かれてからは殆ど使われなくなった言葉のはずだ。


 それが今になって、いったい誰がそう呼び始めたのか。ただ一つわかるのは……その言葉が当たり前に使われる程には、この街では人間と異種族の民の間に溝が深まっているのだろう。


 店の奥から、皿洗いを追えたマルカが出てきて、ガンドの隣に並んだ。


「あの子はねえ、生まれてすぐの時に北方の内乱に巻き込まれて、親共々この街まで逃げ延びてきたんだ。でも母親は逃げてる途中で流行病にかかって死んじまったそうで、残ってた父親も一年前に……ね」

「それで、雇ってあげてたのね」

「ただの同情だよ。けど、碌な賃金も出してやれないのにあの子は文句の一つも言わずによく働いてくれたんだ。良い子だったよ。だから置いといてあげられないにしても、せめて最後に腹一杯の飯だけでも食わせてやりたかったんだけどねぇ……全く、この馬鹿亭主は」


 じろりと、マルカはガンドの横顔を睨んだ。ガンドはバツが悪そうに顔を逸らして、店の中へと戻っていった。


「勘違いせんでくれ、亭主だって決して薄情な奴じゃ無いんだ。ただ、この店を守るのに必死だっただけなんだよ。それぐらい、今じゃ何が起きてもおかしくないのさ」

「……ジェイク君の行きそうなところは? 他にかくまってくれそうな人に心当たりは?」

「そうねえ、良い子だとは言え元はよそ者だ。頼れるような知り合いなんてそういなかったはずだよ。かくまってくれている奴らがいるかは……ま、聞くより見た方が早いだろうね」


 マルカは店とは反対側、通りの方を指し示した。そこを歩く人々はマルカと目が合うと気まずそうに顔を逸らし、足早に去って行った。


 下手に関わって巻き込まれたくない。そう皆が思っているようだ。


「あの子にはどっかで無事にやっていて欲しい……残念だけど、そう祈ってやるぐらいしかあたしらには出来ないよ」

「わかったわ。お店の邪魔してごめんね」


 これ以上はもう収穫が無さそうだ。アリスが踵を返して立ち去ろうとしたその時、店から再び出てきたガンドが、何かが詰まった麻袋を差し出した。


「おい、これを持ってけ」

「これは……パン? もしかしてジェイク君に?」

「俺だって、あれから悪かったと思ったんだ。懲りずにまた戻ってきやがったら、せめて食わせてやれなかったあの日の晩飯代わりに渡してやるつもりだった。なあ、もしジェイクの死体でも見つけられたら、詫びの言葉と一緒に供えてやってくれや」


 袋の中に詰められたパンは、たった一晩の食事というには多く、保存が利くように硬く焼き固められていた。きっとかなり日持ちするだろうもので……その長さがそれだけ、生きのびて欲しいという祈りを込めているようで。


「……また預かり物増えちゃったなぁ」




◇◆◇




 暁箔亭を後にしたアリスは、次は衛兵から聞いていた、クージンが営んでいたという薬草店を訪れた……だが結局そこでも同じだった。瓦礫と化した店の跡地周りで何度か聞き込みをしても、帰ってくる答えは心配はしつつも関わりたくは無いという拒絶の意志。


 結局、探している者達の行方は何一つ掴めないまま夜を迎えた。王都伯爵邸で与えられた寝室の、まだ少し慣れない天蓋付きのベッドに寝そべりながら、アリスはどうにも寝付けずにぼんやりと宙を見つめていた。


「……亜人狩りかぁ」


 なぜ、異種族が狙われているのか。なぜ、それに天使が加担しているのか。


「多分、あの天使の主神はフレイヤで間違いないと思うんだよねえ」


 あの天使が去り際に落としていった羽からは、なんとなく聖女だった時に感じていたフレイヤの気配が感じられた。


 あの天使が、もしフレイヤの意志に忠実に動いているのだとしたら。


「……フレイヤが亜人を滅ぼそうとしている?」


 脳裏によぎった可能性は、しかし呟いた当の本人からしても俄には信じがたい物だった。


 フレイヤは創造の事象を司る女神。この世のあらゆる命や物質を生み出し、すなわちエルフや魔族と言った種族もフレイヤの手で生み出されたのだ。それをわざわざ今になって滅ぼそうとする道理など無く、むしろそれをするなら滅びを司るアシュヴァルドの方だろう。


「はぁ、クシャナなら何かわかったりしないかなぁ」


 すっかり仲良くなった天使は、三年祭の夜に話してからそれっきり。今も世界のどこかを泣き言を言いながら飛び回っているのだろう。なるべく会いに来るようにする、と言っていたものの、頼りたいときに連絡する手段が無いのはもどかしい。


「とにかく情報が足りない……足りない、けど」


 同時に思う――それを知ってどうするのだろうと。


 クージンというエルフのこともウィト族の少年ジェイクのことも、たまたま縁があったから探しているだけ。他の被害にあっただろう者達となれば、はっきり言ってどこでどうなろうがアリスの知ったところでは無い。


 とはいえ、全く放置する気にもなれないし、自分が築いた王都で好き勝手されて気に食わないのは変わりないので、一神分派の野望と同じくぶっ潰すことになるのだろう。


 それだけで十分、そのはずだが、何故か胸にかかったもやが晴れない。そして、アリスはその理由になんとなく気づいていた。


「私がやりたい事って、結局夢でも目標でも無いんだよね」


 ケリーは騎士になるために、ティッタは弓聖の後継者となるという夢を叶えに、王都まで来た。対してアリスはと言えば。いわば行く手を邪魔する石ころを蹴り飛ばそうとしているに過ぎない。何か大きな、人生を捧げるべき願いを胸に抱いてはいない。それが胸中にかかったもやの正体だ。


 自由に生きたい。気に食わない奴らを潰したい。なんでもないような幸せを楽しめるような人生が欲しい。でもそれとは別に、自分が三度も与えられた命の中で、がむしゃらに追い求めてでも叶えたいこととはなんなのだろうか。そんな思考がぐるぐると頭を回る……ふわぁ、と小さなあくびが一つ。


「うん、流石に寝なきゃ」


 アリスは頭に居座る思考を追い払って布団に潜り込む。こんな雑念に囚われて、明日寝不足になるわけにはいかなかった。


 ――明日はいよいよ、大聖堂の貴族達と対峙するのだから。

今週がかなり忙しいため、次回の投稿は9/20頃になりそうです。


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呟いています:X(旧Twitter)→@Ressia_Lur

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