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四十二話 王都、早速の事件

 ウェシロ村を朝早く発ち、丘陵地帯を越えれば地平線の先にまずは天高くそびえる大聖堂、続いて白亜の王城が姿を現し、やがてその眼下に大きな街の姿が浮かんでくる。


 アミルツィ王国の王都、クラビス。聖女シルヴィアとして生を受けた地。


 第二の故郷とも言うべき街の輪郭を馬車から臨みながら、しかしアリスの心には特に郷愁の念は浮かばなかった。せいぜい「こんなに大きかったっけ?」っと、記憶にある四百年前の姿と比べて首をかしげるぐらいだ。


 それでも馬車が街の中へと入り、通りに並ぶ家の一軒一軒まではっきりと区別できるぐらいになれば、ようやくアリスの中にも心境の変化が訪れた。


「大丈夫か?」

「ダメ、吐きそう……」


猛烈な拒絶反応、という心境の変化が。


 そもそも故郷という以上に、過労死するまで女神にこき使われた忌むべき土地である。目に映るあらゆる街並みが当時の苦しみを鮮明に思い起こさせ、すっかり青ざめて馬車の中で突っ伏す。同乗するラッドが心配そうにアリスの顔を覗き込んだ。


「まさか今朝の食事に毒が……は、俺が毒味したから無いな。単に長旅の疲れが出てきたか。馬車を止めてどこかで休むか?」

「そうする……」


 不調の原因が王都の街並みのせいなのだから、馬車から出てしまえばもっと調子を崩すのでは。そんな単純なことに気づく余裕も無く、アリスはよくわからないままに頷いた。


 休憩に選ばれたのは王城が遠景に臨めるカフェテラス。テーブルに突っ伏すアリスの前に、芳醇な果実の芳香を燻らせるカップが運ばれてくる。アリスはカップを取ろうと手をのろのろと上げて……寸前で力尽きて降ろした。


お嬢様・・・、お支えしましょうか?」

「大丈夫……ねえそれより」

「言っておきますが、口調についての苦情は聞きませんので」

「うぅ」


 正体を隠すためとはいえ、体調が悪いときぐらい堅苦しいのはやめて欲しいなぁ、とアリスは上目遣いでラッドに訴える……無視されたので、恨めしげな視線だけ残してカップに口をつけた。


「あ、美味しい……これアップルティー?」

「ええ、王都ではリンゴが名産なんですよ。菓子にもお茶にも料理にも、リンゴを使った様々な名物がありますよ」

「んーでもこの辺りってリンゴなんか育ててたっけ……あ。もしかしてわた、じゃない、聖女様が好きだったからね」

「ええ、ちなみにここのアップルティーには数種のハーブが効いているのですが、その配合は聖女様が好んだレシピを再現しているとか」


 なるほど、四百年前から続く伝統の味というわけだ。アリスは改めて一口含み……首をかしげた。


(おかしいな? あんまり懐かしいって感じがしない)


 転生してからの八年の歳月の間に、当時の味などもう忘れてしまったのだろうか。不思議に思っているアリスの前に、ウェイターが菓子を運んできた。


「お待たせしました、こちら当店名物のリンゴのコンポートでございます」

「……あっ」


 運ばれてきたのは白く磨かれた皿に乗せられた、姿を崩さないように砂糖で甘く煮られたリンゴのスライス。


 この国では、庶民でも奮発すれば菓子を口に出来るほどには砂糖が広まっている――けれどもそれは、この地が平和を取り戻した今だからこそ。全てが滅びた四百年前では、聖女ですら易々と口に出来る物では無かった。


 カップで揺れる琥珀色の紅茶に視線を落とす。雑味を一切感じない、きっと上等な茶葉を使って淹れたのだろう。果たして、かつての王都で一度でもそれほどの品を口に出来たことがあっただろうか。


(道理で懐かしくないのね)


 アリスは通りの光景に目を向けた。確かに当時の姿を残した街並み、だが花壇に咲き誇る花々は、清らかな水を湛える噴水は……通り過ぎる人々の、明日を何一つ憂う事の無い笑顔は?


「……そっか、そうだよね」

「お嬢様?」

「心配かけてごめんね、ラッドさん。もう大丈夫だから」


 ここはもう、聖女の救いが求められていた街ではないのだから。


「よくわかりませんが、それなら食べ終わられましたら出発を……ん?」

「なんか騒がしくなったね?」


 どこからか聞こえる騒音、ざわざわと通りを行く人々に伝播するざわめき。遠くで馬の番をしていたテセウスが、事情を知っているらしき婦人の集団へ情報収集に向かったようだ。アリスは断片的に聞こえてくる会話に聞き耳をたてた。


「……で……攫い……」

「逃げ……兵士さ……」

「白……まぞく……」


 ――その言葉が聞こえた途端、アリスは婦人達のところへ駆けだしていた。


「ねえおばさん、今の話って本当!?」

「え? 本当よ、向こうの通りで最近噂になっている人攫いが現れてねぇ……」

「そっちじゃなくて……追われてるのが、白い髪の魔族・・だって!」

「ええ、アムテ通りの酒場で働いてた男の子なんだけどねぇ、何も悪いことしてないのに……あ、ちょっと!」


 制止する声を背中に置き去りにして、アリスは駆けだしていた。


 騒ぎの音と荒らされた街並みを辿って入り込んだのは、人気のない裏路地。やがてすぐに現場は見つかった。


 件の人攫いらしき、抜き身の剣を持った男達は合わせて十人。その一人はかなり大柄のようでローブで隠された身体は常人の倍以上もある。騒ぎにかけつけて返り討ちにあったであろう衛兵が数人、道ばたに転がされていた。


 そして十人の猛攻を必死にかわし続ける、十代前半らしき白い髪の少年。ほとんど人間と変わらないが、微かに特徴のある顔つきは間違いなく魔族のもの。


(……見つけた!)


 たどり着いたアリスの目の前で、ギリギリの回避を続けていた少年が、欠けた石畳の隙間に足を取られた。体勢を崩した少年へ迫る男の凶刃。


「伏せて、『ブラストロア』!」

「ッ!」


 アリスの手から暴風が魔法が放たれた。少年に迫っていた男を吹き飛ばし、民家の壁に瓦礫もろとも叩きつけて沈黙させた。一人撃破と数えたところへ、邪魔者を排除せんと襲撃者の手がアリスに向かう。それを迎え撃つように、アリスを追いかけてきたラッドとテセウスのコンビが前に出た。


「ったく勝手にすっとんでくんじゃねえ!」

「無茶しちゃダメだって、昨日の隊長のお説教もう忘れたの?」

「ラッドさん、テセウスさん!」

「それで、アリスちゃんはあの子を助けたいってことでいいかい?」

「……うん、ねえお願いして良い?」

「はいはい、仰せのままにお嬢様……ラッド、いくよ!」

「ああ、いつも通り合わせろよ!」


 一瞬のアイコンタクトの後、二人は剣を抜いて突貫する。


 人攫いの集団はかなりの手練れのようだが、ラッドとテセウスという少数精製部隊の騎士二人とっては苦戦する相手ではなかった。九体二という戦力差を物ともせず。集団を圧倒していく。


 ……ただ一人を除いて。


「あの大柄な男がリーダー格のようね」


 大柄な男だけ明らかに身のこなしが違う。体格に似合わない機敏な動作で騎士二人の攻撃も難なくかわしていて、かなりの手練れで間違いない。


「……あれ、あの子どこいった?」


 気づけば少年の姿が無かった。キョロキョロと当たりを見渡すと、曲がり角に消えていく少年の姿が丁度目に入った。気づいたアリスより一足早く、大柄な男が少年の後を追う。


「あ、二人とも待ちなさーい!」

「あ、おい!」

「ラッドさんテセウスさん、そいつらの足止めお願いね!」

「もう、また隊長からお説教されても知らないよ」


 ……去り際に聞こえてきた不穏な言葉は聞こえなかったフリをして、アリスは二人の後を追って駆けだした。


 少年も大柄な男も足はそれほど速くないようで、た路地の奥でアリスはすぐ二人に追いついた。大柄な男の背中に向かって手を伸ばし、魔力を収束させる。


「止まりなさい、『ブラストロア』!」

「ぐぁ!」


 暴風が大柄な男を打ち据え苦悶の声を漏らさせる。蹈鞴を踏んで立ち止まったところへすかさず、『フリーゼベルジュ』を手に肉薄する。


「腕の一本は、覚悟しなさい!」

「ちょ、あぶな……!」

「……あれ?」


 剣閃は大柄な男の右腕を完全に捉えたはずだった……刃はローブを切り裂くだけで、空振りに終わった。跳び退って距離を取る相手を前に、立ち止まったアリスはコテンと首をかしげた。


「声が高い……もしかして女の人?」

「はぁ、はぁ……だったら何だって言うのよ!?」


 体格からてっきり大柄な男だと思っていたが、どうやら大柄な女だったらしい。


(……いや、違う。大柄・・な身体じゃ無い?)


 よく見ると、ローブの端から微かに覗かせる手足は……細い。どうやら細身の体躯に似合わない巨大なローブを纏っているだけのようで、剣閃が空振りに終わったのもそれ故のようだ。


「ねえ、なんでそんなおっきな服着てるの?動きにくくない?」

「ほっとけよ! っつーかなんでアタシの邪魔すんだよ! あのガキの連れか?」

「ん、違うけどあの子に用があるの……それと貴女にも。ねえ、クージンってエルフ知ってる? 土みたいな髪の色の男らしいんだけど」

「……知らないね。ま、そもそも教える義理はないけど、ね!」


 襲いかかってきた女の剣と切り結び、つばぜり合いながらアリスは女を観察する。次第に、妙な違和感に気づき始めた。


(背中だけ、不自然に盛り上がってるのね)


 まるで、とてもかさばる何かをローブの中に押し込めているような。更によく見てみれば、背中に押し込めた何かは女の動きに合わせて動いているようで――


「……まさか!」


 一つ、脳裏に浮かんだ可能性。それを確かめるべくアリスは行動に出る。


「もっかい、行くよ!」


 あえて言葉で宣言し、アリスはローブの女に向けて突貫。再び右手に集めた魔力が生み出す暴風をローブの女に向けて解き放った。女も何らかの魔術を使ったようで、暴風は寸前で防がれる。


「そうなんども同じ手は……うそぉ!?」


 女を飲み込む暴風はまだ残っている、まだ猛威を振るうその中へ、アリスはみずから飛び込んだ。


 そして――翼を開く。体格に見合わない大きな翼に暴風のあおりを受けて、アリスは砲弾の如く急加速して女に迫る。


「は!? なんでアンタ……!」


 暴風の中で翼をはためかせて軌道をコントロールし、瞬きする間に女の背後へ。地を這うような体勢から氷剣を思いっきり振り上げ、女の背中を深々と切り裂いた。


 手応えは、無い。


「ちっ、こんなの想定外だよ。相手してられっか!」


 女は捨て台詞を残して、路地裏の奥へと去って行った。大人しく見送ったアリスは、その場に残されていたそれ・・を拾い上げた。


「やっぱり……!」


 それは、一枚の白い羽だった。そして背中を切り裂いた瞬間に僅かに見えた、その中に窮屈に折りたたまれた白い大きな翼が。女はそれを隠すために体格に見合わないローブを纏い、大柄に見えていたのだ。


「つまり……あの人も天使ってこと?」


 そうアリスが呟いたその時だった、傍らでごそごそと廃材を動かす物音。振り返れば、暴風の余波で吹き飛ばされていた少年が、廃材の山からもがき出るところだった。


「いてて、いったい何が……」

「あ、そうだ!」


 ……正直なところ、アリスには天使らしき女の正体などどうでも良かった。それよりも興味があったのは。


「ねえめえ、君! ちょっと目を見せて!」

「はっ、目? ってうわ翼!?」

「いいからじっとしてて! てかしゃがんで」

「は、はい」


 言われたとおりにしゃがんだ少年の、それまで身長差のせいでよく見えなかった瞳をアリスは覗き込む。虹彩は血のような赤色――その色を見て、アリスは確信した。


「やっぱり、貴方ってウィト族よね!?」

次回の投稿は8/28を予定しています。


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