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四十一話 ウェシロ村Ⅲ

誤字報告してくださる方、ありがとうございます。大変助かってます。

「あれは、ワイバーン……?」

「ウソでしょ、なんでワイバーンなんかが人里に!?」


 鱗に覆われた細身の胴体に、蛇のような頭部と尻尾。爪の生えた二本足に前足と一体化した翼。最下級の竜種であるワイバーンだ。


「一体だけってことははぐれかな? 村まで行っちゃう前に見つけられて良かったねぇ」

「そんなこと言ってないで、伏せて!」


 ワイバーンの口から放たれた火球が迫り、ちりぢりとなって避ける。ティッタが応酬して放った矢が、ワイバーンの翼に深々と突き刺さる。致命傷ではない。


「チッ、今ので深手を負わせられなかったのは失敗だね」


 ワイバーンはたった一撃でティッタの間合いを見切り、その攻撃が届かない高度まで上がった。それでいてワイバーンの方はしっかりと吐き出す火球の射程内に二人の姿を収めている。


「クソ、せめて一瞬だけでも引きずり下ろせれば……!」

「一瞬、あればいいのね?」

「アリス、何を……?」

「ん、もうバレちゃっているしいいかなって」


 アリスは一歩前に歩み出て、ずっと隠していた翼を顕現させた。天使の証である純白の大きな翼が広げられ、暗闇の中で淡く輝きを放つ。


「私が上がるから、ティッタさんは火球をなんとかしてて!」

「ッ! ああ、任せて!」


 アリスは地面を力強く踏みしめ、飛び上がった。


 翼を羽ばたかせ、瞬く間に遠くなる地面と、縮まっていく彼我の間合い。向かってくる小さな影を打ち落とさんと降り注ぐ火球は、追随して放たれた矢に打ち抜かれて散らされる。


「『フリーゼベルジュ』! 墜ちなさい!」

「グギャ――!?」


 右手に生み出した氷の刃をすれ違いざまに一閃。尻尾に深い傷を刻む。アリスは空中で転身しワイバーンの頭上をとって止まる。


「うん、調子はバッチリね」


 偽天馬レプリサスとの戦闘を経て、この身体に生まれてから初の全力の殺し合いを経験して、アリスは力の扱いを完全に制御しつつあった。かつては数秒飛び上がるだけで精一杯だった翼も、今では自在に空を駆け回れるほど。


「さ、トカゲはさっさと地面に墜ち――ッ!?」


 ワイバーンの翼に狙いを定め、アリスが氷の刃を手に突貫する瞬間、ワイバーンはその場で大きく翼を羽ばたかせ、暴風を巻き起こす。


「くっ、鬱陶しいわね」


 小柄さ故の体重の軽さが災いして、アリスは巻き起こされる暴風に翼を取られて飛行の制御を失った――その身体を支えるように、背後で旋風が舞う。


「これ、ティッタさんが!?」


 眼下の地上では、ティッタが矢をタクトの様に振って、風を操っていた。


「ありがとう!」

「お礼なら精霊達・・・にね。それじゃ、飛ばすよ!」


 ティッタが矢を大きく振った瞬間、アリスの背中で巻き起こる暴風。風を推進力として、アリスは砲弾のように飛翔する。


「さ、墜ちなさい!」


 二度目の剣閃は、今度こそワイバーンの翼膜を切り割いた。片翼が奪われ空でバランス崩す――そこへ、渦巻く風を纏ってまっすぐ飛来する矢の一撃。


「よし、貫いたよ!」


 矢はワイバーンの堅牢な鱗を貫通して、心臓を射貫いた。絶命したワイバーンは渓流へと落下し、後を追ってアリスも着地した。


「お帰り。やっぱり、アリスが噂の天使様だったんだね」

「ただいま、隠しててごめんね?」

「あはは、いいよ。あたしだって人のこと言えない身分だからね……へえ、羽って噂に聞いてたよりも大きいんだね。ね、ちょっと触ってみてもいい?」

「ん、いいよー。強く引っ張ったりしないでね?」


 ティッタはアリスの羽をさわさわと撫で、「おお」「癖になる手触り」と感嘆する。アリスはくすぐったさに身をよじりながら、良い機会だとティッタに気になっていたことを尋ねた。


「ねえ、矢が風を纏ってたよね。あれってエルフの精霊術ってやつ?」

「そうだよ、風の精霊の力を借りて矢の貫通力を高めたんだ。私たちの言葉で風の精霊矢アル・エアリアというんだ」

「へえ、一矢でワイバーンの肉体を貫けるなんてすごいよ」


 下級とはいえ竜の一種、肉体を覆う鱗は決して軟らかなものではない。


「あはは、そうだね。故郷に風の精霊使いは何人も居たけど、あたしほど強力な風の精霊矢アル・エアリアを使える奴はいなかったよ」

「そうなのね。でも不思議だなぁ、そんな強力な矢を放てるのに王都じゃ名を残せなかったなんて……」


 くるりとティッタに向き直ったアリスは、ティッタの表情が決して喜んでいないことに気づいた。自嘲気味に俯くティッタの姿に、四百年前に共に戦ったエルフの少年が重なる。


『聖女様、俺には、これしかないんですよ』


 いつの日か、俯いた少年は聖女に語っていた。自分は精霊を扱うことが出来ない、だからこの弓一つで戦うしかないのだと。それでも、あるいはだからこそというべきか、少年は血の滲むような努力の果てに聖騎士の名に恥じない弓の腕を身につけた。


 そして今では弓聖と呼ばれるかつての少年に憧れている。すなわち。


「ティッタさん、もしかして……ずっと風の精霊矢アル・エアリアを封じていた?」

「よくわかったね。その通りだよ」


 ティッタは弓の弦をピンと弾いた。


「弓聖様は精霊の力を借りずに、あらゆるものを、それこそワイバーンじゃない本物の竜の鱗だって貫いたんだ。だから、あたしも弓聖様に認められるためには風の精霊矢アル・エアリアになんか頼ってちゃだめなんだ」

「それは違うよ」

「……アリス?」

「あの時代はね、誰にも余裕なんて無かった。皆が持てるものを全て出し切って明日をつかみ取るしかなかったの。そんな滅びた世界を生き抜いておいて、使える力に頼ることを否定する? そんなのありえないよ」


 自分にも精霊が使えれば。少年が言っていたのを今でも覚えている。


「弓でも風でも精霊でも、使えるんだったらなんだって利用しなよ。持てる全部を弓聖にぶつけて、これが自分の強さだって教えてやるの、そうすればきっと認めてもらえる……ううん、それが貴女が認められる唯一の道だよ」

「……随分はっきりと言い切るね。なんでアリスにそんなことがわかるんだい?」

「えーっと、天使だから?」

「あはは、何それ。誤魔化すにももうちょっとマシなこと言いなよ」

「うっ、その、テキトーなこと言ってるわけじゃ無いからね? 事情は言えないけど、でも私にはわかるの!」

「別に疑ってなんかいないよ……なんでだろうね、アリスの言葉は何故か信じられるよ」


 少しだけティッタの表情に光が差したように見えた。もう一押し、そう感じたアリスは再びくるりと回ってティッタに背を向けた。


「どうしたの?」

「えっとね、左の翼の真ん中当たりを手で梳いてみてほしいの」

「いいよ……こんな感じ?」

「ん、もうちょっと先の方、あ、その辺」

「はいはい。埃でも絡まっちゃったのかな……おや」


 翼を梳いた指に絡まって、一枚の羽がティッタの手に落とされた。


「これは……」

「知ってる? 天使の羽ってなんか不思議な力があるらしいよ。髪を結んで貰ったお礼にあげる。お守りにするなり矢羽根にするなりそれか売っても、まあお好きにどうぞ」

「んな、こんな貴重な物もらえないよ! 第一そんなことのためにお節介したわけでも、身の上話をしたわけでもないって!」

「わかってるよ、別にこれは私があげたいからあげるだけ。まあ良い拾いモノしたと思ってテキトーに上手く使ってよ」

「でも……そんなの出会いを利用するみたいで気が引けるよ」

「いいじゃない、利用すれば」


 ためらうティッタをアリスは叱る。もっと柔軟に考えなよ、と。


「どうしても叶えたい夢があって、運良く役立ちそうな物が手に入った、じゃあ上手く使わない手は無いでしょう? ……そうだ、いっそ今日のことを喧伝したら? 天使と一緒に戦ったなんて良い箔がつくと思うよ」

「……使える物はなんでも使う、か。わかった、言うとおりにするよ。流石にアリスの正体を喧伝するようなことはしないけどね」


 ティッタは、憑きものが取れた様に笑った。


「それにしても、エルネスタ様の天使の羽なんて持って帰ったら、同胞達にうらやましがられちゃうな」

「あーそういえば、エルフってエルネスタ信仰なんだっけ」


 教義では三神を等しく崇めつつも、実際には各種族、民族により主に崇める神が違う。エルフは、秩序の神の信仰する種族だったはずだ。

 

「そう、森の民は自然を慈しみ、世界の大いなる流れに逆らわず生きるからね。あたしは信仰に篤くないけど、他のエルフなら血涙を流して喜ぶんじゃないかな」

「うへぇ……ちょっとめんどくさそう。あんまり正体ばれないようにしよっと」

「あはは、それがいいよ。特に王都のエルフだとクージンさんが信仰に熱心だったから、要注意だね……まあ、もうその必要も無くなっただろうけどさ」


 ティッタは悲しそうに笑っていて、きっとクージンというエルフも異種族狩りの犠牲者の一人なのだろうと、アリスは悟った。


「……アリス、これを渡しておくよ」


 ティッタは二つの手の平大の石を渡した。どちらもガラスの様に透き通っていて、一つは緑色をしているが、もう一つは青色。コレは何、とアリスは小首をかしげて聞いた。

 

「それは精霊晶というものさ。緑色の方は風の精霊晶で、元気づけてくれたお礼にアリスにあげるよ」

「わぁ、ありがとう。もう一個の方は、もしかして?」

「……せっかくの出会いだ、一つ、やり残したことをアリスに頼んでもいいかい?」

「んー、まあ使える物は何でも使えって言ったばかりだしねー。聞くだけ聞いてあげるよ」


 ティッタは「それで十分さ」と笑った。


「もう一つの青い、水の精霊晶はクージンさんから預かっていたものなんだ。もし、彼に会えたら返してほしい……お願いして良いかな?」

「うん、それぐらいならお安いご用だよ」

「クージンさんは、そうだね、雨の日の土の色の髪でいかにも神経質そうな顔の男だ。ダメそうなら、それもアリスが貰っちゃっていいから……それじゃ、またね」


 村へと帰っていくティッタをアリスは手を振って見送り……あ、っと気づいた。


「せっかくだしティッタさんに羽を流して貰えば良かったかなぁ」

「じゃあ、僕がやってあげるよ」

「あ、じゃあおねがい……して……」


 聞きなじんだ青年の声に。アリスは錆びた機械の様にぎこちなく背後を振り返る。部屋の前で見張りをしていたはずのテセウスが、ニコニコと目が笑ってない笑顔でアリスを見下ろしていた。


「ワイバーンを倒しちゃうなんてすごいね、もうそこらの騎士より強いんじゃない? こんだけ強かったらまあ護衛なんていらないだろうね」

「あう、その……」

「一緒に居たエルフもあんな事言いながら中々の強者だったね。エルフ、しかも精霊弓の使い手と森の中でやり合うなんて想像するだけで悪夢だよ。友好的で良かったねぇ」

「……ごめんなさい」

「帰ったら、隊長からお説教だからね」




◇◆◇




 こっそり抜け出したことやその他諸々に対するリチャードからのお説教を越えて、ヘロヘロになったアリスはベッドにボスンと倒れ込んだ。


「ふわぁ……これ、どうしようかなぁ」


 ベッドの上で風の精霊石をつついて転がしながらアリスは悩む。


 精霊晶はエルフの秘宝とも言われ、その名の通り中に精霊の力を封じている宝石だ。最上級の魔石にも劣らない魔法媒体になり、砕けば一度限り、封じられた精霊の力を解放して使うことが出来る。一般に出回ることは極めて希で、売りに出されれば法外な値段で取引される……ということをテセウスに聞いて知った。


「こんな貴重なもの気軽にくれるなんて、実はティッタさんってすごい人だったのかな?」


 ――一般的には、自分があげた羽の方がよっぽど貴重だと言うことにアリスは気づいていない。


「まあ使える物は、何でも使わなきゃね」


 自分の運命を弄ぶ奴らと決別し、望む人生を手に入れる。そのためにこうして王都に向かっていて……そして予感している。いつかはきっと、神を相手取ることにもなるだろう、と。ティッタに言ったように、そのために使える物は何でも利用しなければならない。


「まあ今は良い使い道思いつかないし……思いつくまでしまっておこっと」


 精霊晶を二つ纏めて天馬のぬいぐるみに放り込んで、今度こそアリスは布団に潜り込むのだった。


次回の投稿は8/20を予定しています。

追記:すみません、遅れます


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