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三十九話 ウェシロ村Ⅰ

お待たせしました。二章『聖なるもの』開幕です。

また、7月に一章の大幅な改稿をしました。特にケリー関係のエピソードと誘拐事件の展開が以前から変わっていますが、読み返さなくても支障が出ないように書いていく予定です。

よろしくお願いします。

 夢を見ていた。


 その夢は時折思い出すような過去の追憶とは違う、それも自分では無い他の存在が抱く思念と言うべきものだった。


 思念の主は、どこか既視感のある厳かな祭壇の前で、一人の少女に語りかけていた。まるで音にもやがかかったように語りかける言葉の中身は聞き取れないが、その一言だけははっきりと聞き取れた。


『剪定せよ』


 そこで、思念は終わる――同時に、アリスも目を覚ました。


「ふわぁ、夢……今のは?」


 寝起きでぼんやりと回らない頭でアリスは考える。全く意味のわからない筈なのに、どうしてか思念の主が何者かわかった。


(これは、きっとエルネスタの思念ね)


 一応、自分の仕える主であるらしき秩序と裁定を司る神。だけどアリスとして生まれてこの方神託の一つも寄越してこなかった――それが急に思念が流れ込むようになったのは、一度『イミテアエクス』で力を引き出したことで、何かのパスが繋がったからだろうか。


 あるいは。


王都に・・・近づいてきたからかな」




◇◆◇




 一ヶ月前――あの運命を変えた事件から三年後の日、八歳となったアリスはケールの街を旅立った。


『――それじゃ、行ってくるね』

『……行ってらっしゃい、アリスちゃん』

『頑張って来いよ』


 必ず戻ってくると、約束した。だから二度目となる両親との別れには涙は無く、笑顔で見送られてアリスは因縁の地へと向けて旅だった。


 今度の旅路はトゥループ・ウェスペの群れに襲われることも無く順調に進み、森の街道を抜けてコルドに着いた。そこから更にいくつもの町や村を経由し、最後の経由地として王都の目と鼻の先、徒歩でも一日とかからない丘陵地帯に築かれた農村に着いていた。


「御使い様、到着した」

「ここが……ええと」

「ウェシロ村。今日はここで一泊し、明日にいよいよ王都へ入る予定だ」

「そうそう、そんな名前だったねー。でも、王都の目の前にこんな大きな農村があるなんて知らなかったなぁ」

「確かに目立たないが、これでも歴史のある村なのだよ。かつて聖女様が王都の住民のためにこの地に大規模な畑を拓かれた。それから王都の食を支える農村として発展し……」

「あー……」


 リチャードから解説されて、アリスは……四百年前、聖女シルヴィア本人であった少女は(そんなこともしたっけなぁ)と思い出していた。


「さ、御使い様。お手を」

「ありがとう」


 リチャードの手を借りて、アリスは馬車の中からぴょいと飛び降りる。長旅で固まった身体をほぐそうとぐーんと伸びをして……ふと、周囲から向けられる視線に気づいて苦笑した。


「……やっぱり、ここでもじろじろ見られるね」

「まあ、仕方の無いことだろう」

「ちゃんと翼も隠してるのにねー」


 天使が現代に蘇った。その噂はどこからか広がり、王都にやって来るという話も含めて、今や王国に住む者で知らない者はいない。そんな中で堂々と存在をひけらかせて旅をするわけにはいかず、旅路の間は正体を隠していた。天使御用達の魔法で背中の翼を跡形も無く隠してしまえば、見た目は完全に人族の少女であるアリスの正体に気づく者はいない。


 それでも、こうしてじろじろと見られるのは……と、アリスはフリルのついた自身のスカートをつまむ。


「やっぱり、こんなの着てるのがいけないのよ」


 襟元を飾り紐で留めた純白のブラウスとハイウェストから足首まで覆う萌葱色のロングスカート、そして二の腕まで覆うレース地の長手袋と、僅かにヒールの上げられたローファー。どれも一目見てわかる上等なもので、胸元にはエルドラン伯爵家の家紋入りのブローチ。


 後ろに付き従うリチャードらいつもの第二部隊の騎士と、道中の世話役につけられたメイドも揃えば、もはや忍ぶ気もさらさら無い貴族のご令嬢の完成だ。向けられる視線も、『見慣れないお貴族様がやって来たな』程度のもので、大半はすぐに興味を失って、あるいは下手に関わって厄介ごとにならないようにと、不躾な視線も外されていく。


「ねえ、やっぱりいつもの服じゃダメ? 着心地良すぎて、なんだか落ち着かないんだけど」

「……何度も申し上げたが、無用な騒動を避けるために大聖堂以外の場所では、貴女は『エルドラン伯爵家の庶子』ということになる。それ故、相応の装いが求められるとどうかわかってほしい」

「そもそも、その設定が気に入らないんだけどねー」


 確かに、天使だと大々的に名乗るよりも動きやすく、平民として生きるよりは良い待遇を享受できる。それ自体に不満は無いが、あの伯爵が名目上の父親になるというのはどうにも気に入らなかった。


 そしてもう一つ気に食わないのが。


「それでは行きましょうか、お嬢様・・・

「ねえ、せめて言葉使いだけでもいつも通りにしてくれない? 慣れないんだけど」

「高位貴族のご息女に、我々騎士が対等に接するわけにはいきません……人目の無いところではいつも通りにいたしますので、何卒ご容赦を」

「……はぁい」


 いろいろな不満を飲み込んで、ついでにじろじろと向けられる視線をもう慣れたものだとスルーして、リチャードに連れられて向かうのは村長の家だ。村長のマーデは物腰穏やかなおばあちゃんで、アリスを見て「おや、めんこいお客様ですねぇ」と頬を緩めた。


「マーデ殿、先触れに出したとおりこちらのお嬢様は庶子であるが、主君から格別の寵愛を賜る方。また、少々特殊な事情があり……」

「ええ、ご心配なく。お嬢様に泊まっていただくコテージですが、村民の住まう居住区からはやや離れたこちらを用意してありますよ」

「ふむ、これなら申し分ない。念のため、これより警備面の確認を――」


 社交辞令もそこそこに、マーデとリチャードの相談は進む。ただの農村の長とは思えないあまりにもスムーズな対応だ。


「……おや、どうされたのですかお嬢様? 何か気になることでも?」

「貴族の対応にすごく慣れてるね。よくこの村に来るの?」

「その通りですよ……ただし、来られるのはお貴族様だけではありませんよ。この村は、南方から王都へと向かわれる方や、反対に王都から南に向かわれる方がよく泊まられるのです」

「そうなんだ」

「丁度、今日も王都から旅に出られたという方が一人滞在されてますね。ああもちろん、一般の方向けの宿とお嬢様が泊まられるコテージは離れた場所にございますので」

「別に、私はどうでもいいんだけどね」


(不埒者が出たら返り討ちにすればいいだけだし……)


 けれども一応の護衛を担うリチャードにとっては重要なようで、その詳細を念入りにマーデに詰めていくので、二人が話している間アリスは眠気だけが溜まっていく。


「ふわぁ……ん?」


 ふと、振り返れば窓から好奇心たっぷりに中を覗くの少年の顔。村の子供のようだ。


「ああ、すみません村の子が不躾な真似を。すぐに追い返しますので……!」

「ん、いいよ。それより、退屈だからあの子と遊んで来るね。リチャード隊長いいよね?」

「いえ、しかし……」

「へーき、心配ならテセウスさんにでも付いてきて貰うから。じゃ、いってくるねー」


 リチャードの返事も待つこと無く、アリスは早速外に出ては少年に絡みに行った。


 窓から覗いていた少年はジットという、村の宿屋を営む家の子供らしい。当初は貴族(偽)のお嬢様……それもこの半年で更に磨きのかかった美少女相手に緊張していたジットも、アリスが孤児院の子供相手に鍛え上げたコミュ力のおかげで瞬く間に打ち解けた。村をぶらぶらしながらする話はお互いの暮らしのことから始まり、紆余曲折を経て次第に噂話へと。


「……人攫い?」

「そうそう、今うちの宿に来てるお姉さんから聞いたんだぜ……聞いた、です。今、王都で人が次々にどっか消えちまって、それは怖ーい人攫いの仕業なんだ……ます」

「あはは、だから普通に話してくれていいってば。ジット君、さっきから言葉遣いが変なことになってるよ」

「でも、そんなのオヤジに見られたら怒られる、ますぜ」

「……それにしても、人攫いかぁ」


 自分が攫われたり、街の子供達が連れ去られたりと、今生になってから妙に縁がある言葉だ。今度は自分には縁が無いといいなぁ、とアリスは願うのだった。


「……ん、向こうでも何かやってるね? 騎士ごっこかな」


 二人の少年が、木の棒を剣に見立てて打ち合っていた。それだけなら何も珍しい光景では無いが……少年らが振るう剣の型にどこか既視感を覚えて、首をかしげる。


「ねえ、あれって……」

「あ、そうそう聞いてくれよ! ちょっと前に、ちっこいのにすっげー剣がつえー女の子が来てさ! 俺らと同じぐらいの背丈なのに、三人がかりでも敵わなかったんだぜ! 俺もあいつらもその子に剣を教えて貰ったんだ!」

「……それって、もしかして青い髪で恐ろしく足が速い女の子だった?」

「そう、その子! ……あれ、もしかして知り合い?」

「あー、まあね」


(間違いない、ケリーね)


 自称、アリスの騎士だという幼なじみの少女。三年祭の日、伯爵から学院への推薦を貰った彼女は、アリスが出立するより二ヶ月前に王都へ向かっていた。ちなみに、向こうでの用事があるという伯爵と、更に蒼影騎士団第二部隊の騎士のうちエルリックとゴードンも一緒に王都に行っていた。


(ケリー、ちゃんとやれているかなぁ)


 やたらと強くて変に度胸があるくせに、どこか小動物じみた少女だ。早速いじめられたりはしてないだろうかと心配になるアリスだった。


 やがて家の手伝いをするため父親に連れ戻されたジットと別れ、アリスはとりとめも無く村をぶらぶらと散歩する。丘陵に築かれた村はやや起伏が多く、段々と歩き疲れたアリスは腰掛けるのに丁度良い手頃な岩を見つけて座り――その座り心地に、奇妙な既視感があることに気づいた。


 その既視感が、四百年前にこの地にいたときの記憶だと思い出すまでにはそう時間はかからなかった。


(……そっか。前も疲れた時にここで座って休んだっけ)


 思い出して視線を巡らせてみれば、土地の起伏や道に埋めた石畳の形など、四百年前に拓いた時の面影が今でも微かに残っていることに気づく。


(……でも、四百年前とは何か違うのよねぇ)


 目に映る村の光景に、アリスは既視感よりもどうしてか違和感の方を強く覚えていた。同じ筈なのに、何かが決定的に違うような、何かが欠けているかのような奇妙な違和感。


(村が発展したから? 年月が経って地形が変わった? ……うーん、それよりもっと違うことがあるような)


 違和感の原因を探すべくアリスは視線を巡らせて……あっ、と気づいた。


「……わかった。人間しかいないからだ」


 四百年前、この地を拓いた時には、人間以外にもエルフやドワーフ、更には魔族なども混ざって住んでいた。そもそも、村の名前であるウェシロとは当時の開拓民のリーダーの名前だが、ウェシロはエルフだった。


 けど、視界に映る村民達は全て人族だけ。異種族の姿は一人も見えず、それが違和感の正体だった。


「この村だけじゃ無い。そもそもケールにも人族しかいなかったし、ここまで通ってきた村でも異種族の人って殆どいなかった……みんな、それぞれの故郷に帰っちゃったのかな?」


 かつて、魔王の災厄には手を取り合って立ち向かった。世界の復興には同じ地に住む隣人として助け合った。それは時代が求めたからにすぎず、平和を取り戻した今、それぞれの生きる道を歩むのは自然の摂理だ。


 それでも種族という垣根を越えて生きていた時代を、当事者として誰よりもよく知っているだけに、どこか目の前の光景が寂しく感じられた。 

次回の投稿は8/10を予定しています。


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呟いています:X(旧Twitter)→@Ressia_Lur

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