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三十六話 守れた笑顔

 ――三年祭、当日。


「……寝過ごしたあああああああ!!!!」




◇◆◇




「ケリー、どうして起こしてくれなかったの!」

「お。起こしたよ? 朝から何回も……でもアリスちゃん全然起きなくて……」

「起こし方が足りない!」

「理不尽!?」


 昨夜気を失っている間に家まで運ばれていたらしく、ベッドで目覚めた時には既に夕暮れ近い時刻になっていた。アリスの出番である今年三歳を迎える子供への祝福、『聖誕の儀』が行われるのは夕方の日の入り直前で、もうすぐのことだ。


 両親は二人とも出払っていて家におらず、起こしに来たケリーと一緒にアリスは教会までの道を急いでいた。だが……


(うぅ、全身痛いし頭もズキズキする……無茶しすぎた……)


 この身体になってからの初めての本気の戦闘で、身体に負荷がかかっていたらしい。何度起こされても目覚めないほど深い眠りについてなお、全身の疲労が回復しきれていなかった。


「アリスちゃん、大丈夫? すごくふらふらしてるけど……」

「大丈夫、いや、やっぱりちょっとキツいかも……」

「じゃあおぶってあげる! 背中に乗って!」

「え!?」

「ここ、まっすぐいけたら近道だよね!」


 ケリーはアリスを背中に背負うと軽々と跳躍し、最短距離である並んだ民家の屋根の上を走る。


「……ケリー、なんだか余裕そうね?」

「え? ちゃんと急いでるよ?」

「そうじゃなくて、私を背負って走ってるのに全然大変じゃ無さそうねってこと」


 アリスを背負いながらもケリーは汗一つかかず、しかも景色が流星のように流れていくほどの速度で走っている。


「んーとね、なんでかわからないけど朝からすっごく身体が軽いの!」

「……ちょっと、触るね?」

「うひゃぁ冷たい!?」


 ケリーの首筋にぴとっと当てた手を通じて、魔力の流れを探る。


(……やっぱり、私の魔力が定着してる)


 昨夜に分け与えた魔王セレナーデの魔力。一時的な身体強化に使われて消えるはずだったが、どうしてかケリーの身体に完全に定着し、今も無意識のうちに身体強化に使われていた。


 想定外の事態に、冷や汗が滲む。


「だ、大丈夫? 突然に何か壊したくなったり世界全部が憎くなったりしてない?」

「そんな突然ある!? いつもどおりだよ?」

「そう、ならいいけど……」


 ひとまず、悪い影響は出ていないらしい。安心したアリスだった。


「ねえ、昨日の事どこまで覚えてる?」

「昨日? えーっと、お仕事終わって、アリスちゃんを迎えに行って……そこからよく覚えてないの」

「……そう」

「あ、でもエルリックさんから聞いたよ! 白いお馬さんが子供達を攫って行っちゃったのを、アリスちゃんが退治したんでしょ? やっぱりすごいね……って、どうしたの?」

「ううん、なんでもない」


 ――そういえばあの後エル兄はどうしてたのかな、とアリスが疑問に思ったが、間もなく教会の門が見えてきて意識が逸れた。


 礼拝堂の前では教会長ベイルークがそわそわしながら待っていて、駆けつけてきたアリス達を見て表情を輝かせた。


「おお、ようやく来られましたか! そろそろ迎えに行こうかと思ってました!」

「ごめん、さっき起きて急いできたの!」

「いえいえ、昨日は大活躍だったそうですからね、ギリギリまで寝かせておこうという話になったのですよ……さて、来て早々ですが式典用の法衣にお着替えを」

「うん、早くしなくちゃ……ケリー、下ろして」

「ダメ」

「えっと、もう大丈夫だから」

「ダメ、せめて中まで連れてく」

「……そ、そう。じゃあお願いね?」


 久しぶりに過保護モードのスイッチが入ってしまったケリーに、アリスは顔を引き攣らせるのだった。




◇◆◇




「……アリス様、もう着替え終わられましたか?」

「うん、入って良いよ」

「では失礼して……おお、よく似合ってますな」


 教会長の執務室にて、無駄に手間のかかる法衣の着替えと、子供らしさを損なわない程度の簡単な化粧をシスターの助けを借りて終えたアリスは、着替えの間廊下に出ていたベイルークにどや顔で法衣姿をお披露目した。


「これ、布が多くて鬱陶しい」

「式典用の法衣とはそういう物なのですよ、諦めてくだされ」

「それにコレ、なんか不思議な構造ね? きょうかいちょーの法衣とデザイン違うし……」


 一般に法衣は目的ごとにそれぞれ用立てられるものだが、この法衣は普段使い用の法衣に後から重ねる形で式典用の法衣に仕立てられている。つまり、外着を外せば普段使いにも転じられる様になっていた。


 更には小柄なアリスの体格よりも二回り以上大きく作られていた。そのまま着れば袖はブカブカで裾は引きずるところをフリル状になるように段々重ねに留められ、折り目が見苦しくないようにその上から巻かれたレースの装飾で隠されていた。おかげで、法衣でありながらまるでドレスのような印象の意匠。


(……なんだか、ちょっと懐かしいような?)


 不思議と感じる既視感にアリスが首をかしげていると、開け放たれたままの扉から入ってくる人物が一人。


「それ、私が作ったのよ」

「……お母さん?」

「今日はついていられなくてごめんね、朝から最後の仕上げをしてたのよ……よく似合ってるわね、アリスちゃん」

「ううん、ずっと寝てただけだから」


 頭を優しく撫でるミーネの手にくすぐったそうに目を細めながらも、アリスはなぜこんな構造になっているのか尋ねた。


「それはね、アリスちゃんが成長しても着られるようにしたのよ」

「大きくなってからも? ああ、だからこうなっているのね」


 身長が伸びてサイズが合わなくなっても、折りたたむ部分を調整すれば問題なく着られる。そのための構造だとアリスは納得しかけて……


「あれ、でもそんなことしなくても着られなくなったらまた作って貰えば……あっ……」

「……アリスちゃん、半年後にはこの街を出て行っちゃうでしょう?」


 ――できる限り考えないようにしていた、もう半年後に迫った王都行き。その後は、こうして気軽に会うことも出来なくなる。


「だからね、その先もアリスちゃんが困らないように……私からの贈り物」

「……ありがとう。だいじにするね」

「でも……流石に何年もずっと着られるって訳にはできないのよねぇ。丈の調整にだって限界があるわ」


 困ったわねぇ、とミーネはどこかわざとらしく頬に手を当ててため息をついた。


「これ以上大きく作るわけにもいかないし……どうしようかしら」

「……そうだねー、法衣がなくなっちゃったら困るなぁ」


 ミーネの意図するところを悟ったアリスも、真似して頬に手当ながらニヤニヤする。


「……それじゃあ、着られなくなるぐらい大きくなるころには絶対帰ってくるよ。だから、その時は絶対にお母さんが仕立て直してね?」

「ふふっ、ご予約承りました……楽しみにしてるね?」


 それは、何の効力も無いただの口約束。だが親子が再び集うための縁が紡がれたことを信じて二人が微笑み合う……ところへ、間にずいっと割り込んでくる影が一人。


「お父さんも、お父さんも何か贈り物するからな……!」

「あ、いたんだ」

「うふふ、お父さんね、アリスちゃんの晴れ姿を見た途端に感動して固まってたのよ」

「ああ、娘がいつも以上に輝いて見える……本当に、かの聖女様みたいだ」

「そ、そんな大げさな」

「……いえ、あながち大げさってわけじゃないのよ?」

「お母さん?」


 コテンと首をかしげるアリスに、ミーネは悪戯っぽく微笑む。


「法衣、他の人とデザインが違うでしょう? 実はそれ、聖女様の小さい頃の法衣を再現したのよ。聖女様も小さい頃から丈を調整しながら大事な儀式に出ていたから、同じように作って見てはいかがって教会長様が提案してくれたの」

「あー、どうりで……」


 ただでさえあらゆる物資が足りてなかった四百年前、日に日に背丈が伸びていく聖女のためだけにそのたび法衣を仕立て直すわけにはいかない。かといって、教会の最上位である聖女が法衣を着ないわけにはいかない。そういった事情の中で苦肉の策として生まれたのがこの法衣だった。


 不思議な既視感の正体にアリスが納得していると、ロナルドが突然肩をがしっと掴んできた。あまりにも必死な形相に、アリスは一瞬怯む。


「今日は間に合わなかったけど、半年後……ここを出る時にはお父さんも立派な贈り物を用意するから! 待っててくれよな!?」

「あ、うん……楽しみにしてるね」

「――こほん。さてアリス様、間もなく『聖誕の儀』の時間です。礼拝堂に向かいましょう」


 父親の形相にちょっと引き気味なアリスにベイルークが助け船を出してくれたのか、ともかく好機だとばかりにするりと父の手から逃れる。


「それじゃ、行ってくるね!」




◇◆◇




 儀式の会場である礼拝堂では、今年祝福を受ける三歳までの子供達三十名余りが、付き添いの保護者に抱えられながら集っていた。まだ幼い子供達は今ひとつ状況をわかっていないようだが、大人達は我が子にとって記念すべき式典……それも貴賓席に何名もの貴族や、更に領主までもが列席しているとあってガチガチに緊張していた。


 ――そこへ、ベイルークに付き添われながらアリスが入場すると、全員が息を呑んだ。


 現代の青系の寒色を基調としたデザインとも違う、清純さを表す白の基調に聖女の髪の色である金糸を取り入れた、古風ながらも装飾のおかげで華やかな衣装。やや身の丈に余る錫杖を携え、背中に開けたスリットから出した純白の翼を堂々と広げる姿は、厳かな神聖さを醸し出していた。


「……きれーい、めがみさまみたーい」


 静寂の中、どこかの子供が漏らした感嘆に、アリスはにっこりと微笑み返した。


 二人が祭壇の前に着くと。まずは壇上に立ったベイルークから式典の開始の宣言と、三年の節目を何事も無く迎えられた事に対する祝辞が述べられる。その横で微笑を湛えて微笑むアリスに向けて、列席した貴族らの視線が向けられる。


「あれが、噂の天使――」

「どれだけ利用価値が――」

「あの法衣は見慣れない意匠だが、もしや――」


 遠慮の無い不躾な視線で値踏みされる中、当のアリスはと言えば。


(……落ち着け私、大丈夫これは四百年前じゃ無いこの後も書類の山は待っていない終わったら遊べるんだがんばれわたし今吐いたらダメだやっぱり引き受けなければよかった今すぐ帰りたい)


 前世を思い出して、吐きそうになっていた。


「――それでは、アリス様、子供達への祝福を」

「ひゃい!?」

「リラックス、リラックスですぞ……ほら、領主様も見ておられますぞ」


 挙動不審な様子を緊張と勘違いされながら、アリスはベイルークと交代で壇上へ上がる。そこで、並んだ子供達の顔を前にして――固まった。


(……あれ、どんな流れだったっけ!?)


 練習では難なく口上も暗記して、何の問題も無いはずだった。けれど昨夜の戦闘の疲れからくる不調と、何より蘇った聖女時代のトラウマのせいで……練習の成果がすっぽりと抜けてしまっていた。


(ど、どうしよう……どうしたらいい!?)


 表面上は穏やかに微笑みながら、内心で固まるアリス。けれど今から確認するわけにはいかない。やがていつまでも黙っているのを不審に思う周囲の雰囲気が、アリスにもひしひしと伝わってきた。


 ――もう、なんとかなれ。


 そんな半ばやけくそ気持ちで、アリスはかろうじて掘り起こした記憶に残る言葉を紡ぎ出した。


「循環の理より生まれ出で、同じ時を、世界を、喜びを分かち合える新たな命へ、聖女・・の名の下に祝福を授けます――」


 ――それは、ベイルークより教えられた現代の三年祭で述べられる祝詞とは異なる言葉。


 四百年前に終わらない祝福の連続に聖女がぶち切れて創った、三年祭の原型となる儀式、『聖祝の儀』。若くして死んだために聖女本人により行われたのがたった一度だけの儀式において述べられた祝福だった。


「ふむ?」

「あら、前の子の時と少し違うのね……?」


 よく知らない大部分の者達は少し違和感も覚えながらも気に留めること無く耳を傾け。


「――ほう」

「まさかな……」


 歴史に精通した一部の者は、とうに廃れたはずの祝福が諳んじられたことに気づく。


(……これ、絶対に違う!)


 そして当の本人はやらかしたことの重大さに気づかないまま、ただ練習通りに出来ていない事に焦っていた。


 ともかく、『聖誕の儀』は表面上はつつがなく進み、全体への祝福を終えた後は子供達へ一人ずつ祝福の言葉をかける。


「……貴方の健やかな成長を、心より祈っています」

「てんしさま、ありあとー」


 子供達の無邪気な笑顔を見ていれば次第に気分も落ち着いてきて、並んだ子供達一人一人に祝福していけば、最後に残ったのは。


「カイ君、ララちゃん……無事だったんだね」


 保護者の代わりにシスターのジーニーに抱きかかえられて祭壇に上がった双子。二人がいつもと変わりの無い様子でニコニコと笑っている姿を見て、アリスは安心して胸をなで下ろした。


「どうしたのー?」

「……何でも無いよ。二人は今日も元気だなって」

「げんきー」


 無邪気にはしゃぐ二人を下ろしたジーニーは、困ったように笑ってアリスの耳に顔を寄せた。


「二人とも昨夜の事はよく覚えていないみたいで……今日も朝からこっちが疲れちゃうぐらい元気で大変でしたよ」

「そっか……」

「エルリック様から聞きました、アリス様のおかげで二人が無事に助かったと……本当に、なんとお礼を申し上げれば良いか」

「ううん、私にとっても二人は大事だから。ねえ、ところで昨日のことってどこまでエル兄から――」

「てんしさまーまだー?」

「あ、ごめんね。はじめよっか」


 ケリーもジーニーも、エルリックから事情を聞いたと言っている。けれどエルリックは森で別れて以来、あの場にはいなかったはずで――


(まあいっか。どうせクシャナがなんとかしてくれたんでしょう)


 めんどくさくなったので、深く考えないことにした。


 気を取り直して、アリスは双子の祝福をする。もうすっかり手慣れたもので、すらすらと淀みなく祝福を終えた。


「あ、まだ傷跡が残ってるね。ついでに治してあげる」


 カイの首に偽天馬レプリサスにつけられた切り傷に手を当て、聖女時代に覚えた治癒術を使う――治癒術は魔法の中でも高等技術に位置する技だ。それをアリスが軽々と使って見せたことで、列席した貴族の間にどよめきが広がった。


 そんな周囲の様子には気づかず、アリスはカイの首から切り傷がきれいさっぱり消えたことを確かめ、満足げに微笑んだ。


「はいっ、終わり! もう戻っていいよ……どうしたの?」


 祝福も終えて、ついでに治療もした。けれど二人は子供達の列に戻ろうとはせずに、顔を見合わせてにこーっと笑っていた。


「んふふ、あのね」

「ちょっとまってね! おねえちゃん、かばんー」


 カイがジーニーから鞄を受け取り、中からごそごそと何かを取り出した。


「はい、これあげる!」

「てんしさまにプレゼント!」

「……ぬいぐるみ?」


 二人が差し出したのは、白い布と糸で形作られたデフォルメされた白馬のぬいぐるみ。背中には小さな翼が生えていて、それが偽天馬レプリサスをモデルにしたのだとわかった。


 ふと、アリスは思い出した。昨日に二人はこっそりと何かを作っていたが。


「もしかして、貴方たちが?」

「そーだよ!」

「てんしさまのために、がんばった!」

「……どうして? 今日は貴方たちがおめでとうってされる日だよ?」


 問うと、二人は笑顔で言う。


「んとね、おれいだよ!」

「いつもあそんでくれたり、おうたうたってくれたりいっしょにおひるねしたりー」

「きのうも、たくさんあそんでくれてたのしかった!」

「あとね、たすけてくれたことも! おねえちゃんからきいたよ!」

「ほかにもいろいろあるよ。だからねー……」


「「――いつも、ありがとう!」」


 アリスは、少し呆然としていた。やがて恐る恐る手を伸ばして、二人が差し出したぬいぐるみを受け取った。その瞬間。


「てんしさま、ないてる?」

「おなかいたいいたいの?」

「……ううん、なんでもないよ」


 ぬいぐるみごと二人を抱きしめたアリスの頬に、一粒の涙が流れ落ちた。


 ――カイとララ、二人との関係はそう深いものではない。一緒に遊ぶようになってからまだたったの半年程度。前世を振り返れば、もっと長い時間を分かち合った者達はたくさんいた。


 ――誰かを助けた事も初めてでは無い。聖女として数え切れない程の命を救い、覚えきれないほどの感謝を受け取った。


 そのはずなのに。


「なんでもない……ただなんでもないことが、とても嬉しいの」


 特別でも無い、ただありふれた笑顔。それを守る事ができたことが何よりもよかったと――アリスは初めて、心から思ったのだった。

次回の投稿は4/21を予定しています。

追記:事情により延期します。4/22~27の何処かになる予定です


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