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三十三話 明かされる物語Ⅰ

「これは材料になった天使……セティナの記憶ね」


 より正確には、偽天馬レプリサスの中に封じられた魂の欠片に宿る記憶だろう。記憶は大部分が掠れて読めなかったが、必要な情報は分かった。


 ページを進めると、そこから先の内容はアリスの知る通りだった。たまたま見つけたアベルを助け、アリスと出会い、子供達を攫って決戦に挑み――そして敗れた。アリスはセティナの記憶を閉じると、次はその横に寄り添う本へと手を伸ばした。


 予想はできている。こっちはセティナが育て、そして材料にされた白馬の記憶だろう。開かれたページを見て……アリスは苦笑した。


「馬だもんね。文字が書いてるわけないか」


 その本には文としての記録は綴られていない。その代わり、白馬の記憶が、沢山の色鮮やかな絵で描かれていた。


 一番多いのは萌葱色の髪を後ろで一つに括った女性の笑顔。きっとこれがセティナだろう。その次に多いのは生まれ育った草原の光景と、そこで共に暮らした動物達の姿。


 ずっと変わり映えしない穏やかな光景が続いていたところへ突然、見知らぬ集団が現れた。その者達は全員、身体の一部に第四執行者クァルトの所属を示す紋様を入れていた。


 第四執行者クァルトの者達はセティナを眠らせて目隠しをした後は顔を晒していた……まさか、彼らもこうして物言わぬ動物の記憶から顔が割れてしまうとは想像していなかったのだろう。アリスはその顔を忘れないようにしっかりと脳裏に焼き付け、本を閉じる。


「……さて、最後ね」


 残る一冊。ここまで来れば、それが誰の記憶かはもう予想できる。


 イヤイヤながらアリスは最後の黒い本を開いて、偽天馬レプリサスを構成する最後の一人、ヴィーゴルの人生を辿る。


 最初の方は、もうよく知っている話だ。アリスはページを駆け足で読み飛ばし、目的の箇所を探す。


「あった。ここからだ」


 何者かによって聖女シルヴィアによる封印が解かれた――そこからがアリスの知らない物語だ。


 四百年の時を経て目覚めさせられたヴィーゴルには、『神兵計画』のためにキメラを完成させることが命じられた。教会はかつて己の理想を阻んだ組織だが、悲願成就のパトロンとなるのならばもはや遺恨は無い。ヴィーゴルは嬉々として役目を拝命した。


 教会という大陸最大組織の後ろ盾を得て再び研究を進めたヴィーゴルは、やがて一つの結論にたどり着いた。


 キメラ作成の理論は、四百年前の時点で殆ど完璧だった。ただ足りなかったのは――『支配と隷属』だ。


 互いに拒絶し乖離しようとする二つの魂を強引に結びつけるには外部から物理的に魔術式を刻み込む程度ではどれだけ強力な術式でも全く足りなかった。


 故に、外からでは無く内側から二つの魂を隷属して縛り付けるための三つ目の魂を新たに加えることにした。実験の果てに、三つ目の魂には精神干渉系の固有魔法を持っている者が最適であることがわかった。それもとびっきり強力に干渉できる固有魔法でないとならないということも。


 固有魔法というだけでも珍しいのに、その中でも強力な精神干渉系となれば更に希少だ。そのような材料など――ああ、ここ・・にあるではないか。


 ヴィーゴルは歓喜した。ただの材料集めに便利な手段としか見なしていなかった己の固有魔法こそが、キメラを完成させるための最後の鍵だったとは!


 自分を生体実験の材料に使うという狂気の所業。だがヴィーゴルは一切躊躇しなかった。新たな素体として連れてこられた白馬に、教会が捕らえた天使の右薬指、そして自ら切り落とした自身の左腕を混ぜ合わせて作り上げた『神兵』は、ついに成功と言えるものとなった。


 誤算だったのは、肉体の主導権を完全には奪えなかったこと。やはり肉体のたった一部程度に宿る魂では、欠片程度でも天使という強大な存在を抑え込むには不十分だったようだ。


 だが光明は見えた。仄暗く嗤ったヴィーゴルは、より完璧なキメラを作り上げるべく、さらなる狂気に身を投じるのだった――そこで、記憶は途切れていた。


「……大体話は見えてきたわね」


 こちらも欠けた記憶だったが、重要な部分は読み取れた。


「やっぱり最近起きてた異変って偽天馬レプリサスの、というよりセティナのせいだったのね」


 ここ数日、森では異常に生き物が活性化していたり本来実らないユサリの実がなってたりした。記憶の書によれば、偽天馬レプリサスに宿るセティナの力は意図して使わなくともその場にいるだけでその土地に活力を授けたというので、それが原因であったようだ。魔物が集団で現れたのも、動物と心を通わせるというセティナの力を使ったのだろうとアリスは推測した。


 そして、わかったことがもう一つ。


 おそらく、セティナはまだ生きている。


「ここまで知っちゃったら、流石に見捨てるわけにはいかないわよね。黒幕ぶっつぶすついでに、助けてあげようか」


 我ながらお人好しだなぁと笑って、アリスはヴィーゴルの記憶を閉じた。


「――よぉ、オレからの褒美は気に入ってくれたか?」

「ッ!?」


 気づけば、長身痩躯の見知らぬ男が、目の前でアリスを見下ろしてニヤニヤと笑っていた。


 足首まで伸ばした黒い髪。黒いラフなズボンを履いた一方で上半身が裸という、肌寒くなりつつある季節にはそぐわない格好だ。その顔にはどこか見覚えがあるような気がした。


「そんな警戒するなよ。ここはオレの領域なんだから、家主がいるのは当然だろ?」

「貴方、何者……ってあれ? クシャナ?」


 黒い男の後ろから、クシャナがひょっこりと顔を出していることに気づいた。見慣れたいつもの格好で……人前では必ず隠している翼を出していることに、アリスは驚く。

 

「やぁ、コレ、一応敵では無いから安心して……って言っても無理だよねー」

「おい、主に向かってコレはねーだろ」


 黒い男がクシャナの頭をこつんと小突いた。


 ……クシャナの主だと言う言葉。それで気づかないほど、アリスは馬鹿では無い。


「どうりでその顔に見覚えがある訳ね。ああ、教会のステンドグラスでいつも見るもの」


 黒い男の正体に気づいたアリスは、身構える。


「さて、こうして直接会って話すのは初めてか。このオレが世界の『滅び』を司る神アシュヴァルド――」

「死ねええええええぇぇぇ!」


 ――名乗った瞬間、アリスはアシュヴァルドの顔面めがけて飛び蹴りを放った。アリスの足はアシュヴァルドになんなく捕まれて、そのままぷらーんとぶら下げられる。


「おいおい、セレナーデ……いや、今はアリスなんだっけ? 感動のご対面だってのにずいぶんなご挨拶じゃねーか」

「うっさい馬鹿! 貴方だけはいつかぶん殴ると決めてたのよ! 大人しく屍さらしなさいっ!」

「殴ると言いつつ蹴ってきたじゃねえか……オレ、随分と恨まれているみてーだな?」

「あったりまえでしょ! 全部、貴方が元凶じゃないの! 貴方が加護とかほざく呪いなんてかけたせいで、私は……!」


 何度も想像した……もし、アシュヴァルドの加護など与えられなかったら。


 身を苛む破壊衝動に呑まれることも無く、普通の魔族の姫として家族に、民に愛されて育ち、いずれ普通に王位を継いで国を導き……あるいは愛すべき伴侶を見つけて、結ばれていたのかもしれない。


 そんな、ありえたかも知れない人生……それを奪ったのが、目の前で嗤うこの神だ。


 この神にさえ目をつけられなければ、当たり前に幸せを得られる、そんな人生だっただろう。


「違うな」


 それをアシュヴァルドは否定する。


「どんな可能性を選べたとして、オレの加護が無かったとして結末は変わらなかった――お前が世界を滅ぼす事には変わりなかったんだ。魔王セレナーデは世界の災厄になったんじゃない。災厄として・・・・・生まれたんだよ」

「……何を言ってるの」

「むしろオレがお前の破壊衝動の矛先を、ただ命と物を壊すことだけに限定したからこそ世界の表層・・が滅ぶだけで済んだんだ。そうじゃなきゃ、いずれお前は世界の根幹そのものに手を出して、文字通りこの世界が跡形も無く消え去っていたかもしれないんだぜ? ……言葉で説明してもわからねえだろうから、特別に見せてやるよ。ついてきな。クシャナは現世に帰って後始末でもしてろ」

「いたっ……ちょっと、丁寧に下ろしなさいよ」


 ぽいっと投げ落とされて尻餅をついたアリスの抗議を無視して、アシュヴァルドは神殿の閉じられた門に手をかざす。すると、門は重厚な音を立ててひとりでに開いた。


 アシュヴァルドはスタスタと神殿の中に入っていくが、アリスは先へ進む一歩を踏み出せずにいた。すると、クシャナがその背を押して優しく微笑んだ。


「大丈夫。アレは性根が腐ってるけど、アリスちゃんの敵じゃ無いよ」

「……この先に何が待ってるの? クシャナは知ってるの?」

「一応ね。僕から言えるのは一つだけ。これまでも、そしてこれからもずっと、僕はアリスちゃんだけの味方だよ」

「何それ。アシュヴァルドのことはいいの?」

「え、僕あんなクソ神のこと嫌いだもん。一応は主だから仕方なく言うこと聞いてるだけだよ」


 不機嫌そうにぷいっと首を背けるクシャナ。普段お姉さんぶっている少女の子供っぽい姿がどこか可笑しくて、アリスは少しだけ緊張が解れたのを感じた。


「……じゃあ、行ってくるね」


 一抹の不安を感じながら。アリスはアシュヴァルドの後を追って、神殿の中へと足を踏み入れた。


 神殿に入るとまっすぐ石造りの廊下が続いていて、等間隔に並んだ燭台でうすぼんやりと照らされていた。ずっと黙って歩くこと暫く、先導するアシュヴァルドが不意に後ろを振り返る。


「疑問に思ったことはあるか? 何故、この世界で自分だけが転生を繰り返すのか」

「は? まぁ、そりゃあるけど……」


 死を迎えた魂は、世界の循環の中で分解されて漂白され、循環を構成する一部となる。故に、新たに生まれ出る魂が前世の記憶を持っていることなどあり得ない。


「でもそれって貴方たち神の仕業なんでしょ? ……まさか、それも違うって言うの?」

「フレイヤもエルネスタも、都合がいいから自分の手駒に仕立て上げただけだ。お前の転生には俺達は何一つ関わってないんだよ。じゃあ、何故お前だけが転生する? 何故お前だけが、循環の中で分解されない? ――その答えが、この先にある」


 長い廊下の先に、再び石造りの扉。


 その先は、大きな円形の広間だった。アリス達が入ってきた丁度向かい側にも同じような扉があった。部屋の中心には大きな祭壇があり、上には、幅広の布の端と端を繋いだような、巨大な光の輪が浮かんでいた。


「これが世界の循環だ……光栄に思えよ? 神以外でこれを目にしたのは、お前が二人目・・・だぜ」

「これが……」


 光の輪の中では無数の文字列が流れ、書き換わり、新たに生まれては消える。文字列はアリスの知らない言語でその意味は読み取れないが、これが世界で起こっている出来事を表しているのだろう。


 世界のあらゆる事象を支配する、無数の情報の流れ。その姿に圧倒されてぼんやりと眺めていたアリスは、ふと気づいた。


「……きず?」


 世界の循環に一カ所、切り裂かれたような大きな瑕が出来ていた。文字列の流れはその周囲だけ淀んで、複雑に絡み合っている。


 その瑕を目にした瞬間――アリスは無意識のうちにふらふらと吸い寄せられていた。


「瑕があるのは、ちょうど生命の在り方を規定する箇所だな……おっとあまり近づくなよ? 飲み込まれるぞ」

「わわっ」


 アシュヴァルドに首根っこを捕まれたアリスは我に返って目を白黒させる。アシュヴァルドは意地悪くクツクツと嗤った。


「ま、仕方のねえことだな。生みの親・・・・の元へ帰ろうとするのは自然の理だろう? 責める気はねえよ」

「――ッ!?」

「答え合わせの時間だ。何故お前の魂だけが転生を繰り返すのか? 循環の中で漂白されないのか? ――簡単なことだ。お前が世界の循環にとってイレギュラーの存在だから。循環が規定する、命の生き死にの理……その外から生まれた存在だからだ」

 

 アシュヴァルドはこの『世界の瑕』とアリスの関係を親子と称した。瑕から生まれるもの――それはよく知っている。


 かつて何度も倒してきた、存在するだけでこの世界を破壊する魔物。


「お前ら現世の者が淵源の王オリジンと呼ぶ魔物――それが魔王セレナーデの正体だ」

次回の投稿は3/24を予定しています。

追記:すみません、事情により3/31に延期します


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