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三十二話 偽天馬Ⅴ



 ケリーは混乱していた。


「……あれ、なに?」


 何故、アリスを迎えに行ったはずが自分は森にいるのか。何故、白馬の首から人間が生えているのか。そんなことがどうでも良く思えるぐらい、目の前の惨状は理解の範疇を超えていた。


「――あはは、どうしたの? もっと抗いなさいよ!」

「ヴォオア!?」


 アリスは狂気的に笑いながら、傷だらけの白馬の化物を地面に引きずり倒す。そして人間の上半身部分、その右腕を掴む。


「まず、一本」


 グギリ、と鈍い音を立てて腕があり得ない方向に捻じ折られた。白馬の巨体の上で笑うアリスは、手に黒い霧のような魔力を纏わせた。


「痛い? まだ痛い? よかった。じゃあ、まだ壊せるわね。『侵し、食い破れ』」


 白馬の化物の傷口に当てられたアリスの手から魔力が体内に侵襲し、巨体が苦しみ悶える。


 傷つけては笑う。苦しめては悦に浸る。その姿は、自分の知っている少女からはかけ離れたもので。


「どうして……」

「今のアリスちゃん、生き生きとしてるよね」

「わ!? だ、誰!? ……え、はね?」

「やあ人間、確かケリーだっけ?」


 いつの間にか隣にいた灰色髪の少女が、アリスを見て眩しそうに目を細めた。


「美しいだろう? アレが、彼女の本質だよ」

「アリスちゃんの……?」

「そう。あらゆるものを力でねじ伏せ、望むがままに蹂躙する。彼女自身は自覚してないだろうけどね、結局のところ何度生まれ変わっても変わらない、天性の暴君なんだよ」

「そんな……酷いこと言わないで!」

「酷いもんか。同時に彼女は純粋なんだ。望むことと言えば美味しい物を食べたいとか、ぐっすり寝たいとか、遊びたいとか……ああ、おしゃれしたいとか、気に入らないものを叩きのめしたいなんてのもあるかな? それでいて地位にも名誉にも金にも、およそ『人』が持ちうるあらゆる欲を持たないんだ。わかるかい? 彼女の在り方は世界の循環が最初に定めた生命の本質そのもので、だからこそ僕は彼女に惚れたのさ」

「……よくわからないよ」


 もしかしたらなにか大事なことを言っているのだろうが……どうでもいい。それよりも、今は。


「おや、どこいくんだい?」

「アリスちゃんを止めてくる」

「君は、彼女が怖くないのかい?」

「怖いよ……でも、止めなきゃ。あんな酷いことしちゃダメ」

「やめときなよ、巻き込まれて死ぬよ」

「そんなの関係ないよ。それにアリスちゃん言ってた、後悔するって。そんなことする前に私が止める……だから、邪魔しないで!」


 惨劇の現場へ向かって駆け出すケリー。その姿を見送るクシャナは、一人呟く。


「見返りを求めない友愛、それもまた生命の本質か……美しいものだね」




◇◆◇




「ウヴァオアアア!」

「わわっ」


 腕をがむしゃらに振り回して抵抗する偽天馬レプリサスに、アリスは振り落とされる。偽天馬レプリサスは右腕が折れたボロボロの身体で、みっともなく背を向けて逃走し、半球状の光の盾を展開した。


「はっ、無様ね。そのちっぽけな守りごと粉砕してあげるわ」


 アリスは右手に黒い魔力を 


「これで終わり……ッ!? ああ、そういうことね」


 アリスは気づく。偽天馬レプリサスの足下に、連れ去られた子供達が集められている事に。


 光の盾ごと爆破しようとすれば、少なからず子供達に被害が及ぶ。ヴィーゴルの顔がニヤリと笑った。


「――それがどうしたの?」


 アリスは、何でも無いように笑った。


「貴方を殺す、それで解決でしょう?」


 アリスはかわらず魔力を集め続ける。偽天馬レプリサスの足下に転がる有象無象・・・・? そんなの関係ない・・・・


「さ、終わりにしましょうか」


 圧縮した魔力をアリスは放つ。




「――だめえええええ!!!」

「んぐっ!?」


 直前、ケリーの手に口を塞がれた。


「わかんない! 何が起きてるのか全然わからないけど! アリスちゃん、きっと何か酷いことしようとしてたでしょ! そんなのダメ! 許さないもん!」

「むー、むー!」

「アリスちゃんは優しいんだから……悪い子になっちゃったら、皆悲しんじゃうよ! 何か困ったことがあるなら私が力になるから! 友達でしょ!?」

「んー! むぐ、んー……!」

「ほら、まずは落ち着こう? ね、楽しいこととか考えて……ってわあぁぁ!? ごめん大丈夫!?」

「ぷはぁっ! ……今わかったわ。私が真に倒すべき敵は貴女ね」

「ええっ!?」

「息が出来なくて、本気で死ぬかと思った……」


 ここまで死を身近に感じたのは、かつてトゥループ・ウェスペに襲われたとき以来だった。


「けど、ありがとう。おかげで冷静になれたわ……でもどうしようかなぁ」


 相変わらず偽天馬レプリサスは人質を取ったままで、迂闊に手を出せない。


 それに、魔王の魂――まだ魔力はうずいたままで、このままでは再び意識を持って行かれる。


 双子の救助と、魔王の魂の対処。その解決方法をアリスは考えて……


「あ、これならどっちも解決出来るわね」


 ぽんと、手を叩いたアリスは、ケリーにニコーっと笑顔を向けた。あ、これはよからぬ事を企んでいるときの顔だ,ともう長い付き合いのケリーは悟って、口元をひくりと引き攣らせた。


「ね、ケリー? 力になってくれるって言ったよね」

「う、うん……アリスちゃん、顔こわいよ……? 落ち着こう?」

「ちょーっと辛いと思うけど、きっとケリーなら大丈夫だと思うから。少しだけ、引き受けて・・・・・ちょうだい?」

「むぐぅ――!?」


 アリスはケリーの顔をがしっと掴んで思いっきり引き寄せ――キスをした。


 顔を真っ赤にしてジタバタもがくケリーを無理矢理押さえつけながら、アリスは重ねた

唇を通じて自身の内側から温かいものを流しこむ。数秒の後、唇を離したアリスは気が抜けたように「はふぅ」と息を吐いた。


「ア、アア、アリスちゃん!?なんで!? 別にアリスちゃんならいいけどそのまだまだ心の準備が……なんか身体が熱いよ!? 何したの!?」

「うん、これぐらい魔力を渡せば押さえ込めるわね」


 『魔力譲渡』――それも専用の術式を用いずに肉体的接触を通じて行う、原始的な方法だ。


 暴走しかけていた魔王の魂が放つ魔力、その一部をアリスは唇越しにケリーに渡した。全体からすればほんのごく一部だが、暴走と封じ込めの間で拮抗していた状態から天秤が傾いたおかげで、なんとか封じ込めることが出来た。


 そして目論見はもう一つ。


「どう? 私の魔力はなじむ?」

「魔力? ……うん、なんかすっごく力が湧いてくるよ!」


 一時的な魔力の譲渡による肉体の強化。それも魔王の魔力というとびきり上等な力だ。


「よかった、爆発とかしなくて」

「密かに命の危機だった!?」

「冗談よ……お願い、少しだけ時間を稼いで欲しいの」

「――任せて」


 信じているからこそ、理由は問わない。


「……アァ?」


 ――瞬間、その身を守る光の盾ごとケリーに切り裂かれた偽天馬レプリサスの左腕が宙を舞った。


「子供達を離して」


 ケリーは転身しての――魔王の魔力の賜だろうか、アリスですら目を見張るほどの神速の剣戟で、偽天馬レプリサスを圧倒しては徐々に人質から遠ざけていく。その様を見て、アリスは満足げに頷いた。


「ケリー! そのまま二十……いえ十秒稼ぎなさい! 殺さないようにね!」


 返事は無い。けど確かに届いていると確信して、アリスは花畑を駆ける。


「確か、この辺りに……あった!」


 アリスが探していたもの……それはクシャナが放り捨てた、魔術師の杖だ。小柄なアリスの身長よりもやや長い杖を、抱えるように持ち上げる。


「うん、問題なく魔力は通る。剣じゃないのが気に食わないけど……これならいけるわ」


 ずっと考えていた、どうやって偽天馬レプリサスの中に囚われた魂を救うか。


 クシャナは、主神であるエルネスタの力を使えばいいと言った。この世の理を統べる神の力ならば、この世界のあらゆる事象を自由にできると。


 最初は、神の力なんてどうやって使えばと思っていた。だが、光の槍を打ち消したケリーの姿から答えを得た。


「まったく、何を悩んでたんだか。やり方なんてもう四百年も前に知ってたじゃない」


 ――『イミテアエクス・顕神フレイヤ』。


 世界の瑕を癒やすために聖女シルヴィアが編み出した奥義は、紛れもなく神の力を引き出した神剣だった。


 今となっては力を引き出すべき主神は変わってしまったが、関係ない。


 同じ事を、同じようにやればいい。


 長杖を剣に見立て、振りかぶりながらアリスは偽天馬レプリサスのもとへ駆ける。


「『イミテアエクス・――」


 己の内側に意識を向け、探し出すのは、魔王でも無い、聖女でも無い、天使アリスとしての魂。


 やがて、あまりにも身近すぎたが故に気づくことの出来なかった主神エルネスタとの繋がりを、確かに認識した。繋がりをたどった先に見つけた力を、奥義に込める。


 向かっていく視線の先、アリスの接近に気づいたケリーは、最後に渾身の重い峰打ちを叩きつけてその場を離れる。そうして無防備に差し出された偽天馬レプリサスに向かって、長杖が勢いよく振り抜かれた。


「――顕神エルネスタ』!」




◇◆◇




 ――気がつけば、アリスは見慣れない空間の中、石造りの古びた神殿の前に立っていた。


 目の前には三冊の本が浮いていた。白い表紙に翼の図柄が刻まれた一冊は分厚く、その隣に同じく白い表紙の、こちらは無地の小さな本が寄り添うように浮いている。二冊の本からやや離れて、表紙に杖が描かれた黒い本が一冊。


 アリスが翼の図柄が刻まれた本へと手を伸ばすと、本は一人でに頁を開いた。


 そこに綴られていたのは、セティナという少女の人生の記録だった。


 はるか昔、まだ人が文明と呼べるものを持っていなかった時代にセティナは生まれた。その時代、人々は自然と共に生きる術を知らず、破壊して奪うことしか知らなかった。


 そんな時代の中で自然を愛し、動物を慈しむ心を持って生まれたセティナは、女神フレイヤに見初められて天使となった。


 セティナには自然を癒し、動物と心を通わす力が与えられた。セティナは人々に自然を慈しみ、共存する術を授けてまわった。


 やがて『審判の日』を迎え、天使は人の前から姿を消した。


 『審判の日』を生き延びたセティナは、正体を隠して馬飼いの娘に扮して、友である動物達と共に暮らした。ある時は人里離れた山奥で、ある時は小さな農村で。不老不死である天使であることを気づかれないように何度も名前と住居を変えて、長い長い時を過ごした。


 しかし二年前、存在を教会の暗部に知られ、密かに捕らえられた。


 連れて行かれた先で待っていたのは、神に通ずる力を持った人造の兵士――神兵を作るという『神兵計画』の材料となる運命だった。


 世にも貴重な生きた天使のサンプルだ。決して使い潰さないように、生きたまま存在を少しずつ削り取られて使われた。


 次々と作られては失敗作となった神兵達。研究者達は素体となる生物との相性が重要だと考え、人、魔物、植物、果ては無生物に至るまで様々な被験体を連れてきた。


 そして二十七番目に連れてこられたのは――セティナと共に連れ去られた、生まれた時からずっと彼女が育ててきた白馬だった。


 やめて、と叫ぶ声は聞き入れられる筈もなく。彼女の目の前で自身の子に等しい存在が非道な実験の犠牲になり……よりにもよって、成功してしまった。


 かくしてセティナの魂の欠片を使って生み出された神兵の試作品。複数の存在が混ぜ合わされても、そこには微かながらセティナとしての自我と記憶が残されていた。


 魂を苛む苦しみの中、被検体の中に微かに宿るセティナの一部は記憶にもっとも強く焼きついていたある存在に助けを求めた。


 同じ時代に生まれ、一時期は共について世界を回った、彼女が最も尊敬する女性――天使アリシエルへと。


 王都に連れて行かれた時から、遥か南の方にその存在を強く感じていた。持てる限りの手段を用いて王都から逃げ出し、本能的に人目を避けて南へと向かった。


 この身を縛る戒めの苦しみから、自由になるために―― 

2024/10/21追記:セティナ発見の年月を二年前に改稿しました

次回の投稿は3/17を予定しています。


評価・感想などいただけると励みになります。

呟いています:X(旧Twitter)→@Ressia_Lur

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