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三十一話 偽天馬Ⅳ



 キメラを生み出そうとした、狂気の魔術師ヴィーゴル。


 聖女として生きた十七年間の中でも飛び抜けて不快で、関わった全ての者に後味の悪さを残した相手。もう二度と関わりたくないと思っていたのだが――


「まさか、こんな形で再会することになるとはね」

「――ゥアアアア……!」

「……どうやらはっきりした自我があるわけじゃ無いみたいね。全くの見かけだけというわけでも無さそうだけど」


 見た目だけでは無い。同時に、纏う雰囲気が変わっていた。これまでの偽天馬レプリサスからはアリスに対する強い執着は感じられても、悪意のようなものは殆ど感じられなかった。それが今では、粘つくような悪意が向けられている。


 アリスは目をこらして、偽天馬レプリサスの内側を見る。


 変異が始まった瞬間からその中で、ヴィーゴルの魂が他の二つを覆い隠すほど存在感が増していた。恐らく、肉体の主導権も変わったと見なすべきだろう


「……クシャナ、ごめーん! そっちいけそうに無いからやっぱり一人でなんとかして!」

「無茶だってー!」


 遠くからクシャナの泣き声が聞こえて来た直後……偽天馬レプリサスの背後に無数の『レイスピア』の魔法陣が展開される。


 既に見飽きた攻撃。だが、今度は逃げ道を塞ぐように、そして回避のタイミングを狂わせるように速度に緩急をつけて放たれる。明らかに、魔術のコントロールが巧みになっていた。

 

「ちょっとめんどくさい!」


 翼を羽ばたかせて急加速と急停止を繰り返しながら雨の様に降り注ぐ光の槍を避け、避けきれない攻撃は『フリーゼベルジュ』で切り裂く。


 着地すると、誘導されていたのだろう、地面に貼り付けるように展開されていた『レイチェイン』のトラップ。


「二度目は食らわないから!」


 アリスは地面に手をつくと、魔法陣に自身の魔力を直接流し込む。許容量を超えて強引に流し込まれた魔力に耐えきれず、魔法陣は絡みつきかけていた鎖もろとも粉々に自壊した。


 拘束を解いて飛び上がった直後、地面にターゲットを失った光の槍が突き刺さる――そして地面に吸い込まれてかき消えた。


 ――瞬間、地面に光り輝く魔法陣が浮かび上がり、間髪入れずに上空のアリスに向けて無数の光の刃を放った。


「なっ……!?」


 魔法技術の一つに『発動遅延スリープディレイ』と呼ばれる技がある。術式を維持する最低限の魔力だけで魔法を構築することで待機状態のまま維持し、必要な魔力が補充された瞬間に発動するという技だ。


 注いだ魔力が少なすぎれば術式を維持できず、多すぎれば逆に不完全な術として発動してしまう。繊細な魔力コントロールが要求される難度の高い技術だが、ヴィーゴルは数少ない使い手の一人だった。


「アリスちゃん! 大丈夫!?」

「なんとか!」


 咄嗟に出した風の防御魔法のおかげで、かすり傷程度で済んだ。


 飛翔の限界が来て、ゆっくりと地面に着地した瞬間、上空の魔法陣から生み出された十の光球がアリスを囲むように浮かんだ。


 光球そのものはただの明かりで、一切の危険は無い。しかしそれぞれの光球に照らされた影が伸びて――アリスと姿形がそっくりの影の戦士となって立ち上がり、アリスに剣を向けた。


 光系統魔法『サモン・シャルト』。相手の影を利用して影のしもべを召喚するという、光系統の中でも上級に位置する魔法だ。この魔法の厄介なところは、影と魔力が有る限り無限に召喚され続けられること。


 自分そっくりの影を切り伏せながら、アリスは光球に魔法を放って破壊する。しかし壊した矢先に魔法陣から新たな光球が補充されて影を生み出す。ならば、と上空の魔法陣を狙えば、使い捨ての影の僕が斜線上に割り込んで盾となった。そして犠牲になった影は、瞬き一つする間に再び補充されて、アリスへと襲いかかった。


 この魔法の対抗策は二つ。影を突破して魔法陣を破壊するか、あるいは延々と影を生み出させ続けて、魔法陣の魔力が尽きるまで待つこと。


 アリスが選んだのは後者――ただし、大真面目に魔力切れまで影と遊び続けるつもりは、ない。


「たしか昔もこうしたわね! 『ブラストハリケア』!」


 地面に手をついたアリスを中心に竜巻が起こり、巻き込まれた影の騎士が、光球が、かき消えた。消えた分を補うように光球が補充されても次々とかき消える。


 強力な範囲攻撃魔法を維持し続けるだけの魔力を持っているが故の、力業の攻略法。たった数十秒の間に数千の光球が生み出されては即座に消滅し、魔力を使い果たした魔法陣が自壊した。


「お返しよ!」


 それまで自分の周りに留めていた竜巻を動かして、偽天馬レプリサスへ差し向ける。暴風で花々を巻き上げながら進む竜巻が進み……


「え、ちょっと!? 危ない!」


 その間に割り込んできた小さな人影に気づいて、慌てて竜巻を消した。『誘引ハーメルン』により誘導されたケリーが、ふらふらと歩いていたのだ。


 寸前で暴風に巻き込むことを回避できたが、次の瞬間、ケリーを包むように『エクスネセンス』の光の粒子が広がった。咄嗟に飛び込んだアリスが、その小さな身体を抱きしめ、風の盾に包み込む。一瞬の間を置いて、爆発。


「間に合った……さて、アイツは……」


 視界を塗りつぶす閃光のせいで一瞬見失った偽天馬レプリサスの姿を探し……見つけると、苦虫を噛みつぶしたかのように表情を顰めた。


「……ええ、そうだった。貴方はそういう奴だったわね。この外道が」


 偽天馬レプリサスの、人間の上半身から生えた左腕が意識の無い双子の身体を掴んで、これ見よがしに掲げていた。ヴィーゴルの顔が、にたりと挑発的に笑う。


 何人もいる攫ってきた子供達の中からケリーや双子を狙ったのは、決して偶然では無く、この短い間に誰が最もアリスのウィークポイントになるかを見抜いた上でだろう。ヴィーゴルという男は、相手の弱点を見抜くことを最も得意とする男だった。


 偽天馬レプリサスの右手が光の刃を握り、カイの首へ突きつけた……抵抗すれば命はないと言うことだろう、随分とわかりやすい意思表示だ。刃は薄皮一枚を切り裂き、つーっと赤が滲む。


「……うぅ」

「あー。ケリー起きちゃった」


 いくら深い催眠の中にいるとはいえ、至近距離で盛大な爆発が起きたショックで意識を取り戻してしまったようだ


 攫われた子供達を起こすのは、全て事が終わった後にすると決めていた。クシャナの姿を見られないようにするためだ。だからといって、わざわざもう一度意識を奪うのも忍びない。どうしたものかとアリスは悩んで……


「めんどくさい、後で考えよっ」

「……え? ここどこってアリスちゃん血まみれ!? あれお馬さんから人生えてる!?」

「後でね。あとこれ返り血だから」


 すぐに思考を放棄した。


 そんなことを気にする余裕がない程――感情が揺らいでいた。


「……ほーんと、不思議なものね。今まで数え切れない程命を奪ってきた私が、子供がたった二人人質に取られたぐらいでキレるなんて」


 魔王として、息をするかのように殺してきた。聖女として、世界を救うという大義の下にたくさんの仲間の屍を越えてきた。


 目の前で今まさに命の危機にさらされている双子とは、孤児院に顔を出すようになってからの半年程度の仲でしか無い。それなのに……今、これまでに感じたことがない程の怒りを覚えていた。


「ああ、でも……これではっきりしたわね。やっぱり、貴方はただの人格の残滓でしか無いみたい。本物ならそんな幼稚な手は使ってこないはずだもの」


 ヴィーゴルという魔術師は確かに天才ではあったが……実のところ単純な実力だけで言えば、聖女が、あるいは魔王がこれまで打ち倒してきた物達の中では決して強い方では無い。


 ではなぜその程度の男が、人知を超えた実力者である聖女をして、二度と関わりたくない相手とまで思わせたのか。それは、ヴィーゴルという魔術師がとにかく『人の精神を揺さぶり、優位に立つ事に長けていた』からだ。


 ヴィーゴル討伐戦の時の事を、アリスは今でも良く覚えている。


 拠点の屋敷には至る所に、即死しない程度の傷をつけられてうち捨てられた子供達がいた――子供を連れて先へ進むことも、勿論見捨てることも出来るはずが無く、保護するたびに仲間の一部が戦線を離脱することになった。


 気がつけばたった一人になった聖女シルヴィアがヴィーゴルの実験室に突入すると、まさに被検体とされている最中の子供達がこれ見よがしに放置されていた――生きたまま身体の一部を魔物につなげられた子供達を救う術は無く、苦しみながらもかろうじて正気があった子供達を、泣きながら葬った。


 不要品として地下牢に押し込められていた子供には、水も食事も与えられない代わりに、一冊のノートとペンが与えられていた。聖女が救出に来たときには既に事切れていた骸は、死の寸前までただ聖女シルヴィアの助けを乞い書き綴っていた。


 精神を摩耗しながら遂に最奥でヴィーゴルと対峙すれば、早々にまだ無事の子供達を解放して聖女シルヴィアに引き渡した――直後に、自分が死ねば子供達が道連れになることを明かした。その宣告に何より動揺したのは解放されたばかりの子供達で、錯乱した彼らを守りながらの戦闘はかつて無いほどの苦戦を強いられた。


 拠点の屋敷に踏み入った瞬間から……それどころか、聖女がヴィーゴルの存在を追い始めたその時から、策略は全て聖女の身体では無く心を狙っていた。だからこそ、たった一人の魔術師相手に聖女は異例なまでの苦戦を強いられた。


「ヴィーゴル、貴方は知っていたはずよ。そんな稚拙な脅迫なんて、絶対的な強者の前では何の意味も無いって。ただ、悪戯に神経を逆なでするだけだって」


 だから、精神への攻撃というひたすら回りくどい方法をとっていた。


「そして、貴方は決して知らなかったでしょう。この私が、一体なのかと言うことを」


 返り血を浴びたときから、ずっと魔王の魂がうずいている。殺せ、壊せと甘美な破壊衝動を植え付けようと騒いでいる。


 ほんの少し気を緩めただけで呑まれかねないのに、今はすっかり冷静さを失っている。もう、限界だった。


「……あーあ、きっと後悔するんだろうなぁ」


 一度呑まれてしまえばもう止まらないだろう。きっと我に返った頃には、囚われている魂を助ける等という当初の目的など忘れて、怒りのままに偽天馬レプリサスを殺しているだろう。


 ――それでもいいと、今このときは思う。大事な子供達の命に比べれば、所詮名前も知らない哀れな天使のことなど些細なことだ。だから、容赦しない。今このときの全力で叩き潰す。


「世界を滅ぼした魔王の力……見せてあげるわ」

次回の投稿は三十分後ぐらいを予定しています。


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呟いています:X(旧Twitter)→@Ressia_Lur

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