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二十九話 偽天馬Ⅱ

「悪いな、別にコソコソしてたわけじゃねーんだ」


 岩の影から、斧を持った大男が申し訳なさそうに姿を現した。続いて、次々と隠れていた人影が出てきた。


 レンジャー風の装備の女、弓を持った優男、そしてローブで全身を覆い隠して杖を持った小柄な魔術士。大男と会わせて合計四人。


「……えっ、いたの? 気づかなかった」

「俺達が話していた途中ぐらいからだな。それで、お前らは何者? 見たところ街のもんじゃねーな」

「そう警戒しないでくれよ、騎士さん。俺達は冒険家でな、一攫千金を求めてベルフ大森林の奥に――」

「はーい、それ嘘」


 言いかけた大男の言葉をエルリックはばっさり切り捨てた。


「ケールの街を含む、ベルフ大森林への立ち入りは制限中だ。入るには領主の許可が必要だが、許可が出た中にお前らみたいな奴がいねーことぐらいこっちは把握してんだよ」

「ああ、そうだったのか。すまんが知らなくて――おおっと」


 顔面めがけて投擲された短剣を、大男は危なげなく指で挟んで受け止めた。


「……いきなり物騒だな」

「なるほど、奥を目指すって嘯くだけの力量はあるみてーだな。並の奴らじゃ止められねーぜ?」

「そいつはどうも。これでも場数踏んでるんでね。ほらよ、返すぜ」


 大男から投げ返された短剣を同じようにキャッチしながら、エルリックは疑念の視線を向ける。

 

「だとしたらよ、あんたらの格好はベルフに踏み込むにしては杜撰すぎる。場数踏んでるとか言っといて実は探検慣れてないんですー森林踏破に必要な道具知らないんですーは通じねえぞ。もっかい聞いてやる……あんたら何者だ?」

「……参った参った。嘘ついて悪かったって」


 大男は観念して両手を上げた。その時、下がった袖から僅かに露わになった男の手首……そこに刻まれたタトゥーを見て、アリスは首をかしげた。


(あの紋様、どこかで見たような……?)


「どこの手のものだ?」

「答える義理は無いな。なんにせよ、あの馬もどきに手を出させる訳にはいかねえんだ」


 三角形の頂点に位置するように刻まれた杯・篝火・天秤はフレイヤ・アシュヴァルド・エルネスタの三神を示すもの。そしてそこから第四の頂点を描くように刻まれた、三日月に絡んだ鎖の紋様は、彼らが掲げる信仰の証。


(そうだ、思い出した)


 四百年前にも存在していた。教会に属しながら自ら三神の教えから外れることを選んだ、異質とも言うべき暗部組織。『神に代わりて、三神の権能が届かない世界の闇を執行する』を教義とするその組織の名は。


第四執行者クァルト


 ――瞬間、優男の放った矢が、アリスの足下に刺さった。


「当たりのようね」

「……嬢ちゃんのことは殺すなと命じられているが、手を出すなとは言われていない。手を引くか、痛い目を見るか選べ」

「ふぅん、それで? こっちもカイ君とララちゃんの無事がかかっているの。引き下がるわけにはいかないの……『ブラスト』!」

「なっ!?」



 この身体でも使い慣れた暴風の魔法がアリスの手から放たれ、大男達との間に爆発を引き起こした。突然の魔法に怯んだ大男達を背に、アリスは駆けだす。


「エル兄、そいつら一人で相手できる!?」

「そりゃ余裕だが……おい、まさか!?」

「子供達の身に何かある前に、私はアイツを追いかける……お願い、エル兄はそいつらをやっちゃって!」

「ったく、しゃーねーな!」

「おい、待て――「ていっ」おうっ!?」


 大男がアリスを捕らえようと手を伸ばした瞬間、アリスは急停止して跳び上がると、男の顔面を足蹴にして加速した。


 優男の持つ弓から矢が放たれる。矢は正確にアリスの背中を狙って宙を駆け――エルリックが投擲したワイヤー付きの短剣に、切られて地面に落ちた。


「うおおおおおっ! ……ぐっ」

「はっ、動きが大ぶりなんだよ」


 大男が振り下ろす斧をエルリックは最小限の動きで避け、すれ違いざまにその手首を短剣で切り裂く。革の手甲に阻まれて傷は浅いが、たたらを踏んで止まった大男の肩に手をかけ、ひょいと飛び乗った。


「よっと」

「またかよ!?」

「踏んづけやすい図体してる方がわりーんだよ」


 アリスと同じように、大男の頭を踏み台にしてエルリックは空中へと跳び上がる。そこを狙って射られた矢を空中で切り払うと、短剣から手を離し、上着の下に隠していた太い鉄針を弓使いの優男に投げつけて牽制。一緒に落下してきた短剣をまた捕まえながら着地した瞬間、背中から斬りかかるレンジャー風の女のショートソードをひらりと躱した


「ああもう、ちょこまかと猿みたいね!?」

「山育ちなもんでね」


 ショートソードを片手で持った短剣で防ぎ、受け流しながら、エルリックは空いた片手で五本の鉄針を構える。


「おら、ちゃんと構ってやるから邪魔すんじゃねえぞ」


 三本は背後から襲いかかろうとする大男の足下へ。一本は優男が矢筒から抜いた矢に当ててはじき落とす。最後の一本は後方に控える魔術士へ――いない。


「悪いね、僕はあの子の後を追わせて貰うよ」

「なっ、おい!」


 魔術士は後方で魔法を放ち、機動力は低い者。そんな常識を覆すほど俊敏に駆けていく。その背中めがけてエルリックが鉄針を投げつけるが、魔術師は器用に後ろ手に持った杖で鉄針を弾いた。


「おい、待て!」

「エル兄、こっちは大丈夫だから! 残りの奴らをお願い!」


 小柄な魔術士に追いかけられながら、アリスは遠くから声を張り上げた。一瞬の逡巡の後――魔術士から意識を外し、残る三人の対処に集中する。


「ったく、行っちまった。俺、護衛のはずなんだけどなぁ?」

「……エルドランの蒼き影。話に聞くとおり、相当に厄介じゃねえか。こっちも本気で相手させてもらうぜ?」

「あー、わり。これ以上は真面目に相手してやるつもり無ぇーんだわ」


 騎士として守るべき少女は――もう一つの自分の顔を見せたくない相手は、もうここにいない。清廉な騎士のフリは終わりだ。


 エルリックは上着の下に隠していた、顔を覆う白い仮面を被る。仮面の下で、その瞳が怪しく輝いた。


「悪い子はおねんねの時間だぜ。『催眠ヒュプナス』」




◇◆◇




「森の中にこんな場所があったのね」


 偽天馬レプリサスに導かれてたどり着いたのは、森の中に隠れるように広がる花畑。ここが、偽天馬レプリサスが決戦の場として選んだフィールドのようだ。


「綺麗ね。どうせならこんな夜じゃなくてもっと明るい時間に来たかったなぁ」

「――」


 偽天馬レプリサスが甲高く嘶くと、宙にいくつもの光球が浮かんで辺りを真昼のように照らし出した。


「明るくしてくれたの? へぇ、案外気が利くのね」


 太陽代わりの光球に明るく照らし出されたのは、青、赤、白と色とりどりに咲き誇る花々。その合間を飛び回る蝶の群れ――偽天馬レプリサスの後ろで人形の様に佇む、双子の姿。


「カイ君、ララちゃん……」


 双子だけで無く、南門から忽然と姿を消した子供達全員。他にも何人か混ざっている覚えの無い子は、巻き込まれて連れて行かれた子達だろう。


「あれ、ケリーもいるんだ。入れ違いになってたのかな?」


 今日は騎士達に交じって街の警備をしていた少女が、一人だけ防具と剣を帯びた物々しい姿で子供達に混ざって佇んでいる姿がどこか滑稽で、クスリと笑みがこぼれる。


 直後、後ろから草木をかき分けるガサゴソという音。


「ふぅ、こんな仰々しい杖なんて持っていたら走りづらくて大変だよ」


 ひょっこりと姿を現したのは、一人だけアリスを追いかけてきた小柄な魔術士だ。のんきにぼやく魔術士に向かって、アリスは――呆れたジト目を向けた。


「そんなに邪魔ならさっさと捨てればよかったんじゃ? ――クシャナ・・・

「そうだね、もう必要無いか」


 小柄な魔術士が手に持つ長杖をあっさりと投げ捨て、ついでに全身を足下まで覆う厚ぼったいローブもぽいと脱ぎ捨てると、その下から見慣れた灰髪の天使が姿を現した。


 エルリックに暴かれて姿を現した四人組。隠れていたことにも驚いたが、その中に一人だけやたらと見覚えのある魂の持ち主がいたのに気づいたのだ。


「びっくりしたよ、なんでクシャナがいたのさ」

「偽天馬のことを調べてるときに偶々怪しい奴らを見つけてさ。一人背格好が似てた奴がいたから、すり替わってみたんだ」

「よくバレなかったね?」

「ま、いろいろやりようがあるのさ……おかげで、いくつかわかった事があるよ。けど肝心な事……どうすればあの中の魂を救えるかはわからなかった」

「クシャナの能力でどうにか出来ないの?」

「それは、難しいね」


 クシャナの手の平に、ぼぅっと火の玉が生み出される。


「僕がアシュヴァルド様から授かった力は『根源の火種』――全てを焼き尽くし、灰燼に帰す原初の炎さ。僕にはアイツの魂を肉体もろとも焼き尽くすことは出来ても、解放することは出来ないだろうね……むしろ、そういうのはアリスちゃんの領分じゃないかな?」

「へ? 私?」

「君の主神であるエルネスタが何を司っているか、思い出して」


 秩序と裁定を司り、世界の循環を定義する神。


 それが助ける為の鍵だとクシャナは言う。


「言い換えれば、君の主神はこの世のありとあらゆる理を支配する神だ。偽天馬レプリサスがどれだけ異常な存在であろうと、この世の理の中に生きている限り――君ならば、どのようにでも干渉できるはずだ。かの大天使アリシエル……君の先輩も、同じ事ができたというんだから」

「いきなりそんなこと言われても……」

「ま、ダメ元でチャレンジしてみなよ。出来なかったら、僕がなんとかして救い出す方法を探してみるからさ」

「……ううん、やってみせる、絶対に成し遂げてみせるよ。もうこれ以上放っておけないから」


 偽天馬レプリサスの中で無理矢理一つの身体に押し込められた三つの魂は、自然の摂理に反した苦しみの中でまるで悲鳴を上げているようで。


「それにさ、前に見たときよりも苦しさが増してる様に見えるの。きっと気のせいじゃ無いよね?」

「そうだね、恐らく魂そのものが少しずつ壊れていってる。元々長くない命だったんだろうね」

「……少しでも早く苦しみから解放してあげないとね」

「そうだね。それじゃ、僕が無力化してくるからアリスちゃんは離れて待っていて――」

「待って、クシャナ」


 腕まくりして意気込むクシャナの腕を掴んで止める。


「私も戦う」

「……君は本当はただのか弱い女の子なんかじゃ無いってのはよく知ってるけどさ。大丈夫なのかい?」

「ふふん、この二年半何もしていなかったわけじゃないんだからね……ほら、ぼけっと突っ立ってないで槍なり雨なり降らせてみなさいよ」


 アリスの挑発を理解したのか、それとも空気が変わったのを感じ取ったのか。静観していた偽天馬レプリサスは一鳴きして、『レイスピア』を放つ。連続して放たれた五本の光の槍が、アリスに届く直前。


「『フリーゼベルジュ』……はぁっ!」


 右手に顕現した波打つ氷の剣を振るい、光の槍を切り払った――続けざまにもう一度冷気を纏った剣身が一閃すれば、三日月型の氷の刃が宙を駆けて偽天馬に迫り、巨大な氷柱の中に閉じ込めた。


「ま、この程度じゃ倒れてくれないわよね」


 ピキリ、ピキリとひび割れた氷柱はやがて砕け散り、全身を光の盾で守った偽天馬レプリサスが姿を現した。その肉体に傷は無いが、今の一撃でアリスを脅威と認識したのだろう、向けてくる視線の雰囲気が変わっていた。


「どう? 流石に全盛期には及ばないけど、隣に立つには十分じゃないかしら?」

「……ほーんと子供の成長って早くてお姉ちゃんびっくり」


 クシャナはアリスの隣に立ち、炎を纏わせた両腕を打ち鳴らした。


「上等。それじゃ――サクッと二人で助けちゃおうか!」

 

次回の投稿は3/3を予定しています。


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