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二十七話 穏やかな日

――三年祭まで後一日。


 教会長の執務室にて、椅子に座ったアリスが目をつむって祝詞を諳んじる。それをベイルークは真剣な様子で聞いていた。


「……はい、完璧ですよ。いつ本番を迎えても大丈夫ですね」

「ふぅ、疲れた」

「お疲れ様でした。アリス様は本当に覚えが早いですね、最初からほとんど完璧でしたよ」

「う、うん。まあね」


 なにせ元聖女。祝詞の暗唱など朝飯前だ。


(でも、やっぱり色々と変わっているなぁ。四百年前とはもう別物だね)


「さて、アリス様はこの後どうされますか?」

「んーと、孤児院の様子を見に行こうかな。きょうかいちょーも一緒に来る?」

「いえ、昼には領主と来賓のご一行様が到着されるご予定なので、歓待をせねばならないのですよ」

「あー、そういえば皆慌ただしくしてたね。歓待って私もいた方が良いの?」

「その必要はございません……というよりも、領主からは儀式の時まで可能な限りアリス様をお連れのお貴族方に接触させないようにと言われています」

「……ふぅん、相変わらず伯爵様は何考えているのかわからないね」


 けれどアリスにとっても面倒ごとに巻き込まれずにすむのはありがたいので、特に不満は無かった。


 アリスはとてとてと併設の孤児院に向かう。その途中ですれちがうシスターや司祭達は忙しさに鬼気迫る様子で、話しかけるのが憚られた。


 やがて間もなく孤児院へと着く。門からそっと中を覗いて様子を窺った


「……こっちも、皆集中してるね」


 年長組の子達の指示の下で子供達が屋台の最後の仕上げに取りかかっていた。祭りの前日だからか……あるいは聖職者達の緊張した雰囲気にあてられてか、いつもならすぐに飽きて遊び出す幼年組の子供達も集中している。


「せっかく集中してるのに、邪魔しちゃ悪いね」


 アリスは気づかれないようにそっと門から離れて孤児院を後にする。


「……今日は一人かなぁ」


 いつも一緒に遊ぶケリーも、今日はゴードンに連れられて一日中騎士見習いの仕事だ。街の見回りをしているという。


 思いがけずぽっかりと空いてしまった時間の過ごし方を悩みながら、護衛のエルリックが待つ礼拝堂へと戻る。すると、礼拝堂の隅に二人の子供が遊んでいることに気づいた。


「カイ君とララちゃん?」


 孤児院でも最年少の双子、男の子のカイと女の子のララ。二人とも今年で三歳になるので、アリスの祝福を受ける予定だ。まだ小さく手伝えることが無いので、作業の間は二人だけで遊んでいるらしい


 そんな二人は隠れるようにして何かを作っていて、「できたー!」「かんせーい!」と嬉しそうに笑っていた。


「二人とも、何作って――」

「やー!」

「てんしさま、みちゃだめ!」

「え、ええっ?」


 アリスが二人に近づいてそっと覗き込もうとすると、咄嗟に隠された。いつもならば可愛らしく慕ってくる双子にいやいやと拒否されたアリスは、驚愕の表情で固まり、膝から崩れ落ちた。


「うぅ……そんな、カイ君とララちゃんに嫌われた……」

「えっと、ちがうよ!」

「みちゃやだけど、きらいじゃなくて……げんきだして」


 三歳の子供から慰められること暫く……元気を取り戻したアリスは、出来上がった何かをお気に入りの木箱に隠したカイとララに抱きつかれていた。


「てんしさま、あそぼ!」

「そといきたい!」

「んーいいよ、今日は私も暇だからね」

「やったー!」

「それじゃ、行こっか――「てんしさま、だっこして!」だ、だっこ……?」


 まだ七歳半ば、それも同年代と比べても小柄で非力なアリス。抱えて歩くにはちょっとどころじゃ無く無理がある三歳児カイからの無茶ぶりに、どうしたものかと頬を引き攣らせる。


 すると、双子の身体がすっとアリスから離されて持ち上がった。いつの間にか音も無く近づいていたエルリックだ。


「ほーら、天使様はまだちびっ子なんだから無茶言うなっつーの。俺がおぶってやるからそれで我慢な」

「……ちびっ子は余計だから」


 直に大きくなる……というアリスの主張はスルーされた。


 すれ違ったシスターのジーニーに双子を連れて外で遊んで来る事を告げて、アリス達は街へと繰り出す。特に目的地も予定もない、気ままなぶらり散歩だ。


 四人で繰り出した街の中は、流石に祭りの前日ともあってそわそわが絶好調だ。しかし、街に漂っている雰囲気はそれだけではない。


「……やっぱり、ちょっとみんなピリピリしてるね」

「ま、仕方ねーだろ。ついこの間アリスちゃん襲われたばっかりだし、この後貴族の連中だって来るんだしな」


 アリスが偽天馬に襲われた事件も、この後領主の一行が到着するという先触れも、既に街中に広まっている。特に前者の件がもたらした衝撃は大きく、事件から五日経った今でもアリスに心配そうな視線がちらほらと向けられている。


「……なんか居心地悪いなぁ」

「あれ、アリスちゃんって意外と他人の視線気にするタイプだった?」

「ううん、そういうわけじゃ無いけど……皆がピリピリしてるのがなんか嫌だなぁって思ったの」


 どこかもやもやとした気分を抱えながら歩くアリス。その背後で、何かを見つけたらしき双子が目をキラキラさせて果実店を指さした。


「リンゴ、たべたい!」

「わたしも!」

「……ふふ、貴方たちはいつも通りね」


 。


 甘酸っぱいリンゴの芳醇な味わいを楽しんだ後は、ミーネが働く仕立て屋の工房へと向かった。いつもは仕事の邪魔をしないように用事も無く訪ねたりしないのだが、先日の件もあるので一度顔を見せて安心させようという理由だ。ついでに隙を見て母親に甘えに行くのが最大の目的であるのだが。


 あっちへこっちへ寄り道しながら母の仕事場へ向かえば、丁度、お昼休憩の時間だったようだ。一緒にお昼ご飯を食べた後、アリスはミーネの膝の上に座って機嫌良く鼻歌を歌っていた。


 アリスの頭を優しく撫でながら、ミーネは娘の背中を見て不思議そうに首をかしげる。


「……本当に、いつ見ても不思議ねー。あんなに大きな翼が消えちゃう・・・・・なんて」

「ね、不思議だよねー」


 今のアリスの背中からは、白い翼が消え去っていた。


 ――五日前の夜、クシャナと夜更かしして語り合ったとき、ついでに教えて貰ったのが天使御用達の翼隠しの魔法だ。効果は単純、翼を一時的に縮めたり完全に無くしてしまうというもの。


 これを知ったアリスは「これでやっと仰向けに寝られる……!」と喜んで早速その夜に使ったのだが――翌朝、アリスより先に起きた両親に翼が無くなった姿を見つかって騒ぎになった。


 その後も翼が無い姿は何か物足りないと、周りから不評を買ったので普段はそのままにしているのだが……こうして母の膝に座って甘えるときは邪魔なので消している。


「――あら、もうこんな時間」


 時刻を告げる街の鐘がゴーンゴーンと鳴り響く。昼休憩の終わりの合図だ。


「私はお仕事に戻るけど……アリスちゃん達はどうする? 静かに遊んでいるなら、まだここにいても大丈夫よ」

「んーん、もう帰るね……多分、私はともかく双子達が静かに出来ないと思うから」


 今も双子達は布の切れ端でエルリックを面白おかしく飾り立てている。アリスがしっかり言い聞かせれば静かにするだろうが、遊びたい盛りの幼児を無理に大人しくさせるのも酷な話だ。


「また街を散歩して、夕方になったら帰るね」

「あ、それなら帰る前に、お父さんに夕飯を買って届けてあげてくれないかしら? あの人、今日は帰れなさそうって言ってたのよ」

「はーい、お父さんも大変だねー。カイ君ー、ララちゃんー。そろ行くよー」

「「はーい」」

「……ふふ、お姉さんするのも大変ね」


 双子を連れて仕立て屋の工房を後にする。双子がエルリックを飾り付けていた布の切れ端はそのまま持って帰っちゃって良いと言われ――何故かエルリックは飾りを外さず、南国の鳥の様なひらひらした姿のまま出てくる。


「外さなくて良いの?」

「おしゃれだろ?」

「……そうかなぁ?」


 まあ本人が良いならいいか……と、アリスは気にしないことにした。


 そんな目立つ格好の青年が歩いていれば、行く先々で暇している子供達に絡まれるのは自然の摂理。出会った子供達を巻き込んで、気がつけば十人以上の大所帯になった一行は、やがて南門の手前の広場までたどり着いた。


 南門はベルフ大森林の奥に向けて間口を開いており、木こりや木工職人のような木材産業の従事者が良く利用する。ロナルドが働く工房もこの近くだ。


「がおー! 魔獣余り布男だ! ガキ共食っちまうぞー!」

『きゃー!』


 自然と始まるエルリックと子供達の追いかけっこ――台詞とは反対に、何故かエルリックが逃げる側だ。どうやら、追いついて飾り布を引っぺがしたら勝ちというルールらしい。


「……ほんと、子供の扱い上手いなぁ」


 はしゃぐ子供達とエルリックの様子を、ベンチに座って呆れ半分感心半分で眺めるアリス。そうしていると、ふと気づいた。


「そういえば、もう伯爵様達は到着してるんだよね? 全然姿見ないけど……」


 教会長から昼に来ると聞いていたので、もう領主達と来賓の貴族の一行が街を通っていることだろう。きっと何台もの馬車を連れて相当に目立つはずだが、その姿が見えない。


「……あ、そっか。南門の方は通るわけないよね」


 コルドからの玄関口となっているのは北門で、教会があるのは街の中心。わざわざ正反対の南門まで来ることは無い事に気づいた。


 そして同時に気づく――これがエルリックの狙いだろうと。好奇心から不用意に近づいてトラブルに起こしかねない幼子達も、纏めて引き連れて来ることで守ったのだろうと。そのために、わざと目立つ格好で街を練り歩いて子供達を集めたのだろうと。


「馬鹿め、ガキ共! 魔獣余り布男は全部の布をなくしたとき真の力を解放するのだー! 引っかかったなー!」

『ぎゃー逃げろー!』


 ……全力で遊ぶ姿を見てると、本当にそこまで考えていたのかと疑問を抱くアリスだった。


 気づけば日が傾いて景色が夕焼けに染まりつつあった。そろそろ父にご飯を届ける時間だと、アリスはベンチからぴょんと飛び降りて、エルリックのもとへとてとて駆け寄る。


「んじゃ、行くか」

「……別に、お父さんの仕事場ってすぐそこだからエル兄はここで待ってても良いんだよ? 子供達から目を離しちゃダメでしょ?」

「いやお前が一番目を離しちゃいけないガキだからな? ちょっと待ってな……おーい、門兵のおっさん! 暫くガキ共の見守り頼むなー!」


 門を守る衛兵がビシッと敬礼して応じる。これで子供達のことは大丈夫だろう。


 南門の前を離れて、二カ所ほど曲がればもう父の仕事場だ。広い木材加工場の中から父ロナルドを探して、南門に向かうまでの道中にあった屋台で買っていたステーキサンドを渡す。冷めても美味しくがっつりお腹に溜まる、肉体労働者に人気のメニューだ。


「ありがとう……!」


 ロナルドは食事が来たことよりもそれを愛娘が届けに来てくれたという事に感動して泣いた。暫く、娘とのふれあいの時間が減っていたことが相当に堪えていたようだ。


「それじゃあ私は帰るね。お仕事の邪魔をしちゃ悪いし……」

「いや、大丈夫だから少しお父さんとお話でもしていこう。な? いいだろ? な?」

「わ、わかった……」


 今夜を乗り切るために少しでも癒やしが欲しい――疲れ切ったロナルドの顔にはそう書いてあった。ちょっと引きながらもアリスは了承する。


 ミーネの時と同じようにロナルドの膝の上に座って、アリスは今日の出来事を話す。そうしているとあっという間に時間は流れ、本格的に日が傾いていた。


 もう帰らなければいけない時間だ。


「……楽しい時間って、あっという間だね」

「ああ、そうだな」


 子供達と遊んでいたら、あっという間に過ぎた一日。


 きっと明日の祭りも同じようにすぐに終わり、またいつもの日常に戻るのだろう。


 その日常も瞬く間に過ぎていき――気がつけば半年後、本当の王都行きの日になるのだろう。


「……このまま、終わらなければ良いのになぁ」


 無意識に呟かれたアリスの本音が、夕暮れの街へと溶けて消えた。


「よし、アリスのおかげでお父さんは元気が出たぞ! 残りの仕事も頑張れそうだ!」

「……うん、頑張ってね。お父さん」


 父と別れて、アリスは作業場を後にする。子供達が待つ広場へ戻ろうとしたところ……ちょうど小走りでやってきた見知った人物と出会った。教会のシスターであるジーニーだ。


「アリス様、エルリック様。カイとララを迎えに来たのですが……二人はどこに? この辺りに来ていると聞いたのですが」

「あの子達なら南門の前にいるよ?」

「ああ、そうだったのですね」

「私も今から戻るところだから、一緒に行こっか」

「そうですね。さ、はぐれないように手を繋ぎましょうねー」

「……むぅ」


 幼子達を連れてお姉さん気分を楽しんでいても、大人達からすればまだまだ子供扱い。ちょっとだけ不満に思いつつも、アリスはジーニーの手を握った。


 そうして戻った南門の前からは――子供達の姿が忽然と消えていた。

次回の投稿は2/18を予定しています。


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