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二十五話 白馬Ⅴ

「考えたくないけど、その可能性は高いだろうね」


 アリスの予想を肯定するクシャナの表情は硬い。


「アリスちゃんも見た、一番大きな魂は恐らく素体となった馬の魂だろうね。そしてもう一つの小さな強い輝きを放つ魂から、同胞の気配を強く感じたよ……余りにも小さすぎて、それが誰かまではわからなかったけど、天使の誰かが犠牲になっているのは間違いないね」

「そっか。許せない話だね」

「えっ」


 クシャナは驚いて目をぱちくりとさせた。


「……なにさ」

「いや、君がそう言うの意外だなーって。てっきり知らない天使の命なんて興味無いかと」

「私を何だと思ってるの!?」

「悪逆非道の魔王様」


 ぐぅの音も出なかった。


「あはは、冗談だからいじけないでよ。今の君は優しい子だってちゃんと知ってるから」

「……私だって正義感とか倫理観とか、それなりに色々身につけたんだからね」


 人を殺し、世界を滅ぼすことに何も躊躇いを覚えなかった魔王だったときとは違うのだ。聖女としての経験とアリスとしての平穏な日常を経て、悪事を許さない倫理観――状況次第では許す――や、他者の命を奪うことをためらう倫理観――必要であれば今でも躊躇はしない程度――を身につけていた。


「……で、実際のところは?」

「怖い目に遭わされたから元凶にはちょっとはやり返したい。ていうか、せっかく頑張って立て直した世界で好き勝手されるのが気に入らない。潰す」

「あはは、好戦的な部分は相変わらずだね」


 もっとも、根っこの部分はそう簡単に変わりはしなかった。


「……ところで、怖い目に遭わされたって、アレと前に会ってたの?」

「えっとね――」

 

 アベルの目撃証言から始まり、騎士達を連れての捜索活動のことをアリスは詳細に話して聞かせる。初めはニコニコと聞いていたクシャナだが、白馬が突然アリスに襲いかかって逃げる羽目になったという話から次第に目が据わりだした。


「……それでね、どうにか街まで帰ってきたんだ。あの後テセウスさん……えっと、私の騎士の一人が捜索に向かったんだけど、結局見つからなかったらしくて……もうどこかへ行っちゃったと思ったから、こんなすぐにまた会ったのはびっくりしたよ」

「うんうん、よーくわかったよ。やっぱりあのクソ馬殺そう」

「クシャナ!?」

「僕の可愛い妹に手を出すなんて万死に値する蛮行だよ! アリスちゃんなんて風が吹けば飛んで行っちゃいそうなか弱い存在だってのに……さっきの変な魔法で巻き込んだ件といい、八つ裂きにしてやらないと気が済まない!」

「私そんなか弱くないからね!? だいたい、どこに行ったかわからないのにどうやって探すのさ!」

「森中に火を放って回れば、いつかはあぶり出せて……」

「やめてね!?」


 いきりたって白馬を殺しに行こうとするクシャナをアリスは必死になだめる。その甲斐あって、どうにか平静を取り戻せた。


「うぅ、こんなことになるならもっと僕が側についていてあげれば……」

「無駄に過保護なのはケリーだけで間に合ってるから…ねえ、…あまりぎゅっとしないで、痛いから」


 なお、落ち着かせるための代償にアリスはクシャナの膝の上に座ってすっぽりと抱きしめられていた。どうにも落ち着かないが、背に腹は代えられないと諦めていた。


「なんにせよ、あのクソ馬……そうだね、偽天馬レプリサスと呼ぶことにしようか。その中に囚われている魂をあのままにしておけない。どうにか偽天馬を捕まえて解放しよう」

「……できるの?」

「きっと方法はある思う。まあ、今日は夜遅くなっちゃったしもう帰ろうか……家まで送っていくよ、掴まってて」

「わわっ」


 アリスを抱えて、クシャナは飛び上がった。見下ろす木々が小さくなるほどの高度まで到達すると、月明かりに薄ぼんやりと照らされた景色が眼下に広がる。


「綺麗」

「夜はどうしても寂しい世界と思われがちなんだけどね、こうして月の光に微かに世界の輪郭が照らし出される光景が僕は好きなんだよ……せっかくだし、今日は景色を楽しみながらゆっくりと飛ぼうか。夜の遊覧飛翔ってのもいいものだよ」


 遠景には、警備の物見櫓や酒場のポツポツと灯る明かりが、暗闇の中で街の輪郭をぼんやりと浮かび上げている。その方角めがけ、クシャナゆっくりと飛ぶ。


「……それにしても、気になるのは正体不明な三つ目の魂の正体だね。僕の見立てだと動物でも天使でもない、ただの人間だと思うんだけど。アリスちゃん。心当たりある?」

「え、そんなこと言われても。わかるわけないじゃん」

「だよねー……何か手かがりがあるといいんだけど。今のところわかることと言えば、魔法を使えるってぐらいか」

「魔法……」


 偽天馬の使っていた魔法といえば、光の槍と光の盾――これは恐らく光系統に属する基本的な魔法『レイスピア』と『サンクフィールド』だろう。もう一つ、先の戦闘にアリスを操った魔法。対象の意志を無視して操る術など基本的な魔法体系には殆ど無く、固有魔法に幾つか見られる程度で。


「……あーっ!?」

「うわびっくりした!? 急に叫ばないでよ、落としちゃうじゃん!」

「思い出した! あの魔法、『誘引ハーメルン』だ!」

「……どうやら、心当たりがあるみたいだね。聞かせてくれる?」

「えっとねー……」


 『誘引ハーメルン』。


 それは固有魔法の一つで、教会によって禁術に指定されている魔法だ。その効果は対象に催眠をかけて自分の側まで誘導するというシンプルなもの。


 操作系に分類される固有魔法の中でも『誘引』は一際異彩を放つ魔法で、術をかけられる対象は純真な心を持った生き物……すなわち小さな子供と動物に限定されるという厳しい制約がある。しかし、厳しい制約故にその能力は強力無比で、その効果範囲は大きな都市一つを丸々覆ってしまうほど。そして催眠はよほど強力な魔法耐性が無ければ防げないほど強い。


「うわぁ……聞いてる限りだと、すっごい質の悪い魔法だね。離れた場所から子供を攫うなんて」

「うん、それでね……例のキメラを作ろうとしてた魔術師が、『誘引ハーメルン』の使い手だった」


 人の命を弄ぶ狂気の魔術師と、子供の誘拐に特化した固有魔法。なんて最悪の組み合わせだとは思ったものだ。その時は聖女は『誘引ハーメルン』の効果をくらう年齢の上限をギリギリ超えていたので術にかかることは無かったが、それまでに犠牲になった子供の数は判明しただけで百十二名。


 その魔術師との戦闘は聖女としてこなした仕事の中でも特に印象深い物だったため覚えている。奴は、光系統の魔法を得意としていた。


「なるほど、話が見えてきたね。その魔術師が材料に使われた三つ目の魂の可能性が高いか……けど、おかしな話だね」

「確かに、キメラを作ってた本人がキメラになってるんだもんね」

「それも不思議だけど、その魔術師って君がとっくの昔に倒したんだろう? なんで今になって出てくるのさ」

「実は、違うの」


  アリスは苦々しい顔で、当時の記憶を振り返る。


「ソイツがすごく用心深いっていうか、用意周到な奴でね。自分が死ぬと同時に、人質にしていた子供達の命も同時に奪う呪いをかけていたの」

「うわぁ、性格悪い」

「それで迂闊に殺す事ができなかったから、魔法で時間を止めて、生きたまま監獄に封印したんだよ。多分、封印を誰かが解いて蘇らせたんだと思う」

「つまり、その封印を解いた人物が、偽天馬を生み出した可能性が高いわけだね。心当たりはある?」

「……あんな極悪人が再び世に放たれたら大変だからね。封印の管理は私が一番信頼できる人達にだけ、代々受け継がれるように決めたの」


 それは身寄りの無かったシルヴィアを育てた、家族同然の存在で、同時にの側近として、最も信頼できた者達。


「大聖堂にいる十人の枢機卿。その中の誰かが、魔術師の封印を解いて偽天馬を生み出した犯人だよ」




◇◆◇




 しばらくの後、アリスを抱えたクシャナはケールの街へ静かに降り立った。

 

「さ、とうちゃーく。ここがアリスちゃんの家かい?」

「うん、そうだよ。すっごく小さいけど、住み心地はいいんだから」


 ちなみに小さいというのは魔王城基準の話で、平民の家屋としてはそこまで小さいという訳ではない。


 クシャナは「それはよかった」と微笑むと、アリスの翼に絡まっていた草木を優しく払い落としていく。


「……そういえば、これってアリスちゃんのでしょ?」

「あっ、私の羽」

「偽天馬が大事そうに咥えていたのを取り返したんだよ」


 クシャナから差し出されたのは、昼にケリーに翼を梳いて貰っているときに抜けていた羽だ。騒動の中でどこかに行ってしまったのだが、偽天馬に回収されていたようだ。

 

「多分だけど、偽天馬はこの羽に残る魔力を手がかりにアリスちゃんの気配を探し当てて、『誘引』を使って森まで呼び出したんじゃないかな?」

「そうだと思う。いくらなんでも、何の手がかりもなしに一人を狙って効果をかけるのは出来なかった筈だよ」

「取り返したからこれでもう連れていかれる事は無いと思うけど……念のため、対策しておこうか」


 クシャナはアリスの右手にそっと手を重ねると、何かの呪文を唱える。やがて手が離されると、手の甲には淡く輝く魔法陣が浮かび上がっていて、やがて沈むように手の甲に吸い込まれて見えなくなった。


「これ何?」

「魔法抵抗を高めるエンチャント。もしまた『誘引ハーメルン』をかけられても、少しは耐えられると思うよ」

「へぇ……ありがとう」

「ふふ、どういたしまして……それじゃあ、この羽はアリスちゃんに返すね」


 差し出された羽を、アリスは微妙な表情で見る。


「うーん、正直いらないんだよね……またそのうち抜けるし……」

「まぁ、世間では幸運のお守りなんてありがたられていても、僕らにとってはいくらでも抜ける物だからね……そうだ、それなら記念に僕がもらってもいいかな?」

「え? いいけど……欲しいなら新しいの抜くよ?」

「いーのいーの、こういうのはその時の巡り合わせなんだから……ちょっと待ってね、僕もお返しを用意するから」


 クシャナは自身の翼を手で梳いて、抜けかかっていた羽をするりと引き抜くとアリスに渡した。成長の差か、アリスの物より一回り大きな羽だ。


「ありがとう、大事にするね」

「僕も宝物にするよ……さ、僕はそろそろ行くね。アリスちゃんは風邪を引いちゃわないうちに早く寝るんだよ」

「もう帰っちゃうの?」

「偽天馬の行方も気になるからね。数日ははこの近くにいる予定だし、また時間がとれたら会いに来るよ」

 

 いつものように、クシャナはアリスの額に口づけを落とす。そしてくるりと背を向けて飛び上がる……直前、アリスはクシャナの服の袖を掴んで引き留めた。


「どうしたの?」

「せっかく久しぶりに会ったっていうのに……もっとお話ししようよ。これでまたお別れなんて寂しいよ」


 ――隠し事の多いアリスにとって、クシャナは何一つ包み隠さず話すことが出来る唯一の相手だ。話したいことや聞きたいことが、会えなかった二年間の間にたくさん出来ている。


 アリスが拗ねたように唇をとがらせて上目遣いで見上げれば、クシャナは肩をすくめて苦笑した。すぐ側の道ばたにぽつんと一本生えている木の木陰に座り、小さな火の玉を三つ宙に浮かべてたき火の代わりにすると、「おいで」とアリスを誘う。


「……アリスちゃんが眠くなっちゃうまでだからね。それまで一緒に夜更かししちゃおうか」

次回の投稿は2/4を予定しています。


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