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二十四話 白馬Ⅳ

「ここって今日来た場所だよね」


 穏やかに流れる川と、その岸辺に作られた小さな炊事場。昼にアリスが白馬と出会った、狩り人の休憩場所だ。


「夜の森って久しぶりだなぁ」


 昼の明るい時間ならば心地良さを覚える、小川のせせらぎや鳥や虫達の鳴き声も、夜の暗さの中では一転して独特の不気味さを演出する。しかし前世で幾度となく夜の森に入ったことがあるアリスにとってはもはや慣れたもので、むしろその雰囲気に不思議な懐かしささえ感じていた。


「でも、どうしてこんなところにいるんだろう?」


 家で寝ていたはずが、目を覚ますといつの間にかこの場所にいた。空高く浮かぶ満月の位置からして眠りに就いてからそう時間は経っていないだろう。まさに真夜中というべき時間帯。そんな時間にわざわざこんな場所まで来る理由がない。


「……寝ぼけた? そもそもどうやってここまで来たのかな」


 子供が一人で門を通ろうとすれば夜番の門兵が止めるだろうし、そもそも門は夜には閉じられている。ならば街壁を飛び越えでもしたのか……と考えていたアリスの視界の端に、パタパタと揺れる自分の翼が映る。


「まあ、ギリギリ飛び越えられるかな?」


 街壁は低いところは三階建の建物程度の高さで、今のアリスなら全力で飛んだら到達できる高さだ。


「とにかく、早く帰らないと。お父さん達が心配しちゃう」


 どうしてか頭が酷くぼんやりしているが、来たばかりのところなので帰り道は覚えている。朝が来る前にさっさと戻ろうと足を踏み出した瞬間――背後から馬の嘶きと何かが爆発したような轟音が聞こえてきた。


「……ッ!? 今のって!」


 聞き覚えのある鳴き声は、紛れもなくあの白馬。


「……やっぱり、生きてたんだ」


 森を再び調べに行ったテセウスの調査報告をアリスは聞いている。件の場所には僅かな血痕が残されていたのみで、白馬はどこかへと消えていたという話だ。その白馬が、近くにいる。


「私がここに来たのと……無関係じゃ、無さそうよね」


 導かれたか、あるいは誘われたのか。


 聞こえてきた声の大きさから考えれば、ここからそう遠くないだろう。数秒、逡巡した後……アリスは帰り道に背を向けて走り出した。


 音が聞こえてきたのは、小川を越えた森の奥。飛び石をぴょんぴょんと飛んで対岸に渡り、翼に草木が絡まる事も厭わず全力で夜の森を駆ける。やがて、アリスは森の中にぽっかりと口を開けた空間にたどり着いた。


 そこには、昼に騎士達によってつけられた傷跡に加えて、新たにいくつかの火傷跡が胴体に広がる白馬。そして、もう一人、油断ならない様子で白馬に立ち向かう人物。


「……クシャナ!?」

「アリスちゃん!?」




◇◆◇




 なぎ倒された木々には真新しい焼け跡が残っていて、所々黒煙を上げている。白馬の嘶きと一緒に聞こえた轟音が木々が倒れる音だったらしい。その実行者と思わしきクシャナは、右手に黒煙を燻らせたまま、突然現れたアリスを驚いた表情で見ていた。


「え、なんでここにいるの? もしかして家出?」

「違うよ!? クシャナこそ、どうしてここにいるの!?」

「僕は少し時間が出来たから、久しぶりにアリスちゃんに会いに……っと、危ない」


 クシャナめがけて迫る光の槍へ、気づいて腕を一振りした瞬間、燃えさかる火の玉が宙を走る。両者の術が衝突した瞬間、爆炎が吹き上がって光の槍を蹴散らした。


「まだまだいくよ! アリスちゃんは危ないから離れてて!」

「う、うん」


 クシャナの両腕の先に赤い魔法陣が生み出される。すると、同じ魔法陣が二つ、白馬を挟むように地面に刻まれ、地から火柱が吹き上がった。


 炎系統中級魔法、『ピラーフレイズ』。一帯を赤く染め上て照らす一対の火柱は、クシャナが指揮をするように両腕を振ると、白馬を中心にして回転しながら徐々に距離を近づけていく。


 熱気を撒き散らして迫り来る脅威に対し、白馬は広げた翼で自身を覆い、甲高く嘶いた。すると、ドーム状の光のバリアが白馬の身体を覆う。直後、火柱が白馬を守る光ごと飲み込み――轟々と燃えさかる炎は光のバリアに阻まれて届かず、やがて数秒の後にかき消えた。


 『ピラーフレイズ』を防ぎきった白馬は、青い目を忌々しげにクシャナへと向け――そこに既にクシャナの姿はない。


「残念、後ろだよ」

「――!?」


 白馬の死角から現れたクシャナが白馬の首へと取り付いた。『ピラーフレイズ』の火柱を隠れ蓑にして、白馬へと接近していたのだ。


「さ、死なない程度に黒焦げになってもらうよ! 『焼けろ』!」


 クシャナの両腕が炎の身体を持つ蛇に変わり、白馬の身体を締め付ける。全身を焦がす熱量に白馬は悲鳴を上げると、次の瞬間、その翼が赤黒い光を纏って妖しく輝いた。


 これまでの光の魔法とは明らかに系統が異なる術にクシャナは白馬に取り付きながらも警戒し――しかし、その効果は思いもよらぬ場所に現れた。


「……え、あれ、なんで!?」

「ちょっと、アリスちゃん! 危ないから来ちゃダメだってば!」

「違うの! 身体が勝手に動いて……!」


 離れた場所で大人しく戦闘を見ていたアリス。しかし、突然身体が硬直したかと思えば、白馬に向けて一歩、また一歩と歩き出していた。慌てて止まろうとするが、どういう訳か身体の自由が全く利かず……それだけでなく、意識もまるで闇に落ちるようにすぅーっと遠ざかっていく。


「だめ……あたまが、ぼんやりして……」

「くっ、洗脳か! 待って、今助けるから!」


 クシャナは炎の蛇を消して白馬から離れると、翼を一瞬力強く羽ばたかせてアリスの元へと一直線に飛ぶ。そしてアリスを背後から羽交い締めにして止め、耳元で叫ぶ。


「アリスちゃん、止まって! 気を確かに持って!」

「うぅ……」


 クシャナが何度も呼びかけると、ぼんやりとしていたアリスの目がしっかりと焦点を結び始める。


「正気に戻って!」

「……ん、うん……もう大丈夫、みたい」

「ほんと? よかったぁ」

「でもごめんね……逃げられちゃったみたい」


 気づけば、白馬は何処かへと去って行ったようだ。焼け跡だけが残る地面を見て、クシャナは何でも無いように肩をすくめて笑った。


「別に構わないさ……さ、立ち話もなんだしまずは座ろうか。ほら、丁度あの倒木とか椅子になりそうだね」


 クシャナは焼け焦げてなぎ倒された木の一本に腰掛けると、自分の膝をポンポンと叩いて「おいで」と誘う――アリスはスルーしてクシャナの隣に座った。


「えっと、色々と聞きたいことはあるけど……まずは久しぶり、クシャナ」

「久しぶり。全然会いに来れなくてごめんね?」

「ううん、忙しいんでしょ。全然気にしてないよ……ちょっと寂しかったけど」

「うぅ、ほんとにごめんね……それにしても、しばらく見ない間に大きくなったねー」

「でしょー?」


 五歳の時はクシャナの腰ぐらいまでしか無かった身長も、今では胸元まで届くほど差が縮まっていた。

 

「うんうん、それに前にも増して可愛くなったよ。うりうり~」

「わ、髪はやめてってば……ひゃうっ!?」

「あはは、羽の付け根は相変わらす敏感だね」


 ずっと会えなかった分を埋め合わせるかのように、アリスをいじり倒し――もとい構い倒すクシャナ。わきわきと身体をまさぐる魔の手からアリスは這々の体でやっと逃げ出すと、ちょっと赤い顔で乱れた衣服を整えながらクシャナに訪ねる。


「あの白馬って……もしかしてクシャナが探していた天使? あれを追ってここまで来たの?」

「あはは、違うよ。さっきも言ったけど、久しぶりに時間が出来たからアリスちゃんに会いに来たんだよ。その途中で偶然あの天馬ペガサスもどきに遭遇したんだ」

「天馬?」


 アリスは初めて聞く言葉だ。

 

「僕の国に伝えられていた神話さ。勇猛だった賢馬ペガサスは、ある日、人間を食い殺していた邪悪な竜を退治した。人々を救った功績を女神フレイヤに認められたペガサスには一対の白い翼が与えられ、空を自由に駆けることができる天馬になったとさ。そんなお話だよ」

「へえ……初めて聞いた。聖女やってた時に各地の神話は大体読んだんだけど」

「アリスちゃんも流石に僕の故郷にまでは来てないだろうからね。知らないのも当然さ」

「そういえば、クシャナの故郷ってどこなの? この近くじゃ無いよね?」

「……今はもう滅んだ、名前すらない小さな隠れ里だよ。ここからずっとずっと東にある辺境でね、外界から完全に閉ざされて他の国との交流も無く、魔王の災禍すら届かなかった。そんな所さ」

「……自分で言うのもなんだけどさ、セレナーデが滅ぼしてない場所って相当に辺境だね」


 クシャナが纏う、何重にも布を重ねたような装束はどこの国でも見たことないものだ。アリスは彼女の故郷の話が気になってきたが、それよりも。


「じゃあ、あの白馬がその天馬なの?」

「いいや、多分違うんじゃないかな。天馬のお話は何千年も前のものだし、何よりあれは、天馬と言うには存在が歪すぎるよ」

「……やっぱり・・・・、そうだよね」

「……へぇ」


 クシャナは面白そうに目を細めた。


「その様子だと、アリスちゃんも見える・・・ようになったんだ」


 アリスはこくんと頷いた。


「おかしいもん。あの子……魂が三つもあった」




◇◆◇




 ――魂を見ることが出来る。それは天使がすべからく持っている力だという。


 クシャナから聞いたその力の使い方をアリスはずっとわからなかった。それが白馬と出会った瞬間、何かの壁を壊したかのように、能力が開花した。


 今、目を凝らしてクシャナを見れば、その胸の奥に宿る強い輝きを放つ光が見える。それが魂なのだろうと、アリスは本能的にわかった。今度は自分の内側に意識を向ける。すると一際強い輝きを放つ光――アリス自身の魂と、その影に隠れて穏やかな眠りにつく二つの巨大な光――魔王としての自分と聖女の自分の魂の存在を、確かに感じ取れた。


 そしてアリスの目に映った、白馬の中に宿る光は……三つ。アリスの中に眠る魂の数と同じだ。しかし、その在り方はクシャナの言う通り酷く歪んでいた。


「アリスちゃん、あの白馬の中の魂はどう見えた?」

「えーっと、一番大きくて純粋な魂と、もう一つはすっごく、欠片ぐらいに小さな……でもすっごく強い光を放っていた魂。その二つがお互いに反発し合っててね、でも無理矢理つなぎ止めるように、なにか嫌な感じの魂がもう一つ混ざってた……なんていうか、本来違う場所にあるものが無理矢理一つの場所に押し込められている感じがして、すっごく苦しそうだった」

「……もうそこまでちゃんと見える様になったんだね。すごいや」

「そ、そうなの?」

「うんうん。魂が見えると言っても、天使によってはぼんやりとしか見えないってこともあるみたいだからね。アリスちゃんはセンス有るよ! いやぁ、妹が立派に成長してお姉ちゃん嬉しいなぁ」


 クシャナから手放しでほめられるが、イマイチ実感がわかない。あと妹ではないと突っ込みたかったが、その前にクシャナは真剣な表情に戻る。


「話を戻そう。君も感じ取ったとおり、あの白馬には一つの身体に三つの魂が入っている……普通じゃありえないことだよ」

「……あの、私も一応そうなんだけど」

「あはは、でも、本質的にはたった一人であるアリスちゃんとは違って、アレに入っている魂は明らかに全部別物だよ。どんな手段を使ったのかわからないけど、複数の生き物を無理矢理混ぜ合わせたんだ……それも生きたまま」

「誰がそんなことを……」

「あんなの僕も初めて見たからなぁ。アリスちゃんこそ、何か知らない?」

「えっと……あ、そういえば、聖女の時にキメラとかいうのを研究してた魔術師と戦ったことがあったなぁ。生き物同士を混ぜ合わせて新しい生き物にするとか。結局、完成しなかったみたいだけど」


 生命の限界を超越した究極の生命を作るとか言って、人道に背く実験を繰り返していた狂気の魔術師だ。遂には人里から生きた人間を攫って実験材料にし始めたために聖女が成敗に向かった。


「なるほど、確かに特徴は一致するね」

「アイツは獅子にいろんな生き物を混ぜようとしてたみたいだけど、今度は馬に他の生き物……を……」


 ふと、気づく。あの白馬が、アリスやクシャナと同じ翼を有すると言うことは。


「……材料に、天使が使われている?」

次回の投稿は1/28を予定しています。


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