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二十二話 白馬Ⅱ

 ユサリの大木の周辺で件の白馬を捜索するも見つからず、次は一行はアベルが目覚めたという小川のほとり、狩り人の休憩場所に移動した。


「とうちゃーく! んじゃ、早速白馬の痕跡探しといきますか! 俺、上流の方見てきます! アリスちゃん、ユサリの実持っておいて」

「あ、うん、いってらっしゃーい?」

「あ、護衛対象に荷物を押し付けるな! ゴードン先輩、俺はあの馬鹿について行きますね」


 意気揚々と飛び出していったテセウスを追いかけて、ラッドは木々の隙間へと消えていった。二人をアリスは苦笑いで見送った。


「ふう、歩きっぱなしでちょっと疲れちゃった」


 アリスは喉の渇きを潤そうと、とてとてと小川に向かう。その後ろをケリーも付いていこうとして、ゴードンに手で制された。


「まず安全の確保が最優先だ」

「は、はい!」

「俺は対岸を確認する。ケリーは下流側だ」

「わかりました!」

「いや、弓の兄さん、この辺でそんなピリピリすることなんて無いけど……」

「それでも、だ。何より訓練になる」


 ゴードンの指示に素直に従って、ビシッ! っと背を伸ばして警戒に当たるケリーに、アリスの横で同じく水を飲んでるアベルは呆れ半分関心半分の様子だ。


「騎士見習いってやつも大変だなー」

「ほんと、よく頑張るよねぇ」

「いや、他人事みたいに言っているけどさ。お前の騎士になるって話だろ?」

「あはは……」


 いつまでも隣で……そんな約束をしたがそれはそれとして、相変わらずケリーは本気でアリスの騎士になるつもりらしかった。


「騎士に守られるってどういう気分なんだ? 俺、よくわかんねえや」

「うーん、どうって言われても……」

「どこへ行くにも付いてくるんだろ? そんなの背中がむずむずするんだけど」

「私にとってはもうこれが普通だからねー」

「……す、すげえ。流石天使様」


 前々世でも前世でも誰かに傅かれて仕えられる立場だったので、むしろそれがアリスにとっては当たり前だった。だからこその堂々とした仕えられっぷりだ。アリスは川の水で喉を潤すと、ユサリの実を抱えなおして木組みの椅子に腰掛けた。


「そもそも、第二部隊の皆は私じゃ無くて伯爵様の騎士だからねー。私に仕えてる訳じゃないから」

「俺には違いが良くわからないんだけど……でも、ケリーは正真正銘アリスの騎士になるんだろ? ていうか、騎士ってどうやってなるんだ?」

「……さあ?」


 思えば前世での聖騎士達はいつの間にか付いてきていて、自分から任命した覚えなどない。アリスがこてんと首をかしげていると、上流からラッドが帰ってきた。その手はテセウスの首根っこを掴んでずるずると引きずっている。


「戻りましたーって、あれ? ゴードン先輩はいないのか」

「ゴードンさんならケリーと一緒に見回りにいったよ。なんでテセウスさん掴んでるの?」

「コイツが調査に夢中だったから、無理矢理連れて帰ってきた」

「いやぁ、ちょうど上流に向かっていく足跡を見つけてさ。いても立ってもいられなくなったよね」

「え、足跡見つけたの!?」

「残念ながら途中で途切れちゃってたけどね。確かに件の白馬がこの近くにいたのは間違いないね。まあこれ以上勝手に行動するのは不味いし、ゴードン先輩が帰ってきたら本格的に捜索計画立てようか」

「わかってるなら勝手に突き進むなよ……」


 テセウスは持ってきた手帳に楽しそうに調査状況を記録し始める。マイペースな同僚にため息をつくラッドの服をアベルはちょいちょいと引っ張る


「なーなー、騎士ってどうやってなるんだ?」

「え、なに? 君も騎士になりたいの?」

「そーじゃないけど、ケリーが騎士目指してるだろ。気になってさ」

「ああ、そういうこと。色々方法はあるけど、エルリックの馬鹿はかなり特殊なパターンだし……魔物退治とか傭兵稼業で名を上げるか、多いのは学院の騎士科を出ることかな」

「学院?」

「王都にあるサント・クラビス王立学院。子爵以上の貴族に仕える騎士は大体がそこの出身だ。俺とテセウスもそうだよ」

「僕とラッドはね、学院の同期だったんだ。結構付き合い長いんだよ」

「へー、そうなんだ。王都に学院なんてあるんだね」


 聖女シルヴィアとしての故郷であり同時に彼女自身が築いて発展させてきた街であるのだが、アリスの記憶には無かった。恐らく、聖女の死後に新しく作られたのだろう。


(……シルヴィアが死んでからも、発展したのかな)


 半年後に迫った王都行き。アリスにとてただ憂鬱でしか無かったそれも、聖女の死後に残されたかつての仲間達が築き上げた歴史を観られると思えば、少しは気分が軽くなった。


「ところで、ラッドさんはともかくテセウスさんはなんか意外。騎士より学者を目指しそうなのに」

「実際その通り。テセウスは最初は騎士科じゃなくて魔物学科で入学したんだ。なのに途中で騎士科に転向してきた変わり者だよ」

「どうにも僕には机にかじり付いて研究なんてのは向いてなかったみたいで、それよりも実際のフィールドで未知に出会う方が楽しそうだったからさ。伯爵様の騎士は未だ謎が多いベルフ大森林の奥に遠征する機会もあるって聞いたから転向してみたんだ」

「科を変えるってだけでも珍しいのに、魔物学科から騎士科に転向なんてコイツが初。それで騎士科でも成績は上から数えた方が早いってんだから、相当な変わりもんだよ」

「それを言うなら君だってそうじゃないか。ねえ、『無銘の閃剣』さん?」


 テセウスがニヤニヤしながらラッドをそう呼ぶと、嫌そうに顰められる表情。何のことかわかっていない二人に、テセウスは楽しそうに説明する。


「ラッドは騎士科での総合席次は二位、こと剣技にかけてはぶっちぎりでトップだったんだ。卒業の時は騎士科の上位十人に贈られる『聖十字剣章』まで貰って、平民出身では実に百年ぶりの快挙だって話だよ」

「……周りの貴族共がたるんでたってだけだ。実技トップって話も所詮は学生レベルってだけで、隊長には勝ったことない」

「騎士の兄ちゃん、実はすげえ人だったんだな……」

「そうそう、ラッドさんはすごいんだよ」

「いや、なんでお前が誇らしげなんだよ、アリス……てかさ、そんだけすごいんだったら王様とか、もっとすごいとこの騎士にならなかったのか?」

「……所詮平民上がりなんてそんなもん、ってことさ。目立ちすぎたんだ」


 ラッドは自嘲気味に笑った。


「華々しい騎士の世界に俺みたいな平民……それも孤児出身の奴がでかい顔してるのが気に食わないって貴族が山ほどいてさ。そいつらが根回ししたせいで、俺は王都にいられなくなったんだ。さっきの二つ名だってさ、実際には暗に家名すら持たない奴って意味の蔑称なんだぜ」

「……そうなんだ」

「伯爵様は身分で人を選ばないから、今ではここに来て良かったと思ってるけどな」

「……ねえ、他の人達はどうして騎士になったの? エルお兄ちゃんは前に聞いたけどゴードンさんは?」

「あー、ゴードン先輩は……」

「そのうち話そう」

「あ、帰ってきた」


 いつの間にか、足音も立てずに戻ってきていたゴードン。その後ろには同じタイミングで帰ってきたケリーもいた。


「対岸側、異常は無し。件の白馬も見つからなかった」

「か、下流側も何もありませんでした! ここは安全です!」

「そっかぁ、ケリーもお疲れ様……ふふっ」

「えっと、どうして笑うの……?」

「ふふ、なんでもないよ」


 自分が思う理想の騎士の姿を演じているのだろう、ビシッと表情を決めるケリー。しかし他の騎士達が油断しないながらも自然体なのに、一人だけ無理にピーンと背筋を伸ばしてぷるぷると足が震えている姿がどこか滑稽で、アリスはつい吹き出してしまった。


 テセウスは上流で見つけた足跡の事をゴードンへと報告する。仔細を聞き終えたゴードンは「ふむ」と少し悩むと、アリスへ視線を向けた。


「如何にしよう」

「うぇ、私に振るの!?」

「捜索に関しては貴女が隊長だ。我々は決定に従う」

「えーっと、えーっと……」


 特段、アリスにも考えがあるわけではない。前世での経験を思い出しながら、首を捻ってうんうんと唸る。


「足跡は途中で途切れちゃってるし、もうどこに行っちゃってるかわからないよね……」


 たかが一日、されど一日。馬の足ならどこへ行くにも十分な時間だ。アリスが更に悩んでいると、何か思いついたらしいケリーがおずおずと手を挙げた。


「罠で誘き寄せるのはどうかな? その、お馬さんが好きなものを置いてみるとか」

「罠なんて持ってきてないよ?」

「あうっ……」

「でも誘き寄せるってアイデアは僕も賛成かな。罠が無いなら、出現した状況を再現するのはどうかな。アベル君、ちょっと怪我してその辺で倒れてみようか」

「やだよ!?」

「あはは、それはアベル君に悪いよ。でもどうしようかなぁ……」


 アリスが更に更に悩んでいる、その時だった。


 ――ぐうぅ〜


「……その前にご飯にしよっか。ね、ケリー?」

「あうぅ……」




◇◆◇




 騎士達が干し肉と道中で採取した香草を使って昼食を作っている間、盛大なお腹の音を聞かれた羞恥から立ち直ったケリーは、アリスの翼を真剣な顔つきで調べていた。


「やっぱり、葉っぱとか土とかたくさんついちゃってる」

「うーん、ちゃんと折りたたんでたし、引っ掛けないように気をつけてたんだけどねー。まぁどうせ帰りも汚れるんだし今は気にしなくても……」

「ダメだよ! ほら、綺麗にしちゃうからじっとしてて。いつものブラシもちゃんと持って来てるから!」

「なんで持って来てるの?」

「私の大事なお仕事だからね!」

「はーい」


 ふわふわの羽の隙間には細かい埃が良く入り込む。自分では手が届かないので羽のお手入れは両親によくやって貰っていたのだが、いつの間にかその役目はケリーが引き受けて譲らないようになっていた。


「~♪」


 開いた羽の付け根からケリーのブラシが優しく梳いて、絡まった汚れを落としていく。なんだかんだちょっと気になっていたごわごわ感がさっぱり落とされていく気持ちよさにアリスが身を委ねることしばらく。


「……あっ」

「ケリー、どうしたの?」

「羽抜けちゃった。最近多いね」

「また? 最近成長してるからかなぁ」

「そういうものなのかなー……わわっ」


 ふわりと舞う羽は一瞬吹いたそよ風に運ばれて、捕まえようとしたケリーの手をすり抜けて小川の対岸まで運ばれていく。慌てて追いかけるケリーに釣られて、その場の全員が羽の行き先に目を向けて――気づいた。


「……ねえ、あれ」

「アイツか!?」


 対岸の木々の隙間からアリス達の前に姿を現した、背中に翼を持つ白馬。


「アイツ、アイツだよ! 俺が見つけた奴!」

「うわぁ、ほんとにいたんだ! これは歴史的な大発見だよ!」


 たてがみはうっすらと青みを帯びて穏やかに揺れ、感情を読み取れない青い目はアリス達をじっと見つめている。瞬間、風に流されたアリスの羽が丁度白馬の足下に舞い落ちた。遅れて、ケリーが小川の飛び石を器用に渡って対岸にたどり着いた。


「あ、あの、お馬さん! それ、お友達の大切なものだから返して貰って良いかな……」


 白馬は大人でも見上げるほどの巨体で、ケリーはビクビクしながら白馬の足下の羽にそぉ~っと手を伸ばして……ふいに白馬が顔を下に向けたことに「ひっ」っと驚いて後ずさった。


「ど、どうしよう」

「ケリー、別に羽なんていくらでも抜け落ちるんだから無理しなくても……」

「そんなことないよ! 大事な物なんだから!」


 手を伸ばしては引っ込めて、おろおろするケリー。白馬は目の前の小さな存在には目もくれず、足下の羽をじっと見つめ……不意に、その目がアリスに向けられる。


「え?」


 ――直後、白馬の姿がかき消え、次の瞬間アリスの目の前に迫った。

次回の投稿は1/7を予定しています。良いお年を。

1/7追記:すみません、年始体調を崩していたため今週の更新はお休みです


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呟いています:X(旧Twitter)→@Ressia_Lur

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