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幕間 在りし日の聖女Ⅱ

 五時間の時が経った。戦いはまだ続いている。


「くそっ、鬱陶しいわね!」


 背後から、宙から、死角を狙って襲いかかる無数の黒い火球をシルヴィアは踊るような剣裁きで切り裂いていく。地面に巨大な黒い魔法陣が浮かび上がり、咄嗟に飛び退いた。


 直後、魔法陣から爆炎――闇系統最上級魔法『クレイヴァヘルヌス』。ウルヴァニールが放った触れた物全てを腐らせる炎が、高く上空にいるシルヴィアの白銀の鎧をチリリと焦がす。高い耐魔性能を誇る聖銀ミスリルで出来た鎧が僅かに黒く犯され、シルヴィアは小さく悲鳴を漏らした。


「これ、お気に入りなのに……!」

「そんなこと言っている場合ですか! 聖女様、来ますよ!」


 着地したシルヴィアに、すぐさま背中合わせとなって背後を守るシンディオ。そこへ、襲いかかる竜の首。正面から、死角から、その数……七つ・・。迫り来る竜顔を『イミテアエクス』で切り、防ぎながら、シルヴィアはとうとう耐えきれなくなって叫んだ。


「頭が増えるとか反則でしょ! しかも伸びるし!」

「何せ、魔力の化物ですからね! 姿形が変わることに今更文句を言っても仕方ないでしょう! 上、防ぎます! 『フォルト』!」


 『フォルト』――武器に決して破られることの無い守りをもたらす、シンディオの固有魔法だ。深紅の魔力をほとばしらせる剣身が、喰い殺さんと襲いかかる竜顔を防ぎ、ぶつかり合う衝撃に大気が震える。


「……あれは」


 大剣と竜顔の拮抗の中、大剣の守りの影から見上げるシルヴィアは、竜の首の中腹に一条の深い切り傷が刻まれているのに気づいた。『イミテアエクス・深炎フランベルジュ』で刻んだ傷だと、思い出すや否や、行動に移る。


「三秒、耐えて」


 シンディオの返事を待たずに、聖女は絶対の守りの下から躍り出た。


 一秒――トン、と軽やかな跳躍。大剣とせめぎ合う竜顔を踏み蹴り足場にして更に上空へと跳び上がる。


 二秒――跳躍の先、巨木の様に太く長い竜の首に着地、更に駆け抜ける。狙うは血の代わりに黒く淀んだ魔力を流し続ける傷跡。


 三秒――


「おかわり、くらいなさい!」


 傷跡をなぞるようにして再度振るわれる、『イミテアエクス・深炎』。この一瞬のチャンスを無駄にしないよう、限界まで込められた魔力が形作る巨大な炎の刃が一閃。竜の首は真っ二つに断ち切られた。


 重力に導かれ落下する竜の首から軽やかに飛び退く。長い決戦が始まってから漸く得られた戦果らしい戦果。それを成し遂げたシルヴィアの表情は、暗い。


「やっと、一本ね……けど」


 淵源の王オリジンにとって肉体は魔力でできたまやかしで、首を断ち切られたところで致命傷になることは無い。それ故にこの戦果も、ウルヴァニールにとっては七つある武器の一つが封じられただけに過ぎず。それも時間が経てば再び周囲の魔力を吸収して再生するだろう


 対してこちらの被害は甚大。確認できる限りで聖騎士の死者は十人以上。その数少ない生き残りだって、もはや満身創痍の状態だ。


「このままじゃジリ貧ね! 一刻も早く核を討たないと……!」


 実体を形作るための魔力を集め、固定する中枢となる核。それを破壊することが淵源の王を倒すための唯一の方法だ。しかし核があるのは体内の奥深く、易々とたどり着ける場所では無い。


「くそ、どうすれば――ッ!?」


 刻一刻と迫る敗北の足音を感じ焦燥する……故に、突如として背後で膨れ上がった熱気に気づくのが一瞬遅れてしまった。


「嘘……!?」


 完全に身体から切り落とされたはずの首が、今にも黒い炎のブレスを吐きださんとしていた。恐らく、残された最後の魔力を絞り出してのものだだろうが、それでも人一人は優に飲み込むほどの炎の濁流だ。


 気づいた時には彼我の距離は舞い散る火の粉が髪を焼くほど。回避は、間に合わない。


「しまっ――」

「せいじょさま !」


 ドン、と突き飛ばされる衝撃。次の瞬間シルヴィアの目に映ったのは、自身の代わりに炎の濁流に呑み込まれる少女騎士の姿。聖騎士の中でも最年少で、聞けばシルヴィアと同い年だという少女。彼女が最後に見せたのは、年齢に似合わない慈愛に満ちた笑顔だった。


「どうか、ご武運……を……」

「……ありがとう、タリア」


 全身が焼け焦げて黒い消し炭になるその時まで、シルヴィアに笑い続けた少女の最期を見届け、シルヴィアは背を向けた。気づけば断ち切られたはずのウルヴァニールの首の断面からは黒い魔力が吹き上がり、失われたはずの部位が徐々に形作られている。あと数分もすれば、元通りに回復してしまうだろう。


「もう、再生早すぎじゃないの。理不尽すぎて笑えてくるなぁ」


 時間の経過は味方してくれず、戦闘が長引くほど戦況は絶望的となっていく一方。


 ――もうやるしかない。


「皆、聞きなさい! これから私はウルヴァニールの核を狙う!」

「ッ!? お待ちを!」

「無茶ですよ! まだ全然削りきれていないのですよ!」

「無茶なのはわかってる! けど、この好機を逃せばもう二度と奴を倒せない!」


 半数以上の犠牲を積み重ねた果てに得られた、七つある首のたった一本。たったそれだけの戦果すら、きっともう一度成し遂げることすら叶わない。


「だから、私に付き従う騎士達よ! 貴方たちに命ずる!」


 常に周囲を顧みずに戦う聖女に代わって聖騎士達に命じるのはいつもシンディオの役目で。だから、こうして戦闘中のシルヴィアが聖騎士達に語りかけるのはこれが最初で。


「私のために死んでも道を拓きなさい! ここまで生き残ったその命、全員私に捧げなさい!」


 ――そして、きっと最後だ。


「……聖女様が導く未来のために!」


 聖女様が導く未来のために。口々に叫ばれる鬨の言葉は、人々が再び笑って生きられる世界を取り戻すため、そして自らがその先を見ることは決してないという聖騎士達の誓い。今、その本懐を果たさんとばかりに、ただウルヴァニールへと向かっていく。


 戦略も戦術も無い特攻の果て待ち受けるのは、ただの虐殺だ。一人、また一人と食い殺され、焼き尽くされ……けれど一斉に襲いかかった騎士達に残る六本の首全ての意識が向いたことで、手薄となった防御が生んだ一瞬の隙をシルヴィアは見逃さなかった。


「今!」


 見いだした活路に向け、音も置き去りにする速さで駆け抜ける。その脅威に、たった今騎士の一人を食いちぎったばかりの首が漸く気づき襲いかかるが、すかさず大剣の守りを構えたシンディオが立ち塞がった。


「ぐぅッ! さあ聖女様! 今のうちに!」


 その声に応える僅かな間も惜しく。ウルヴァニールの胴体に肉薄したシルヴィアは剣を閃かせる。目にもとまらぬ速さの連撃が『イミテアエクス・深炎』の生み出す爆炎と共に仮初めの肉体を抉っていく。その果てに、赤黒く輝いては脈動する心臓にも似た器官が見えた。


「見つけた、核――ッ!?」


 ピシリ、と手元から鳴る不吉な音。次の瞬間、剣身に無数のヒビが走った。とうとう限界を迎えたのだ。


 なまくらの剣を至高の魔剣へ作り替える『イミテアエクス』とはいえ――この様では、もはや核を破壊することは叶わない。次の一撃を与える前に、剣が耐えきれなくなるだろう。


「そんな、あと少しなのに……!」

「『フォルト』!」


 壊れかけた剣をシンディオの魔法の光が覆う。無敵の守りを付与する淡い光が、剣身の自壊を寸前で押しとどめる。


「シンディオ!?」

「ああ、とうとう聖女様との旅もここで終わりなのですね!」


 長い付き合いであるシンディオの固有魔法の性質をシルヴィアはよく知っている。『フォルト』の守りを授けられる対象は……同時に一つだけ・・・・・・・だ。


 シルヴィアの剣の延命と引き換えに守りの光を失ったシンディオの大剣は、ウルヴァニールを押さえるには到底及ばず……まるで身代わりになるかのように、粉々の破片となって砕けた。


「ああ、叶うならば、貴女が導く未来をこの目で――となり――で……」

「――ありがとう」


 最後の一撃を振るうべく、常ならば剣の負荷を避けて踏み越えない限界を超えた魔力を込める。そうして形作られるのは最大火力の『イミテアエクス・深炎』では無く、フレイヤの加護がもたらす、世界の瑕を癒やすための神剣。


 『イミテアエクス・顕神フレイヤ』。


「これで……終わりよ!」


 裂帛と共に振り抜かれた刃が放つ白い光が、景色を白く塗りつぶした。




◇◆◇




 核を破壊されたウルヴァニールの身体は崩壊して消え去り、辺りにはそれまでの災禍が嘘であったかの様な静寂が広がっていた。その中心で立つシルヴィアは、誰にともなく静かに問う。


「……誰か、いる?」

「い、生きてます」


 帰ってきた声は、唯一の後衛である故に直接的な被害を逃れたエルフの弓使いのみ。他に動いている姿は、無い。


「そう、貴方は生き残ったのね」

「すみません、俺だけ生き残ってしまって……」

「気にしないで。少しでも人手があるのは助かるわ」


 戦いは終わったが、まだやることはいくつも残っている。大本となる世界の瑕を修復する作業もしなければならないし、何より。


「はぁ……残ってる分だけでも、皆の亡骸を集めなきゃね」

「お、俺がやります! 聖女様は休んでいてください!」

「じゃあ、お願いしていいかな。私は、少しやすむね」

「わかりました!」


 奔走する少年を見送り、シルヴィアはぺたりと座り込んだ。無数の傷跡が残る鎧を脱ぎ捨て、剣身が砕けて柄だけとなった剣も用済みと投げ捨てる。フレイヤの加護の力はシルヴィアの身体につけられた傷もすぐに癒やし、それ故に激戦をくぐり抜けたにも関わらず身体にはもう傷一つ無い。


 だが、肉体的な疲労や……まして精神的な疲れまでは取り除いてくれない。


「……みんな、死なせちゃったなぁ」


 これまでだって数多くの聖騎士達を死なせてきた。だがこうして自分の意志で死を命じたのは初めての事だった。


「全く、何を今更。前世じゃもっとたくさん……知ってる人も、知らない人も、みーんな殺してきたじゃない。大丈夫、別れなんて慣れてるんだから」


 そう自分に言い聞かせても身体にずしりとのしかかる疲労は去らず……座っているのも億劫になって、大の字に倒れ込んだ。見上げた空は天を覆い尽くす黒雲も去り、元の晴天が取り戻されていた。瞳を焼く太陽のまぶしさに目を細めながら、シルヴィアはため息を吐いた。


「はぁ……早く帰って、りんご食べたいな」 

尚、帰ったら地獄の国造り編が開始する模様。


次回より本編に戻ります。更新は11/26を予定していますが、事情により遅れるかも知れません。

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呟いています:X(旧Twitter)→@Ressia_Lur

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― 新着の感想 ―
[一言] やっかいパターンはエルフの子が闇落ちしてるヤツだな
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