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十六話 密着!ケリー(が)24時!

 アリスが領主様の庇護下に入った。


 その一大ニュースは住民達の間に瞬く間に広まった――人から人へ伝えられていくその過程で様々な誤解が生まれ、『領主様の養子になった』というシンプルな誤解もあれば、どこでねじ曲がって伝わったのか『王家に嫁ぐ事が決まった』だの『近々聖女認定される』の様な荒唐無稽な話も出てきてアリスは頭を抱えたりした。


 そんな訳で住民達の間には『今まで通りに気軽に話したり出来なくなるんじゃ無いか?』という不安が広まったが、当のアリスが以前と全く変わらなかったので、その不安はすぐに払拭されることになる。不安の払拭のために誤解を解いて回ったマイサと教会長も影の功労者であった。


 そしてアリス付きの護衛として派遣された第二部隊の五名。彼らには教会の聖職者用宿舎が宿として与えられ、当面の間ケールに滞在することになる。そんな彼らをケールの住民達は好意的に迎え入れた。中でもリチャードは容姿の端麗さ・物腰柔らかで実直な性格・頼りがいのある精鋭の騎士様という要素が重なり、若い女性からの人気が爆発した。


 リチャードは男爵の位を有する紛れもない貴族であるが、一代限りの爵位である騎士爵を除いて最低の家格である男爵は実は平民から嫁を貰うことも珍しくないという。それを知った結婚適齢期の女性陣が熱烈なアプローチをかけにいったのだが……


『すまないが、私には既に妻がいる故、其方らの想いには応えられない』

『……え、たいちょーけっこんしてたの?』

『ああ、息子もいる』


 アリスも初耳の事実が判明したことで、大きな騒動にはならずに収束した。それでも正妻じゃなく妾でもいいからと虎視眈々と狙う者がまだ一部いるのだとか。


 そんな風に一時的に色めき立ったケールの街。だがそれもすぐには日常の忙しなさに飲み込まれてかき消えていき、すっかり以前と変わらない姿を取り戻していた。


 ……ただ一人を除いて。




◇◆◇




 帰ってきたアリスの日常は至ってシンプルかつ様変わりしないもので、教会に預けられて、両親のどちらかが休みの日は一緒に過ごして、強いて変わったことと言えばたまに隠れて『魂を見る』とやらの練習をするようになった。そんな穏やかな毎日だ。


「お母さん、いってくるねー」

「気をつけるのよー」


 この日は教会に顔を出して一日中客寄せ天使となる日。靴を履き、母に挨拶をしてアリスが扉を開けると、眠そうな顔で塀に寄りかかっていたエルリックが気づいて「よっ」と片手をあげた。


「あ、今日はエル兄なんだね」

「そーそー、よろしくなー」


 護衛は五人全員がべったりついて回るという訳ではない。日替わりで一人が側に付き、他四人は街の見回りだったり訓練だったり非番だったりしているらしい。


 ……それにしても、とアリスはエルリックの格好をじろじろと眺める。護衛の間、蒼影騎士団の騎士鎧は周囲に不要な緊張感を与えるということで付けていない。故にエルリックの格好は簡素なシャツとズボンという私服姿なのだが。


「エル兄って私服だと騎士にみえないよね。その辺のボンクラって感じ」

「ボンクラはひどくね!? ったく、そんなこといってると拗ねちゃうぞ?」

「ごめんごめん。じゃ、いこっか」


 以前は送り迎えは両親の仕事だったが、それも今では騎士の役割だ。護衛と言うには頼りなさげながらも、その実力は確かである事を知っている少年を連れてアリスは教会までの見慣れた道を歩く。


 ……そんなアリスの背後から忍び寄る影があった。影はアリスの死角から音も無く近づいていき、護衛であるはずのエルリックの側すら通り抜けて、遂にはアリスのすぐ隣にまで接近し。


「おはよ、アリスちゃん!」

「お、おはよう、ケリー」

「……ふふっ」


 元気な挨拶と共にぴとっと腕を絡ませてきたケリーに、アリスは引き攣った笑みを向けた。


「あの、ケリー……? そんなにくっつかれると歩きづらいんだけど」

「やだ」


 まるで恋人同士がするように絡ませた腕は、傍から見れば仲の良い親友同士のスキンシップ……その実、絶対に離さないとばかりにアリスの腕は力強く押さえられていて、拘束に近い。アリスがやんわりと抗議したら、ケリーは更に力を強めた。


 当然の様にいたが、別に待ち合わせをしているわけでは無い。ケリーが勝手に付いてきているだけだ。


 これが、この三ヶ月間毎日のように繰り返されている光景。アリスは子供らしからぬため息をついた。その後ろでエルリックが笑いを堪えている。

 

「どうしてこうなったの……」

「どうしてって、そりゃあアリスちゃんが原因でしょ。わかりきったことじゃん」

「そうだけどねー……」


 それでも現実逃避ぐらいはさせてほしいと、アリスはため息を深めるのだった。


 ――ケリーがこうなってしまったのは、当然ながら三ヶ月前の騒動が原因だ。


 初めてできた友達が次の日には突然旅立つことになり、悲しみに暮れていたところで攫われて目を覚まさなくなったという話を聞いた――しかも教会長を経由してケリーが聞いた情報は断片的なもので、てっきり意識を取り戻さなくなるほどの大けがをしたと勘違いしたというおまけ付きだ。


 アリスを案じて生きた心地がしない日々を何日も過ごしたケリーは、心に深いトラウマを抱えてしまったのだ。常にアリスの側にぴったりとついて、無事を確かめないと気が済まないほどに。


 こうして出かける時にぴったり付いてくるのはまだ可愛いものだ。


『どこいくの? またいなくなったりしないよね?』

『……トイレにいくだけだよ』

『ついてく』

『うそでしょ?』


 トイレや湯浴みにも乱入しようとしたり。


『……ちゃんと生きてる』

『ぴぃ!?』


 夜に視線を感じて目を覚ましたら窓からじっと覗くケリーと目が合ったときなど、危うく漏らしかけたほどだった。


 そんな日々が続くこと、三ヶ月。

 

「きょうかいちょーたすけて、ケリーがこわい」

「……如何ともしがたいですなぁ」


 すっかりノイローゼ気味なアリスは、ケリーが家の手伝いのために母マイサに連行された隙を見計らって教会長へと相談をしていた。


「一度、アリス様の口からきっぱりと言ってみてはいかがですかな?」

「うっ、そうなんだけどね……ちょっと言いづらいというか」


 完全な不可抗力であるとは言え、自分のせいであんな状態になってしまったのだ。その責任の一端を感じて、余り強く言えずにいた。それに、ちょっと引き離そうとしただけでも捨てられた子犬の様に目を潤ませるケリーに「鬱陶しいから離れて」など言ったら、ショックで死んでしまいそうだ。


「儂から言ってみてもいいですが、果たして効果があるか……」

「ケリーってけっこう頑固・・だからねぇ」


 そもそも同じような注意はマイサから既に何度もされているのだが、一向に改善の兆しはない。初対面の時に小動物のようにおどおどしていた少女はどこへ行ったのやら。


 どうしようかと頭を悩ませるアリスは、その場にいたもう一人に縋るような目を向けた。


「ねぇ、エル兄。いいアイデアない?」

「んー?」

 護衛のはずなのに礼拝堂の長椅子に寝そべってすっかり脱力していたエルリックは、求められた助けにあくびをしながら答えた。


「そうだなー。要するに、ケリーちゃんがあまりアリスちゃんにベタベタしなくなればいいんだろ?」

「そうだけど……え、もしかして策があるの?」

「その反応は、さては全く期待してなかっただろ……ま、お兄ちゃんに任せときな?」


 そう言って、エルリックは悪戯小僧の笑みでニシシと笑った。




◇◆◇




 翌朝、アリスは、いつも通りに家の前で待機しているケリーを見つけてビクッと身体を震わせたが……


「ごめん、アリスちゃん! 今日から付いていってあげられないの!」

「……へ?」

「じゃ、またね!」


 そう言って、ケリーは足早に去っていった。


 その後、それまでのひっつき虫状態が嘘であったかのようにケリーの奇行は鳴りを潜め、それどころかアリスの前に姿を見せる回数すら減っていった。そうしてアリスが心穏やかに過ごせる日々が戻って少し経った、ある日の早朝――


「きょうかいちょー助けて、ケリーにきらわれたかもしれない」

「おやおや……」


 涙目になったアリスが、教会長に縋り付いていたのだった。


「だって、これまで毎日きてくれたのに、ばったり来なくなったんだよ!? 水あびにもらんにゅうしてこないし、寝てるところを窓からじっと覗くこともしないし!」

「それは良いことなのでは……? しかし、儂にも何が何やら」


 アリスに法衣を捕まれてガクガクと揺さぶられながら、教会長は困り顔で首を捻る。


「儂よりも、エルリック殿が事情を知っているのでないですか? ところで、今日はエルリック殿が護衛の任と聞いていたのですが……彼は今どこに?」

「わからない。最近、朝は全然すがたをみないの」

「……護衛なのですよね?」

「別に、いなくてもいいんだけど……」


 この平和な小さな街で、何を護衛することがあるのか。


「はっ、もしかして! エル兄、こっそりケリーをかどわかして……!」

「んな訳あるかい」

「いたいっ……あれ、エル兄?」

「わりー、ちょっと遅れた」


 いつの間に来ていたのか、アリスの頭をペシッとはたいたエルリック。その姿は近頃見慣れた私服の上から動きやすい簡素な革鎧を纏っていた。全身にはうっすらと汗が滲んでいて、どうやら激しい運動をした後らしい。


「流石に十も年下の女の子は俺の恋愛対象じゃないからな? 俺の好みは色っぽいお姉さんだから」

「……そうやって安心させておいて、純粋ななケリーを言葉たくみにベッドにひきずりこんであんなことやこんなことを……」

「アリスちゃーん、そんな事どこで覚えたのかなー? お兄ちゃん気になるなー? んー?」

「どこでって……」


 大体、魔王時代の頭の狂った副官から。


「ま、そろそろ頃合いか。ついてきな、ケリーちゃんのところへ案内してやるよ」


 そうしてエルリックについて行くことしばらく、アリスは街の外れへと向かっていた。


「どこまでいくの? もう、そっちには空き地しかないよ?」

「ああ、その空き地に向かってるんだよ……ほら、着いた」


 かつては廃材置き場として使われていた街の外れの空き地は、街のやんちゃな子供達がよく遊び場として使っている。流石にまだ朝早くと言うことで悪ガキ共は来ておらず、代わりにケリーとリチャードが、木製の剣を持って相対していた。


「それでは……いきます!」

「うむ、どこからでもかかってきなさい」


 ケリーがリチャードへと斬りかかった。年齢故の身長差を活かして、あえて狙いやすい胴体ではなく防御のしにくい脛を狙って水平に振り抜かれた剣は、それを読み切っていたリチャードの剣に呆気なく防がれる。


「狙いは悪くないが、視線でバレているぞ。その程度か?」

「まだまだ!」


 続けざまに打ち込みを続け、木剣同士がぶつかり合う乾いた音が、何度もこだました。


「……どうして?」


 何故二人が戦っているのか、と言うこともあるが、それ以上にアリスが驚いたのはケリーの振るう剣筋の鋭さだ――初めて会ったときから身のこなしの素早い子だと思っていたが、その剣筋は明らかにただの子供の域を超えている


「俺も打ち合ってみてわかったんだけどさ、アレは天賦の才だぜ。育てたらどこまでも伸びるだろうな」

「ケリーがずっといなかったのって、剣の稽古を付けてあげてたのね……何で急に?」

「いや元々はさ、俺とテセウスさんが打ち合ってるところを見せてやったんだ。護衛の俺らが十分強いってわかれば過度な心配も無くなるだろう……って思ってな。そしたら、何を思ったのか自分も剣の稽古をつけてほしいって言い出したんだよ」

「そうなの……」

「理由は本人から聞いてみな。丁度終わったみたいだぜ」


 やがて、二人の打ち合いは決着が着いた。やはり子供と本職の差と言うべきか、ケリーの剣は一度もリチャードの身体に触れることはなく。


「うぅ……一回も当てられなかった」

「ははは、これでも一部隊を預かる隊長なのでな。流石に子供相手に遅れはとらんよ…さて、御使い様。どうだったかな?」

「そうね、まずまずといったところかしら」

「ア、アリスちゃん!? どうしてここに!?」


 ケリーは慌てて立ち上がると、赤い顔で狼狽えだした……必死に全身の土埃を払ったり、汗の匂いがしてないか気にしている姿は、出会ったときの印象通りの恥ずかしがり屋な一面で、アリスは少し安堵した。


「あ、その、まって。せめて汗を流してから……ひぅ」

「ケリー、話してくれるよね」


 逃げるだろうとなんとなく予想できてたので、アリスは逃走を許さない早業でケリーの肩をがしっと掴んだ。絶対に逃がさないと言わんばかりのその姿勢は、つい先日までとは立場が逆になっていた。


 顔を真っ赤にしてうろたえていたケリーは、どうやら遂に観念したようで、深呼吸してアリスと目線を合わせた。アリスは小首をかしげて、続く言葉を待つ。


(……ま、何言われるかなんて予想は付くけどねー)


 ここしばらく過剰なまでにアリスの身を案じていたかと思えば、急に始めた剣の稽古。大方、アリスのことを守る とでも考えているのだろう。


(全く、心配性なんだから)


 そんなことを内心思い、苦笑いするアリスの前で、決意を固めた様子のケリーは――やたら堂に入った仕草でその場に跪いて手に持つ木剣をアリスに向けて捧げた。


「わ、私、騎士マルコの娘ケリーは騎士として天使アリスに忠誠を誓い、病めるときも健やかなるときも血肉の一片に至るまで御身を守ることを誓います! す、すえながくよろしくおねがいしましゅ!」

「まって、そこまで重たいのは予想してなかった」


 というか、騎士の誓いにしては色々と間違っていた。

 

タイトルの割にはそんな密着してなかった……。次回の更新は11/5を予定しています。


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