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十五話 故郷への帰路、その裏でⅡ

 当主の執務室を後にしたエルリックとゴードンは、エルドラン伯爵邸の一階に隠された領域にある扉の前に来ていた。


「うわぁ、いつ見てもジメジメしてるなーここ」


 扉の先は地下深くに向かう下り階段が続いていて、最低限の換気口が有る以外は、壁には明かりの一つも備えられていない。開け放たれた扉から差し込む光が届かない奥は完全な暗闇。


「俺は仕事だからいきますけど、ほんとにゴードン先輩も来るんですか? 空気悪いし、何より見ていて気持ちのいいもんじゃないっすよ?」

「関わった以上、最後まで見届けるべきだ」

「ほんと真面目っすねー。通路、複雑なんではぐれないでくださいね」


 階段を降りた先、まるで迷路のように複雑に分岐した石造りの回廊はエルリックのかかげるカンテラのぼんやりとした明かりのみが頼りだ。慣れた様子で先導するエルリックの後ろをゴードンがついて歩く事暫く。いつまでも続く静寂を嫌ったエルリックが口を開いた。


「これから俺達はアリスちゃん付きになるわけですよね?」

「……当面の間、我らは彼女専属になる」


 期間は無期限。ケールに常駐し、主な任務はアリスの身辺警護と監視だが、そのほかにもアリスの要望にはできる限り応えるようにとの指示だ。

 

「それって事実上、アリスちゃんに仕えるってことじゃないですか? 聞けば、アリスちゃんは伯爵様の庇護下に入るし……今後、言葉遣いとかちゃんとした方がいいんですかね?」

「必要無い……今まで通りに、との要望だ」


 一度リチャードがまるで貴族の姫に対するかのような態度を取ったところ、アリスは嫌そうな顔をしたという。尚、リチャードはそんなアリスの様子を謙虚だと評価したのだが、実際はそうやって傅かれると前世の聖女時代を思い出して憂鬱になるからというのが実情だ。


「……そもそも、できるのか?」

「え、ちゃんとっすか? 無理っす、田舎育ち舐めないでください。伯爵様に対してすらこれっすよ」

「だろうな」

「ひっでー」


 エルリックはケラケラと笑うと、再び黙って歩き出す。そして再度訪れた静寂を、今度はゴードンが破った。


「……お前の夢」

「ん? なんすか?」

「夢、今でも変わっていないか?」


 夢? と首をかしげるエルリック。


「弱き者を守れる騎士になりたいと、そう言っていただろう」

「……あー、よく覚えてますね」


 幼い頃に母に聞かされた騎士物語。お話の中の騎士に憧れ、いつしか自分も助けを求める者の剣になりたいと思うようになった。そんな青臭い少年の夢を語ったのは入団した初日の歓迎会で酔っ払った勢いで口を滑らせた一度だけなのだが、この寡黙な男はそれを覚えていたらしい。

 

「今でも変わらないですよ。ま、思ってたのとはちょいと違いましたけどね」


 お話の中の騎士が命を賭して守ったような、高貴な生まれのお姫様とは違うが。


「まさかお姫様じゃなくて天使に仕えるとは思わなかったですね」

「不満か?」

「いーや? むしろそこらのお姫様なんかよりもいいですね。本音を言やあ、もうちょっとナイスバディで包容力のあるお姉さんだったら大変俺好みで良かったんですけどね」


 ……それに、と気まずそうに頬を掻くエルリック。


「一応頼りにはしてくれているみたいっすからね……だからこそ、ちょーっと気まずいんですよねー。これからどう接したらいいか」


 ――天使を手中に収めるために、可能な限り信頼を得ておけ。


 コルドへ向かうアリスの護衛を命じられたとき、伯爵が彼らに最重要事項として下した指示だ。そのために、蒼影騎士団の中でも実力に加えて人当たりの良さを備えた人員が揃った第二部隊が作戦に抜擢されたという。特にエルリックは比較的歳が近いこともあり、『親しみやすい兄貴分』としての役割が期待されていた。


 目論見通りとなった。僅かな交流だが、第二部隊の騎士達……特にエルリックに対するアリスからの信頼は篤い。


「別に完全に打算だけってわけじゃ無いんすけど……それでも騙しているみたいで、ちょっと気が引けるっていうか。それにいくら演技だとは言っても誘拐犯役なんてやった手前、なおさら顔が合わせづらいっていうか」


 だから、正体を明かしたくなかった。そう自嘲するエルリックに、ゴードンはたっぷり考え込んで答える。


「騎士とは主の命に従うものだ」

「まぁ、それはそーっすけど」

「だが、感情を選ぶ権利はある。彼女は……お前が命を捧げるに足ると思うか?」

「……どうなんですかね。正直なところ守られなきゃいけないような、ただのか弱い女の子とは思えないんですよね。けど、強い子とも言い切れないような」


 理不尽に突きつけられた運命をあっさり受け入れて両親と別れたかと思えば、友達との約束を破ってしまったことに涙し、思い悩む。魔物に命の危険にさらされて顔を青ざめさせていた一方で、誘拐犯相手に殺意を向けることができる胆力を見せる。貴族の持つ権力の強さと怖さを理解しているようで、高位の貴族であるエルドラン伯爵相手に物怖じしない態度で接する。


 たった三日という短い間でエルリックが目にしたのは、精神的な強さと未熟さ、大人のような知性と子供のような無垢さを兼ね備えた、どこか歪なアリスの内面で。だから、守ってやりたいとか仕えたいとかではなくて。


「なんか心配だから、側で見守ってやりたいって感じ? それこそ、ほっとけない妹って感じ」

「ならば、それで十分だろう。ありのままの自分で接すれば、きっと伝わる」

「……ありのまま、ねぇ。それができれば・・・・どんなにいいのやら。っと、着きましたよ。三十三番の檻房・・です」


 入り組んだ石造りの地下道を進んだ先には、小さなのぞき窓だけがついた鉄製の分厚い扉が等間隔で並んでいた。その奥からはうめき声やひたすら何かをブツブツと呟く声が微かに響く。


 その声の主は全て囚人――すなわちここは監獄だ。それも、ここに捕らえられているのは全て表沙汰にすることが出来ないような者達だ。故にこの監獄の存在は伯爵家に仕える者の中でも一部の者しか知らない。


 エルリックは、上着に隠していた白い仮面を取り出して被る。そうして表情を隠した顔を後ろのゴードンへと向けた。


「万が一のことを考えて、ゴードン先輩も何かで顔を隠して「必要無い」――っと、ゴードン先輩はそうでしたね」


 言い切るより、早く。ゴードンの姿はまるで闇に溶け込むかのようにかき消えた


「完全に姿を消す……ほんと反則的ですよね、その固有魔法・・・・


 固有魔法。


 それは系統的な魔法の体系からは外れた、ある個人にのみ使える魔法だ。ゴードンの固有魔法『シェイド』は、ほぼ完全に姿を消すことが出来るという強力なもの――夜闇の中であれば、まず間違いなく姿を捉えられない。


 誘拐の時、何故野営地で足止めされていたはずの二人がカルトロを待ち構えていたのか……それは、アリスから見えなくなった直後に苦戦の演技をやめてあっさり襲撃者を蹴散らした後、この能力で姿を隠して後をつけていたからだ。良く注意すれば三人分の足音が微かにしていたのだが、気配を探るのが苦手なアリスはそれに気づかなかった、


 何度目にしても強力なその効果にエルリックがあきれた様に呟けば、虚空から「お前のも大概だろう」と声が響く。それを聞いたエルリックは笑う。違いない、と。


「んじゃ行きますよ」


 重い鉄製の扉が鈍い音を立てて開かれる。僅かな明かりが壁に取り付けられただけの牢屋の中には、一人の男が、椅子に後ろ手で縛り付けられた状態で朦朧としていた。


 その姿をアリスが見たなら、あっと声を上げていただろう――その男は、騎士カルトロだった。


「覚えていることを言え」

「わ、わたしは……」


 カルトロはそれまで使われていた薬のせいで意識が朦朧としながらも、必死に思い出して言葉を紡ぐ。


「わ、わたしは、名誉ある任をうけて……てんし、アリスを……ああ、せめてものつぐな、い……彼女を、ぶじに――」

違う・・。お前は野心を抱いて、天使アリスを手中に収めようと犯行を企てた」

「ち、ちが……わ、わたし、は、せいどうきしとして、かみに、ちゅうじつに……」

違う・・、天使の身柄があれば教会内で莫大な権力を得られる。お前はその内なる誘惑に負けて、その身柄を狙った」


 エルリックとカルトロ、食い違う両者の主張――真実なのは後者・・だった。


 事実、カルトロは野心など抱いていなく、あくまでも自身の正義に忠実に騎士としての務めを果たそうとしていたはずだった――だが、エルリックに否定され。彼の語るウソの経緯・・・・・を聞かされる度、カルトロの中ではそれこそが真実だというようにすり替わっていく。


 ――ただの辺境の村人でしかなかったエルリックが蒼影騎士団にスカウトされた理由。きっかけはある任務で北方の山岳地帯を訪れた、当時は四人だけで編成されていたリチャードら第二部隊が、現地の案内役としてエルリックを雇ったことだ。その時、一行は運悪く山岳地帯一帯を支配する氷竜に襲撃された。


 その氷竜は過酷な環境の山岳地帯を百年以上も支配してきた一際強力な個体だった。故にリチャードらは苦戦を強いられ、危うくエルリックは氷竜に食われそうになった。その瞬間、彼は強く願った――やめろ、死にたくないと。


『おい、どういうことだ……』

『動きが止まった……?』


 土壇場で目覚め、氷竜の意識を奪ったその能力が『催眠ヒュプナス』と呼ばれる固有魔法で、その効果が意識を支配し、記憶を改ざんできるほど程の強力な催眠をかけるということ。その凶悪さ故に、その固有魔法を扱えると言うだけで死罪すらなり得るということを知ったのは、伯爵に雇われた後だった。蒼影騎士団の中でも、エルリックの能力を知らされている者は同じ部隊の者達を除いて誰一人としていない。


「……こんなものかねぇ」


 大聖堂からの使者としてまず領主であるエルドラン伯爵のもとを訪ねたカルトロは、まずそこでエルリックに催眠をかけられ、アリスを誘拐するよう仕向けられた。その時は完全な催眠をかけるに至らず、時間と共に解けかかっていたため、再びかける……それがエルリックが命じられた処置。


 こうして二度と覚めないレベルまで記憶を改竄されたカルトロは、大聖堂へ送り返され、そこで裁判を受ける。そこでカルトロは自ら罪を認めて――その先に待つのは間違いなく、死罪。


 そのことに感傷は無い。それが自分の役割だと、受け入れているから。


「……ありのままの自分、ねぇ」


 それでも、思うのは。


 アリスが知っている、悪ガキが抜けきらない気さくな騎士と、その裏でこうして後ろ暗い工作を平然とこなす術者。どちらもエルリックという少年が持つ真の姿である事に変わりは無いとしても。


「こんな姿、アリスちゃんには絶対見せられねーよな」


次回の投稿は10/29を予定しています。


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呟いています:X(旧Twitter)→@Ressia_Lur

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