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十四話 故郷への帰路、その裏でⅠ

 時間は少し遡り、帰り道での夜のこと。野営の準備がされる間の暇つぶしに、リチャードを連れて森を散策していたアリスは、ふと気になったことを尋ねた。


「そういえば、攫われた先で待ってた二人って誰なの? カルトロさんから助けてくれたお礼、言ってなかったの」

「あー……すまない。彼らは今ここにはいない、としか言えないのだ」

「ふぅん」

「礼は、私から彼らに必ず伝えておこう……それよりそろそろ食事の時間だ、戻ろうか」

「はぁい」


 食事は退屈な旅路の数少ない娯楽だ。アリスの興味はすっかり移り、元々そこまで気にしていなかった黒装束の正体のことなど、完全に忘れ去ってしまうのだった。


 ――同時刻、エルドラン伯爵邸最上階の執務室にて。

 

「い、いや、大丈夫ですって。伯爵様の手を煩わす訳には……」

「さっさと座れ、時間をとらせるな」


 顔を青ざめさせて渋るエルリックを伯爵家当主、アインズバード・エルドランは無理矢理椅子に座らせる。アインスバードは慣れた手つきでエルリックが纏う騎士制服の上着を剥ぎ、その左腕に広がる火傷跡・・・を見て眉を顰めた。


「爛れているな。その場しのぎの杜撰な応急処置で済ませるからこうなるのだ」

「でも、もう痛みはないし跡が残ってるだけですから……!」

「とはいえ明らかに動きに支障が出ている。それに、その跡をあの娘に見られたくないのだろう?」

「それは……ええ、はい。一応秘密にしておきたいですからね……俺があの時の黒装束の一人だってことは」


 エルリックの左腕に残る火傷跡――クシャナの術で負わされた傷だ。


 カルトロと合流した、黒装束の二人組。そのうち仮面を被った一人の正体は、野営地で足止めされていたはずのエルリックだった。


「ならつべこべ言うな。治療を開始する」

「ちょ、ま……!」


 ――直後、激痛に悶えるエルリックの言葉にならない悲鳴が執務室に轟いた。その様子を一歩離れて直立不動で見ていたゴードン――黒装束の、覆面を被っていたもう一人だった男はぽつりと呟く。


「これも伝統、か……」


 灼陽騎士団と蒼影騎士団。規模も役割も異なる彼らだが、共通して部隊の損耗率が極めて低いことで知られている。主であるアインスバード自身が国内最高クラスの治癒術士であり、普通なら死に至る怪我ですら治してしまうことなのだが……それ以上に、その治療が必ず・・激痛を伴うというのが大きい。


 高等な治癒術は治療される側にも大きな負担がかかるため、痛みを和らげる魔法も併用するのが一般的なのだが、アインスバードは『治療に痛みが伴うと知っていれば、無駄な怪我人も減るだろう』という信念からそれをしない。


 故に騎士の間では、できる限り主の世話にならぬように怪我は自前で処置するのが鉄則なのだが……エルリックはそれを怠り、こうして激痛に悶える羽目になった。


 もっとも、普通ならばよっぽどの致命傷で無い限り主の世話になることは無いのだが……蒼影騎士団は時に公にできない任務も担う都合、情報の隠匿のために治療もアインズバードがすることが多い。故に、当主の無慈悲な治療の犠牲になるのは蒼に属する騎士の伝統である。


「治療完了だ。これに懲りたのならば、次はもう少しまともな処置をするように……ではゴードン、件の報告を」

「はっ」


 元通り動くようになった左腕の代償に、ピクリとも動かなくなったエルリック。そんな哀れな姿を視界から外しながら、ゴードンはここ数日、エルリックとペアで原隊から離れてあたっていた任務の報告を述べる。


 その任務とは、正体不明の襲撃者――いまだ彼らはその正体を知らない、クシャナの捜索である。


「捜索の結果、幾つかの目撃証言は得られましたが……襲撃犯の正体に繋がる有力な情報は得られませんでした。申し訳ありません」

「構わない、腕利きであるお前達を容易く倒したと言うのなら相当な手練れの筈だ。そう易々は捕まらないはずだ」

「は、相当に腕の立つ術士であるかと……一つ気になる情報が。ベイルーク教会長が過去に似たような人物を見たと」

「確かか? ……いや、三年前? 確かに奴から不審な報告が上がっていたな」

「ええ、見慣れぬ人物が天使に接触を試みていたという報告がありましたが、ベイルーク殿に確認したところ、全身を隠していた外套や背格好の特徴が一致しました。可能性は高いかと」

「その人物の身柄は? アリスに接触はあったのか?」

「まず、ベイルーク氏が誰何に向かったところその人物は逃走。すぐに蒼影の第四が捜索に当たりましたが、身柄の確保に至らず。恐らく既にケールにはいないという結論で一ヶ月後、捜索を終えています」

「クラーク、後でその件の報告書を持ってこい……すなわち、その時に接触があった可能性もゼロでは無いと言うことか」


 アリスのあずかり知らぬことだが、この五年間、ケールへの外部からの立ち入りは制限されていた。天使の情報が大聖堂に知られるのを可能な限り遅らせるためであり、仕事でコルドと行き来する人物にも厳しい箝口令が敷かれていたほどだ。そのケールで不審人物など、大抵がどこかの貴族の放った密偵――事実、何人もの間者が極秘に捕らえられている――だ。


 かくして、真実を知らないアインズバードの頭では、既にアリスが何処かの勢力と繋がっているという可能性が描かれる。それに異を唱えたのは、いつの間にか復活していたエルリックだった。


「でも、三年前ってアリスちゃんまだ二歳ですよ? 仮に接触があったとして、何か繋がりを作ったとは……あるとすりゃ、その時既に変な術で洗脳されていたとか」

「先日、診断したときにその兆候が無い事は確認済みだ……エルリック、お前から見てどうだ? あれは我々に翻意を抱いている可能性はあるか」

「絶対に無いです」


 きっぱりと言い切るエルリックに、伯爵は「私も同意見だな」と同意した。


 苦い薬を飲まされて不平を言ったり、体調が回復したかと思えばふかふかのお布団が欲しいとねだりに来るような子供に、何を警戒する必要があるというのか。


「……だが、それにしては不審な点が多すぎる」

 

 アインズバードは机の上に置きっぱなしにしていた、もう一枚の報告書を手に取る。それは襲撃者の正体についてアリスに事情聴取をしたリチャードからの報告で、そこには『虚偽の申告である疑い有り』と言うリチャードの所見が書かれていた。


 そう、アリスはクシャナの事については秘密を貫いていた。なので適当な話をでっち上げて誤魔化したのだが、アリスは嘘が下手な天使だった。一方で、リチャードも所見で加えて『当家への害意は感じられず、特別な警戒は不要と判断』としており、意見は一致のようだ。


「……そういえば、側付きに充てていたメイドから不可解な報告が上がっていたな」


 夜の間にアリスに届けられていた出所不明の見舞い品。本人は『神様からの贈り物』と言っていたらしいが、伯爵は当然信じていない。


 しかし、決して杜撰ではない警備をすり抜けて侵入した上で、何の悪事を働くでも無くただ果物――それも明らかに遠く離れた地域でしか手に入らない貴重な品も含む――だけを置いて帰るなど理解しがたい行動だ。百歩譲ってアリスへ接触し、何らかの連絡をすることだけが目的だったならば、わざわざ侵入の証拠を置いていくか。


「……何にせよ、警戒を続ける必要があるな」

「襲撃者の捜索を続けますか?」

「その必要は無い。この様子なら今後も姿を現すだろう、その時を狙えば良い……幸い、この先その機会はいくらでも・・・・・あるだろうからな」

「はっ、では予定通り」

「ああ。現時刻をもって蒼影騎士団第二部隊には天使アリスの身辺警護および監視の任を命ずる。即時原隊に復帰し任務を開始せよ……ああ、エルリックは先に例の処置・・・・を終わらせておくように」

「「了解いたしました」」


 執務室を後にするゴードンとエルリック。二人の姿を見送った伯爵は、椅子の背もたれに深く沈み込んで一息ついた。謎の襲撃犯の問題も気になるが、他にも懸念するべき事がある。


「クラーク、王都に忍ばせた共から定期報告が来てたな。大聖堂の動きはどうだ?」

「やはりあのヴィッカーナ卿が凶行に走ったという件で、決して小さくない混乱が起こっているようです。それと、中には閣下を異端審問にかけるべきだという意見も出ていたようですが、ルードベルド伯爵が牽制しているようです」

「……あの狸爺め、一体何を考えている?」


 ルードベルド伯爵。教会に十人いる枢機卿の一人で、同時に三神を等しく崇める教義に反してフレイヤのみを崇める勢力である一神分派のトップである事を公称している貴族だ。


 ルードベルド伯爵とアインスバードは何度も顔を合わせたことがあり、その人物像は良く知っている。


 貴族の中では穏健派に類され、領地の経営手腕も社交界での振る舞いも含めて悪い噂を殆ど聞かない。かといって決して無能では無く、どちらかと言えば頭が切れる方。そして今の教会は貴族には珍しい純粋な信仰心も兼ね備えていて、若い頃に一度フレイヤからの神託を授かった事があるという。教会貴族の模範となるような男だ。


 だから、欲に駆られて暴走する末端を牽制する立ち回りを演じていることには何一つとして疑問は無い……ただアインスバードは思う。遅すぎる・・・・と。


「そもそも、あの爺は杜撰な企てに乗るような考え無しでは無かったはずだ」


 余りにも強引かつ性急すぎる方法だ。恐らく発案自体は欲に目がくらんで足下を見ない馬鹿貴族がしたものだろうが……何故実行される前に止めるどころか、その一端に名を連ねるという愚まで犯したのか。


「……考えるには情報が足りない、か。クラーク、王都の霧共を動かせ。あの狸爺の近辺を探らせろ」

「よろしいので? 余り動かすと感づかれる恐れがありますが」

「構わん。あえて存在を悟らせて、あれがどのように動くか見る」


 密偵の存在がバレるのは本来避けるべき失態だが、存在をちらつかせることで相手を牽制し、行動を誘発できる利点もある。


「承知いたしました、すぐに指示を出しましょう」


 クラークは執務室の隅に備え付けられた魔道具……遠く離れた相手の持つ受信機に指令を送るための送信機の操作に取りかかった。その姿を横目に立ち上がったアインズバードは、執務室の奥、街を一望できる巨大な窓の前に立ち、そこから望む景色に目を向ける。


「覚悟はしていたが……やはりあの娘の周囲には嵐が吹き荒れることになるだろうな」


 ルードベルド伯爵を筆頭にした大聖堂の貴族達や、謎の襲撃者……他にもまだ動きを見せていないだけで、天使の身柄を狙う勢力は数多いだろう。


「誰にも渡さぬよ。あの娘は我が悲願成就――かのベルフ大森林に眠る大天使アリシエルの復活のためにこそ利用させて貰う」

次回の投稿は10/22を予定しています。


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呟いています:X(旧Twitter)→@Ressia_Lur

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[気になる点]  誤字報告です。 >規模も役割も異なる彼らだが、共通して舞台の損耗率が国内有数に低いことで知られている。  『舞台』は部隊かと。 [一言]  きな臭い上に胡散くさ〜。
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