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十話 クシャナ

 セレナーデやシルヴィアを初めとする『神の加護を授かった者』と、アリスのような『天使』。どちらも神から力を授けられた事には変わりないが、その二者は存在として大きく異なる。


 加護は神が気に入った者に気まぐれに力の一部を人に貸し与えるだけであり、加護を授けられた者がその力を使ってどのように生きようが自由だ。聖女シルヴィアのように神託を授かることがあっても、実はそこに強制力があるわけではない。そして元の生物としての特徴――魔族なら魔族としての性質、人族ならその特徴を変えることはない。


 一方で天使は神と契約を結ぶことで生まれる。加護とは比較にならないほどの莫大な力……権能を与えられる代わりに、天使は主神のために一生を捧げる。正真正銘、神の僕となるわけだ。なお、アリスは主神エルネスタと契約なぞした記憶は無いし、どのような権能を与えられたのかも知らなければ天使として何をすればいいのかも知らない。


 ともかくそのような事情から、天使はある程度は元となった生物とはもはや同じ種族とは言えないほど異なる。最大の特徴は背中の白い翼と、一定の年齢を上限として――概ね元となった生物が成熟を迎える年齢だ――成長が止まり、寿命を持たないことだ。


 しかし、かつて神代の時代には数多くいた天使達は今より千年前のある日……『審判の日』と記録される日を境に理由もわからず全て世界から消えた。それから千年の時を経て、アリスがこの世界に生まれ落ちるまで、天使とは伝承の中だけの存在だった。

 

「わー、羽ちいちゃーい。生まれたばかりの天使だとこうなるんだなー」

「……あの、くすぐったいんですけど」

「もー、そんな畏まった物言いしなくて良いよ? 僕たち仲間みたいなものなんだからさ」


 そんな歴史上から姿を消したはずの天使の一人だと言うクシャナに、アリスは膝に抱えられて思いっきり猫かわいがりされていた。魔王や聖女なんかと比較にならない程に伝説上の存在の筈なのだが、余りにもフランクすぎるその態度にアリスは困惑している


「アリスちゃんは知らないだろうけどさ、子供の天使ってのは珍しいんだよ」

「そ、そうなの……ひゃうっ」

「要は神の使いっ走りだからね。わざわざ何の役にも立たない幼子を選んで、成長するまで気長に待つメリットなんて神様には無いのさ。そもそも君みたいに生まれつき天使なんてのは史上初めてなんじゃないか? うわ、ほっぺたもちもち」

「ひぅ」

「ちなみに僕は十三歳の時にアシュヴァルドと契約したんだけどね、僕が知ってるのはみんな大人になってから契約した人ばっかりだったなー。さて、羽の付け根はどうなっているかな――」

「にゃー!? やめれー!」


 アリスはとうとう限界に達し、膝の上でジタバタともがき始めた。どんなに重要な話でも、身体のあちこちを触られながらでは中身が頭に入ってこない。


 やっとの思いでクシャナの膝の上から抜け出すと、アリスは手負いの獣の様な据わった目でクシャナを睨み付けた。睨まれてる当の本人は残念そうに肩をすくめるだけで、反省した様子は一切無い。


「ていうか! どうして私の正体知ってるの!?」

「そんなに警戒しないでよ。まず、僕は元は魔王セレナーデの監視役だったんだよ」

「私の? ……え、見張られてたの?」

「見張りっていうよりも観察、かな? 君の活躍……災厄と暴虐を見届けてはアシュヴァルド様に伝える、それが僕の役目であり、クシャナという天使が生み出された理由さ。今ではそのお役目も無くなってただの雑用係だけど、セレナーデのことは影からずぅーっと見守っていたんだよ」

「……ストーカー?」

「人聞きの悪いこと言うねぇ!? そういうお仕事だったのっ! ……ごほん、さて、次は何故君が魔王の生まれ変わりだと知っているか。答えはコレ・・さ」


 クシャナは、自分の濡れ羽色の目を指さして見せた。


「天使の目はね、人のを見ることができるんだ……千年ぶりに天使が現れたなんて噂を知って確かめに来てみれば、アリスちゃんを一目見てすぐに生まれ変わりだと気づいたよ」

「魂を見れる……そんなの初めて聞いた」

「聖女シルヴィアの正体が魔王だってことも知ってたし、時々こっそり様子を見てたよ。いやぁ、世界を滅ぼした魔王が世界を救う聖女になったなんて、何の冗談だって思ったね」

「あはは……」


 それは当の本人が一番思ったことだ。今でも何故フレイヤがわざわざ自分を聖女にしたのか、その理由は謎のまま。


「ちなみにね、三年前だっけ? お披露目があったっていう直後にも一度アリスちゃんに会いに行ったことあるんだよ。その時はガードが堅くて遠目に見ただけだったから、やっとお話できて嬉しいよ」

「どうしてわざわざ会いに来たの? もう監視はしなくていいんでしょ」

「もー、そんなつれないこと言わないでよ~……ところで、アリスちゃんはほんとにエルネスタ様の天使で間違いないんだよね。フレイヤ様のじゃなくて」

「さあ?」

「いや、さあ?って……」

「別に私が神託を聞いたわけじゃないし。エルネスタなんて、声も聞いたことないし」

「……え? 無いの? 何かにつけて面倒ごと言いつけてきたり、クソ忙しい時にどうでもいい雑談ふってくるクソいらつくクソ神の声が突然頭に響いたりしないの?」

「生まれて五年間、一度も」


 うわぁ、とクシャナは信じられないような……いや、すごく羨ましそうな顔でアリスを見ていた。察するに、目の前の天使も神の身勝手に振り回されている身らしい。気持ちはよーくわかると、アリスは頷いてみせる。


「ま、それならいいや」

「どうして、そんなこと気にするの?」

「実はね、五年前からフレイヤ様が急に新しい天使を生み出しているんだ」

「……へ?」


 自分以外に、新たな天使が?


「びっくりしたって顔だね。知らないのも当然さ、そのことをフレイヤ様はこの世界の誰も、更にはアシュヴァルド様にすら隠しているんだ。アシュヴァルド様が偶々嗅ぎつけたことで僕に真偽の調査を押しつけ……命じてきたんだけどね。今のところ、わかっただけでも七人だ」

「あ、意外と少ないんだね」

「千年前の『審判の日』から五年前のその日までの間に、新しく生まれた天使は僕と君を含めてたったの六人……それでも少ないと思うかい?」

「……多いね」


 およそ千年の間でたったの六人が、五年で新たに七人。その異常さをようやくアリスも理解する。


「ん? 五年前って、もしかして……!」

「そう。君がエルネスタの天使として再び生を受けた、その日さ。ああ誤解しないで。きっかけになったのは確かでもアリスちゃんが悪いって訳じゃ無いよ。こういうのはね、どーせ天上で好き勝手やってるろくでもない神共が全部悪いに決まってるのさ!」

「……その、すごく神様に鬱憤溜まってるんだね。私もそうだけど――」

「わかってくれるかい、アリスちゃん!?」

「わぷっ!?」


 アリスは涙目になったクシャナにまた抱きしめられていた、ついでに頬ずりされていた。


「もー聞いてよ!? アシュヴァルド様ったら、世界各地を隅から隅まで飛び回って探し出せなんて言うのそれも僕一人でしかも休みなしだよ!? いくら飛べるからってこの国だけでもどんなに広いと思ってるのさ!? 全くもーほんとはアリスちゃんにもっと早く会いに来たかったのに全然暇が無いし、今日がダメだったら次はいつになったことか……! ねえわかる!? アリスちゃんならわかってくれるよね!?」

「辛かったねぇ」

「うぅ、こんなことなら天使になんてなるんじゃなかった……」


 全く他人事とは思えない話だった。せめて過労死だけはしないでね、とアリスはクシャナの背中をぽんぽんとあやすのだった。


「うぅ、ありがとう……可愛い妹の優しさが疲れた心に沁みる……」

「妹じゃ無いんだけど」

「同じ天使なんだから姉妹みたいなものだよぉ……だから、これまで会えなかった分、僕は目一杯アリスちゃんを可愛がる義務が――」


 アリスの髪に顔を埋めながら意味のわからないことを口走っていたクシャナが、突然顔を上げた。


「残念だけど、アリスちゃんの迎え・・が来ちゃったみたいだね」

「……え?」

「ここで僕の姿が見られるのは不味いから、名残惜しいけどもう行くよ」

「あっ……」 


 クシャナは餞別とばかりにアリスの額に優しく口づけを落とすと、背中の翼をバサリと広げた。


「それじゃあね! また必ず会いに来るから!」

「あ、まって!」


 瞬きする間に、クシャナは一瞬で空を飛ぶ鳥よりも高い高度まで昇っていた。「働きたくないよーお仕事いやだよー」と隠すつもりのない本音を叫びながら彼方へ飛んでいく姿は、やがて夜闇に紛れて見えなくなった。


「……いっちゃった」


 衝撃的な出会いだった、とアリスは思う。同じ天使と出会えるなんて夢にも思ってなかったし、さらりと重大な話をいくつも聞かされた気がする。


「……って、そうじゃない! 早く逃げないと!」


 迎えが来た、とクシャナは言っていた――それはきっと襲撃者達の言っていた者達の事だろう。思い返せば、クシャナはあくまでアリスが野営地を離れただけと思っていて、攫われたと知らなかったのかもしれない。


 気がつけば、アリスの耳にも微かに人の足音が聞こえていた。恐らく、もう近くにいる。


「どうしよう……とにかく、ここを離れて……!」


 どうにかやり過ごそう――その焦燥とは裏腹に、足はどうしてか一歩も踏み出してはくれない。それどころか身体全体に力が入らず、その場にドサリと崩れ落ちた。自覚していなかったが、いつの間にか心身共に限界を迎えていたらしい。


 逃げなきゃ、早くここを離れなきゃ。焦る思考とは裏腹に、意識がすぅーっと暗闇に沈んでいく。


「たいちょう……エルにい……たすけ……」




「まったく、しょうがねーやつ」


 睡魔に身を委ねて意識が完全に落ちる直前、どこか呆れた様な声と共に、アリスの身体がふわりと抱き上げられた。

次回の投稿は9/27を予定しています。

追記:すみません、投稿遅れます。9/30 or10/1になります


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