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一話 魔王→聖女→今ここ

 この世界の歴史を語る上で、欠かすことの出来ない二人の存在がある。

 

 一人は『災厄』魔王セレナーデ・フィア・レティス。


 魔族最強の血筋でもあるレティス王家、その中でもセレナーデは一族の中でも特に桁外れの力と、『滅び』を司る神アシュヴァルドの加護を持って生まれた。


 アシュヴァルドの加護は持つ者に絶大なる力をもたらす一方、代償として尽きることの無い殺戮衝動を植え付ける。


 それ故に、セレナーデは世界中のあらゆる人を、国を、土地を、そして同胞である魔族ですら蹂躙した。


 彼女を討滅すべく、人間、エルフ、ドワーフ、ホビット、果ては魔族に至るまであらゆる種族の英傑が手を取り合った。皮肉にも、それまで種族同士で争いあっていた世界から多種族が手を取り合う世界へと転換するきっかけになったと言われている。


『くっ、これだけの戦力をもってしても勝てないのか……!』

『あはっ、でも少しは楽しめたわよ。次はもぉーっと楽しませてね』


 しかし、英雄達が束になってかかっても、魔王にとってはただの遊び相手でしかなかった。


 そうして彼女は世界を事実上滅ぼすに至った。


 それでも歴史の命脈が今も続いているのは、賢者達がその魂を他ならぬアシュヴァルドに捧げることで発動した滅びの禁術でセレナーデを殺す事に成功したからだ。皮肉にも、魔王はその身に有する加護と根幹を同じくする力によってその血と悲鳴に塗れた二十年の生涯を終えることになる。


 そしてセレナーデの死後、世界には運良く魔王の暴虐を逃れたほんの僅かな生き残りと、破壊され荒廃しきった大地のみが残された。もはや残された者達に明日を拓く希望は無く、ただ緩やかに本当の滅びを待つだけだと思われたが――世界に希望をもたらす存在が生まれた。


 聖女シルヴィア・サリヴァン。


 魔王の死から一年後に生まれたシルヴィアは、滅びの神アシュヴァルドと対を成す存在である、創造と生誕を司る女神フレイヤに加護を与えられて生まれた。シルヴィアは加護の力で命を大地を蘇らせ、街や国、文明を復興し、生き残った者達が明日に命を繋いでいく事の出来る世界を復活させた。


 魔王セレナーデと聖女シルヴィア。それから四百年近く経った今でもその名は、前者は災厄の代名詞として、後者は希望の象徴として語り継がれている。


 だが、この世界の誰もが知らない。その二人の存在が、一人の魂によって結びつけられることを――というか、魔王セレナーデと聖女シルヴィアが実は同一人物であることを。




◇◆◇



 死の間際、セレナーデは深く満足していた。


 破壊衝動に導かれるままに世界を蹂躙して回った。数々の強敵との殺し合いを愉しみ、一つの世界を滅ぼした。


(ああ、これで、あのクソ神の呪縛からも解放されるのね)


 そして、この敗北は彼女にとっても救いだった。彼女自身も破壊を愉しむ残虐な素質の持ち主だったとは言え、決して尽きることのない破壊衝動と、脳裏に止むこと無く響く『殺せ』『全部破壊しろ』と言う声には彼女もうんざりしていたのだ。


 そうして徐々に意識が暗闇へと落ちてゆく感覚に、抗うこと無く身を委ね――


「この子が、聖女……!」


(……はぇ?)


 その数瞬後、不可解な言葉が聞こえた。


「本当に、この赤子が……?』

『確かに魔力は多いが、ううむ、俄には信じがたい』

『だが見ろ、この子の左手に刻まれた杯と太陽の紋様こそ、紛れもない、フレイヤ様の加護を受けた証――』

『では、神託は正しかったと! おお、主よ、導きに感謝いたします……!』


(え、ちょっと待って、何の話!?)


 流石の魔王も、死んだと思った直後に頭上で謎の会話を繰り広げられたら混乱もする。状況を把握しようにも視界は真っ暗で、声を出そうにも「あー、うー」といううめき声しか出なかった。


『シルヴィア……世界を背負うことを定められた子よ』

(え、誰!?)


 すると、厳かな女性の声が聞こえた。どうやら声は頭に直接語りかけているのだということに気づく。


『我が名はフレイヤ。世界の循環を司る三柱の一つにして、創造を司る柱なり』

(は? フレイヤって、アシュヴァルドと対を成すあの?)


 魔王とて、宗教の内容――この世界では種族問わず三神聖教が広く信仰されている――は一通り把握している。欠片の信仰心も無いとはいえ一応アシュヴァルドの加護を持つ身としては、その対となる女神などある意味天敵のような相手だ。


 そんな神がいったい何の用なのだろうか。頭の中に響く声なんてアシュヴァルドだけでお腹いっぱいなのに――


(……ってあれ、あのクソ神の声がしない?)


 それだけではない。生まれてから一瞬たりとも止むことの無かった破壊衝動もすっかりと消えていた。


『魔王セレナーデ……死した貴女の魂は転生し、人族の子供シルヴィアとして生まれ変わりました。シルヴィア、貴女は聖女として、滅びたこの世界を蘇らせるのです』

(へ? 今なんて言った?)


 転生、人族の子供……衝撃的な話を一気にされた気がするが、何より最後に言われた言葉が聞き捨てならなかった。この滅びた、というか滅ぼした世界を? 蘇らせる?


 頭にかつての所業が思い出される。


 ――緑溢れる森林をことごとく焼き払った。時には気まぐれに生命の二度と入れない毒の沼地に造り変えたりもした。

 ――街という街を破壊し尽くした。もはや今ではただの瓦礫の山だ。

 ――世界の英知を収めた図書館を燃やした。確か、お昼ご飯のドラゴンの肉を焼くための燃料にした気がする。


 自分が討たれるまでの二十年間で、何かを壊した記憶には事欠かないし、自分がいなくなったところでもはやこの世界に未来はないだろうなぁと他人事に思っていた……それらを、蘇らせる?


(え、無理じゃないかしら? 自分で言うのもなんだけど、どれだけめちゃくちゃにしたと思ってるの?)

『壊すことができたのだから、直すこともできるでしょう』

(その理屈はおかしいって)

『貴女には私の加護を授けます。その力を持ってすれば、必ずや使命を果たせるでしょう』

(……本気で言ってる?)


 たらり、と額にたれた冷や汗は誰にも気づかれる事は無く。そうして魔王セレナーデ……改め聖女シルヴィアとしての第二の人生が始まったのだった。


 諸悪の根源たるアシュヴァルドの加護はもう無く、加えて前世で一通り暴れ尽くしたことで満足していたこともあり、生前のような破壊衝動は微塵も湧かなかった。


 むしろ、一度冷静になってしまえば「流石にここまで壊すのはやり過ぎたかな……?」と、欠片程度の罪悪感を抱いたこともあり……シルヴィアは言われるがままに世界の復興に身を投じることを決意した。


 そうして七歳の誕生日を迎えると同時にシルヴィアは救世の旅に出た……後にシルヴィアは思う。あの時何が何でも断っておけば良かった、と。


 『ああ、無くなった左腕が元通りに……! まさしく奇跡だ! きっと貴女様は女神の生まれ変わりだ!』

(魔王の生まれ変わりなんだけどなぁ)


 旅先で幾度となく人助けをしたり。


『ここどうしてこんなに瘴気まみれなの! 私せいか!?』


 過去の自分の所業を呪いつつ、世界のあちこちを浄化して回ったり。


 滅びた世界を救えるたった一人の存在に休息など望むべくもなく、シルヴィアは五年間休みなしで世界中を駆け回り、世界の浄化を終わらせた。その最中、自分が壊した物の多さに過去の自分を呪った回数は数知れず。


『よ、漸く終わったわ――』

『――よくやりました。では次の使命です』

『は?』

『人が暮らしを営む基盤を作るのです』

『……は?』

 

 そうして、今度は滅びた文明の跡地に新しい街を作ることになった。街のインフラを作るためにドワーフの職人が必要とわかった瞬間、涙目になりながら大陸中を探し回ることとなった。何故なら、ドワーフなど前世で国ごと滅ぼしていたからだ。


 文字通り数えるほどにしかいない生き残りを探すだけで半年かかった。


『ようやく街もできたわ……これでもう、文句ないでしょう……』

『次は人を導くための法を作るのです』


 それ私がやる必要ある? という抗議は聞き入れてもらえるはずも無く。シルヴィアに法の知識など無いので、運良く災禍を逃れた書物を世界中からかき集めては必死に読み込んで、三日三晩寝ずに頭を悩ませた。


 荒削りながらなんとか新たな法典を書き上げられたが、代償にその後一ヶ月は文字を見るだけでめまいがするようになった。


 その後も各地の復興に向かったり、かつて気まぐれに生み出した魔物の残党を討伐して回ったり、魔王の信奉者を名乗る集団を蹴散らしたりと。気づけばフレイヤ以外からもあれこれと頼まれごとをされるようになって、「私って聖女と言うよりただのパシリなのでは……?」と思うこと数知れず。


 過去の自分の所業をひたすら清算していく中で、シルヴィアは学んだ――昔やらかしたツケは、必ず後で返ってくるんだと。


『ぜ、全部やり遂げた、わ……もう、十分、でしょ……う……』

『聖女様!? 聖女様、お気を確かに!?』


 聖女シルヴィア・サリヴァン――享年十七歳。


 滅んだ世界をたった十年で救済し、世界に光と希望をもたらした少女の死因が【過労】であったことを、知る人は少ない。


 そして聖女の最後の言葉が『贅沢言わないから次はもっと平凡な人生がいい、というか次があってたまるか……』であったことを知る人は――更に少ない。




◇◆◇


 


(また!? またなの!?)


 ――気づけば、彼女は再び生まれ変わっていた。




◇◆◇




 シルヴィアが最初に築いた国を、名をアミルツィ王国という。その国土の最南端にするケールという街が、今生ではアリスと名付けられた彼女の生まれ故郷になる。ケールは王国の南部に広がるベルフ大森林を内側から切り開いて築かれた、自然の恵み豊かな小さな街だ。


 そんな街あったっけ、とアリスは思った。建国の当人であるがそんな名前には覚えがない。


 だが、それも当然のことだった。


(まさか、あれから四百年近くも経ってるなんてねー……)


 セレナーデからシルヴィアへの転生は死後一年しか経っていなかった。なのに今回の転生までの間には、それだけの年月が過ぎていたのだ。


 そして本当に喜ばしいことに……今生のアリスの生まれは平民だった。


 父ロナルドは木工士、母ミーネは裁縫士。ケールの街ではごく一般的で、貧しくも無ければ裕福でも無い、極めて平凡な家庭。


 前世で文字通り死ぬほど願った平凡な人生。精神を支配するほどの破壊衝動に苛まれることもなければ終わらない救世で心身疲れ果てる事も無い、いたって普通の人生! なんて素晴らしいことだろうか!


(ああ、生まれ変わってよかった……!)


 ――などと、喜びに浸っていられたのもつかの間。たった二歳にして、アリスは現実を知る。


 ……いや、目をそらしていた現実を直視することになる、というのが正しいのだろう。


 二歳の誕生日を迎えたアリスを抱っこするアッシュブロンドの長髪に金色の瞳をした、美しい女性……母ミーネに、アリスは不思議そうに聞く。


「ねえ、おかあさん。どうしてきょうかいにきてるの?」

「それはねー、今日がとっても特別な日だからよ」

「そっかー」


 ぽてんと礼拝堂の祭壇に座らされたアリス。礼拝者用の椅子では無く、祭壇の上だ。


「ねえおかあさん、どうしてこんなにたくさんの人がいるの?」

「それはねー、みんなアリスちゃんのことを見にきたのよ」

「そっかー」


 知ってる人も、知らない人も。小さな街らしくいつもならば数えるほどしか人がいない礼拝堂に今日ばかりは外まで溢れかえる程の人が詰めよせていた。


 貧しい街ではないとは言え、平民の暮らしは暇では無い。ただの子供を見にこれだけの人が集まるか? 


 勿論、そんなわけは無い。


「……ねえ、おかあさん」

「なーに?」

「どうして……わたしのせなかには、つばさがはえてるの?」


 ミーネはにっこりと笑顔で……アリスにとっては死刑宣告に等しい言葉を告げた。


「それはね――アリスちゃんが、神様に選ばれた天使様・・・だからよ」

 

 ――母譲りの輝くアッシュブロンドの長髪と、父譲りの青色の目……一見はどこにでもいる幼女のアリス。


 しかし、その背中に開けられた二つのスリットからは――小さな翼が生えていた。


 アリスは思う。私って神様達のおもちゃなの? と。  

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[一言] 神様をぶん殴っても許されるな
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