第8話 僕にとって、唯一無二の人だから
「北海道って言っても、あっついんだなぁ?」
「温暖化進んでるからじゃない?」
メテオシャワーフェスに向けて、前々日には現地に入った。リハも含め、多くのアーティストがいるため、当日の流れを確認しないといけなかったからだ。
僕らの出番はラストなので、当日は夕方までは基本的にオフだ。せっかくなので、朝イチから他のライヴを見ることにしていたが、二人で一緒に回れば流石に目立つだろうか?
学校の文化祭を回ろうと約束した恋人のように、実のところ僕は浮かれていた。高校では、そういうイベントに参加することが出来なかったから。
当日の朝。会場には、ゾクゾクと今日のフェスに訪れた人たち。友人、恋人、家族連れ。様々な人たちが、どの会場の誰をと話しているのを聞くだけでも楽しい。
そんな中、怪しい二人組が紛れ込んでいた。
「俺ら、まるっきり、ジストペリドのファンです! みたいにフェスとかツアーグッズで固めてるけどさ?」
「バレないでしょ? 僕、髪の色も違うし」
「確かに……俺も違うけど、あぁ、ソワソワする!」
「堂々としてればいいって」
真夏の外でのフェス。帽子にサングラス、バスタオルは必須だ。気温だけでも死ぬほど暑いのに、アーティストが出てこれば、さらに会場は熱を持つことになる。
「今日のミナは可愛いよな?」
「真希さんに髪も編んでもらったからねぇー」
「頭もピンクだし」
「一回、してみたかったんだよ。似合ってる?」
「似合ってる!」
ふざけ合いながら、写真を撮ったり、買い食いしたり、ライヴで騒いだりしていた。完全にアイドル業はお休みで、フェスを楽しむ僕らだ。
陽翔も僕も今撮っている写真は、今晩SNSに載せるつもりだ。「陽翔と二人、楽しくフェスに参加したよー!」てな具合で。「ただのイチャコラ写真を載せるな」と小園には叱られるだろうが、わりとファンには需要がある。
今、僕のSNSには、陽翔派と三日月派という派閥で楽しく展開を広げているファンの子たちがいるようだった。
「それにしても、俺ら全然声かけられないね?」
「まぁ、それはそれで寂しいよな?」
二人で、話していると、同年代の女の子たちが遠慮がちに話しかけてきた。着ているTシャツや持ち物をみれば、僕らのファンであることは一目瞭然だ。
今回、フェスにも参加するのが初めてで、ジストペリドを追いかけて北海道まで来てくれたらしい。僕らの完璧なジストペリド推しの様子を見て話しかけてくれたそうだ。
そんな彼女たちには悪いが、ただいま、ジストペリドをお休みしている僕らは、彼女たちと楽しく『彼ら』を語りあった。本人が本人を語る……滑稽だが、いくらでも話せる。僕は陽翔のファンだから。陽翔は僕のファンだから。1時間も話せば、その熱量がすごいことがわかる。声音を二人とも変えて話してはいるが、最後まで僕らがジストペリドだということはバレずにすんだ。
「なんだか、複雑」
「わかる。僕も複雑。まさか、本人たちが、フェスやツアーグッズに身を固めて、自分たちのことを語って歩いているとは思わないだろうけど……」
ふと、気になってスマホを見てみる。フェス、ジストペリドで検索すると、やはりバレていないようで何も出てこない。スマホを二人で覗き込んでいると、麦わら帽子とサングラス、ハーパンにタンクトップの人がいきなり後ろから割り込んできた。
「やっぱ、湊とヒナトだ」
「……つっきー?」
「そう。ちょっと、散歩」
三日月参上! みたいな出たちに、僕らの方が驚いた。これで僕らのことに気がついたファンもいるかもしれない。
「さっき、つっきーの写真、リークされてたから、近寄らないでくれる? 僕ら、朝から、いい感じにきてるんだから?」
「確かに。わかんなかったわ。何度か見返さないと。すごいなぁ? さすが、天下のアイドル様は。自分たちの宣伝までして……」
「三日月さんは三日月さんって感じですね?」
「そぉ? これでも変装してるつもりなんだけど」
「もう! そろそろ、戻らないと。目立ちすぎ!」
僕も陽翔も、三日月が来たおかげで目立ち始め、ライヴを見る方は切り上げることになった。三日月たちのバンドを見た後で、歌ウ蟲ケラとのコラボもあるので、時間的にちょうどよかったのかもしれない。
「俺らのライヴ見てくんだったの?」
「そのつもりだったけど、それは無理だろ?」
「じゃあ、ステージ裾だな」
「俺らもコラボあるから、準備しないといけなくて」
三日月に笑いかけ、陽翔は三日月の隣にいた僕を側に引っ張った。それを見て、三日月は笑う。
「そんなに牽制しなくても盗りゃしないさ。なっ? 湊」
「……うっさいよ? もう、準備行かなくていいわけ?」
「はいはい、邪魔者は消え去りますよ? まぁ、俺らのも楽しんでいってよ!」
相変わらずな感じで、三日月は去っていく。その後ろ姿を見ながら、陽翔は呟く。
「勝った気がしないよな。なんていうか、デッカい」
「何が?」
「三日月さん。湊にとって、大事な人で、あの人の代わりはいないんだろうなって」
「まぁ、お兄ちゃんだからね。それを言うなら、僕にとって、ヒナの代わりはどこにもいないよ。僕にとって、唯一無二の人だから」
手をぎゅっと握る。普段ならしないことでも、夏の暑さか会場の熱かわからないけど、自然とできる。陽翔の手を引いて、僕らも着替えに戻った。
歌ウ蟲ケラとのコラボは、アイドル仕様の衣装だ。控室に戻れば、すでに準備をしてくれている真希と小園。
「楽しかった?」
「うん、楽しかった。今、日本でもいろんなアーティストがいるんだね?」
「気に入ったバンドもいたね?」
「インディーズからまだ、上がったばかりとかの子らだった。あぁ、若かった!」
「懐かしいってなった」
「二人とも年寄り臭いこと言ってるけど、まだ、ジストペリドになってから、3年だからね?」
「わかってる?」と小園に念を押されれば、そうだったと控室に笑いが広がった。もうすぐ、三日月の番でステージを見たいからと急いで準備をしてもらい、僕らはステージ脇にイソイソと向かう。
今から始まるらしく、三日月がステージ中央へ歩いて行くだけで、すごい熱量を感じた。
「あぁ、やっぱりすごな。つっきー」
「さっきの表情と全然違う。プロって感じ」
ちゃらけた表情は一切なく、すごいパフォーマンスに胸が踊るようだ。音楽に貪欲な三日月に僕は目が離せなかった。
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