第7話 湊が歌えば、伝えたい人に必ず想いが届く
「いってらっしゃい」
朝食を食べたあと、陽翔を見送る。試験があるので、渋々、大学へ向かった。よくよく考えてみると、ツアーもあって海外へ行ったりしていたのに、一体いつ勉強をしていたのか、僕にはさっぱりだ。レポートも提出していたし、5年で卒業する! と意気込んでいるあたり、本気で頑張っているのだろう。
僕も例の件に取り掛かる。音源を送ってきてくれた三日月からは、『湊らしく湊の言葉で』と添えられていた。
真っ白なルーズリーフ。言葉をいろいろ思い浮かべては違うを繰り返し、結局何も書けていない。
「湊らしくか。らしくって、なんだろう?」
ペンを振り回して外をぼうっと眺めた。そこに答えを求めるように外を見つめても、出てくるわけはない。アメリカから帰ってきてすでに1週間。焦る気持ちも徐々に湧いてくる。
「ん……全然ダメ。ミオタさんって、本当に天才なんじゃないかなぁ……マネできない。つっきーも自分の楽曲は殆ど作詞作曲してるし、才能ある人が羨ましい」
誰もいない部屋で呟くと響いて耳に戻ってくる。
「……才能ある人って? ミオタさんもバンドは再結成したって聞いたことあるし、つっきーも自分探しの旅に出てただろ? 元々、うちに眠るものはあったのかもしれないけど、二人とも、その原石を磨いてきたんじゃないのか? 二人とも天才とか才能あるで片づけていいものじゃないよな」
スマホで一時停止になっている画面を見た。三日月がくれた曲は、やっと完成したと言っていたことを思い返し、僕は恥ずかしくなる。
「僕は僕らしく。僕にしか伝えられない言葉があるはず。つっきーがくれたこの曲の意味は分かっているつもりだけど……ここに、同じ気持ちをのせてもいいんだ」
ルーズリーフに、僕の頭の中に浮かぶ言葉を書きなぐる。陳腐な言葉、愛してる、使い古された、初めての……。湧き上がるもの全てを書き終えたとき、その先に見えた人物がいる。
それは、間違いなく陽翔であった。幼さ残すその笑顔に僕も微笑んだ。
「いつも、僕の視線の先はヒナしかいないんだな」
出会ってからのことを書こう。今までのことを。そして、これからのことを。二人で歩んできた道はまだまだ少しだけど、一人じゃないと約束したから。
歌詞にしたい言葉が集まれば、あとは簡単だった。記憶を辿っていけば、悩んでいたのがウソのようだった。
スマホを手に取る。つっきーと書かれた電話帳の名を押せば、プルル……と耳元から聞こえてきた。
「……はい。どうした、湊?」
「つっきー、出来た」
「そうか。できたか……、今、ちょっとタイミングが悪いからさ、折り返すわ」
「わかった。待ってる」
電話を切ったあと、しばらくすれば、小園から電話がなる。何だろうか? と電話にでれば、少し暗い声である。
「どうかしたの?」
「湊、週刊誌に撮られたんだ。その、三日月くんと会ったときの写真」
「つっきーと? でも、つっきーとは、しょっちゅうSNSでも写真あげるくらいの仲だって知っているはずだけど?」
「……そうなんだけど、今回、どうやら変なふうに記事が扱われているらしい。詳細は今から事務所でいうから、来れる?」
「わかった。車で行くから、待ってて!」
電話を切ったあと、歌詞を鞄につっこんでマンションを出た。どうやら、僕のマンションにもゴシップ記者がついているようで、後ろをつけられる。
「神有月さんに電話!」
すぐに電話のコールが鳴り、神有月が出た。もう事態は把握しているようで、苦々しい雰囲気が伝わってきた。
「湊くん、悪かったね? その……記事のこと」
「僕、まだ、何もしらなくて……どうなっているんです?」
「端的にいうと、友人Aというのが、二人が付き合っているというふうなデマを流したんだ。まだ、友人Aというのが、誰なのか特定できてないけど……湊くんたちもただじゃすまないだろうね?」
ぐっと言葉を飲み込む以外何もなかった。僕を狙ったものなのか、三日月を狙ったものなのかわからないから、事務所も困っているらしい。
「どっちも人気だからね。三日月くんも国内じゃトップクラスだ」
「写真だけど、つっきーの別荘に行った前後の写真が撮られたって聞いていたんだけど、合ってます?」
「あってるね。その日、SNSに湊くんも三日月くんとの写真をあげているから、信憑性があるとかなんとか……」
「はぁ……、僕らフェスを控えているのに……本当、ムカつく。その友人A、見つけ出したら、ただじゃおかない」
「湊くんがいうと、怖いから。こっちでも、調べておくから、十分に気を付けておいて」
「ありがとうございます」と電話を切って、事務所へ入った。待っていたと、社長や小園たちが出迎えてくれる。会議室はてんやわんやしている。
「まだ、記事は出てない。懇意にしている編集長が見せてくれたんだ。湊に聞くのもあれだけど?」
「……社長は知っているでしょ?」
「まぁ、ねぇ? 三日月くんとも年の離れた兄弟みたいなものだと思っているけど?」
「そう。この日も、僕の人生相談とフェスの相談に乗ってくれてただけ。あと、あの天才的な曲ができたから、聞いて聞いて病」
「……あれね?」
社長も知っているので、苦笑いをしている。夜から朝まで延々と聞かされるのだ。
「事実確認なら、この記事はあっていますよ? 別荘の中でのことは、何も書いてないけど、付き合っているとかそういう下世話な話に持っていきたそうな記事ですけど……」
「そうなんだよね? この記事書いた記者も見つからなくて」
「それなら、表にいますよ? 僕、付けられてましたから。番号は、品川○○××です。写真もこれで」
「ちょっと、連行してきます!」と小園が警察に電話した上で、私服警備員を連れて出ていった。
「この記事って出ますか?」
「出ると困るほどではないけど、湊とヒナトの方に問題が出る?」
「まぁ……。ちょっと、この日、いろいろとあったので」
「相談って、ヒナトにはしていないの?」
「していません。ソロの話も。それで、悩んで、つっきーの誘いに乗ったんで。おかげで、曲の確保も歌詞も出来上がった。これ、フェスで歌いたいんですけど……」
鞄からルーズリーフを取り出し、社長に見せた。書いては消してをしていたので、一部くしゃくしゃではあるが、しっかり読み込んでくれる。頷いているので、大丈夫だろう。
「いい歌詞、書けるようになったな」
「そう、思いますか? これも、あの日、つっきーに相談しなければ、世にでなかったものです」
「さすがに、アイドルじゃないと……歌いにくい歌詞ではあるけどなぁ……いいんじゃないか? 結婚情報誌のCMも取れそうだ」
笑いをこらえながら、冗談を言ってくる社長を睨んでいると、小園が戻ってきた。捕まえたらしく、警備員に脇をしっかり固められていた。
「さて、ここからは、俺の出番だから、湊は帰っていい。それ、頼むんだろ?」
「はい、そのつもりです」
「今から、関係者各位呼びだすからさ、別室で待っててよ」
世界をとったアイドルの裏の顔……それは、そこが見えないほど腹黒く、この世界のために生まれてきたような社長は、ひらひらと手を振った。
僕は別室へ向かい、歌詞を見つめる。1時間もしないうちに、三日月が部屋に入ってきた。その青ざめた表情をみれば、きっと闇落ちした社長を見たのだろう。
「……すごいな? 社長」
「僕も思う。そうだ、歌詞が出来たから、見てほしい。できれば、つっきーに」
「編曲だろ? 任せておけ」
ルーズリーフを手に取り、確認していく。ギターを持ってきてくれていたので、メロディーに歌詞を乗せていく。
イメージがついたようで、つっきーが1曲歌ってくれた。それを録音する。
「1週間後、レコーディングするから、それまでに十分歌えるようにしてきて」
「わかった」
「いい歌詞だ。聞いているこっちまで、こっぱずかしくなるけど……湊が歌えば、伝えたい人に必ず想いが届く」
「よくがんばった」と言われ、僕は三日月に「当日も頼んだよ?」とコラボを申し出たのである。
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