第6話 じいさんになっても、懐かしいなって話、したいな
翌朝、三日月にマンションまで送ってもらい、玄関に入ると、下駄箱を背に陽翔が眠っていた。僕は、屈みこみあどけない寝顔の頬を指で突いてみる。めんどくさそうに振り払われ、むにゃむにゃ言いながら眠っている。
「ヒナ、ただいま」
「……み……と?」
「そう、帰ってきたよ? こんなところで寝たら、体痛めるから……」
抱き起こそうとして、失敗。陽翔が逆に抱きついて離さない。肩に顔を埋めてぎゅうぎゅうと締めてくる。そんな陽翔に驚きながら、頭をそっと撫でてやった。どっからどう見ても甘えている。離れるのは久しぶりだったからか、離れようとしないのだ。そろそろ、体が痛い。
「ヒナ、痛いから……そろそろ離れてくれる?」
ふるふると肩で頭を振っているの、髪がこそばゆい。「どこにも行かないから」と背中を撫でながら言うと、少しだけ締まりが緩くなった。
「……おかえり」
「ただいま。リビングへ行こう。今日は1日オフだから、どこかへ出かける?」
「……どこにも行かない。湊、昨日から変だったし、それに……三日月さんのところへ」
「あぁ、仕事のね。少し考えていることがあって相談に行ってたんだよ?」
「それなら! 俺でよくない?」
少し離れたからか、不安そうに見つめてくる陽翔の目がよく見えた。黒曜石のような黒い目はゆらゆらとしているし、あまり寝ていないようだ。
「うん、これだけは、陽翔には無理」
「どうして?」
「どうしても。今日はどこにも出かけないなら、一緒に見てほしいものがあるんだけど?」
「……。わかった。何?」
納得のしていない顔の陽翔。とりあえず、玄関から移動しようと手を繋いでリビングまで向かった。まだ、ツアーから帰ってきたままの状態で、スーツケースが置かれており、洗濯もしないとな……と視線を向ける。
「ご飯は食べた?」
「まだ」
「何か用意するから、ソファで待ってて」
僕はキッチンへ向かったが、陽翔はカウンター席に陣取り、僕を見張っているようだ。
……今日は、なんだか幼いな?
「さてさて、お客様。湊ズキッチンへようこそ! 朝食メニューですが……いかがいたしましょう?」
「……買い物してないから、冷蔵庫は空だよね?」
「冷凍庫に食材はあるよ。リクエストどおりに作るのは無理かもだけど?」
「じゃあ……湊が握った塩おにぎりがいい」
「ご飯炊くのに少し時間かかるけど、大丈夫?」
「大丈夫」
それから、お米を取り出しご飯を炊く。20分ほどで炊けるので、何か他にもと冷凍庫を漁った。少量の野菜ものがあったので、汁物を作る。陽翔は何も言わないが、たぶん、味噌汁が好きなんだと思う。
頬杖をつきながら、ずっとキッチンを動き回る僕を見ていた。
「おもしろい?」
「……うぅん、家に帰ってきたって感じがする。湊が作るお味噌汁の匂いだなって」
「そっか。もうすぐできるから、一緒に食べよう」
「……食べてこなかったの? 三日月さんと」
「つっきーとは軽くコーヒーとパンを齧ってきたよ?」
「なら、いいじゃん!」
「ヒナとご飯が食べたいの! そんな理由じゃダメ?」
キッチン側から背伸びをして、陽翔のデコにキスをすると慌ててこちら側に回ってきた。どこに感動するところがあったのかわからないけど、僕は口を塞がれてしまう。
「ヒナ? ちょ、ちょっと待って!」
「……やだ、待たない!」
ご飯が炊けたと炊飯器が教えてくれたけど、どうやら朝ごはんはお預けになりそうだと、僕はぼんやり考えていた。
◆
盛大に腹の虫がなる。僕のではなく、陽翔のだ。僕はこっそり抜け出し、キッチンへ向かう。炊けたご飯をかき混ぜ、ひとつひとつ丁寧にリクエストどおり握っていく。ぬるくなった味噌汁も温め直しリビングのテーブルへと配膳した。
「シンプル過ぎて……いいのか?」
「シンプルがいい!」
起きてきたのか、静かに後ろから抱きつかれて驚いた。
「今、ぎゃあ! って言った? ねぇ?」
「……言ってない!」
「ふーん、そう。まぁ、驚きすぎてぎゃあ! とか言っちゃう湊も可愛いよね?」
ご機嫌な陽翔は、僕から離れて床に座る。すでに「いただきます!」と手を合わせて、おにぎりを掴もうとしていた。
「みふぁとも、ほふぁ……」
「食べるかしゃべるか、どっちかにしなよ?」
冷蔵庫からお茶を取ってきて、コップに入れると、おにぎりを持ちながらお茶を飲んでいる。急いで食べなくてもいいのにとは言わず、美味しそうに食べている陽翔を見つめていた。
「ん? 食べないの?」
「食べるよ?」
「どうかした?」
「おいしそうに食べてくれるなって思って」
「そりゃ、美味しいから。塩おにぎりとは言ったけど、中にこっそり具まで入れてあるし、味噌汁もうまいし、いい奥さんになるよね? 湊って」
「……いい奥さんね?」
そういいながら、おにぎりを手に取った。15個作ってあったおにぎりもあっという間になくなる。味噌汁も完食。お腹をさすりながら、満足そうにしている。
「次の衣装の話」
「あぁ、フェスの? あんまり時間がないって、ツアーのを使うって言ってなかった?」
「いや、たぶんTシャツ。暑いし……グッズの話もそろそろ出てくるだろうし」
「……それこそ、時間……」
「タオルとTシャツなら、間に合うんだなぁ? これが」
「……業者泣かせな顔してる」
絵の上手な陽翔を煽て、あれもこれもーと言いながら描いてもらう。特技が多い陽翔にかかれば……あっという間だった。
「いやー、すごいな。さすが、ヒナ!」
「褒めても何もないから。チューしてくれたら、もう少し、頑張るけど?」
「何を頑張るのか……はさておき、いいな。これで、メール送って……」
「待った! 湊もなんか描こう。二人で作ったっていうのが、いい!」
そういわれても、絵は無理だ。壊滅的センス……これは、覆らない。
僕ってセンスないんだよなぁ……。
陽翔が描いた絵のどこかに僕が手を加えると言うのは怖い。とはいえ、期待した目で見られれば、断りづらい。
僕は筆ペンを持ってきて、ジストペリドと書く。それをこっそり合成してみた。
「あっ、ずるいな。そんな方法で参加?」
「いいじゃん! 僕の絵はダメなの知ってるでしょ?」
「だから、良かったのに……小園さんに送る?」
頷くと、そのままデータを小園に送った。すぐに折り返しがあり、早速、限定グッズの会議が始まったようだ。
「一瞬で決まるかな?」
「……どうだろうね? なんせ、僕ら、いつだって、業者泣かせだから」
二人で事務所にいるだろう小園のことを考え笑いあった。返事が来るまで二人でマンガを読むことにした。次の映画は僕ら二人が一緒に出ることになっている。学園ドラマらしく、「青春だなぁ……」と呟く陽翔。二人とも制服を着るんだって話すと「懐かしいな?」と出会ったときの話をする。
僕らの出会いは、本当に運命の赤い糸が引き寄せたんだと密かに思っていた。
「俺ら、本当に出会うべくして出会ったって感じだな。こうしているとさ」
同じように感じてくれていたようで、陽翔の方を見ると微笑んでいた。
「交わらないはずの二人だったかもしれないのにな?」
「そうだな。よく俺のこと見つけてくれたって思うよ。じいさんになっても、懐かしいなって話、したいな」
「していらればいいな」
日が傾いていくので、僕は夕飯の支度をするといえば、陽翔は片付けていなかったスーツケースをやっつけるらしい。それぞれ、動き始めたあと、小園からグッズの案が通ったと連絡があった。
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