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第5話 湊が湊らしく、表現者となれ

「いい曲だね?」

「だろ? 俺、天才かも! って、思った。まぁ、本当の天才は俺じゃないことは確かだけど」


 自重気味に笑う三日月に「そんなことない」といえば、「湊にそんなことを言われる日が来るとは……」と少し驚いていた。


「その曲、タイトルはあるの?」

「いや、ないよ。まだ、何も考えてないんだ。歌詞も何も。メロディだけしかない」


 ギターの弦を弾くように弾いている。もう一度、最初から聞かせてくれるらしい。ギターを抱えるその三日月を見て、零れる本音。


「ギター弾けるの羨ましい」


 僕は三日月を見ながら呟けば、ギターに視線を落としていたはずの三日月がこちらを見ていた。「教えよっか?」と、弾きながらこちらの様子を伺っている。


「んー教えてもらったとして、たぶん、弾けるようにはならないから、つっきーが一曲、僕にプレゼントしてくれたら嬉しいかな?」

「おっ? 俺が? 湊に?」

「そう。僕に」

「それなら、とびきりのラブソングを贈るけど?」

「目、笑ってないのは困るな。僕、恋人いるよ?」


 僕を見つめる三日月は、ギターに視線を落としたあと、「知ってる」と溢した。

 言葉の代わりに流れていくメロディ。三日月がこの曲に乗せる言葉は愛の言葉だろう。甘いメロディが、頭の芯を震わせていく。


「……この曲、もらってくれる?」

「えっ?」

「これ、やっと完成した曲なんだけどさ。何年も何年もかけて作ってるうちに、先に掻っ攫われた。もう、この曲は俺には歌えないから」


 ギターを置いて、足を投げ出し、ふぅーっと息を吐く三日月。そんな仕草を見て、この曲に込められた想いを感じた。


「……ありがとう。もらっていいなら……その、もらうよ」

「音源に落とすから、それまではお預けだな」

「わかった。そのときを楽しみにしてる」

「ん」


 僕たちの間に、また、沈黙が流れる。夏の蒸した風が周りの木を揺らしていく。しばしサワサワという葉の擦れる音に僕らは耳を傾けた。

 何も言わない僕に、三日月の方が痺れをきらしたようだ。今日、誘ってきたのは三日月だったが、お願いがあると頼んだのは僕の方だ。


「それで? 彼氏とは上手くいってないわけ?」


『彼氏』のフレーズに一瞬身を固くしたが、三日月はわかっているのだろう。僕が、陽翔と付き合っていることを。自然と言葉にした三日月に僕は嘘をいうつもりはなかった。

 ふるふると首を横に振る。夜中の1時に、それも今、振った相手にする話ではない。


「じゃあ、何? 俺にも脈ありになるかもしれない話?」

「そうじゃない!」


 僕の心のうちを曝け出すつもりはなかったのに、嫉妬という魔物が僕の心の黒い部分からこちらを覗いている。

 三日月は小園に次ぐ、『ダメな僕』を甘やかしてきた人物だ。気を付けているつもりでも、弱い僕の心をすぐに掬ってしまう。


「ムキにならなくても。湊の話なら聞くし、誰にも言わない。嫌われたくないしね。言って楽になりたいなら言えばいいし、その想いをぶつけられる何かがあるならそっちにシフトすればいい。俺らはさ、湊」


 三日月が言葉をためる。次の言葉に期待して、視線を向けた。すると目が合い笑いかけられた。


「音楽という創作をする表現者なんだ。さっきの曲のように、湊の心に燻っているものを言葉に音にダンスに仕草や演技に……なんでもいい。湊の全身全霊をかけて表現したらいいと思う。表現は恥ずかしいばかりじゃない、誇れるものだし、夢は追いかけるものだろ?」


 三日月の言葉はスッと僕の心を捉えていく。アイドルという表現者なんだと。今は世界のトップに立てているけど、芸能界引退を考えたことは一度や二度じゃない。実際に勧告されたことすらあった。


 ……ここまで、よく頑張ったよな? 僕だけの力じゃないけど。


「湊はさ、変わったよなぁ?」

「変わった?」

「あぁ、変わった。弟みたいでずっと見守ってきたからわかるよ。変わったきっかけが、ヒナトで俺じゃないっていうのが癪」

「そうかなぁ?」

「そうだろ? 久しぶりにあった音楽番組覚えてるか?」


 僕は記憶の渦の中を彷徨う。ここ3年はジェットコースターのように月日が経っていく。気づけば、世界中を飛び回っている日々だ。目を瞑って、三日月のいう音楽番組を思い出す。


「……生番組だった。『シラユキ』を歌ったんだ。ソロで」

「そう、その日。俺は、湊の成長とあと今までとは違うものを感じた。それが何だったかは、当時わからなかったけど、それが今の結果に繋がってるわけだ。ヒナトには、惨敗だよなぁ……」

「……僕、あのときには、ヒナのこと好きだった?」

「俺に聞くか?」


 こっちを見て笑う三日月に「ごめん」というと、「そうだったよ」と返ってきた。静かに小さく、風に掻き消されそうなくらいで。

 三日月は、僕にとって、兄のような存在だ。デビューしてから、ずっと見守ってくれていた。


「つっきー!」

「ん?」

「ありがとう!」

「どういたしまして。あっ、そうだ。俺からリクエスト!」


 思いついた! と、ニヤッと笑う三日月はよからぬことを考えているようだ。僕はいつでも逃げられるように身構える。


「なんもしないって。本当……嫌われたくないし、これからも俺の弟だ!」

「でも!」

「はい、変わりません! 僕のお兄ちゃんって言ってごらん?」

「酔っ払いには言わない!」


 プイッと顔を背けてやれば、腹を抱えて大爆笑だ。飲むと自分語りか笑い上戸になる三日月を睨んでやった。


「こっからは、仕事の話。湊もそういう話、したかったんだろ?」

「……なんで、わかるんだよ?」

「お兄ちゃんだからなぁ? 湊の。わかるよ、それくらい。それで、曲をくれって言ってたのか。俺が今あげた曲」

「うん、さっきの」

「湊が歌詞を書け。今、胸の中にあるもの、全部歌詞にして吐き出せ。お兄ちゃんが、ちゃんと包み込んでやるからな!」


 僕は目を見開いた。三日月は酔っている。それは、見ていればわかる。が、それ以上に僕を理解していた。


音楽の才能がある『ミオタニアン』に嫉妬した。

陽翔へ自由に振る舞える美桜が羨ましかった。

誰かに用意されたものしか、表現できないことが悔しかった。


「湊、やってみろ。何を焦っているのかも、燻らせているかもわかんないが、表現者の先輩として言えることは、自分を表現しろ。曝け出せ。それで離れていくヤツはいるかもしれない。それでも離れていかないヤツのほうが、今の湊には多いはずだ。湊が湊らしく、表現者となれ」

「だからって、歌詞は……」

「できるよ、湊なら。心の声を聞いてやれ。自分自身と向き合え。苦しく辛いこともあるかもしれなくても、それが表現者だから」


 僕は三日月の柔らかい声に力強く頷く。背中を押してくれるのは、いつもこの人ではないか。


「僕、……歌詞を書いてみるよ。3週間ちょうだい。必ず仕上げるから!」

「3週間?」

「メテオシャワーフェスにソロで出てみないかって話をもらってね。一曲だけ、歌うんだ」

「なるほど、わかった。それまで、全力で応援する。わからないことがあれば、聞いてくれ!」


 三日月と頷きあい、僕らは別々の部屋で休んだ。ベランダに出て、満天の星を見上げれば、急に陽翔が恋しくなった。

 苦笑いをしたあと、電話をかける。何コール目かに、電話の主が出た。


「……もしもし? 小園さん? 僕、メテオシャワーフェスにソロででるよ。曲は、これから作るから、決めないで待ってて……」


「わかった」という小園にお礼を言って電話をきる。僕の新しい挑戦は、今、始まったのである。

最後まで読んでいただきありがとうございます!

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