第4話 少し、時間をあげる余裕はないのかな?
「今日はこれで終わりだから」と小園がマンションまで送ってくれると、駐車場へ向かおうとした。そんな小園を呼び止めて、陽翔だけ送ってくれるように頼む。
「湊、どうかした?」
僕の異変に小園が気がついたようだが、陽翔がいたので首を横に振る。「そう、何かあったら言って」と部屋を出て行った。
「今日、変だぞ?」
「そんなことない! ちょっと寄りたいところがあるから、先に帰ってて」
「帰ってって……帰国したばっかなんだから、休めよ?」
「ごめん、ちょっと……」
「なんで? それが俺に言えないわけ?」
僕の態度に苛立っているのか、陽翔の声もだんだん荒くなっていく。それでも、今日は折れるつもりはなかった。
美桜との打ち合わせをしている最中にずっと考えていたソロの話。目の前にいる陽翔に慕われている彼女を見て、どうしても負けたくないと心の中で燻っているものがあった。
ドロドロとしたそれを今は陽翔にぶつけてしまいそうで辛い。
心は通っているはずなのに、なぜか、愛されているという自信をなくしてしまったのだ。
「ごめん、もう出るから」
「湊! 待てよ!」
追いかけてきた陽翔の前で扉をパタンと閉めた。それ以上は追いかけてこず、少しホッとした僕は泣きそうだ。
打ち合わせの終盤に三日月にメッセージを送った。誰彼構わず、良くできた天才的な曲を聞いてほしい病になっているのだろうから、僕のお願いを相談するにはちょうどよかったのだ。
事務所を少し歩いたところの駐車場で、三日月は車で待っていてくれた。
「お待たせ!」
「いや、よかったのか? ヒナトも来るかと思ってたけど……」
「今日は、僕だけ。ヒナにも来て欲しかった?」
横に首をふる三日月。大きなSUVの助手席に乗り込み、見上げるように運転席に座る三日月を見つめると、前髪をくしゃくしゃっとされる。驚いて「わぁぁぁ!」と騒げば、三日月もホッとしたように笑う。
「よかった、いつもの湊に戻ったな」
「僕、そんなに変?」
「なんで?」
「さっきから、ヒナにもマネにも心配されたから」
「あぁ、」と言いながら、今度は、自分の頭ガシガシとしている。そんな三日月に首を傾げると、真剣な表情になる。
「らしくない顔してる。みんな、湊のことが好きだから、心配するんだ。今日帰国したばっかなんだし、少し、肩の力を抜けば?」
「でも、すぐにフェスあるから」
「心配しなくても、湊なら大丈夫」
「何? その根拠のない大丈夫」
「今日は突っかかってくるなぁ……」と苦笑いしながら、車を走らせる。三日月のマンションへ向かうのかと思ったが道からして違うらしい。少し遠い別荘に向かうらしく、街灯もなく、寂しい場所へついた。
「ここは?」
「俺の別荘。まぁ、ちょっと、下界を離れて? 最近、湊とゆっくり遊べることも無くなったしさ」
「……おかげさまで、忙しいからね」
「どうぞ」と通されたのは、ログハウスふうな内装のリビングでとても広い。奥には暖炉もあり、誰もいないことにホッとしてしまった。
「ちゃんと休めてる?」
「そこはきちんと管理されてる。バタバタしてるように見えて、連休にしてもらったり。まだ、ヒナが学生だしさ。僕のほうはピンの仕事で埋めてもらったり」
「テレビで見ない日はないし、どこいってもスゴいもんな。湊たちの人気ぶりは。もう、街なんて歩けないんじゃない?」
「そうでもないよ?」と僕は首を振る。実際、ヒナについて大学へ行ったり、街中で、こっそりでぇとしたりと意外と普通を楽しんでいる。僕らは仲がいいと最初から言っていたので、二人で出歩いていても、違和感がないらしい。
まぁ、恋人らしく……は難しいこともあるけど、友人として距離が近い程度にはファンからも思われていることは知っている。
「ならいいけど……ちょっと、こっちに来てみ?」
呼ばれてガラス戸に近づけば、そこにはウッドデッキがあった。「そっち広げて」というので、一緒に絨毯を履けば、その上に酒とジュースと食べるものを適当に置いていく三日月。僕も三日月と反対側に座ってコップにジュースを注いでいく。
「今日も仕事、お疲れさん!」
「お疲れさま」
「乾杯」とグラスをカチっと合わせて、一口飲む。三日月のグラスにはビールが注がれていたのに、すでに半分になっていた。
「まだ酒はダメなんだよなぁ?」
「あと少しだね? まぁ、僕は弱いだろうから、飲まないけど」
「その方がいいし、飲んだ方がいいときもあるから、そのへんの加減は、覚えた方がいい。酒との付き合いも考えながら」
ちびちびジュースを飲みながら、「わかった」と呟いた。そのあとすぐに寝転ぶ三日月を見つめる。
「湊も寝転べよ」とポンポンと床を叩く三日月に倣って、僕も寝転んだ。
見上げた先は、満天の星。都会育ちで切り取られた空しか見たことがなかった僕から感嘆の声が漏れていく。
「こういうのは初めて?」
「たぶん。ライヴとかロケとか仕事以外、ほとんど外出ないし、こういう自然豊かな場所って、あんまこない」
「そっか。今日は誘ってよかった。あぁ、そうだ。今日は俺、酒飲んだから、帰れないけど」
「じゃあ、連絡だけしておくよ」
ポケットからスマホを取り出し、陽翔に『今晩は泊まる』とだけメッセージを入れた。すると、電話が鳴る。出てもいいかと三日月の方を見ると頷くので、受話ボタンを押す。
「もしもし、湊?」
「どうかした?」
「泊まるってどういうこと? 今日、様子が変だったから、その……」
「あ……」
「明日には帰るよ」と言おうとしたところで、スマホを取り上げられる。
「もしもし? ヒナト?」
「えっ? 三日月さん? どうして、湊のスマホに?」
「さぁ、どうしてだろうね?」
「ちょ、ちょっと、ふざけないでください!」
珍しく陽翔が感情的に話しているのが聞こえてくる。
「湊と話させてください!」
「やだ」
「やだって……いい大人が言うことじゃ、」
「ヒナトなら、許される? まぁ、今日のところは、湊の好きにさせてあげなよ?」
「でも……」
「湊には湊だけの時間も必要だよ。学生の君は、その時間が取れるだろうけど、湊はその時間も働いているからね。少し、時間をあげる余裕はないのかな?」
言葉に詰まったらしい陽翔。何も聞こえてこない電話口で、「切るよ?」と三日月が言った。
「……もし、そんな時間が必要なら、それは、三日月さんの側ではなく、俺の側でだと思います。湊に変わってください」
「どうする? 湊」
「……勝手に電話奪ったのつっきーじゃん! 返して」
素直に返してくれるスマホを取ろうとしたら引き寄せられる。
「ちょ、ちょっと何して……」
スマホから聞こえてくる「湊?」の声に慌てながら、小声で「離して」と三日月にいえば、元の場所へ戻って寝転ぶ。
「何かあったの?」
「何もないよ。それより、僕は明日帰るから」
「……どうしても?」
「うん。どうしても」
「わかった、待ってる」と陽翔は電話を切っていく。僕は、スマホを置き、大きくため息をついている三日月に視線を向けた。
「どうしてあんなこと?」
「どうしてだろう? 湊はどうして、ヒナトに連絡を?」
「言ってなかったかな? 同居してるんだ。帰らないと心配するだろ?」
「なるほど、それで」
足を組んで爪先を上下にプラプラさせている。音をとっているようで、一定のリズムだ。
「それより、僕に聞いてほしい曲があったんじゃなかったの?」
「あぁ、そうだった。ギター持ってくる」
三日月は部屋に戻り、ギターを取りに向かった。僕もお願いがあって来たのだからと、座り直した。三日月も座り直し、持ってきたギターを弾き始める。
その曲は、バラードでゆったりと耳に残る音が流れていく。
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