第2話 ……コラボと悩みは……別物……、別物!
「じゃあ、時間まで寝るから」
スーツケースを適当に置いたまま、僕は寝室へ向かう。小園も一旦事務所へ戻り、昼過ぎに迎えにきてくれることになったので、そのままベッドに雪崩れ込んだ。
「やっぱ、家はいい……落ち着く」
アイドル仕様の服を着たままだったので、ジャージに着替えようとのそのそともう一度起き上がって着替えていると、陽翔も入ってきた。僕を見て一瞬目を見開いていたが無視をする。何を考えているのか、今はよくわからない陽翔のことより、眠りにつきたい。
「やっぱ、眠いな」
「……」
「着替えてるんだ?」
近寄ってきて、背中にピタリとくっついてくる。ジャージに着替えて寝る準備は整った僕。さっきまでご機嫌に歌っていた陽翔を睨み上げ、背中から伝わる体温から距離を取ろうと離れたとき、そうはさせないと、しっかり抱きつかれてしまう。
「何?」
「何でもない」
「何でもないって顔じゃないよ?」
「ほっといて。眠いから、離してくれる?」
不機嫌な僕を不思議そうにしながら、放してくれた。僕は陽翔から離れ、ベッドに潜る。眠いのも本当だったし、陽翔の機嫌がいいのも気に食わない。
「なぁ、湊?」
ベッドのふちに座り、潜り込んでいる僕を布団ごと抱きしめてくる。返事もせず陽翔の体温にほんわりとしていた。僕の悪い態度にも陽翔は何も言わずにいてくれる。「一緒に寝てもいい?」と聞いてくるので、布団の中でフルフルと首を振った。伝わったのか、いつもより少し低い声で「ごゆっくり」と言葉を残して寝室から出ていった。
このマンションは元々僕のものだ。僕らは同棲を始めたわけだが、陽翔の部屋は僕の寝室以外に別にある。ただ、殆どの時間を二人でこのベッドを使うので、少し拗ねたような声で抗議していたのはわかった。
「……ヒナが悪い」
「俺が悪いって?」
頭の上から降ってくる声に驚いて、布団から顔を出す。すると、僕は陽翔は出ていったとドアの閉まる音に騙されたようで、寝室に残っていた陽翔は困った顔をして立っていた。
「……あの、えっと……」
聞かれると思っていなくて、気まずくなり言葉に詰まる。ただ、僕が『嗤ウ蟲ケラのミオタニアン』に嫉妬しているだけなのに、かっこ悪い自分を見られたことに後悔した。
「言いたいことがあるなら言えよ? 空港から帰ってきてから、すごい機嫌悪いじゃん。何かあるの?」
「……何もないよ!」
「何もないっていう顔してない。ほら、また、唇を噛む……」
近寄ってきて、ベッドに座る陽翔を見ていた僕の頬に優しく触れ、噛んでいた唇を開かせ親指の腹で撫でる。きつく噛んでいたので、触れたところが少しヒリヒリして痛い。
「ほら、こんなに赤くなって……」
そういって、僕にいつものようにキスをしようとした。僕は陽翔の胸を押して離れる。驚いたような表情の陽翔から視線を外して床を見た。
「……湊? 大丈夫?」
「大丈夫、だから……少し、そっとしておいて」
「……わかった。起きたら、機嫌直してよ?」
「うん、ごめん」
今度こそ部屋を出ていく陽翔を見送り、大きなため息をついた。
僕は、ミオタニアンに嫉妬をしている……。外で、あんなにハッキリと陽翔のことを好きだと言えてしまうことも、音楽の才能があることも。
つっきーこと三日月満を経由して、昨年、『歌ウ蟲ケラ』というバンドを紹介してもらった。唯、美桜、律、梓の四人からなるバンドで、音楽チャートを賑わせる彼彼女たちのことは知っていても、ジャンルが違うから、それまで交流がなかったのだ。僕らより年上の彼女たちは、三日月たちと同じく、今の日本のバンドをけん引するグループでメンバーそれぞれ魅力的だ。
陽翔もアイドルをしているとはいえ、感心のなかった音楽に興味を持ち始めたとき、『歌ウ蟲ケラ』の虜になった。今、僕らジストペリドの曲を除けば、『歌ウ蟲ケラ』の楽曲をダントツに聞いていることだろう。
その中でも、僕らを個人的に応援してくれているのがミオタニアンこと美桜で、陽翔をことさら気に入っている。どういうふうにかといえば、抱きついたり……「抱いて」とさりげなく触ったり、冗談なのか本気なのかわからないほどだ。陽翔は、悪ノリをして、美桜に抱きついたりすることもある……。逆もあったりする……。それをさりげなく、ひっぺりはがすとか、間に割って入るとかが僕の今の役目だ。
人気バンドからの楽曲提供は、アイドルとしても注目度が上がる。僕らジストペリドと『歌ウ蟲ケラ』のコラボは、今まで以上に、アイドルという枠組みを抜け出していった。ファン層が一気に広がったのだ。
だから、陽翔に個人的な感情で『ミオタニアン』との仲を悪いものにすることはできないと悩んでいた。
「僕も歌詞を書けばいいのか? 曲を作るのはむりだけど……」
ベッドの上で座って、提供されたあの楽曲『愛されるよりも愛したいなんて言って貰えると思うな!』のことを思い浮かべた。嬉しそうに笑う陽翔。僕は、それを見守ることしかできなかった。ファンだからこそ、楽曲提供が嬉しかったのだろう。
眠いはずなのに、今は、眠れそうにない。雑誌の撮影が終わったあと、今度のメテオシャワーフェスでの話合いがある。その中で、楽曲提供をしてくれた『歌ウ蟲ケラ』をサプライズとしてステージへという案があるらしい。その打ち合わせに顔を合わせないといけないとなると、自然と気が重くなる。僕の気も知れずに、ただ、喜んでいる陽翔に苛立ったのと、きっと、目の前で行われるイベント的な悪ノリを見せられることがたまらなく嫌で仕方がなかった。
……コラボと悩みは……別物……、別物!
小園が迎えに来てくれるまで、部屋に響く大きなため息は寝室で続いた。
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