だから俺たち手品部では
「新歓の部活紹介では、『オリーブの首飾り』は流さない方がいいと思う」
部室でのミーティング中、俺が思い切ってそう言うと、部長の渋川は眉を顰めた。
「何でそんなこと言うんだ。例年通りでいいだろう」
「だって、あの曲もかなり使い古されてるし、ダサいじゃん。ちょっとギャグみたいな空気になるし……」
「何言ってる、あれはもはや古典だ。不朽の名作だろう」
「部長の言う通りっすよ、副部長」
二年の相川が、片手でクルクルとコインを弄びながら割り込んできた。
「俺はあの曲、好きっすよ」
「いや皆ちゃんと考えてくれよ。分かってるとは思うけど、このまま俺たちが卒業したらこの部は廃部になる。規定の人数を割っちゃうんだよ。それを防ぐためには、最低三人部員を獲得しないとダメなんだ。つまり、新歓で新入生の心を掴むことが是が非でも必要なんだよ」
「部活紹介って、去年と同じっすか? 音楽流しながら、一年の奴らの前で実演する感じの?」
「そうだ。我が部では例年『オリーブの首飾り』を流している。もはや伝統だ」
「だけどさぁ、アレはちょっと、いやかなりダサいって」
「そうは言うけどね」
同じく三年の由良が、含みを持たせて言った。真っ白い鳩のテンコー(♀)を膝に乗せて撫でている。
「由良、黙って聞いてくれよ。相川、高校デビューしようと必死こいてる中坊が、部活に求めるものって何だと思う?」
「うーん。やっぱモテ要素っすかね?」
「その通りだよ相川。カッコいいと感じないと野郎は入らない。それに俺たちがカッコよく見えれば、女子部員の入部だって夢じゃないかもしれない」
「それは難しいっすよぉ、俺たちっすよ?」
「うるさいぞ相川! とにかく、もっとカッコよくてオシャレなイメージを演出することが大事だと思うんだよ。そこであの曲。もうダサいだろ、さすがにさぁ……」
「そんなことないよね、テンコー?」
由良の嫌味な言い方にイラッとする。
「いやダサいって」
「じゃあ聞くけど、あの曲じゃなかったら、なんの曲を使うわけ? まさか代替案が無いなんてことないよね?」
由良に痛いところを突かれて俺は言い淀んだ。
「それは……みんなで相談して決めたい」
「いい曲が見つからないんじゃないかい? いや実際、あれくらいいい曲は無いよ」
「テレレレレレ〜」
相川が歌い出す。
「テレレレレレーレレ〜」
同じく二年の正村が応じた。由良は二人の歌うメロディに心地よさそうに目を閉じた。
「この何とも言えない心地良いテンポ、少しずつ高まっていく期待と高揚感、そして……」
「テレレレレレーレレーレレーレレーレレーレレ〜」
「ジャージャン!!!」
「この間!! ここでこの曲の緊張感が極限に達し、その後突然緩和する。聴いてる人間はここでついつい惹き込まれてしまう。僕たちだって、このメロディとぴったりキマった瞬間なんて、最高に気持ちいいじゃないか! 僕たちのためにあるような曲だよ」
「いや、そうなのかなぁ。俺的にはそんなに合ってるとも思えないと言うか……。そもそも俺らの部って実演いる? 何してるのか皆分かってんのかな?」
「何言ってるんだよ。実演しないと魅力が伝わらないじゃないか」
「うーん」
由良との議論に部長が終止符を打った。
「言いたいことは分かった。しかしあまり時間もないし、今回は例年通り『オリーブの首飾り』を使おう。この話は終わりだ。また何かいい案があれば提案してくれ。新歓が駄目でも、地道に勧誘すればきっと大丈夫だ」
「俺も部長の意見に賛成っす! 新歓はこれで頑張りましょ!」
「よし、今日のミーティングは終わりだ。解散!」
部長の一声で皆わらわらと部室を後にして、俺一人がとり残された。
「あーー!!」
机に肘をついて頭を掻き毟った。何故みんな分からないんだ。もっと客観的に考えてくれ。だってどう考えてもシュールすきるだろ。『オリーブの首飾り』を流しながら皆の前でーー
「副部長」
顔をあげると、正村がドアからひょっこり顔を覗かせている。
「どうした、正村」
「僕は副部長の案に賛成でしたよ」
「やっぱそうかぁ!?」
俺は思わず大きな声を上げた。
「はい、僕もあの曲は好きですけど、ちょっとダサいのがネックですよね」
「いや、つーかさ、そもそもBGMいるのかな? 本番では使わないんだし」
「それはいるんじゃないですか? やっぱり音楽は演出として大事ですし。あ、僕このあとバイトなんでもう帰りますね。お先です」
頭を下げた正村が、またひょっこりドアから消えて行った。
「チッ」
俺は思わず舌打ちして椅子に倒れ込んだ。机の上に置いてあった王将をデコピンする。
「いやだからさぁ、俺たち手品部では無いんだよなぁ!」