学生んときの思い出 ワープロ清書
とある旅行代理店で、ワープロ清書のアルバイトをしていた時期がある。
当時はまだ「文書を作るならパソコンよりもワープロ専用機」という時代であった。インターネットがインターネットし始めた頃でもある。
ワープロ専用機、それはワードプロセッサ。文書作成編集機である。
文書作成機能に特化したパソコンともいえる。機能が限定されていることもあって、パソコンより安価だったのだ。
辞める頃にパソコンが導入された。あの膨大なデータ(互換性はない)は、のちの人たちが大変な思いをして移行したと思われる。全員分だと百枚くらいあったからなあ、フロッピーディスク。
その頃既にタッチタイピングを修得していたのもあって、初日から山と積まれていた手書き書類をうっかり自分のペースでさっさか片づけてしまい、余計に仕事に埋もれることとなる。重宝はされたけど時給以上に働いたらダメ、絶対。
でも「今日中にほしい」とか無茶ぶりしてくるんだ、あいつら。社員に対して相当な言い様である。ただのバイトなのに、それが許される状況でもあった。
なにそれひどい(おまえだよ
ワープロ専用機が二台も置いてあって、作業者はひとり。やりたい放題である。
うふふふふ。
プリンタが一体型だから、できた文書を印刷している間はその機械ではできることがなくなる。待ち時間が勿体ないなあ。書類はまだまだあるし、隣のワープロで作業を始める。たぶんその目的では置かれていなかったと思う。
たまに、こちらに回すまでもないと自分で修正しようとする社員がやってきて、両方埋まっていると苦情が来る。そんなこと言われてもー。
いちばん書類の量が多かったのは、その苦情をもたらす社員であった。文書保存用のフロッピーディスクの枚数がひとりだけ段違いに多かった。仕事ができるのに文句が多いって。
いや、だからなのか。
謎のあだ名をつけられたのもこの人だった。
「さっちゃん」「さっちゃん」
自分が呼ばれているとはカケラも思わず、いつものように作業をしていると、後ろからはたかれる。
「あんただよ、さっちゃん。さっきから呼んでるのに無視して、生意気なんですけどー」
「え、さっちゃん?」
「さ〇〇〇〇(旧姓)で、さっちゃんだろ」
え、とってくるのそこ?
周囲も困惑。「さっちゃんて、誰?」その反応は正しい。
しかし、いつのまにか浸透していた。どこにいても「さっちゃん」と呼ばれる。
おまえら順応早えな、おい。
おかげで、後日入ってきた新しいバイトさんに「こいつの名前はさちこである」と認識されることとなる。
だから違うって。
人事異動があるたびに社内組織図を改定する作業がやってくるのだが、あるときバイトさんの日にあたったようで「組織図のどこにもさちこが居ない!」と焦ったように言われる。
「います。わたしはここにいます」図の隅っこを指し示せば「えっ、さちこじゃない!?」うん、まあ驚くよね……。
「諸悪の根源はあそこのメガネです」
「何言ってんだ、さっちゃんはさっちゃん以外ないんですけどー」
謎理論を展開されたような気がする。
まあ面白い人だったよね、原稿はほぼ波線だったけど。読めねえーーーー。
先頭の文字だけかろうじて判読できる程度の文字で、残りは波線。前後との兼ね合いと想像力、知識量が試される。地理できないのに。
どうにもわからんときは、似ている資料を探した。
定規を当てていないと書けない(文字潰れてる)人とか、とにかく殴り書き(単純に読めん)の人、丁寧に書いているように見せかける(結局読めねえ)人など、なんか多彩な手書き原稿に鍛えられた。役職つきの人たちの文字が神に見えたほどである。素直に読めるって素敵。
ちなみに、原稿の誤字は指摘していない。提出書類(わたしの仕事)に誤字がなければよいのだ。たぶん。
それにしても慣れとは恐ろしいものである。いつの間にか普通に読み取っている。
いろんな人に言われた「よく読めるね、△△さんの字」うんまあ波線だし。
依頼用箱に入ってるのが目に留まったのだろう。波線原稿、インパクトはある。
「慣れてきたら、前後の情報から想像力が働いて」
「普通、あれには慣れないから」そういうものかな。
この経験が、その後個人事業主としてデータ入力をしていたときにとても役に立った。手書き原稿はいつでもどこでも手強い。
基本的に、このバイトの立場は「営業課の人のサポート」だったため、社内店舗の接客対応の人から呼ばれて早い時間に入っても、営業の人が戻ってきてからの仕事(定時後。つまり社員は自動的に残業)が本番。帰りは必然的に深夜。
日中呼ばれてから本格的な仕事までの時間が微妙。
「試写会……行ってきていい……?」
けっこうな確率で当たっていたのだ。傾向としては二十代女性だと当たりやすいような? 口コミ効果を得られる層中心という感じ。
話題作に限って当たらなかったけど。
「戻ってくる?」←切実
「戻ってきましょう」
戻りは二一時半過ぎになるのに、認められた。そこから長かったけどね、原稿待ちが。戻るまでにできていてほしかった。三人がかりで「まだ帰らないで!」じゃねえよ。
徒歩圏の自転車移動だったから可能な働き方である。だいぶいろいろ誤魔化していた。勤怠。仕事用メモ(裏紙)に、調整が必要な時間がずらり。出勤日数を誤魔化す気はないから、時間でなんとかするしかない。「この紙捨てないでねー」とか、もう全然ダメダメである。
貴重な経験ができたといえば、本来わたしの業務ではなかったはずの英文タイプライターを打てたことかな。たまたま人手が足りなくて、こちらに回ってきた。めっちゃ楽しかった。
ワープロとは扱いが全然違うから、慎重にタイプする。実際にタイプしてみて、タイプライターの人って技術職だなあと思ったのであった。
機会があるならまたさわりたい。じゅるり。




