一神教とは相性がよろしくない
サブタイの文言で宗教勧誘を断るけれど、一神への信仰心篤いかたを否定、侮辱することはない。信心深いことは悪いことではないからね。
わたしが一神へ信心を捧げることはないだけ。だから誘わないで。
どっちかというとアニミズムに近い思考をしているから、日本における神道に近いのかな。とはいえ、わたしの頭だと神社本庁の思惑ともズレていそうではある。
昔むかしの庶民の生活に根付いた信仰が、いちばん近いのかもしれない。カミサマも仏さんもいいもんもわるもんも一緒くたなのだ、わたしにとっては。
そこへ「ワタシの崇める神をアナタも崇め奉りたまへ」とやってこられても、困惑しかないわけよ。
ついでに拝んだら怒られそうだし。
一神教のなにが嫌って、「ワタシの崇める神以外は皆邪悪」なところ。唯一神だからそうなることは解っているけど、その横暴さがどうにもね。
そこの角のお地蔵さんを否定すんなよ、というかね。
否定どころか異端扱いで排除、破壊対象なんだもの。わたしからしてみれば、宗教弾圧や異端狩りのほうが否定対象だ。
たとえそこに信念があっても、それが正しいとは限らない。
あと、信仰の深さを布教活動への熱心さではかろうとするところも理解できない。布教活動をすることと、信者を増やしたいところは理解できる。でも「布教活動に熱心でないのは信仰心が足りないからだ」てなんぞや。
向いてない人のことも考えたれや。ひとり静かに信仰心を育みたい人がいたっていいじゃん。
端的にいうとそんな理由で「わたしと一神教とは相性がよろしくない」となる。
仕方ないよね、考え方が違うんだもの。
けっこうしつこ……熱心に、勧誘を頑張る人もいた。
けどさ、不毛なのよ。相容れないのだから。どこまでも平行線。
普段の対応から侮られていたらしく、簡単に言いくるめられると思っていたら(おそらく)想定問答集からかけ離れた返答しか寄越さないせいか固まっていた。宣教師の資格をもっていると聞いたけど。
『じっくりお話してみたい』ならもうちょいがんばれ?
ヒトはそんなに簡単じゃないぞ。
何度でも繰り返すけど、宗教とその信仰自体は否定しない。
ということを書いていたら、昔なにをしていたかは覚えてないけど「神様が見てるよ」と言われて「見てるだけだけどね」と返したら怒られたことを思い出した。
「お天道様が見てる」は素直に聞けるのに。
そんな昔からひねくれてたんだな、わたし。
あれ、誰に怒られたんだっけ。宗教の人ではなかったと思うんだけどな。




