イチゴノキ
「ピエルニキ」回で昨年初めて知った、ポーランドのクリスマス菓子。季節ものならもう出ているはずだと思ったら、急にその気になってしまった。
可燃ごみの日ということもあって慌ただしく支度をして家を飛び出し、残念ながらトラックにはねられて転生するなどという事件性もなく普通に家の前のバス停から地域のコミュニティバスに乗る。
バスの到着を待っていると、坂道を一生懸命のぼってきたおじいさんに声をかけられた。
「ここの○分のバスは、もう行ってしまいましたか」
「大丈夫、まだ来てませんよ、わたしも待っています。ちょっと遅れてるみたいですね~」
二分ほど遅れていた。向こうの信号につかまっていたな。
おじいさんが出てきた坂の下の脇道からは、ここよりひとつ前のバス停の方が坂ではない分近かったのではないかとも思ったが、あの辺はバスが入り組んだ道をくねくねと曲がって進むから、座れなかったら危ないなと思い直した。誰だあんなルートにしたやつ。そしてよく承認したな地方議会。
やってきたバスに乗ったら、旧居にいた頃よく気にかけてくださっていた奥様にお声がけをいただいた。会えば挨拶もするし、おしゃべりもする関係なのだが、実はお名前を存じあげない。非常に失礼なことをしている自覚はあっても既に二十年ほど経つので、もはや訊くことができないでいる。
とんでもない話である。
この奥様と他愛のないおしゃべりをしながら目的地に着くと、バスを降りたところでさらなる声かけをいただいた。
「ここね、あっちに『イチゴノキ』があるの。見に行く?」
「イチゴノキ、ですか? 初めて聞きます。見たいです」
ご一緒させてもらって、そのイチゴノキを見に行く。
ここの花壇はけっこう変わったものが植えてあるのだけれど、意識して見に行かないと見ることができない植え方がされていたりもする。このイチゴノキもそう、わざわざ向かわないと目につかないところにあった。
そりゃ気づかないはずだよ、駐輪場側から入ったらすぐの出入口から店舗に入るし、バス停に行きたかったら反対側の出入口を利用する。中間地点に植わっている植物は、好きな人でなければ寄っていかない。
ススキノキというのはバス停近くにあって「なんじゃこりゃ?」と見物にいったことがある。でも目を引くのは圧倒的にイチゴノキのような気がする。
もしかして、通りすがりに実を取られないようにしている?
「これ……、存在を知らない人の方が多いのでは……?」
「でしょう~? 私もね、人に教えてもらって知ったのよ~」
なるほど、これはたしかに誰かに伝えたくなる。そこには、いちごのような赤い実をつけた木があった。うん、たしかに「いちごの木」だわ。側に立っている看板の文字を読んでいく。
「え、これツツジなんですか?」
ツツジ科と書かれていることに驚く。果物のいちごはなんだったっけ。(後付け知識:バラ科です)
「へえ~~。この実、ジャムや果実酒にできるって書いてありますよ」
「えっ、そうなの?」
でも生っているのを採っていくわけにはいかないからね~と、大笑いしてしまう。人が来ないから多少声があがったところで問題はないだろう。わたしは構わないが、奥様が注目を浴びてしまうのは気の毒だ。
最終的に奥様は、落ちていた実をひとつ持ち帰ることにした。お友だちに教えてあげるのだそうだ。ガーデニングがお好きなかたには興味深いものかもしれない。
(通信量を気にしているため)帰ってから調べてみたところ、生食はできるがいちごほどおいしくはない模様。だからジャムや果実酒に加工するのか。妙に納得したのであった。
実と同時に花があったのが気になっていたのも調べてみればなんとも気の長い話で、花が咲くのは初冬の今ごろ、今生っている実は昨年咲いた花が結実したものという。
赤く色づいた実がかなりの割合で残っていて、しかもそれなりに落ちた実も目についた。ということは、鳥が食べない。それって、果実としてはまずいのではなかろうか。
そんなんでよく生き残ったな、種として。
奥様と別れてから、いいことを教えてもらったなと思いながらカルディに向かい、ピエルニキをいくつ買おうかと手に取り始めたら、お店の人が大急ぎでかごを持ってきてくれた。
爆買いすると思われたのだろうか……。したかったけど。
理性を総動員してよっつにした。
散財である。




