四半世紀経って明かされる真実
自分だけじゃないと、信じてる。
子どもに手が掛からなくなってから(およそ高校受験あたり)、高校部活のOB/OG会に顔を出すようになった。頻度は低いけど。
高校の部活、吹奏楽部は在籍当時「未経験者を引っ張ってこい」指令のもと、経験者よりも未経験者を重点的に勧誘していた。現在は経験者主体みたいだ。
現在まで付き合いのある同期たちも、みな未経験からの一部現役(市民吹奏楽団所属)である。
市吹には幾人かから「お前もこいよー」と誘われることもあるが、そっちに練習しに行ったら終電に乗れないからな。何年か前に終電の時間延びたけど、それでも早いからな。半端すぎる田舎なめんなよ。
断り文句は「声かけ責任で、送迎してくれるなら♪」全員わたしの居住地の反対方向に住んでいるから、そのままなかったことに。
あと腹筋なくなりすぎて音がでない。この前筋トレの腹筋をしようとしたら、一回もできなくなってて愕然としたわ。上がんない。我ながら衰えがひどすぎる。
数年前の話になるが、高校卒業後およそ四半世紀ほどたった頃の集まりのときに、やっぱり高校当時の話題で盛り上がった。
あの演奏会のときの曲が。先生が。どこそこでの合宿が。他校との合同演奏が。
そのとき、久々の飲酒で酔っぱらってたから、うっかり口を滑らせた。
「○年生のときのあのイベント、当日に楽譜配られて、ぶっつけ本番だった曲があったじゃない。あれ、ホントきつかったー」
「え? 何で??」
「わたし、初見の譜面が読めんのだわ」
「はァ?!」
驚かれるのも無理はない。同期のなかでも数少ない経験者、しかも遡れば小学校の鼓笛隊から所属していたガチ勢(といっても、小中高で楽器バラバラ)が、初めての曲だと楽譜が読めないというのだから。
あのときね、せめて三十分くらい欲しかった。それだけでも、大分違うから。
曲を知っていても、パート譜とは違うからね……。
しばし呆然としていた一同。いち早く我に返ったひとりに問われる。
「え、じゃあ、あのときどうしてたの」そうなるよねえ、やっぱり。
「いちばん端に配置されてたのをいいことに、ほかの人たちにお任せした」どやっ
「まじか」「信じられん」
「悪魔だな、お前」
「なんとでも言え。とんでもないとこで音が出るよりよかろう」
そう、恐れたのはそこだ。
ドリル演奏時にひとりだけ先に方向転換したときは平気だったけど(このテの失敗も山ほどある)、ないはずのところで音があるのはどうしても嫌だったのだ。
さいわい同一パートは複数人いる、デキる人に任せよう。その判断は間違っていないはずだ。
間違えようのないところは演奏してたし!
それからしばらくの間、この件で絡まれることになるとは思わなかった。
酔っぱらい、案外記憶力ある。
ずっと音楽やってたら楽譜が読めて当たり前とか思わないでほしい……。




