過去と現代
「ところで、ジィは研究所で何作ってんだ?」
弥とお爺さんは建ち並ぶマンションの隙間を歩いていた。
「分かるんじゃあ無いかな。タイムマシーンじゃ」
「あ、俺もそれ使った」
「嘘つけ」
お爺さんは疑っている様な顔で言った。
「で、坊やが使ったタイムマシーンはどんな物だったのかね」
「まだ試作段階らしくて、15年前の過去に行けるって。手動で戻ることはできねぇけど、24時間後に勝手に戻されちまうんだ」
するとお爺さんはびっくりして、しばらく黙ってしまった。
「わしが作ったのとまんま同じじゃ」
お爺さんは高い声で叫ぶ様に言った。
「そうなの?」
「うぅむ、もし坊やのいた時代とこの時代に何か関係があるとするならば…、坊や、君がいた時代はどんな物なのかね」
「どこもボロボロの建物ばかりで、俺一人しかいないんだ。他の所があるとすれば、荒れ地だけだなぁ」
「やはり…今回の核による攻撃で、坊やのいた様な時代になってしまったのか…」
弥はショックを受けた。自分のいた時代は、爆弾の攻撃によって壊れてしまった跡地だったというのだ。
「何で攻撃されてるんだ?」
「戦争だよ。ここ最近金属などの資源が減って、資源不足になってしまったんだ。電気が作れなくなったり、新しい物を作れなくなったり…。発展途上国の日本がさらに発展途上国化としたんだ。そこで、政府というお偉いさんが、先進国が保有している『最先端エネルギー供給機械』という物を強奪することとなったんだ。そのせいで奪い合いとなり、戦争となってるのだよ」
「日本も可哀想だけど、だからって勝手に奪って、そこから戦争するなんて駄目だよな」
「坊やの言う通りだ。戦争とは関係の無い人たちがたくさん死ぬ。子供も、産まれたばかりの赤ん坊までもだ。人を殺してはいかん。だからこそ坊や、その思いを君がいる時代にもつないでほしい」
お爺さんは強調してそう言うと、弥は静かにうなずいた。
「さぁ、着いたぞ。わしの研究所じゃ」
お爺さんは手を叩いて言った。
「本題に行く前に自己紹介しよう。わしの名は、『寺井 正和』というんじゃ。よろしく坊や」
「俺は弥っつうんだ。よろしくな正和ジィ」
「あだ名にも名前の語尾にも、『ジィ』ばかりつけてるじゃないか」
「爺さんには、『ジィ』をつけたほうが印象に残りやすいからな」
弥はニッコリして言った。
「それじゃあ弥よ、仕事をするから一緒に手伝ってくれんかね」
「え~、寝らずに夜間作業かよぉ」
「このまま爆撃で死にたいのか?」
「酷い!絶対嫌だね!」
今度は正和が笑っていた。弥は顔を膨らませている。
どちらにせよ、二人はよい関係となっていた。
「とにかく、自分の身を守れる場所に避難してください。現在、住民の皆さんの安全確保のため、全国で約6000万のシェルターを開放しています。もし、ご自身の地域の近くにシェルターや地下施設がない場合は、屋内の窓から離れた場所など、命を守れる最適な場所へ避難してください。今すぐです」
副大臣、政務官の二人とその他の関係者は緊急会見を行っていた。いきなりの出来事に少し慌てているようでもあった。
最後に副大臣が「住民の皆さんの安全を願っています」というと、カメラマンが中継の映像を切った。
「さて、これからこの皆さんで今後の方針を決めましょう」
ちなみに、会見と会議は地下で行われていた。地下というよりも、シェルター内だった。
「はい、そこの人」
「まずですよ、"まず"は。戦争を止めるということを、この強奪を止めるということを、何故あなた達は考えれんのですか。こんなの、子供でも分かる」
そう言ったのは、来年度までに就任予定の次期内閣総理大臣だ。
「それは分かっていますよ」
政務官がだらしなさそうに言った。
「言い訳もいい加減にしてくださいよ。直接あの馬鹿者に説得できないというのなら、ここではっきりと証明したほうが、自分のためにも良いと思いますが」
次期首相は呆れた顔で言った。
「あぁ、直接言ったとも。でも君もすでに言っているではないか、アイツは馬鹿者だ。馬鹿者にはそんなのは通用しないということは分かるのではないのかね、内閣総理大臣」
そう言うと次期首相は黙ってしまった。
「ほら、少し動揺しただろ。私たちも最善の努力を尽くしているんだ。それだけは分かってくれ」
「…あぁ」
次期首相はうなって言った。
「いや、まだ納得できん。国会議事堂での緊急会議の時、あなたはアイツに説得したのか?今でも強奪作戦を着々と進めているのだ。もしアイツがお前らの抗議を無視したのなら、お前らの説得力が無かったということだな」
次期首相は今までの自分の異議を正当化させようと、必死に考えながら言った。
「まったく、これだから未熟者は…」
副大臣は小声で言った。
「もう一度言うぞ次期内閣総理大臣よ。アイツは馬鹿だ。馬鹿が話をまともに聞くかと言っていただろうが」
今度は顔を真っ赤にして今にでも怒りそうな口調で言った副大臣。
「まぁまぁ、そう怒ったって何も起こらないじゃあないですか」
一方の政務官は、会議がめんどくさいという気配しか感じない口調で言う。
「お前はもう黙っとけ、何を言っているのか、どうしてそう言えるのかが分からん」
やはり副大臣は既に怒っていた。
「結局のところ、説得力がなかったのですな」
次期首相が言った。
「次期首相よ、お前もいい加減にしろ。”仏の顔も三度”だ。お前は同じことを3度も聞いている。単純で、合理的な回答をずっと拒否している」
副大臣は机を何度も叩いて怒鳴っている。
「何が『単純で、合理的』ですか。むしろ単純すぎて合理的でもない」
次期首相は少し馬鹿にしたような顔で言った。
「てめぇ、馬鹿にしてんのか」
とうとう副大臣は席から立ち、次期首相をぶん殴ろうとした。
その時だった。
ドォーンという強烈な爆発音が鳴る。
そして、建物が爆風によって次々にめりめりと崩れ去っていくのが分かる。
さらに副大臣ら皆がいた地下も思い切り揺れた。
椅子も机もすべて倒れる。壁にひびが入る。
終いには電気が消えた。
政務官が恐る恐る懐中電灯を取り出し、明かりをつける。
議員などは今でもビクビクと震え上がっている。
「これって、核が…」
政務官は震えた声で言った。
「あぁ…。住民たちは皆、助かったのだろうか…」
副大臣も怯えている
「…助かるわけがないだろう。恐らく、死人は一人でも出ているはずだ…。あんなもの食らったら、ひとたまりもない…」
次期首相は、無表情で呟くように言う。
「私は…老若男女すべてを…救えなかったのか…」
副大臣はぽろぽろと涙をこぼしながら静かに言った。
「この核攻撃で分かった事がある…。一番辛いのは自分が死ぬことではなく、沢山の人達が死ぬことなのだと…」
副大臣が肩を落として言うと、議員の一人が言った。
「多分、あの核は放射能が出るまで1日かかると聞いたことがあります。一旦…シェルターから出ましょう」
「…うぅむ」
次期首相は思わず唸った。
「確かに、本当に死者が出たかは分からん。皆さん、話を信じて一度シェルターから出ましょう」
そう言うと、副大臣以外はうなずいた。
「副大臣、何故君はうなずかない。さっきのことはすまなかったから」
「分からないのか!?地獄絵図のような死体がたくさん放置された場所に…気安くいけるか!!」
「お前は何か目を隠したりしていけばいいだろう。とにかく、そこらじゅうを歩き回ればいい」
「馬鹿がぁ!!アホ過ぎる…とんでもなく、アホ過ぎる!!死体を踏んづけて行く様なもんだぞ!!もし俺の妻を踏んでしまったらどうすんだ!!あまりにも失礼過ぎる!!」
「所詮ただの死体。死体にもはや命もない」
「サイコパスかぁ!!お前を今から殺して、何十回、何百回とも踏んづけてやる!!糞がぁ!!お前なんか放射能でも食らってとっとと死に腐れたらいいんだよぉ!!死体に命はないだと!?ふざけるな!!これこそ、子供でも分かることだ!!」
副大臣は顔をくしゃくしゃにして言うと、次期首相は黙ってしまった。
「…副大臣殿はそこにいて、それ以外はシェルターから出るぞ」
また副大臣以外はうなずいた。今度はずっと下を見ている。
副大臣を置いていき、次期首相たちは徐々に階段を登っていく。
「やっぱり、緊張してきます」
「当たり前だろう、死体だらけの炎の海を見るかもしれんのだから」
次期首相も少し震えていた。
「副大臣を連れてこなくて本当に良かった」
政務官がポツリと言う。
「そこの議員よ、すまんが、状況を確認してからこっちに戻ってきてくれないかね」
「はい」
議員の一人は薄暗い光がさす扉へ向かった。
「いやしかし、本当に…何を言えばいいのかさっぱり…」
政務官が言いかけると、誰かが階段を登る音が聞こえてきた。
荒い息とともにやってきたのは、副大臣だった。
「副大臣殿、いったいなぜ?」
「亡くなっているかもしれない私の妻を、捨て置きっぱなしにするわけにはいかんだろう。死んでいるかもしれない時のために、お参りをしたい」
そう言うと、外に出ていた議員の一人が帰ってきた。
「次期内閣総理大臣、幸運なことに放射能は確認されませんでした」
「で、外の状況は…?」
「…もう先ほど皆さんが前知していた通りです」
議員の一人の顔色は、明らかにおかしかった。
次期首相たちが思い切って扉の向こうへ進みだした。
「うわぁぁぁ、なっ、なんだぁ!?」
「核爆発だ、逃げろぉ!!」
弥と正和の二人は、近くにあった机の下にすぐさま隠れた。
「うぅっ…」
「おい、いきなりどうした正和ジィ!?」
「…もう年でなぁ、ぐっ…悪いが弥よ…少しだけ、わしにスペースを空けてくれるかね…」
そう言われると、弥は心配した顔で正和から離れて間をとった。
「はぁ、ホントこんな時に限って調子が悪くなるなんて、とんでもなくタイミングが悪すぎる…」
正和は疲れた顔で地べたに寝ていた。
「俺、少し怖くなってきちまった…」
「当然だ…。近くで爆弾が、しかも核が爆発したからのう…」
もう正和の顔は半分死にかけていた。
「爆発は止んだかのう…?」
正和はすぐ横の円盤を見つめた。
「弥…あれを使って逃げるんじゃ…」
「…へ?」
弥はびっくりしていた。いきなりの事だ。
「タイムマシーンを…、使って…、逃げるんじゃ…」
「…いっ、いやいやいや、無理だよ正和ジィ!!」
「…いいから…うっ…早く…逃げ―」
そう言いかけると、静かにバタンと倒れる音がした。
その音と共に、正和の挙げていた手の力が抜く。
もう何も喋らない。無音の空気が流れる。
その時だった。
「…っはぁ!!」
正和が奇跡的に起き上がったのだ。
「…何じゃ?わしは…死にかけておったのか…」
正和の視線の前で弥が涙をこぼしていた。
「馬鹿爺…。何死にかけてんだよぉ…」
弥は泣きながらもほっとしていた。
「…すまん。少し、ぼっとしすぎてたかのう…。それよりも…、いいから、逃げるんじゃ」
しかし、やはり弥は首を振り断った。
「そんなの、簡単にできるわけがねぇ。それでも強いて言うなら、一緒に逃げよう」
「いや…、わしも無理じゃ…。このざまだからのう…」
弥は一瞬だけ外を見て、「う〜ん」と言った。
「正和ジィ、そろそろせめぇ机の下から出ても良さそうだぜ」
「おぉ…、それじゃあ、わしの手を引っ張ってくれるかね…」
弥は疲れた体にわずかに残っていた力を振り絞り、綱引きのように正和の手を引っ張った。
「…はぁ、それにしても、なぜ放射能が発生しないのかのう」
「その放射能ってのが何かは知んねぇけど、それが出ない爆弾なんじゃないの?」
弥は腕で涙を拭きながら言った。
「うぅむ…あいテテテ、まぁ…そうじゃろうか?」
正和は納得したようなしていないような顔をして言った。
「…てか、ここら辺の人たちはどうなったってのかよ!!」
「恐らく、爆発に巻き込まれて跡形もなくなっているじゃろう…」
「つまり…、生き残っているのは、俺たちだけってこと…?」
「いや、その可能性もなくはないのじゃが…。いテテテテ、まぁ生存者もいるかもしれんのう…」
正和は肩をすくめながら考え始めた。
「…できるといいのじゃが」
「何が?」
「生存者を、お前のいる世界に逃がすことじゃよ」
「…へ?」
弥は何を言っているのか理解できなかった。
「つまりだな、永久にお前の世界に逃がしてあげるんじゃ」
「無理だろうよ、正和ジィ」
弥が即答した。
「大体、『24時間以内に元の世界に戻らせられる』だからな。とぼけるなよ、ジジィ」
しかし、正和は一ミリも動揺しない。
「弥よ…」
「ん?」
「やるぞ、わしらでこの国の、大切な国民を、助けてやろう」
「…お前さ、すっごい正義の味方みたいになろうとしてるけど」
「ふぁ?」
今度は正和がとぼけ始めた。
「まず第一に、どうやって皆をタイムマシーンに永久に逃がしておくのかよ。なんかめんどくせぇ作業でもすんのか?」
すると、弥の拳がプルプルと震え始めた。
「そんな時間があるのかよ…。俺だってここにいることもあと半日も持たないし、もっと状況が悪化し始めたらどうすんだよ…」
そしてとうとう弥が罵声をあげた。
「ふざけるなよジジィ!!お前とぼけんなっつっただろ!!お前はなぁ、正義の味方でもお偉いさんでもなんでもねぇ、ただの、周りにいる、同じ『人』だ!!お前が超能力でも使って全員助けられる力があるのか?タイムマシーンをさっさと改良してして全員を助けられる気力はあるのか!?」
「だからじゃよ」
正和が途中で口を開いた。
「あのなぁ、ワシはスーパーヒーローになろうとも言ってないし、無論、全員を助けられるとも言っていない」
それは本当だった。正和の姿勢を見る限り、噓を絶対についているようには見えなかった。
「じゃが…。ワシは、自分が持っている力だけでも…、ほんの少ししかない力でも、誰かを助けたいと思っているんじゃ」
「…」
弥は黙ったままだった。
長い長い沈黙が続く―。
そして弥は口をようやく開いた。
「すまんな、ジジィ…」
弥は下を向いたままだった。
「なんという…地獄絵図なのだろう…オウェェ」
それはそれは、嘔吐をするほどの地獄絵図だった。
全てが、壊れている。建物も、人も、全てが。
ビルは真っ二つに割れていて、圧をかけるように暗い暗い影をまとっている建物もあった。
東京タワーもスカイツリーも、何か切なさを感じさせられるような壊れ方をしていた。
人は…。
人は、言葉にできないほどの、地獄絵図だった。このそこらじゅうに散らばり積もる死体こそが、地獄絵図を作り出したのかもしれないと言えるほど、地獄絵図だったのだ。
死体は山のように積もっていて、地面など一つも見えない。
中には今からミルクをあげようとしていた母親と幼い子が、抱き合いながら死んでいる死体もあった。
「…やっぱ来なかったほうが良かったか」
副大臣はもう終わりを感じていた。
もう、自分が逃げる道も、生きることもないのなど感じたのだ。いや、そう確信したのだ。
「あ…」
副大臣は見つけてしまった。
冗談半分で言ったつもりが、本当になってしまった。
妻の死体が、足の下に転がっていた。
「あ…あぁ…あぁぁ…!!」
副大臣は泣きながら怒りを放った。
「あの人の気持ち一つも考えられんやつがでしゃばって、こうなった!!あいつがこの国の代表、責任者となったことでこうなった!!あいつはとっととくたばって腐ればいいんだよぉ!!なぜ私にはこのようなとてつもなく不運なことが起きるのだろうか!!いや、全てはあいつが元凶なのだ!!」
「ちょ、ちょっと待ってください」
政務官が横から入ってきた。
「なんだ、お前もあいつみたいに場の雰囲気を考えられんのか―」
副大臣がそう言いかけたとき、政務官の手のひらに一つのペンダントがのっていた。
少し欠けていだが、しっかりとペンダントだ。
「これは…」
ペンダントを開くと、そこには副大臣と妻が結婚したばかりの写真が貼ってあった。
「うぅぅ、うぅぅぅぅぅぅ…」
副大臣は、今日は何回も泣いた。
でも、今回は本当に、悲しんだ。
なぜ、このような目に合わないといけないのか。
どうして人間は争ってしまうのか。
いや、争いかねないのかもしれない。もはや、人間というものはアホなのかもしれない。
そう思った時だ。
「おーい!!」
ボロボロの服の少年がこちらに向かってくる。
「こっちこねーと死んじまうぞー!!」
その少年の笑みは、とても元気のあるものだった。
「君、こんなとこいたらダメだろうが!!」
次期首相が言った。
「いいや、むしろお前らのほうがここにいたらダメだな」
少年はべーっと舌を出した。
「ま、とにかくこっち来いよ。さささ」
少年は次期首相の背中を押した。
そして向こうには白髪の老人がいる。
「まてまて」
政務官が少年を止めた。
「一体君は誰だい?」
すると少年は腕を組んだ。
「俺は弥っつうんだ。もう少しでこっから消える未来人さ」