彼女?
「おかえりなさい!帰り道寒かったでしょ?」
玄関の戸を開け中に入ると、満面の笑みを浮かべた一人の女性が出迎えてくれた
艷やかな黒髪をポニーテールにした彼女はモデルの様なスラッとした体型にアイドルの様な愛くるしい顔を合わせ持っていた
そんな女性は甲斐甲斐しく私の荷物とコートを受け取って奥まで持っていってくれる
「お夕飯出来るまでもう少しかかるから、その間にお風呂入って暖まったらどうかな?あ、入浴剤も買っておいたから好きなの入れてね~」
こちらを振り向いてそんな事を言ってくれる彼女に私はお礼を言っていそいそとお風呂場へ向かった
十数分程湯船に浸かった後、私は湿った髪を拭きながらリビングに向かった
ちなみに入浴剤はゆずのを使ったが、いい香りで疲れが癒やされた。やはり柑橘系の香りはいいものだ
リビングに入ると、テーブルにはたくさんの料理が並べられていた
色とりどりの料理に仕事でくたびれ果てた私の胃袋は早く食べたいと言わんばかりに激しい音色を奏で始めている
「あ、ちょうどよかった!今料理作り終えたの、お腹空いたでしょ?早くご飯食べましょ食べましょ!」
私が来たのに気がつくと彼女はこちらに小走りで駆け寄るなり、私の手を引いてテーブルまで導いてくれた
柔らかな手の感触にドキッとしていると彼女は私の首筋に顔を近づけてクンクンと匂いを嗅ぎ始めた
「ん、入浴剤ゆずのやつにしたんだ。いい香り…私も後で入ろっと」
私を見つめて、ふふっ、と笑うその姿にまたドキッとしてしまう
その後向かい合わせに座った私達は、彼女が作ってくれた数々の手料理に舌鼓を打った
見た目だけではなく味も抜群に美味しい料理達に、私は夢中になって手と口を動かし続けた
「ふふ、よかったお口に合ったみたいで。ご飯まだまだあるからおかわり必要ならいつでも言ってね?」
私の様子にほっとした様子の彼女は食事をしながら、時折私が食べる様子を見てとても嬉しそうに微笑んでいた
料理も抜群に上手い、気遣いも出来る、そしてとんでもない美人さんだ
こんな素敵な女性が奥さんだったら毎日が楽しいだろう、私は心の底からそう思った
しかし、彼女には一つだけ大きな問題が一つある
それもこの問題を解決しない限り彼女とは結婚出来ないであろう大きな問題が
それは何か、と言えば
彼女は一体どこの誰なのか?という問題だ
一人暮らしである筈の私の家にさも当然の様にいた彼女に、私は首を傾げてしまった
あれ?私に彼女いたっけ?と。それかモテなさ過ぎるあまりに私が作り出してしまった妄想か、頭の中で考えていたが、とりあえずまぁいいかと流してしまった
そこから今までずっと考えていたのだが、流石に見てる限り存在してるし料理まで作ってくれているから私の妄想という線は消えた
すると私が忘れてただけで彼女がいたのか…?
しかしここ数年私に彼女ができた記憶も無いし、それ以前にこんな可愛い彼女がいた事もない。
となると…彼女は本当に誰なんだろうか?
モグモグと口を動かしながら彼女を見つめてみるが、全く心当たりがないなぁ…
そんな風に見つめていた顔を上げた彼女と視線がバッチリぶつかってしまう
なんとなくそのまま数秒間見つめ合って見ると彼女は少し頬を染めてから目をそらした
「や、やだ…そんな見つめられたら照れちゃうよ…」
目をそらしたまま恥ずかしそうに言う彼女を見て俺はそのままご飯を一口パクリと食べた
うん、可愛くてご飯が進む(思考停止)
まぁよく考えたら彼女が何者かは別に気にしなくてもいいか。こんな可愛い女の子が側にいてくれるならむしろありがたい限りだしな
ただ名前が分からないのは困るのでそれだけは聞いておくことにした
「え、あ、ごめんね!そうだよね名前まだ伝えてなかったもんね!
・・・私はアカリ、出来れば呼び捨てで呼んでほしい、かな?もちろん嫌じゃなければなんだけど…」
別に嫌がる理由もないので、分かったアカリ、と頷くと彼女は嬉しそうに満面の笑みを浮かべた
その後は一緒に食器を洗ったり、テレビを見たりしてのんびり過ごした
そしてアカリがお風呂から上がって少しした頃にそろそろ寝ようかという話になった
お揃いのパジャマを着て二人でベッドに入る。
当たり前だが今まで一人で使ってたシングルベッドなので二人入るとぎちぎちで密着する形になる
アカリの体温も吐息も近くに感じられる距離だ。流石にこんな距離に可愛い女の子がいるとドキドキしてしまう
アカリも似たようなことを考えていたのか、こちらを見て照れたように微笑んでいた
布団の下で私の手をぎゅっと握ってきたので同じように私も力を入れて握り返してみた
アカリは驚いたのか体をびくっとさせるが、次第に慣れてきたのかしばらく手をにぎにぎと動かしていた
そんなこんなしていたがお互いに眠気が来たので明かりを消して眠ることにした
「おやすみなさい、また明日…」
真っ暗になった後、アカリは不意に私の唇にチュッと軽いキスをしてきた
不意なキスに私は不覚にもどぎまぎしてしまい眠りに落ちたのはアカリよりもしばらくしてからだった
夜中、尿意で目を覚ました私はガッチリと私の手を握っていたアカリの手をどうにかほどいてトイレに向かった
アカリを起こさないか不安だったがアカリの眠りは深かった様で起こさずに済んだ
トイレからの帰りにふと見覚えのない、辞書の様に分厚い日記帳を見つけた
私は日記帳なんて使ったことないから、アカリの物なのだろうが大分使い込まれた様に見える
勝手に見るのは申し訳ないと思いつつ、アカリの正体が分かるかもと思い私は適当にめくって見てみることにした
『○○○○年○月×日
今日は寝坊したのか何時もより少し遅い時間にあの人はお家から出てきた。寝癖が完全には直ってなくて後ろ髪がぴょこんとしている。写真に収めたいぐらい可愛い。
途中でお友達と合流、昨日見たらしいテレビ番組の話をしている様だ。とあるバラエティ番組の話でとても盛り上がっている。私は見たことがなかったので今度チェックしなければ…いつかあの人と話出来る日が来たときに退屈させない様にしないといけない。無邪気に話し込む姿は年齢よりも幼くて可愛かった。可愛すぎて思わず私は涎を垂らしそうになってしまった。その話の途中、通りすがりの女性にちらっと見ていた。恐らくその女性がポニーテールだったからだろう。あの人は黒髪で長い髪の人が好きだとリサーチ済みだ。その中でもポニーテールが特に好きな髪型みたいだ。私も早く髪を伸ばして綺麗なポニーテールを作れるように猛練習しないといけない。じゃなければ彼の目を惹くことなんて到底叶わないだろう。彼の視界に私が映る、そんな未来を想像したら今にも頭が沸騰しそうになってしまう…。けれどあの人が私以外の女性を見ていた事に私もはとても嫌な気持ちになってしまう。見知らぬ女性だったが、いつの間にか私は親の敵の様に睨みつけてしまっていた。気付かない内に握りしめていた拳からは血が滲んでいた。いけない、こんな嫉妬深い姿をあの人に見せたら嫌がられてしまうだろう、気を付けなければ…
と、ずっと後ろ姿を見ていたらいつの間にか学校が目前だった。名残惜しいがあの人を見れるのはここまでだ。後ろ髪を引かれる思いだったが私は彼が校門をくぐるのを見てからダッシュで小学校に向かうことにした。あぁ今日もあの人の顔が見れて幸せだった。明日もまたあの人の元気な姿を見れますように…早く大人になってあの人の隣で彼を支えられますように…』
まだ小さかった頃に書いた文章なのだろう。愛らしい字でページいっぱいにぎっちりと書いてあった
とりあえずその一ページを読んで満足した私は日記を閉じた
うん、あの人、というのが私なのかはさておくとしてアカリは小さい頃から愛情深かったみたいだ
それだけで私は満足した、なのでこれ以上読むのはやめる事にした
寝室に戻り、アカリを起こさないようにしてそっとベッドの中に入る
ポニーテールをほどきぐっすりと眠るアカリの頭をそっと撫でてから私はふと考えた
そんなにポニーテール見てたのバレバレだったのか…
自分じゃバレないようにしてたつもりだったので今更ながら恥ずかしくなってしまう私だった
そうして私は眠りにつくまでひたすら恥ずかしさに死にたくなるのだった
朝、家を出る時アカリは玄関で見送ってくれた
「はいこれ、お弁当!ちょっと寝坊しちゃったから、昨日の余りものとか使っちゃったの、ごめんね?次はちゃんと作れる様にするね!」
朝から甲斐甲斐しさを爆発させてくれる彼女にふと感極まった私はこちらを見ていたアカリにちょいちょいと手招きした
「ん?どうかしたの?」
可愛く首を傾げながら近寄ってきた彼女を私はガバッと抱き締めた
「ほえっ!?どどどどどどどドど、どうしたの急に!?え、え、ええっ!?」
それから頭をわしゃわしゃと撫でてからアカリを開放した
困惑するアカリにありがとう、とお礼の言葉を伝えてから私は家を出た
よし、これからは自分の為だけじゃなくアカリの為にも仕事を頑張るぞ!
それから数カ月後ふとしたタイミングで、あの日何で突然家に居たのか聞いてみたら
「だって、私が一方的に知ってるだけだったから急に現れて告白されても不気味だろうしと思って…
だからお家に侵入して新妻っぽくあなたを迎えてみたらワンチャン行けるかなって思ったの」
え、そんな理由だったの?
完璧に見えたアカリだったけどちょっと抜けてるところがあった。まぁ可愛いし幸せだからいいか